狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

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三章 枯れ枝の腕

学院大書庫にて

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 霧によって頂が隠れる険しきトートネーベ山脈。澄みきった青空を背に、粗い岩肌を露出させているその様は、雄大というほかない。

 麓には青々と光る森が茂り、その森に囲まれるようにしてある、空が零れ落ちたかのような湖に目を奪われる。
 
 湖には中心部に向けて一本の橋が渡されており、その先には灰色をした城が建てられていた。

 その城こそ、秘術士の総本山『学院』であり、湖を囲む街を含めた一帯が、学術都市と呼ばれていた。

「ようやく到着、と。いやあ、空気がうまいなぁ。やっぱり山はいいもんだ。そう思うでしょ、姐さん」

 もう慣れてきた姐さんという呼ばれ方に、アタシは「はいはい」とだけ頷き、軽く流す。いじけたように口を尖らすジニアスを無視して、ティモンとアビーはディオリオと何やら打ち合わせをしている。

 少し前に苦境を共にした教会公認の傭兵三人組が、今回の旅路も同行していた。実は彼らも、組織の構成員だった。先のオリヴィエの実地研修への参加には、組織の戦闘員という背景があったのだ。

 王都を出立した後に聞かされた正体に驚きこそしたが、意外とすんなり受け入れられた。世の中には、どんな秘密があるのかまだまだ知らないことが多い。それを思い知らされて間もないからこそ、意外とすんなり受け入れることができた。

「騙すような形になってしまい、すみませんでした」

 申し訳なさそうに謝ってくれたのはアビーだけだった。他の二人からは特に言い訳もない。腹も立ったが、諜報組織なのだし、正体を隠して活動しているのだから、寧ろ当然なのではないか。

 そう考え直し、彼らの対応はなにも間違っていないことを伝えると、アビーはすこし嬉しそうな顔で笑った。これからもよろしく、と握手を交わす。

「では、日が高いうちに行きましょう」

 王都と同じく三大都市のひとつだし、さぞ賑やかだろう。そう内心楽しみにしていたが、期待は外れて街に喧騒はなく、静まり返っている。王都に比べて活気がない。

 行き交う人は確かにいるが、みな寡黙に仕事に取り組み、必要最低限のやり取りしか聞こえてこない。その静寂さが美しい街並みを、冷たく鋭利な雰囲気にしてしまっている。

 大股に先を歩くディオリオに置いていかれぬよう、足を速めて追う。

 ティモンらは宿の確保と情報収集を行うため別行動だから、どうにも気の合わないこの室長と二人、得体の知れない場所で、身分が圧倒的に高い人物と面と向かって話し合わなくてはならない。その場面を想像しただけで、気が重たくなる。

 馬車一台分の道幅がある石橋を渡ると、ほどなく『学院』の門が見えてくる。開け放たれている門の、ちょうど真ん中あたりの位置に、一人の男が立っていた。

 『大書庫』に属する証だという青いローブを纏った、細い顔をした男。門前まで近づくと、男は静かに頭を下げた。

「お待ちしていました。『長老がた』がお会いしたいとお待ちです。部屋までご案内いたします」

「……ほう。『長老がた』というのは統括者である『老人たち』のことだと思いますが、その『長老がた』は私たちがどういった用向きでお訪ねしたか、既にわかっているということですか?」

 ディオリオの指示で教会の祭服は着ていなかった。有力な商人に見えるよう、質の良い衣に着替えている。

「あなた方が何者であるか、私には関係のないこと。『長老がた』からは、あなた方をお連れするよう命ぜられ、ただそれを果たすのみでございます。それに『長老がた』は人並外れた知恵と見識に、見透す眼をお持ちですから、あなた方の思惑も正体も、きっとご存じなのでしょう」

 細長く切れた目を開きもせず、わずかにほほ笑む男からは、怪しい気配しか感じられない。思わず腰が引けてしまったが、隣に立つディオリオは物怖じひとつせず「ではよろしくお願いします」と案内を促していた。

 くるりと身を翻して歩く男から、少し離れてついていく。ディオリオは前を向いたまま、男に聞こえぬような小声で話した。

「持ち前の肝っ玉はどうしました? ここで怯んでどうするのです。事実ならば、むしろ話が早くて助かるというものですよ」

 むっとしながらも頷くが、やっぱり腹芸なんて向かないな、と素直に思う。

 男が自身の何倍も大きな扉の前に立つ。良く磨かれた青い輝石で造られた扉には、黒い線で細く円を描いた模様が大小いくつも走っている。男がぶつぶつとなにか呟いたかと思えば、模様と扉は鈍く光ると左と右へと滑らかに滑り、きちっと扉の内へと収まった。

 つい口がぽかんと開けてしまいそうになるのを堪えたが、広い玄関広間と、奥から見えてきた、どこまで続いているのかわからない螺旋階段に「すごいもんだ」と呟く。

「いやはや、見事なものです。ここが『学院』の誇る『大書庫』ですね?」

「仰る通り、此処こそ叡智が集う『大書庫』。秘術士は日夜問わず己が定めた命題を解き明かすべく探求し、得られた知識と成果を書き記すことで、叡智が積み重ねられていく」

「ひたすらにその道に向き合って得た知識が、書本となって集積する場……なるほど、それで『大書庫』と。『大書庫』に所属する秘術士の方たちはさぞ優秀なのでしょうね」

 ディオリオの横顔をちらりと見る。アビーこそ『大書庫』に在籍していた秘術士。部下に在籍者がいるのだから、これくらいの話は既に知っているはずだが。

「それは勿論。そもそも『学院』の門をくぐる許しが得られるのは才ある者のみ。更に能力を認められた一握りの選ばれた者だけが、『大書庫』に心血を注いでいるのです。優秀という価値は、当然なのですよ」

「ははぁ。それほどの方々が向き合い、探求するものとはいったいどんなものです? きっと我々では想像もできないものなんでしょう? ……たとえば。そう、たとえば人を操る術とか」

 いま『ベラドゥンナの花』について探りを入れるのかと、内心どきりとしたが、男は歩を止めずに笑って答えた。

「まさか。誰がどんな研究をしているか管理されているし、規範もある。社会を乱すようなものは『長老がた』がお許しになりません。未知の現象を知りたいという欲求は掻き立てられても、良心を打ち負かすことなどありませんよ」

 ディオリオは「ただの思いつきです。部外者の無知と笑ってください」と静かに返すと、あとは黙っていた。三人は無言のまま、ぐるぐると緩やかな螺旋階段を上っていく。

 見事な金細工が施された手すりを支えにしながら、視界に入ってくる情報から各階の造りを予想してみる。

 この螺旋階段を中央にして、左右に術士が籠る小部屋がいくつもある区画があるのだろう。これまでの階に人影はないが、ここからでも床から天井までみっちりと書本が収められた棚はいくつも見られ、本に支配された城という印象を持った。

 ようやく階段を上り終えると、これまでと違った風景が開けた。

 最上階だろう階層は、白色の磨き石が一面に敷き詰められ、ぽつんと扉が一つあるだけだった。階段の手すりよりも豪華な細工があしらわれた青い木製の扉はアーチ状で、重厚感のある両開きのものだった。

 男は扉の前まで進み、振り返る。

「案内はここまで。この部屋で『長老がた』がお待ちです。どうぞお入りください」

 扉の向こうから流れてくる、なんともしれない圧。それに気後れしていた気持ちを、ディオリオの「行きましょう」という一声で奮い立たせる。

 がちゃりと音を立てて、ディオリオが扉を開いた。
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