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二章 迫る脅威、騎士の戦い
幕間・第二騎士団
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大狼の変異体。その足取りを追って足を踏み入れたのは、トートネーベ山脈で最も霧深い谷の底。
草ひとつ生えていない岩肌に、ひっそりと口を開けたその洞窟はある。
内部は岩壁の放つ光で微かに照らされ、漂う肉の腐った嫌なにおいと、しっとりとした空気が肌に張りついた。
第二騎士団でなければ、この大狼のねぐらまでたどり着けまい。
そう思えるほど道のりは過酷なものだったが、他にも理由がある。
狭い通路を行った先、天上の高い、広い空間に出る。
熱で抉れた石壁。いまだ形の残る氷柱。砕け散った輝石の結晶。激しい戦いの残滓が、空間一帯に散りばめられていた。
「負傷者は?」
「先行した三騎。いずれも軽傷。行動に支障なし」
狭い空間に大人数でおしかけても仕方がない。隊長判断によって少数精鋭による攻略が決まり、選ばれたのがこの七騎。脱落なくこの結果なら、まぁ上出来だろう。
すでに光の粒となって『還り』はじめている骸を一瞥し、剣を納める。
「おいカクトゥス。いままでこんなヤツ、見たことあったか?」
槍を両肩で担ぎ歩み寄る騎士―――ムサは、いつものなんでもない軽口をたたくような口調だったが、珍しく苛立つ色を隠しきれないでいた。
「……どうかな。『山の民』とも違ったし『森の小鬼』どもとも違う。直感だが、人間に近いと思う」
「だよな。しかも見ただろ? 氷の槍に炎の鞭、雷の矢の雨あられ。発現の手順と反応からしても秘術だってのは間違いない」
「化物は灯火を持っていても秘術は使えない。火を噴くのとはわけが違うからな。秘術を使うのなら、悪魔だってことになる」
神話に記された女神と人の怨敵。角や羽を生やす異形のもの。それが悪魔。
変異体の化物をはるかに凌駕する危険性をもつが、遭遇例はまずないことが救いだった。それに加え、群れをつくらない。これまで遭遇し戦闘になったものも、単体でいる個体ばかりだった。
「にしてもなあ、喋らないじゃん悪魔。なんか喚いてたり、ゲラゲラ笑ってたりするだけだったじゃんよ。さっきのは意味不明だけど喋ってたよな、言葉。俺いままで見たことなかったよ、喋りかけてきたヤツ」
「……俺だって聞いたよ」
人のかたちを模しながら、異常に発達した右半身と、それに比べてみすぼらしい左半身。下半身は獣のように毛で覆われ、頭部には崩れたような配置で目玉が三つ。口と思われる器官は縦に割れて、細かい牙が蠢いていた。
「左肩に人の顔みたいなものも張り付いてたな。どう思う。ムサ君」
仲間の手当てを終えた騎士、オンバが議論に交じる。
「不運な犠牲者その一。そんなところだろうよ。ここから学術都市は近い。秘術を学ぶ大書庫の学士さんか、秘術士さんが喰われたとしても、そこまで不思議じゃないでしょ」
「それで、秘術まで取り込んだ? 否定はできないし、それはそれで大問題だが、説明がつかない部分も多いな。最年少、カクトゥスくんの意見はどうかな」
「……さっぱりわからん。が、この秘術を使う正体不明の悪魔が変異体となった大狼すら脅かし、寝床を奪い取ったのは事実だろ。こんなヤツが他に出ないよう、女神様とやらに精々祈るしかない」
「お前それ、副隊長の前で言うんじゃねーぞ。彼女は熱心な信徒なんだから、蔑ろにするとは何事かっ、て死ぬほどしごかれる」
「いい訓練になるから歓迎なんだが」
「関係ない俺たちまで巻き込まれるからやめろってんだよ。この訓練馬鹿」
黙って聞いていたほかの仲間たちからも笑いが起きる。半分は本音だったが、それは黙っておこう。
「さて、報告に戻ろうぜ。隊長たち居残り組も、なーんにもみえねえ霧んなかで退屈だろうしよ」
ムサを先頭にそれぞれが引き上げていく。
最後にもう一度、戦いの場となった広い空間を見渡した。壁や天井、至るところから顔を覗かせる輝石の結晶は、あるものは青白く、またあるものは淡い赤色の光を放ち、そのおかげで松明がなくとも視界が保たれている。
倒れ伏していた正体不明の骸は、もう影も形もない。その中央、きらりと光るなにかに気が付いた。
ひょいと摘まみ上げる。血痕か泥か、とにかく汚れが酷いが、装飾品のようだった。深い緑色をした、丸い輝石。太い編紐で括われ、首から掛けられるようになっている。
ムサの言う、犠牲者の遺品だろうか。
だとしたらせめて、帰りを待つ人のもとへ渡してやろう。妙に人脈のある隊長なら、巡り巡ってそれも叶うかもしれない。
悼むつもりで黙祷をささげ、帰還する仲間たちの後へと続いた。
草ひとつ生えていない岩肌に、ひっそりと口を開けたその洞窟はある。
内部は岩壁の放つ光で微かに照らされ、漂う肉の腐った嫌なにおいと、しっとりとした空気が肌に張りついた。
第二騎士団でなければ、この大狼のねぐらまでたどり着けまい。
そう思えるほど道のりは過酷なものだったが、他にも理由がある。
狭い通路を行った先、天上の高い、広い空間に出る。
熱で抉れた石壁。いまだ形の残る氷柱。砕け散った輝石の結晶。激しい戦いの残滓が、空間一帯に散りばめられていた。
「負傷者は?」
「先行した三騎。いずれも軽傷。行動に支障なし」
狭い空間に大人数でおしかけても仕方がない。隊長判断によって少数精鋭による攻略が決まり、選ばれたのがこの七騎。脱落なくこの結果なら、まぁ上出来だろう。
すでに光の粒となって『還り』はじめている骸を一瞥し、剣を納める。
「おいカクトゥス。いままでこんなヤツ、見たことあったか?」
槍を両肩で担ぎ歩み寄る騎士―――ムサは、いつものなんでもない軽口をたたくような口調だったが、珍しく苛立つ色を隠しきれないでいた。
「……どうかな。『山の民』とも違ったし『森の小鬼』どもとも違う。直感だが、人間に近いと思う」
「だよな。しかも見ただろ? 氷の槍に炎の鞭、雷の矢の雨あられ。発現の手順と反応からしても秘術だってのは間違いない」
「化物は灯火を持っていても秘術は使えない。火を噴くのとはわけが違うからな。秘術を使うのなら、悪魔だってことになる」
神話に記された女神と人の怨敵。角や羽を生やす異形のもの。それが悪魔。
変異体の化物をはるかに凌駕する危険性をもつが、遭遇例はまずないことが救いだった。それに加え、群れをつくらない。これまで遭遇し戦闘になったものも、単体でいる個体ばかりだった。
「にしてもなあ、喋らないじゃん悪魔。なんか喚いてたり、ゲラゲラ笑ってたりするだけだったじゃんよ。さっきのは意味不明だけど喋ってたよな、言葉。俺いままで見たことなかったよ、喋りかけてきたヤツ」
「……俺だって聞いたよ」
人のかたちを模しながら、異常に発達した右半身と、それに比べてみすぼらしい左半身。下半身は獣のように毛で覆われ、頭部には崩れたような配置で目玉が三つ。口と思われる器官は縦に割れて、細かい牙が蠢いていた。
「左肩に人の顔みたいなものも張り付いてたな。どう思う。ムサ君」
仲間の手当てを終えた騎士、オンバが議論に交じる。
「不運な犠牲者その一。そんなところだろうよ。ここから学術都市は近い。秘術を学ぶ大書庫の学士さんか、秘術士さんが喰われたとしても、そこまで不思議じゃないでしょ」
「それで、秘術まで取り込んだ? 否定はできないし、それはそれで大問題だが、説明がつかない部分も多いな。最年少、カクトゥスくんの意見はどうかな」
「……さっぱりわからん。が、この秘術を使う正体不明の悪魔が変異体となった大狼すら脅かし、寝床を奪い取ったのは事実だろ。こんなヤツが他に出ないよう、女神様とやらに精々祈るしかない」
「お前それ、副隊長の前で言うんじゃねーぞ。彼女は熱心な信徒なんだから、蔑ろにするとは何事かっ、て死ぬほどしごかれる」
「いい訓練になるから歓迎なんだが」
「関係ない俺たちまで巻き込まれるからやめろってんだよ。この訓練馬鹿」
黙って聞いていたほかの仲間たちからも笑いが起きる。半分は本音だったが、それは黙っておこう。
「さて、報告に戻ろうぜ。隊長たち居残り組も、なーんにもみえねえ霧んなかで退屈だろうしよ」
ムサを先頭にそれぞれが引き上げていく。
最後にもう一度、戦いの場となった広い空間を見渡した。壁や天井、至るところから顔を覗かせる輝石の結晶は、あるものは青白く、またあるものは淡い赤色の光を放ち、そのおかげで松明がなくとも視界が保たれている。
倒れ伏していた正体不明の骸は、もう影も形もない。その中央、きらりと光るなにかに気が付いた。
ひょいと摘まみ上げる。血痕か泥か、とにかく汚れが酷いが、装飾品のようだった。深い緑色をした、丸い輝石。太い編紐で括われ、首から掛けられるようになっている。
ムサの言う、犠牲者の遺品だろうか。
だとしたらせめて、帰りを待つ人のもとへ渡してやろう。妙に人脈のある隊長なら、巡り巡ってそれも叶うかもしれない。
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