狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

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三章 枯れ枝の腕

シルヴェストリアの女傑

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「女神サンアデリスに仇なす者ども、とくと聞け。我が名はメリアン・シルヴェストリア。悪しきを裁く、輝かしき聖王教会の剣なり。外道の者、覚悟はよいな」

 片手剣の切っ先をまっすぐに暗殺者に向け、堂々と名乗りを上げる、外套を纏った女騎士。長い黒髪を一本で束ね、同じく深い漆黒の瞳は鋭く敵を見据えていた。

 暗殺者の一人が、じりと間合いを詰めたかと思うと、横なぎに手を振るう。メリアンと名乗った女騎士は、踏み込むようにして片手剣を振るった。ガギンと鳴る、金属どうしを弾く音。

 投擲された短刀が二本、地面へ転がる。暗殺者はそのまま、地面に倒れるほどの前傾姿勢で突撃していく。ディオリオが叫んだ。

「暗殺者です! 毒を使いますので、気をつけて!」

「これは僥倖っ!」

 メリアンは怯むどころか、さらに一歩踏み込み、白刃を閃かせる。暗殺者は短剣を構え、その一撃を受け止めたが、その体勢のまま身動きができない。張りの良い声が響く。

「貴様らが、兄たちに辛酸を舐めさせたという暗殺者か。今日この時、我が一族の雪辱を晴らす機会がもたらされるとは、なんたる幸運! 主の導きの他に、なにがあるだろうか!」

 拮抗しているかのようにみえた迫り合いは、暗殺者を押しこめていく。メリアンは一度大きく力を込め、気合と共にお互いの剣を弾きあげると、ぐるりと体を回転させ、そのまま連撃を繰り出していく。光りのように目にも止まらぬ一閃は、回転を増すごとに威力も増す。

 残る三人の暗殺者も加勢に走り出すが、ジニアスの弓が、ティモンの剣が、それぞれ行く手を阻んだ。

 受け損ねた一撃が、ついに暗殺者を捉える。脇腹を裂かれた暗殺者は倒れこそしないものの、完全に足を止めていた。

「ふん、これで終いだな。大人しく投降しろ。そうすれば命までは取らん」
 
 無事に終わった。そう胸を撫でおろした瞬間、予想だにしない動きが起こった。

 深い傷を負った暗殺者は、再び短剣を握りなおし、襲いかかる。
 一拍も置かずに暗殺者の肩に矢が射られ、あまりの衝撃に被っていた仮面が転がると、ようやく暗殺者はその動きを止めた。

「……なんだ。遅かったじゃないか。わざわざお前が手を出さなくとも、私なら問題なかったものを。なにが不安なんだ、カクトゥス」

 メリアンはそう言って、倒れた暗殺者を尻目に、弓を構える青い髪の騎士を見た。

「こうしておかないと、斬って捨てるだろ、副長。情報を吐かせるんだから、殺しちゃまずいでしょうに」

「馬鹿言え。そんなことはしない。……それにしても弱すぎるな。兄たちが交戦した者どもとは、練度が違いすぎる」

 メリアンはどこか不満げにため息を漏らすと、素早く暗殺者の手足を縄で縛り、拘束した。ティモンらが足止めした三人の姿は既にない。ジニアスが片耳を地面につけ、気配を探っているようだが、やがて立ち上がると首を振った。どうやら撤退してくれたらしい。

 ―――今度こそ本当に終わった、よな?
 
 詰まりに詰まって、行き場を失くしていた胸の空気を、大きく吐き出した。なんだか最近、こんな息詰まる場面ばかりに鉢合わせている気がする。

「ディオリオです。今回もご協力ありがとうございました」

「メリアン・シルヴェストリアです。そっちの青いのは、カクトゥス。騎士団長の命に従い、我々第二騎士団が王都まで護衛いたします」

 青いの、なんて雑な紹介をされた騎士は頭を下げると、捕縛した暗殺者へと視線を戻していた。その周りには、ティモンらも集まっている。

「まさかシルヴェストリア伯爵家の、しかも副隊長自らが参じてくださるとは。ガーヴィン隊長には随分とお心を砕いていただいたようです。なんと御礼をしたものか、困ってしまいます」

「どうかお気になさらずに。黒の狼煙が見えましたので急行しましたが、討伐任務のおり、我々の隊が一番近くにいただけのこと。たまたまですよ。それに、こういった特務への協力も、我らが務めです。……ですが、そうですね。我が騎士団は大喰らいで、酒好きのどうしようもない連中が多い。そういった品があればうれしく思います」

「なるほど。そういうことでしたらお任せください。質の良い酒も食事も、十分に用意させましょう。どうぞ楽しみになさってください」

「ありがたい限りです。みな喜びます」

 組織での位が高い者どうしが談笑しているさなか、捕縛された暗殺者をみていたティモンがディオリオに駆け寄る。その顔は、眉をひそめた、妙なものだった。

「室長。ご報告したいことが」

 ディオリオは眼鏡を指で押しながら、言葉の先を促す。メリアンとカクトゥスも何事かと様子を窺っている。

「私たち三人が昨年、アーフェンハー港で活動にあたっていた件ですが……覚えてらっしゃいますか」

「ええ、もちろん。アーフェンハー港の事件に巻き込まれ、暗殺者と遭遇。戦闘になったと、報告にはありましたね。それがどうしました?」

「当時、あの街は大混乱でした。無事に脱出できたことは幸運だと思うほどに。敵味方が入り乱れるなか、私たちは、とある暗殺者を一人倒しているのですが……。いや、おかしいとは思うのですが、どうも似ているのです」

「ティモン、貴方らしくないですね。いつものように、はっきりと話してください」

「―――瓜二つなのです。その時の暗殺者と、この者の顔が。額から鼻にかけて大きくついたこの傷。見間違えようがない。これは、私が負わせたものなのです」

 ディオリオは急ぎ、仰向けに倒れ、手足を縛られる暗殺者の顔をみた。まだ痺れがあるが、右脚を引きずってあとに続く。負傷のせいだけではない、血の気のない、青白く冷えた顔がそこにはある。

「その者には、間違いなく止めを?」

「はい。そうしなければ止められない、たがが外れ、狂ってしまった男でしたから。それはあの街の人間のほとんどがそうだったわけですがね……。とにかく、私がこの男の息の根を止めました」

「それは本当だぜ、室長さんよ。ティモンさんがそうしてくれなきゃ、こいつは見境なく暴れまわって、もっと無関係な人間が死んでたところだ」

 ジニアスの言葉には、アビーも静かに頷いていた。
 
 この三人は、どんな体験をしてきたのだろう。この世界は、アタシの知らないところで何が起こっているのか。これまで考えたこともない、もっと広い視野へ少しだけ踏み出した気がした。

「ふむ。死んだはずの人間が大地に還らず、あまつさえ再び息を吹き返し、我々を襲った。……これはまた、頭の痛い問題が増えましたね。『癒しの奇跡』であっても、死者の蘇生は叶わない。そうでしたね? カンナ司祭」

「え? あ、ああ。それは間違いないよ」

 急に話を振られ驚いたが、死者の蘇生は、あのフランチェスカであっても不可能と結論したもの。それこそ神の御業でなければ不可能だと。

 エーテルを取り込み、灯火を持つ生物は、命を終えた時エーテルとなって大地に還っていく。それがこの世の理。

 ―――ぞわりと、背筋に冷たいものが触れた。いや、直接触れられたわけではない。しかし、なにかおぞましい気配が、急にこの場へと現れた。

 異変は全員が察したらしく、各々が視線を巡らせている。騎士の二人は、静かに剣を抜いていた。

「あっ!」

 倒れた暗殺者の影が大きく広がり、身体全体を覆っている。気が付いたのはまったくの偶然だった。
 
 メリアンとカクトゥスが影の部分に剣を突き立てるが、土に刺さる音が小さく聞こえるだけで、みるみる内に暗殺者の姿は影に沈み、消えてしまった。

 それでも気配は消えない。おどろおどろしい、身を震わせるなにかが、首筋を撫でていく。

 少し視線を横に滑らせ、また戻したその瞬間、目の前に細い腕が現れた。
 
 細い、枯れ木のような腕。腕はめいっぱいにその手を広げ、鼻先にまで迫った。

 恐怖と焦燥に、どうにかしようとしても、身体は動かない。

 急に、真横から突き飛ばされる。寸でのところで、ディオリオに体当たりされ、二人で転がったのだった。

 ―――まぁ、良い。今は機ではないのだろう。ではまた会おう、カンナ司祭。

 頭に響く声。碧い目に、じっと見つめられている。
 
 そんな気がした。
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