Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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03 トライアル (2)エア・ランナー

01 Vesta (out of the blue)

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 エアランナーの操縦には慣れて来た。風のない日なら、離陸も着陸もできる。ポートがあれば。

「風が強いと何をしないといけないの?」

 今日も日曜日で、俺はアラスターとエアランナーに乗っていた。

「離着陸がかなり難しくなるよ。それに流されるんだ。オートでも多少は修正してくれるけど、たまにとんでもない方向になってることがあるから、ちゃんとマップを見てないといけない……午後から少し風が強く吹くみたいだから、やってみようか」
「うん」

 今はポートがない場所に着陸する練習。大きな川に沿って飛ぶ。

「もう少しで広い河川敷があるよ。停めてみよう。マップを開いて」

 モニタに映す。少し先に開けた場所があるのがわかる。

「ディスティネーションじゃなく、ランディングポイントの方を選んで。そしたら今度は画面を戻してレベルを選択」

 等高線の地形図が現れる。さっき設定したランディングポイントにマークが見える。

「操縦桿のロックを解除。水平に着地しないといけない。ブルーならそのまま接地オーケー、イエローはいまいち。レッドは全然ダメ。操縦桿で微調整」
「わ……難しい」

 ゆっくり高度を下げて操縦桿にちょっとずつ角度をつけるけど、なかなかうまく青にならない。

「難しいよね。少し高度を上げよう。一緒にやろう」

 アラスターの手が後ろから伸びて来て、俺の手をすっぽり包む。

「右が下がってるなと思ったら、左に少しずつ傾ける。慌てなくていいんだ」

 すぐにブルーになる。えー! すごい……。

 着陸して河川敷に降りる。対岸で家族連れがバーベキューをしていて、子供が手を振ってくれる。振り返す。

「これができると折り返しだな」
「どのくらいでできるかな」
「すぐだよ。コツさえ掴めば。5、6回もやればできるんじゃないかな」

 エアランナーの練習ももう三ヶ月になろうとしていた。飛行時間は二十時間ちょっと。午前中から乗って、アラスターとお昼を食べて、午後にまた練習して帰るのが恒例になった。ずっと付き合わせているのに、アラスターは嫌な顔一つしない。

「免許取れたら何かお礼したいな。何がいい?」
「いらないよ。俺だって楽しんでるんだ」

 本当に優しい人。何か考えないとな。アラスターが喜ぶもの。

「どうしてヴェスタはエアランナーの免許が取りたいの?」

 河原を歩きながらアラスターが尋ねてきた。

「……だって、俺何もできないからさ」

 他のレプリカントみたいに、インストールされた次の瞬間もうできるようになったりしない。自分で身につけるしかないんだ。

「いつまでもバルのバディかわからないだろ。放り出されても何かできれば、と思って」

 ReLFとマリーンの件でわかったのは、レプリカントの立場の弱さ。職業も選べない。もしバルがもういらないって言ったら、俺は何になるの? 怖くて、何かせずにはいられない。ただ怖い。

「バルと離れるかもしれないの?」
「もしかしたらっていつも思ってるよ。だって俺はただのバディだもん。俺がバディとして仕事できなくなったり、ほかにもっといい人が来たらさ、もういらなくなるんだろうなって」

 バルはすごいから。俺がバルに追いつけなくなったら。俺がお荷物になったら。

 ああ。本当にマリーンが羨ましい。マリーンがただ生きているだけで雨の中抱きしめてくれる人がいて。俺にもそんな人がいれば。その人が──

「そしたら俺がもらうよ」
「え?」
「俺がヴェスタを引き取るよ。だからそんな悲しい顔しないで」

 アラスターの顔を見上げると、真っ赤だった。

「俺じゃ嫌かな?」
「………」
「あ、びっくりした? ちょっとでいいから、考えてみてくれないかな」

 びっくりした。それってどういう意味?

「俺がアラスターの、何として?」
「ん?」
「何としてアラスターは引き取ってくれるの?」

 弟子? 友達?

「俺としては、恋人だといいなと思ってるんだけど」

 どきんと心臓が鳴った。まったく想像してなかった。

「返事は今じゃなくていいんだ。ヴェスタの気持ちでいい。考えてみて欲しい」

 髪が白くなっていくのがわかった。本当なのかな? 混乱して、何から考えないといけないのかわからない。

「困ってる? 急だったかな……とにかくお昼食べよう」

 お昼ごはんは味がわからなかった。アラスターのことを変に意識してしまって。目も合わせられなかった。

「風が出てきた。予報通りだね。じゃあ、少しやってみようか」
「うん」

 落ち着かないと。事故をひとつも起こさないこと。

「離陸自体はいつもと同じだよ。ただ風に押されるから」
「あ、本当だ。ロックを外すともうわかるね」
「そうだよ。離陸した瞬間にグラっとするから気をつけて」

 操縦桿に方向性のある圧力を感じる。

「引く時に風がきてる方向を少し抑え気味にするんだ」

 少し抑え気味。ぱっとアラスターの手が重なる。どきっとして反射的に引いてしまう。

「あ!」
「おっと」

 がたんがたんと機体が震える。アラスターが両方の操縦桿を戻して一度着陸させる。

「ごめん!」
「大丈夫。急に引くと制動が起こるんだよ。ゆっくり」

 大きな手が俺の手をまた包む。

「風を感じて。今は西風だね。右手から引く感じ、少しずつ引く」

 ふっと垂直に上がっていく。ホバリング。まだオートに切り替わらない。

「ほら。機体が何もしなくても流される。今、風向と風力を計算中なんだ。これが終わるまでオートにならない。急ぐならそれまではマニュアルで動かすんだよ」
「どれくらい?」
「今日は風向きが一定してるから、一分もかからないよ。ハリケーンの中を飛ばなきゃいけないとかならほとんどずっとマニュアルだね」

 オートに切り替わる。ほっとする。

 落ち着くとさっきの話に頭がいってしまう。アラスターが……

 ミラーを見る。外を見るアラスターの横顔が見える。オレンジに近いアンバーの瞳。繊細そうな高い鼻と締まった口元。アラスターがこちらを向く。ぱっと目を背ける。フライトヘルメットをしているから、どうせ俺の視線なんてわからないのに。

 考えてみて欲しい。何を? どんなことを考えればいいの?

「たまにマップと進行方向を確認してね。今日くらいの風なら大丈夫だけど、調整が必要になることもあるよ」
「はい」

 モニタを見る。合ってるように見える。優しい優しいアラスター。わからない。まだ考えられない。外を見る。川を今度は下っていく。雲が流れていく。早い。雲の切れ目から光が射したり翳ったりを繰り返す。

「きれい」
「きれいだね」

 バル。教えて。なんでも教えてくれただろ。また助けて。

 ……これは教えてくれないかもしれない……。どうだったらいい?

 何も話さないまま、社宅のポートに降りた。降りる時もアラスターは手を添えてくれた。

「今日もありがとう、アラスター」
「どういたしまして。いつでもどうぞ」

 にっこり。アラスターの不機嫌な顔を見たことがない。いつも揺るがなくて、優しくて安心させてくれる人。

「また来週も、教えてもらってもいい?」
「いいよ」

 いつも、そしてランナーから降りて俺が屋上から出るまで見送ってくれる。

「じゃ」
「待って」

 手を、俺の手をアラスターの手が掴む。

「ヴェスタ。本当に好きだ。本当に、好きなんだ。もし君が良ければ……」

 キスしてもいいかな? 遠慮がちにアラスターが聞いた。どうしよう……

「……あ、の…」
「だめかな? 困る?」

 どうしよう。アラスターのことは好き。大好き。俺が知ってる人の中で一番優しい人。好きって言ってもらえて嬉しい。でも、キスしたりっていうのは考えたことがない。どうしよう……。

「正直、まだわからない……」
「そっか……じゃあ、これはどう?」

 背の高いアラスターが少し屈んで、俺のひたいにそっと唇をつけた。温かい。大きな手が俺の頭を包むように触れる。唇が離れる。目が合う。切ない目。こんな目で俺のこと見てたの? 知らなかった……。
 もう一度唇が近づいてくる。髪を。頬にかかる髪をアラスターの指が払いのける。空いた頬にキス。心臓が破裂しそう。息ができない。

「……今日はここまで」

 アラスターが体を離す。体が熱い。

「嫌だった?」

 首を横に振る。嫌じゃなかった。どうしよう。

「良かった。また来週ね、ヴェスタ」

 声が出なくて、こくんと頷いただけで、アラスターはランナーに乗り込んでヘルメットを被った。

「ごめんね、今日は見送らないで行くね」

 パタンとドアが閉まる。機体から離れるとふわっと音もなくランナーが浮いた。アラスターが窓の中から手を振る。すぐに見えなくなる。

 アラスター……。

 混乱したまま部屋に戻ると、バルがブリングを見ながらリビングにいた。

「おかえり」
「ただいま」
「……ん?」

 バルがちょっと目を上げて俺を見た。ぎくっとする。何も……何も悪いことはしてないのに。

「何かあった? 髪がすげーよ」

 洗面所に駆け込んで髪を見る。エメラルドグリーンを通り越して、パールグリーンになっている。俺、嬉しいんだ。たぶん。

 リビングに戻る。レッダが操るサービストレイがカラカラと夕食を運んでくる。

「座れよ。もう食べた?」
「まだ。あの……」

 バルがトレイからプレートをテーブルに載せる。どうしよう。

「アラスターが、俺のこと好きだって。どうしたらいい?」
「は?」

 とりあえず席に座る。バルが目の前にプレートを置いてくれる。

「なんだ? もう一回」
「アラスターが俺のこと好きなんだって。恋人だったらいいなっていうようなこと言われた」
「そうか。それで?」
「どうしたらいい?」
「どうしたらって……」

 バルが黙って少しだけ俺の髪に触れた。まだパールグリーンのまま。

「お前はアラスターが好きなんじゃねえの? そういう色だろこれ」
「うん」
「じゃあ、付き合えば?」

 そんな簡単なの?

「付き合うってどうすること?」

 知識としては入ってる。個人対個人が互いに好意を持って性行為を含む遊興や生活を共にすること。まれに複数人の場合もある。

「どこまで具体的ならわかる?」
「一緒に出かけたり? キスしたり?」
「わかってんじゃん」
「わかんないよ」
「だから。やってみろって」

 そんな。考えたことなかった。そういうことをバルじゃない人とするなんて。アラスターのことは好きだけど、それはザムザを好きなのとどう違うの?

「バル……」
「……俺は、いいことだと思う。お前にとってさ。アラスターはいいやつだ。本当にいいやつなんだ。だからお前も好きになったんだろ」

 頷くしかない。でも。

「怖い」
「怖くない」

 バルは全然構わないの? 目を合わせてくれない。

 アラスターなら大丈夫だ。怖くないよ、とバルは噛んで含めるように言った。





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