Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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02 潜入捜査

17 Vesta (悪夢)

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「ハイドラ、少し食べないとだめよ。ね。いらっしゃい、何も心配いらないわ」

 ファビアがハイドラのブースを覗き込み、抱き抱えるように彼女を連れ出す。昨日に引き続きハイドラは顔色が悪くて、まだ目元が濡れている。

「大丈夫……?」

 誰も答えない。仕方なくみんなの後をついて食堂に行く。朝の食堂は、いつも俺たちのチームしかいない……。

 ファビアだけじゃなくて、他の二人とも距離を感じる。まるで人権保護局に入ってすぐの時みたいだ。間違ってここにいるみたいな。全然溶け込んでいない。昨日ファビアに言われたことが、楔みたいに突き刺さったままになっている。

 食堂でガーゴが朝食を置いて行ったけど、なんだか食べる気がしなかった。こういうこと? 昨日のハイドラは。今朝は彼女は少しずつだけど口に入れている。誰も何も喋らない。

「……そうだ、ファビアは、ここに来る前はどうしてたの?」

 昨日バルと話していて途中になってしまったのを思い出す。バルの聞き取りではファビアは半年も前にどこかに行ったことになっていると言っていた。

「……何が聞きたいの?」

 ファビアは小柄でとても可愛らしいのに、ぞっとするほど冷たい声で言った。

「いや、ただ……。ごめんね、ちょっと聞いただけだよ。どうして、ここに来たのかなって」
「行くところがないからよ。ヴェスタだってそうでしょ? ねえ、そんなこと聞かないでよ!」
「………」

 いつもの作業に入ってからも、3人にはなんとなく話しかけづらくて、誰とも話さなかった。なんだろう、これ。何かが喉のあたりに詰まったみたいで、少し苦しい。セミナーにも行く気がしない。だって、あのセミナーに行くとすごく嫌な気持ちになる。レプリカントが酷い目にあってる話ばっかり……。

「ヴェスタ。セミナーの時間だけど」
 
 ブースをファビアがノックした。嫌だ。

「……ちょっと体調が悪くて。今日は休ませてもらえないかな」
「……本当に体調のせいなの? まあいいわ。行きましょう」

 みんなが部屋を出て行く音。すごく居心地が悪い。でも一人になれて少しほっとする。こんな気持ちは久しぶりだ。バルと一緒の時はこんな気持ちにならない……。他の人の言動すべてが、ざらざらと俺の心を削り取っていくみたいだ。

 時間を見る。まだ3時。ブリングを借りるか迷って、みんなが帰ってきた時にのんきにブリングなんか見ていたらまたイライラされるかもしれないと思ってやめた。退屈なのに身動きが取れない。バルは仕事中だな。ディーと何をしてるのかな。

 ──あんたなんか。

 そうだよね。俺なんか……。ディーの方がバルもやり易いのかも知れない。

 役に立てない。ここに来てからも何もできていない。みんなと仲良くなることさえ……。

 ──あれが?
 ──そう。レプリカントだって。

 全身を舐めるような視線。

 ──バルトロイの? すぐ壊れるんじゃないのか?
 ──だからのレプリカントなんだろ。使い捨てさ……。

 やめて。

 ──バルトロイも物好きだよな、職場にダッチワイフ持ってくるなんて。
 ──俺たちも使わせてもらうか?

 やめて。

 ──ほら、しゃぶってみろよ。
 ──人間様の言うことは聞くんだろ?

 嫌だ。触らないで。

 ──チッ、オーナーの言うことしか聞けねえのか?
 ──バルトロイはいいなあ! ちょっと仕事ができて豚の血が入ってるからって、セクサロイドまで買ってもらえて!
 ──しっ、聞こえるわよ。

 やめて。やめて……。

 俺はレプリカントのままでいい。何を言われても構わない。でもバルのことは言わないで……。

 ──バルにはベテランのバディを……

 お願い。俺、がんばるから……。

「ヴェスタ」

 ──人材の配置として正しくないんじゃないかと……

 ごめんなさい……。

「ヴェスタ!」

 ぐっと肩を掴まれて目を覚ました。いつの間にか眠っていた。

「ヨールカ……」
「ファビアたちから、あなたが体調不良でセミナーを休むって聞いたから。本当に具合が悪そうだね。熱はないみたいだけど」

 ヨールカの手がそっと額にふれた。俺の額は冷や汗でびっしょりだった。涙で頬が濡れていることにもやっと気がついた。

「夕食はここに持ってこようか? 大丈夫?」
「大丈夫……」
「どこか痛むの?」
「ううん。嫌な夢を見ただけ」

 嫌な夢……。

「ここの生活はどう?」
「ん……」

 つらい。

「うまくいかない……。みんなのこと、怒らせちゃったみたい」
「集団生活だからね。うまくいかないこともあるよ。大丈夫、みんな仲間だから」
「仲間……」

 ざわざわと3人が戻ってきた。ヨールカが俺の肩をさすりながら声をかける。

「おかえり。ヴェスタは少し休めば大丈夫じゃないかな。すぐに夕食は行ける? ヴェスタ」

 そんな気分じゃなくて首を横に振ると、ヨールカは「じゃあ、食べられそうになったらちゃんと食べるんだよ」と言って部屋を後にした。それに続くように、3人も部屋を出る。本当に嫌な夢。でも、本当にあったこと。俺に嫌なことを言ってくる人はカラスだけじゃない。捜査官の中でも好意的な人の方が少なかった。俺がレプリカントだから……。

 ヒューマンの中にいた時は、仕方ないと思った。俺だけレプリカントなんだから。でも、レプリカントの中でも俺は嫌われるんだね……。どうしてなのかな。

 ごちゃごちゃ考えていたら、みんなが戻ってきた。あんまり顔を合わせたくなくて、そっと部屋を出る。シャワーでも浴びようかな。お昼もあまり食べてないから、少し何か食べなくちゃいけない。本当に体調が悪くなったりしたら、余計に俺はお荷物になってしまう。

 食堂に行ってみると、見たことのないグループが食事をしていた。なんだか新鮮だった。この施設に来てから、他にもたくさん人がいるはずなのに、あまり接触したことがない。見るともなくそのグループを眺めながらとにかく出されたものを食べた。

 その人たちは食べ終わると全員で一斉に食堂を出て行った。入れ替わるように別のグループがやって来る。その人たちも食べ終わると連れ立って出て行く。そしてまた別なグループ……。

 不思議。いつも食堂には一つのグループしか入らないようにしてるみたい。結構広いし、テーブルだっていくつもあるんだから、みんなで食べたっていいのに。

 そういえば、こうして一人になるのも久しぶりだった。というか、一人で食事するのは初めてかもしれない。ずっとルームメイトと一緒だったから。一人で食べてる人を見たこともない。自分がすごく孤独な感じがする。今日も何も報告できることがない……。

「あ!」

 食事をしていたグループの何人かがちらっとこっちを見た。恥ずかしい。思わず結構大きな声を出してしまった。バルには報告できることがある。

 沈んでいた気持ちが少しだけ浮かんだ気がした。
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