狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

文字の大きさ
32 / 44
三章 枯れ枝の腕

暗き絵画

しおりを挟む
 日は暮れ落ち、澄んだ夜空が青く広がっている。ぽっかりと浮かぶ双子月だけが、さやさやと風に揺れる草花に、静かな光を落としていた。

 学術都市からなるべく離れようと、待機していた残るメリアンの隊の騎士らと合流し、日が暮れるまで馬を走らせる。

 野営よりは人の目の多い場で休む方が襲撃は受けにくいだろう。そう責任者たちが話し合い、宿を取ることにしたのが、ちょうどよく見えてきた、この大きな街だった。

 心も身体も、疲労感が重くのしかかり、すぐにでも横になりたいのが本音だったが、ディオリオはその前にと、皆を自身の客室に集めた。

 アタシたち『白き影』の面々に加え、暗殺者と対峙し、打ち倒したメリアン、カクトゥスの姿もある。他の二名の騎士は、宿の周辺を見回ってくれていた。

 多少値の張る宿ではあったが、そのぶん、間取りは広い。これだけの人数がいても、窮屈さは感じなかった。

「これからの対策方針を練る為にも、学術都市で得た情報を整理しなくてはいけません」

 部屋のほぼ中央で椅子に座るディオリオは、全員の顔を順に見てから続ける。

「推測の話ではあるのですが―――」

 コールバインが『ベラドゥンナの花』を学術都市で入手したことは間違いない。アタシが垣間見たミレーナの記憶が事実ならば、その裏にロズマールと、あの方という存在があることは疑いようがなかった。あの方こそ、『老人たち』なのだ。

 ファレンはあの方の指示で花を研究していた。ロズマールと同じく、青いローブを纏った彼は『大書庫』の秘術士。全体的な権力者であり統括者である『老人たち』を、あの方と敬うことは不思議でない。

「……ファレンは『老人たち』に花の研究を指示されたが、なにか怒りを買うようなことが起きてしまった。そして、ミレーナは意識を封じられて眠り続け、ファレンの行方はわからなくなる」

「ほう。貴女にしては良い読みですね、カンナ司祭。たしかにファレンという秘術士は、『大書庫』の名簿にはありませんでしたし、知る人間もいないようでした。まぁ、あそこでは命題解明とやらこそ至上らしいので、他者との関わりに時間を割くなど愚かしい、という考えが浸透しているのでしょう」

 ちらりと視線を向けられたアビーが小さく頷く。彼女は、その『大書庫』に属していたことがあったが、期間はかなり短い。『老人たち』はもとより、ロズマールやファレンとの面識はなく、二人の名も知らなかった。

「ファレンは妹の病を治そうと必死だった。もしかすれば、治療に効果があると唆されたのかもしれません。だが、研究の途中でその効果がないことに気付いた。花にあるのは強い麻酔と幻覚作用ですからね。妹を救えないと絶望した彼は、別な手段を考えなくてはいけなかったが、それには多くの金銭が必要になる」

「それで、偶然知り合ったコールバインに花を売り、それを知った『老人たち』が怒った……。それ、なんだか強引じゃないかい?」

「私もそう思います。ですが聞くところによれば、ファレンにとって妹さんは何物にも代えられない存在だった。人の心なんて、簡単に変わっていくものです。生きる価値をどこにおくか、その重さはいかほどか、それは個人によって全く異なるのですよ」

 もっともらしい言いように、全員が黙って聞いている。たしかに、二人の間には深い家族愛のような感情があったように思う。……すれ違う形になってしまったことは、酷く悲しいが。

「話を戻しましょう。花の一件は隠しておきたかったはずです。それなのに、何故我々に助言を与えるかのように、ミレーナと接触させたのかは分かりません。『囁石』を持っていることを知らなかったから。そもそも治療など無駄だから。推測はできますが、どれも憶測にすぎない。だが、カンナ司祭は都合の悪いを知ってしまった。だから追手が放たれた」

 カクトゥスと並び、背を壁に預けていたメリアンが静かに手を上げる。

「ではあの暗殺者は『老人たち』の配下だったと? しかしそれでは―――」

「そうです。反体制勢力である彼らと協力体制にある学術都市は、王家と教会を排すべく、反逆を企てている」

 メリアンの端正な顔が歪む。
 
 熱心な信徒であり、正義心の篤い彼女からすれば許されざる行いでしかないだろう。

 もちろん、アタシだって同じ思いがある。そうやっていつも苦しむのは、立場の弱い者たちに他ならない。

 重い沈黙が場に流れ、それを掻き消すように、ディオリオは、パンとひとつ手を打ち合わせた。

「しかし、これは憶測です。確かな証拠は何もなく、残された謎は多い。そもそも、学術都市が聖王都に反旗を翻したとて利がなく、数という戦力差に勝ち目は薄い。私としたことが、不確かなことを口にしてしまうとは。大変申し訳ありませんでした」

 これには、ティモンらも驚いて異議を唱えていた。

「おいおい、室長さんよ。そりゃないぜ。十分あり得ると考えたから、口から出ちまったんだろ。たしかにわからねえことは多いけどよ、あの爺さんたち、限りなく真っ黒だぜ」

 ジニアスの言葉を受け止めるかのように、ディオリオは頷く。

「そう、限りなく黒い。ですが、それを証明できないのもまた事実。いくつかの結果と、他者の記憶という不確かな証言のうえに成り立つ、仮説でしかない。それだけで、王も教会も動けるわけがない。この仄暗い絵の全容も、描かれた真意も何も分からない。今はここまでなのですよ……非常に悔しいですがね」

◆   ◆   ◆ 

 人道的な観点からも、ミレーナには治療が必要と正式に申し入れ、保護を図ること。秘密裏にではあるが、王都領内ぎりぎりに学術都市の動向を監視する人員を準備すること。暗殺者の勢力拡大を鑑み、対策を強化すること。

 この三点が落としどころとして決まり、集会はお開きとなった。
 
 身体は疲れていたが、ディオリオの話を聞いてからは、とても眠れる気などせず、宿の広間で風にあたることにした。

 いつもは寝苦しい、夜のぬるい風が、今は心地良い。持ち帰ってしまったミレーナの囁石を、手の中でゆっくりと撫でる。

「カンナ司祭だったな。眠れないのは分かるが、早く寝ることだ」

 背後から声をかけられ、石を滑り落としそうになる。慌てて、胸の前で抱えるような格好になった。

「お、脅かさないでおくれよ」

 青い髪をした騎士、カクトゥスが少し離れた場所に立っている。騎士たちは、交代で番をしてくれていた。

「……その石、見覚えがあるな」

 カクトゥスは手にしている石を指さした。そういえば、この石を発見したのは第二騎士団だと聞いた。

 ―――秘術を使う、正体不明の化物を討伐して。

「持ち主は、見つかったのか」

「ああ、たまたまね」

「……そうか。俺はな、自分の行動に悔いが残らないよう心がけてる。だが、これがなかなかどうして難しい。時々、選択が間違っていなかったのか、不安になる」

「……何を言いたいのさ?」

「いや、きっとその石を贈られた奴も、後悔しないように力を尽くしたんだろうと思ってな。カンナ司祭、あんたもそうだろ? やるだけやったんだ。悩んだところで何にもならないじゃないか」

「アンタ、優しくないって言われないかい?」

 カクトゥスは肩をすくめてみせると、その場から離れていく。

「いいか。良く休むことだ。今日みたいな日は、特にな」

 そう言って、騎士は角の向こうへ姿を消す。

 受け取る相手をなくした想いを手に、窓辺から月を見上げる。
 
 決して離れることのない双子月のように、せめてあの兄妹の祈りだけは通じ合えるよう願った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

婚約破棄されましたが、私はもう必要ありませんので

ふわふわ
恋愛
「婚約破棄? ……そうですか。では、私の役目は終わりですね」 王太子ロイド・ヴァルシュタインの婚約者として、 国と王宮を“滞りなく回す存在”であり続けてきた令嬢 マルグリット・フォン・ルーヴェン。 感情を表に出さず、 功績を誇らず、 ただ淡々と、最善だけを積み重ねてきた彼女に突きつけられたのは―― 偽りの奇跡を振りかざす“聖女”による、突然の婚約破棄だった。 だが、マルグリットは嘆かない。 怒りもしない。 復讐すら、望まない。 彼女が選んだのは、 すべてを「仕組み」と「基準」に引き渡し、静かに前線から降りること。 彼女がいなくなっても、領地は回る。 判断は滞らず、人々は困らない。 それこそが、彼女が築いた“完成形”だった。 一方で、 彼女を切り捨てた王太子と偽聖女は、 「彼女がいない世界」で初めて、自分たちの無力さと向き合うことになる。 ――必要とされない価値。 ――前に出ない強さ。 ――名前を呼ばれない完成。 これは、 騒がず、縋らず、静かに去った令嬢が、 最後にすべてを置き去りにして手に入れる“自由”の物語。 ざまぁは静かに、 恋は後半に、 そして物語は、凛と終わる。 アルファポリス女子読者向け 「大人の婚約破棄ざまぁ恋愛」、ここに完結。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

【完結】身代わり皇妃は処刑を逃れたい

マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」 新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。 1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。 2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。 そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー… 別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

処理中です...