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四章 狭間の祈り手
野心
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ヴアルの計らいによって、消耗の激しいカンナは僧房で休ませてもらうことになった。
意識はあったが、漲るようだった快活さは、まったく消え失せてしまっていた。マルルの話では、通常では交わらぬ、ヤティナとかいう存在の姿と声に惑わされたことが原因だという。
それはおそらく、ヴアルが言っていた、肉体の限界が近づいているという言葉と無関係ではないのだろう。
「ヴアル導師。カンナ司祭をお任せして、よろしいのですね?」
敷板の床を一段掘り下げ、砂と灰を敷き詰めたそのうえで、炭が赤々と燃えていた。長い鉄製の箸のようなもので炭をいじりながら、炎がはじける音を聞くヴアルに尋ねる。
「ああ、森の声にあそこまで反応したとは予想外だったが、ここまで影響は及ばない。昂った魂を鎮める香も、薬水もある。とりあえずは、大丈夫だろう」
「嬢ちゃん、調子悪そうだったもんな。あいかわらず、無茶ばっかしてんだろ」
炉端に胡坐をかいて座る、ヴアルの向かって左側。そこには、三人の黒い仮面の男たちが、悠々と足を組み、腰を下ろしている。火を挟むようにして、彼らとは向かい合っていた。
カクトゥスら騎士たちも控えてくれてはいたが、座るのではなく、じっと壁際に立っている。
この状況を作ったのは「争えば蹴り飛ばす」という、ヴアルの一声。
まさか暗殺者と、こんなかたちで話し合う機会が得られるとは、さすがに想像すらしていなかった。
「助けていただいたことには感謝しております。しかし、ヴアル導師が暗殺者どもと通じているとは、夢にも思いませんでしたよ」
「通じてなどいない。ちょっとした縁があるだけだ。ちょっとした、な」
眉ひとつ動かさず、ヴアルはそう言った。
「こやつらは、ワシに用があったらしくてな。たまたま訪ねてきおっただけだ。その途中に面白くもない気配を感じ取ったから、ちょっと蹴り飛ばしてやったにすぎん。それにしても、ずいぶんと厄介なヤツらに目をつけられてるもんだ」
あの、水気を含み、ぬらぬらとした肌をした半人半蛇の悪魔。カクトゥスがみたという、枯れ枝のような腕。
状況からみれば『老人たち』がしかけてきたと判断できる。うすうす勘づいてはいたが、ヴアルは『老人たち』を知っているのだ。敵対している可能性も、十分にある。
しかし、そうなれば、暗殺者との関係に疑問が残る。『老人たち』は暗殺者と結託し、襲いかかってきた。
一方でヴアルと暗殺者の間には、用があったと気軽に訪ねることができる、関係性ができあがっている。
「『老人たち』は、我々を処分するために暗殺者を放ちました。しかも、死んだはずの暗殺者まで使って。……あれは、何者なのです?」
「腐れ縁、というとこだろうな。もう長く顔も見とらんが。ワシから特に言うことはないが、暗殺者が手を貸しているというのは初耳だ。そこらへんは、どうなんだ?」
ヴアルに一番近い男が、面で声をくぐもらせながら答える。
「話に聞く『大書庫』の管轄者だな。協力した覚えはない。そうだろう?」
同意を求めるようにして顔を向けられた、隣に座る男がうなずく。その声に、聞き覚えがあるような気がした。
「それよりも、死んだ暗殺者だったと、そう言ったな。それは確かなのか。何故わかる?」
「私の部下に、アーフェンハー港事件を生き延びた者がいましてね。暗殺者に襲われ、やむなく返り討ちにした。その顔を、覚えていたそうですよ。……避難民を守る為だったとはいえ、貴方がたからすれば、私たちは仲間の敵でもある。恨まれても、文句は言いませんよ」
「いや、あれはこちらの落ち度だ。余計な犠牲は出すなと言い聞かせていたのに、あのザマだ。別に、あんたがたを恨みはしない」
意外な反応だ。てっきり現体制への批判がはじまるかと思っていた。この冷静な対応は、ヴアルの抑止があるからだろうか。それとも、本心なのか……。
男は、おもむろに面を外した。仮面の下から、右目に革製の眼帯をつけた顔が現れる。年齢は三十半ばだろうか。堀の深い顔立ちをしていた。
広げた左手を胸に置き、深く頭を下げたあと、男は静かに口を開く。
「俺の名は、ジエロという。暗殺者たちを束ねる、組織の長だ。素顔を晒したのは、信頼を得るため。俺たちは、なによりも同胞を大事にしている。死した同胞を弄ぶ外道と、手を結ぶことは決してない」
ジエロの隣に座る男も、面を取り同じ仕草をすると、言葉を継いだ。
「スレッツァだ。……俺たちが目指す先は、不当な弾圧からの解放。不正の一掃だ。お嬢ちゃん―――カンナ司祭に言ったこともあるが、クソったれなこの国を、風通しよく変えてやりたいだけだ」
はたして、信じていいものか。
判断に迷っていると、ヴアルが場にそぐわない、のんびりとした声で言った。
「ディオリオ室長。先の言葉は、こやつらの本心だ。この里の慣例故知らぬのも無理はないが、左手を胸に当てて礼をする仕草は、偽らざる誓いを意味している。わざわざワシの前でしてみせたのだ、信じてもらって良いぞ」
頭の中で、何かが閃いた。なぜジエロがここまでして信頼を得ようとしているのか。それは、組織の着地点を探しているのからではないか。
ずっと疑問を抱いていたことだった。
王は対話を望んでいるからこそ、『白き影』を発足し、暗殺者を討伐する動きをしていない。もし王が、騎士団長がその気なら、大規模な暗殺者狩りが行われるだろう。
そうなれば、お互いに犠牲は避けられない。アーフェンハー港とは比べ物にならない多くの血が流れ、その末に暗殺者と、彼らに同調した民すらも根こそぎ狩られる。それを、組織を統率する人物が想像していないとは思えない。
改革を迫るのなら、もっとうまいやり方があったはずなのだ。それができなくなってしまった。道が分かれたのは、やはりアーフェンハー港の暴走なのだろう。
―――果たすべき理想はあっても、迷いがある、ということですか。
「貴方がたが置かれた状況は、概ねわかりました。アーフェンハー港と周辺の島々の民たちは、熱狂的に支持していますからね。彼らの感情を落ち着かせる方法も、考えなくてはなりませんか」
眼帯で覆われていない、ジエロの左目がじろりと見据える。黒い瞳の底に宿る強い光に、怯むことなく真っ向から見返す。
「王は対話を望まれています。そして、私であれば王との橋渡し役にもなれる。もちろん、騎士団長ともね。ジエロさん、こんなにもうってつけの人間はそうはいない」
「ディオリオ室長とか言ったな。あんた、何が言いたい?」
「私と、手を組もうというのです。これは、お互いに利がある話だ。私は貴方がたの安全を保障する。その代わり、貴方がたは私に剣を貸すのです。断罪という、救済の刃のね」
―――これは、王の悲願ではない。
影を誓った日よりさらに古く、自身の胸に誓う十字架。この道を往く、原点。
ジエロは少しばかり間をあけ、にやりと笑い、うなづいた。
意識はあったが、漲るようだった快活さは、まったく消え失せてしまっていた。マルルの話では、通常では交わらぬ、ヤティナとかいう存在の姿と声に惑わされたことが原因だという。
それはおそらく、ヴアルが言っていた、肉体の限界が近づいているという言葉と無関係ではないのだろう。
「ヴアル導師。カンナ司祭をお任せして、よろしいのですね?」
敷板の床を一段掘り下げ、砂と灰を敷き詰めたそのうえで、炭が赤々と燃えていた。長い鉄製の箸のようなもので炭をいじりながら、炎がはじける音を聞くヴアルに尋ねる。
「ああ、森の声にあそこまで反応したとは予想外だったが、ここまで影響は及ばない。昂った魂を鎮める香も、薬水もある。とりあえずは、大丈夫だろう」
「嬢ちゃん、調子悪そうだったもんな。あいかわらず、無茶ばっかしてんだろ」
炉端に胡坐をかいて座る、ヴアルの向かって左側。そこには、三人の黒い仮面の男たちが、悠々と足を組み、腰を下ろしている。火を挟むようにして、彼らとは向かい合っていた。
カクトゥスら騎士たちも控えてくれてはいたが、座るのではなく、じっと壁際に立っている。
この状況を作ったのは「争えば蹴り飛ばす」という、ヴアルの一声。
まさか暗殺者と、こんなかたちで話し合う機会が得られるとは、さすがに想像すらしていなかった。
「助けていただいたことには感謝しております。しかし、ヴアル導師が暗殺者どもと通じているとは、夢にも思いませんでしたよ」
「通じてなどいない。ちょっとした縁があるだけだ。ちょっとした、な」
眉ひとつ動かさず、ヴアルはそう言った。
「こやつらは、ワシに用があったらしくてな。たまたま訪ねてきおっただけだ。その途中に面白くもない気配を感じ取ったから、ちょっと蹴り飛ばしてやったにすぎん。それにしても、ずいぶんと厄介なヤツらに目をつけられてるもんだ」
あの、水気を含み、ぬらぬらとした肌をした半人半蛇の悪魔。カクトゥスがみたという、枯れ枝のような腕。
状況からみれば『老人たち』がしかけてきたと判断できる。うすうす勘づいてはいたが、ヴアルは『老人たち』を知っているのだ。敵対している可能性も、十分にある。
しかし、そうなれば、暗殺者との関係に疑問が残る。『老人たち』は暗殺者と結託し、襲いかかってきた。
一方でヴアルと暗殺者の間には、用があったと気軽に訪ねることができる、関係性ができあがっている。
「『老人たち』は、我々を処分するために暗殺者を放ちました。しかも、死んだはずの暗殺者まで使って。……あれは、何者なのです?」
「腐れ縁、というとこだろうな。もう長く顔も見とらんが。ワシから特に言うことはないが、暗殺者が手を貸しているというのは初耳だ。そこらへんは、どうなんだ?」
ヴアルに一番近い男が、面で声をくぐもらせながら答える。
「話に聞く『大書庫』の管轄者だな。協力した覚えはない。そうだろう?」
同意を求めるようにして顔を向けられた、隣に座る男がうなずく。その声に、聞き覚えがあるような気がした。
「それよりも、死んだ暗殺者だったと、そう言ったな。それは確かなのか。何故わかる?」
「私の部下に、アーフェンハー港事件を生き延びた者がいましてね。暗殺者に襲われ、やむなく返り討ちにした。その顔を、覚えていたそうですよ。……避難民を守る為だったとはいえ、貴方がたからすれば、私たちは仲間の敵でもある。恨まれても、文句は言いませんよ」
「いや、あれはこちらの落ち度だ。余計な犠牲は出すなと言い聞かせていたのに、あのザマだ。別に、あんたがたを恨みはしない」
意外な反応だ。てっきり現体制への批判がはじまるかと思っていた。この冷静な対応は、ヴアルの抑止があるからだろうか。それとも、本心なのか……。
男は、おもむろに面を外した。仮面の下から、右目に革製の眼帯をつけた顔が現れる。年齢は三十半ばだろうか。堀の深い顔立ちをしていた。
広げた左手を胸に置き、深く頭を下げたあと、男は静かに口を開く。
「俺の名は、ジエロという。暗殺者たちを束ねる、組織の長だ。素顔を晒したのは、信頼を得るため。俺たちは、なによりも同胞を大事にしている。死した同胞を弄ぶ外道と、手を結ぶことは決してない」
ジエロの隣に座る男も、面を取り同じ仕草をすると、言葉を継いだ。
「スレッツァだ。……俺たちが目指す先は、不当な弾圧からの解放。不正の一掃だ。お嬢ちゃん―――カンナ司祭に言ったこともあるが、クソったれなこの国を、風通しよく変えてやりたいだけだ」
はたして、信じていいものか。
判断に迷っていると、ヴアルが場にそぐわない、のんびりとした声で言った。
「ディオリオ室長。先の言葉は、こやつらの本心だ。この里の慣例故知らぬのも無理はないが、左手を胸に当てて礼をする仕草は、偽らざる誓いを意味している。わざわざワシの前でしてみせたのだ、信じてもらって良いぞ」
頭の中で、何かが閃いた。なぜジエロがここまでして信頼を得ようとしているのか。それは、組織の着地点を探しているのからではないか。
ずっと疑問を抱いていたことだった。
王は対話を望んでいるからこそ、『白き影』を発足し、暗殺者を討伐する動きをしていない。もし王が、騎士団長がその気なら、大規模な暗殺者狩りが行われるだろう。
そうなれば、お互いに犠牲は避けられない。アーフェンハー港とは比べ物にならない多くの血が流れ、その末に暗殺者と、彼らに同調した民すらも根こそぎ狩られる。それを、組織を統率する人物が想像していないとは思えない。
改革を迫るのなら、もっとうまいやり方があったはずなのだ。それができなくなってしまった。道が分かれたのは、やはりアーフェンハー港の暴走なのだろう。
―――果たすべき理想はあっても、迷いがある、ということですか。
「貴方がたが置かれた状況は、概ねわかりました。アーフェンハー港と周辺の島々の民たちは、熱狂的に支持していますからね。彼らの感情を落ち着かせる方法も、考えなくてはなりませんか」
眼帯で覆われていない、ジエロの左目がじろりと見据える。黒い瞳の底に宿る強い光に、怯むことなく真っ向から見返す。
「王は対話を望まれています。そして、私であれば王との橋渡し役にもなれる。もちろん、騎士団長ともね。ジエロさん、こんなにもうってつけの人間はそうはいない」
「ディオリオ室長とか言ったな。あんた、何が言いたい?」
「私と、手を組もうというのです。これは、お互いに利がある話だ。私は貴方がたの安全を保障する。その代わり、貴方がたは私に剣を貸すのです。断罪という、救済の刃のね」
―――これは、王の悲願ではない。
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