Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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04 (e)VAC(u)ATION

13 Vesta (クローズ)

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 下手に局に戻ると捕まりそうだったから、そのまま公用車の中で考える。ヒントはハイブリッドと変なにおいだ。バルにしかしない匂い。

「どんなにおい? メイハンの事件の時みたいな?」
「いや。薬品臭じゃない。生々しい感じの……悪い匂いだよ」
「わるいにおい」
「わかんねえよな。でもそうとしか言いようがない。とにかく悪いにおいさ。肉の腐った匂い……てのも違うし。致命的なにおい・・・・・・・

 致命的なにおい。

「前にも嗅いだことがあるって言ってたね。どこで?」
「犬じゃねーから一回嗅いだら忘れねえとかそういう芸当はできねえんだよ。でも割と最近だ。病院……」
「病院?」
「そうだな。たぶんそうだと思う」
「行ってみよう」

 先日バルが運ばれた病院に車を回す。沢山の人がロビーで受付を待っている。

「………もう、匂いがする」
「本当?」
「うん。この中の何人か・・・

 椅子の脇を通る。バルが何人かを指さす。メモを取って何科に行くのかを見る。内科が多い。耳鼻科。婦人科。ばらばらだ。

「えー……」
「でもみんな同じ匂いがする。直球で聞いてみるか?」
「そんな個人的なこと急に?」
「十人に聞いたら一人くらい言うんじゃねえ?」

 バルはすっと匂いのするおじさんの隣に腰掛けた。俺はその後ろの席に座る。

「今日は混んでますかね?」
「いやあ、毎回こんなもんじゃないですか」
「病院なんてあまり来たことがないもんで」
「あなたくらい若いとそうでしょう」
「先月怪我をして、今日診察なんですけど」
「ほう。どんな怪我を」
「鎖骨を折ったんですよね。高いところから落ちて」

 そう。二年前に三階から落ちて。鎖骨と肩の骨を折って脚に木の枝を刺した。

「あなたは今日はどうして?」
「私はもう常連ですよ。またがんが見つかっちゃって。がんだけ焼くためのマーカーを付けに来たんです」
「……そうですか。お大事に」

 バルは自然にそのまま会話を終わらせて、ブリングに目を落とした。やがて男性は受付に呼び出されて内科に吸い込まれていった。

 なるほど。

 ばらばらの診察科。でも同じ匂い。

 ブリングでこの街の病院を探す。がん治療をやってるところ。5箇所が拠点病院になっている。この病院もその一つ。でもここじゃない。ここはハイブリッドを受け入れたことがないと言っていた。

「どうする?局に戻ってコールする?」
「いや。このまま病院めぐりだ。まず一番大きいところに行ってみよう」









 三番目の病院に来た時だった。
「はあ。レプリカント人権保護局の。ハイブリッドのがん患者さんですか? 一度来ましたけど……」
「名前かIDを頂けますか」
「でもまだご存命かどうか」

 看護師はため息混じりに言った。

「治療拒否したんです。実験台にされるのは嫌だと仰って。もしお会いになるのでしたら、またお越しくださいとお伝え下さい」

 名前。ゴーシェ・ノッディングハム。戸籍はブリングだからわからない。

「バルの知り合い?」
「のような、そうでもないような。記憶があんまり。局に帰りたくねえな。そのままこいつを捕まえたい」
「じゃあ、友達に助けてもらおう」

 コールする。

『おおーい! まだ逃げてるだろ!』
「違う。逃げてない。仕事してる。外回りだよ。ザムザ、戸籍を見て欲しいんだけど、ゴーシェ・ノッディングハム。IDを教えて」
『あのなあ! それは情報漏洩だよ』
「うーん、でもバルを死ぬ寸前まで怪我させたり……」
『……わかった。でもズバリは教えられないよ。そうだな……ちょっと待てよ』

 ザムザはしばらくカタカタと端末をいじっていた。

『んーと……カウンティ第三病院の近くのトビガンストリートっていう通りに、空調設備の会社があるんだ。そこに行くと何かわかるかもな』
「ふふ」
『俺から聞いたって言うなよ!』
「ありがとう! 持つべきものは友達だね……」
『覚えてろ!』
「よし。行こう。空調設備か。ダクトに詳しいわけだ」

 次はトビガンストリートだ。早くしないと日が暮れてしまう。空調の会社は一つしかなくてすぐにわかった。

「レプリカント人権保護局の捜査官ですが、ゴーシェ・ノッディングハムさんはいらっしゃいますか」
「ええ……その人なら、病気とかで辞めましたね。つい先週」
「今どこにいるかわかりますか?」
「いや、もう病院か自宅かだと思いますよ。凄かったもの」
「ご自宅は近いですかね」

 家はすぐそばだった。でも留守らしい。安っぽいコンドミニアム。

「久々だな」

 バルが勢いよくドアを蹴飛ばす。力なくドアが開く。

「そういえばコツを教えてもらってない」
「ノブをちょっと蹴り上げ気味にするんだよ。中のシリンジを壊さないといけないんだ……すげえ匂い」

 部屋の中はがらんとしていた。だれも住んでないと言われればそうかもしれない。バルは肘で鼻を覆っている。

「これ、俺と同類なら自分でも辛いんじゃねえかな」

 そんなにするんだ。匂いは俺には全くわからない。クローゼットに服が入っていた。LLサイズ。バルと同じ。

「どうする?」
「待つ。こんなに匂いが残ってるなら、ここに毎日いるんだろ。ドアも壊しちまったしな。どうせ局に帰っても家に帰っても連邦捜査局のやつらが追いかけてくるんだ。ここなら逆に捕まらねえだろ」
「ふふっ」
「捕物になると思う。俺としてはこの匂いで間違いない。装備を整えておこう」

 公用車の中で待つ。いつ帰ってくるかわからない。もし今夜も誰かを殺す気なら、帰りは夜中になるのだろう。

「あーあ……せっかくの休暇だったのにな」

 バルが出動服に着替えてから言った。

「捕まえたら取り直そう……どうする? 犯人が来たら。連邦捜査局に譲る?」
「ん? なことするわけねえだろ。俺の居場所を荒らしたつけは払ってもらわなくっちゃな」

 にやり。そうだよね。相手がザムザならいざ知らず。

「今日半日でよくここまで来れたな。端末も使えないのに」
「バルがやっと本気出したんで……」
「まさかそんなに珍しいと思ってなかったんだ。たまにいるなくらいの」
「どうやってわかったの? 会ったことあるハイブリッドの人たちって」
「うーん、俺、12まで? 施設に入れられてたんだよな。その頃は隠さないといけない認識がなくて。俺すぐ治るんだって言ったら、施設にいたやつが俺もだって言ったんだ。そいつとはあんまり仲良くならなかったな。
 大学の時のは、取ってたクラスで何か薬品を使う時があって、匂いがだめで教授に言ったらもう一人、俺もだめでって出てきたんだな。二人で教室を出てから、実はハイブリッドなんでって言われて、俺もなんだって言った覚えがある。二人ともそれきり」

 すごい。一万二千分の一に二度も会うなんて。類は友を呼ぶんだ。

「あれかな?」

 日が落ちきってまもない。まだ地平線が薄明るい中、誰かがコンドミニアムに歩いてきた。ゆっくり。階段を登る足取りが重い。シルエットだけを見ると、バルと同じような年恰好には見えない。でも背は高い。

「行くぞ。間違い無いなら、ナイフは持ってるはずだ。部屋になかった」

 静かに後を追う。ゴーシェ・ノッディングハムの家の前で影は立ち尽くしている。壊れたドアノブを見て。

「ゴーシェ・ノッディングハムさん」

 バルが俺の前に立つようにして彼に声をかける。暗視で見る。何か荷物を抱えている。彼はとても歪な形をしているように見える。どうして? ゴーグルが歪んでいる? 彼は聞こえないみたいに普通に部屋の中に入ろうとした。

「おい」

 バルがその腕を掴む。

「お前、バルトロイか」

 部屋から明かりが漏れる。コンドミニアムの廊下のあかりが、自動で灯る。男の姿が照らし出される。

 片目が飛び出ている。左の肩が膨れ上がっている。

「お前は俺を忘れたのか……」

 男が手に持っていた荷物をぽたりと落とした。そのまま手を上げる。

「……もういい。見つかったらそこまでだと思っていた。まさかお前に捕まるとは思ってなかったけどな」

 バルが拘束する。静かだ。

「お前、ハイブリッドだろ? その体はどうした?」
「これが成れの果てさ。ハイブリッドの。覚えてるか? バルトロイ。俺たちは永遠に生きるんだって言ったのを」

 男の体は、見ているうちにもあちこちが膨れたりまた引っ込んだりした。体の中に何か別な生き物が蠢いているみたいだった。

「俺たちの体は再生能力が高いけど、ガン細胞も強い。病院に行ったら体中に癌ができていて、何もできないと言われた。実験的に抗がん剤をやることはできる。でも効くかはわからない。見ろよ、ずっとガンと正常な細胞が分裂を繰り返して体中ボコボコさ」
「………お前、施設の」
「そう。お前と同じで生む気がなかった親に捨てられた子さ。頼んだわけでもねえのに産まれさせられて、いらないって言われて、捨てられて、親たちはのうのうとまだ生きてる。許せなくなってね。
 今日はお前の母親を殺しに出たんだ。どこに行ったんだか、いなかったけどな。
 バルトロイ、覚えておけよ、俺たちはこうやって死ぬんだ。俺のガンはまもなく心臓や脳に飛ぶ。そうなったら再生能力が追いつかなくて死ぬのさ。たぶん俺たちのガン細胞の分裂の早さなら一瞬だぜ」
「…………ヴェスタ。指定病院に搬送の手続きを取ってくれ」
「バルトロイ! 無駄なことをするなよ! ハハハハハ! 最後にお前に会えて良かった! いい冥土の土産だぜ!」

 男は狂ったように笑っていた。保護局指定の護送車で病院に向かう時にも、男は泣きながら笑っていた。

「バル………帰ろう? もう捜査局の奴らは来ないよ」
「うん」

 局に戻って8時だった。ザムザからのコールが応答待ちになっていたからかけなおした。

『聞いた聞いた。うちのエースを出し抜いたな』
「無実の人を追いかけ回すからだろ」
『顛末を聞きたいね、協力したんだ。今度飲もうぜ』
「うん。今日は帰るよ。朝早くにお前らのエースに叩き起こされてから出ずっぱりだったんだから」
『そうだよなあ! 今のあいつらの顔見せてやりたいぜ!』
「ざまあみろって言っておいて。またね」

 バルは簡単な報告書を作っていた。少し元気がない感じがする。

「……どうせ病院から許可が出るまで調書は取れないから、残りの休暇取っちまおう」
「うん」

 あとはバルのお母さんの問題だけ。どこに行ったのか知らないけど、難を逃れて良かった。

 帰りのオートキャリアの中でもバルは無口だった。ずっと窓の外を眺めていた。






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