狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

文字の大きさ
21 / 44
二章 迫る脅威、騎士の戦い

道標

しおりを挟む
「ほんとうに、世話になった。カンナ司祭をはじめ、聖堂教会の方々には心から御礼申し上げたい。このような格好をしたままなのは申し訳ないが……」
 
 ミュグエ男爵は寝台に横になったまま、包帯の巻かれた顔をゆがめた。隣には、用意された椅子にこしかける彼の娘、マオンの姿もある。

「当然のことをしたまでです。それに先程も申し上げました通り、奇跡の反動はいずれ必ず現れます。生活にどれほどの支障がでるかも、いまはわからない。そんな状態にしてしまったこと、お詫びしなくてはいけません」

「なにをいうのか。カンナ司祭、貴女の判断がなければ、私はとうに死んでいた身。こうして娘と再会することも叶わずな。教会の規範なら聞き及んでいる。歴史の浅い下級貴族ではあるが、責任を問われぬよう力を尽くそう」

「……ありがとうございます。では、お元気で。何か異変があれば教会にお知らせください」

 男爵の屋敷をあとにして、騎士隊とともに聖王都を目指す帰路につく。
 幌馬車のなかには男爵と同様、喋られる程度には傷の癒えはじめたクルビスが寝かされていた。

「そんなに、しけたつらすんじゃねよ。男爵も言ってたろ。こうしてお天道さんを拝められるのも、お前さんのおかげなんだってな。俺にとっちゃ傷も勲章のうち。奇跡の反動ってのも、怖いもんじゃねえや」

「そんなにアタシ、酷い顔してるかね」

「ああ、してるね。そうだろ? 嬢ちゃんたち」

 二人で寄り添うようにして座る、マルルが頷く。オリヴィエも、少し目を泳がせてから遠慮がちに頷いた。

「ほらな。それに力が湧いてこねぇのは、ちゃんと飯を食ってねぇからだぜ。腹減ってんじゃねーか?」

「……アンタと一緒にしないでおくれ。でも次の街に着けば今日は休むだろうし、夕食になるだろうね。薬を塗りなおして、包帯もかえないとね」

 こうして道のりを遡り、聖王都へ到着したのは、ヴァルゲーヘの街を出立してから七日後のことだった。

 クルビスは支えがあれば歩けるほどに回復し、中央教会の正門を共にくぐったあと、騎士団棟、聖職者棟へとそれぞれが別れた。マルルとオリヴィエには休んでもらい、フランチェスカの待つ執務室へと向かう。

 黒樫拵えの扉を開けると、熱烈な歓迎が待っていた。

「無事に戻ったこと、まずは本当に喜ばしく思います。カンナ司祭。心配せずとも、すべて聞き及んでいますとも。それよりも、身体に不調はありませんか? また無茶をしたのでしょう。今日一日くらいゆっくり休んでもいいのですよ」

「いいえ、そういうわけにもいきません。遭遇した大狼はふつうじゃない、なんというか、とても異質でした」

「……そうですね。第三騎士団の配置や、街道の安全確保の観点からも非常に重大な要件。この後にひらかれる枢機卿会談では、貴女の情報が大きな意味を持つのです」

 聖堂教会の意思決定は枢機卿会談で行われる。六人の教会権力者によって話し合われ、議題によっては王政へ提言されるほど政治的影響力は高い。

「大狼は本来、白枝の森に生息している生物ではありません。はるか北、霧深く人拒むトートネーベ山脈を縄張りとしています。凶暴なまでの攻撃性に残忍極まる特性。貴女が機転を利かせ第二騎士団を呼ばなかったなら、きっと多くの犠牲が出ていたことでしょう」

 白枝の森から街へもどる途中、直感を信じてジニアスに要請書を渡し、駐屯地へ馬を走らせてもらったのだった。
 だが、騎士団長と交渉し、救援の要請書を持たせてくれたのは、フランチェスカだ。

 この方の深い思慮が、多くの命を救った。それに比べてアタシはどうだ? 

 オリヴィエには偉そうなことを言っておきながら、二人を救うのが手一杯。鎮圧任務に参加した二十騎のうち、九騎もの命を取りこぼしてしまった。

 自惚れているわけじゃないし、どうしようもない状況だったと頭では理解している。それでも苦々しい重いもやのようなものが、今も胸にこびりついて払えない。

 大地へと還る彼らを見送る感覚は、いつまでたっても慣れることができないでいる。

 フランチェスカはひとつ息を吐き、話を続けた。

「第二騎士団の報告から、その大狼は『変異体』とよばれる変質を遂げた個体と推察されています。変質自体はままあるらしく、迷宮に長く留まり、淀んだエーテルを取り込み続けることが要因だそうです。さて、ここからが問題なのですが、なぜ大狼はわざわざ縄張りを離れたのでしょう。生態系の上位であるにもかかわらず、住み慣れた住処を捨てた理由とは? 考えられるのは、より強い存在に脅かされ、逃げてきたということ」

「……逃げてきた……」

 赤い光を放つ四つ目が脳裏によみがえり、冷や汗が伝う。
 アレが、逃げてきた……?

「第二騎士団は既に調査へ向かいました。屈強な騎士たちの中から、特に優秀な者たちだけが選ばれた精鋭が集う、特別遊撃隊。歴代最強と呼び名も高い彼らならば、最高の成果を持ち帰ってくれるでしょう」

 あの外套の騎士を思い出す。明らかに他と一線を画す実力を、まざまざと見せつけられた。止めを刺した光景は、鮮烈な記憶になって残っている。

「それから、貴女には大事なお話をしなくてはいけません」

 既に用意されていたのだろう、フランチェスカは執務机から一枚の書類を取り上げる。

「異動です。明日には中央教会所属ではなくなります。本当に、残念でなりませんが」

「……やはり、教会の許しなく『癒しの奇跡』を行使した件でしょうか」

「いいえ。それは問題にはならないので安心してください。別なお話になります。断っておきますが、これは懲罰とかそういう意図はありません。もっと言えば、私ですらこの命をなかったことにはできないのです。この意味が、分からない貴女ではないですね?」

 フランチェスカほどの、教会の最高権力を担う人物であっても反故にできない。当たり前に考えるのなら、さらに力のある権力者から指示があったということ。

 教皇猊下、だろうか。いや、その線は薄い。直接考えをお示しになることは、これまでになかった。

 フランチェスカはぷっくりとした唇に人差し指を立てる。

「詳細は任命書で確認なさい。ちなみに拒否権はありませんからね」

 なにか正体のわからないものに纏わりつかれる気がした。気味悪さが腹の底のほうから這いあがって、軽い吐き気を催させる。

「私としても、本当に困り果てているのですよ。信頼する教え子を手放せと、そう迫られているのですからね。あまりに身勝手。あまりに突然。あのお方の突拍子もなく行動する悪癖、騎士団長殿が剣術指南する際に叩き直してくれていれば良かったのに。王妃様を突然選ばれた時だって、周囲の人間がどれほど慌てたことか」

 それはもはや答えなのではなかろうか。
 しかしここまで愚痴をこぼすとは珍しい。余程不満に感じているのだろう。そこまで想ってくれていることに、気分の悪さが和らぐ。

「はあ……。ほんとうに困りました。どこかに貴女と遜色ない、若くて将来有望な、素敵な人材はいないものでしょうかね。お知り合いに、心当たりはありませんか?」

 ちらりと視線が投げかけられる。いつ切り出そうかと機会を窺っていたことなど、お見通しだったらしい。

「ひとり、推薦したい者がいます。最高司教のもとで学ぶ経験が、をさらに高みへ導く標になると信じています」

「おや。いらっしゃるのですね、そんな方が。手放すカンナ司祭からの推薦となれば、他の司教らもきっと得心してくれるでしょう。では、教えてください。そのの名を」

 ―――言わずとも分かっているくせに。
 とてつもなく大きい、掌の上で良いように転がされている。畏怖にも近い感覚を覚えながら、その名を伝えた。

 別れ際、いつまでも心配した目で見送ってくれた、あの少女の名を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

悪女として処刑されたはずが、処刑前に戻っていたので処刑を回避するために頑張ります!

ゆずこしょう
恋愛
「フランチェスカ。お前を処刑する。精々あの世で悔いるが良い。」 特に何かした記憶は無いのにいつの間にか悪女としてのレッテルを貼られ処刑されたフランチェスカ・アマレッティ侯爵令嬢(18) 最後に見た光景は自分の婚約者であったはずのオルテンシア・パネットーネ王太子(23)と親友だったはずのカルミア・パンナコッタ(19)が寄り添っている姿だった。 そしてカルミアの口が動く。 「サヨナラ。かわいそうなフランチェスカ。」 オルテンシア王太子に見えないように笑った顔はまさしく悪女のようだった。 「生まれ変わるなら、自由気ままな猫になりたいわ。」 この物語は猫になりたいと願ったフランチェスカが本当に猫になって戻ってきてしまった物語である。

最強チート集団、雲上の支配者を地に落とす

ニャルC
ファンタジー
「契約書なしに魔王討伐なんてお断り」 ――最強チート集団は『英雄』ではなく『経営者』、明治維新を経て養殖業者に至る―― 従来の異世界転移やチート能力というテンプレートを、 現代の経済学、合理主義、社会心理学といった視点から徹底的に再構築(脱構築)した物語です。 召喚された九人の英雄「クラウドナイン(C9)」は、単なる善意の味方ではない。 彼らは「現代的な合理性」を武器に、わずか一年で世界を塗り替えた冷徹な統治者だった。 しかしある日、C9の一人が村を無慈悲に焼き払う。 彼の能力『神のサイコロ』は確率を操作し、100%の回避と命中を約束する。 神の領域にある「絶対的チート」を前に、唯一生き残った青年・劉斗は誓う。 なぜ、最強のチート集団が、最後には「養殖業者」へと至ったのか。 「異世界を真剣に統治・経営するとどうなるか」 皮肉とリアリズムを交えて描かれる、三つの時代を巡る救世主たちの記録。 【構成】 第1章:復讐のアンチチート編(最強攻略) 第2章:救世主、養殖業者になる編(異世界経営) 第3章:異世界鎌倉幕府編(統治の原点) ※全三章、完結済み。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

処理中です...