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06 パイド・パイパー 連邦捜査官ザムザ・ホープの事件簿
09 Wdgat (サバイバー)
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入院していた少女の意識が戻ったと聞いて、ザムザと二人で面会に行く事にした。カウンセラーによれば、まずまず精神的にも落ち着いているということだった。生き残ったのは9歳の女の子一人……。
面会にはカウンセラーが同席する。
小児科の部屋だ。壁に虹が描かれ、天井からはたくさんのオーナメントが揺れている。元気な子どものためのプレイルームの横を通り、大きな鉢植えに植えられたシンボルツリーの横の部屋の前に立った。この可愛らしい明るい場所の中で、黒が基調の捜査局の制服を着た二人の男はいかにも不似合いだ。
ジャニーン・セキャノンと書かれた札のかかった、ピンク色のドアをノックする。「どうぞ」と女の声が聞こえた。カウンセラーだろう。
「やあ! こんにちは!」
ザムザが明るく微笑みながら声を掛けた。手に持ってきたぬいぐるみを差し出す。ふかふかした真っ白なうさぎのぬいぐるみ。
「ジャニーンちゃんだね。気分はどう? ほら、このうさぎさんがね、君と友達になりたいって。『ハイ、ジャニーン、私と遊んでちょうだい!』」
ベッドの上のジャニーンは、少しだけ微笑みを返す。手を伸ばしてうさぎを受け取った。
「おじちゃんたちはだれ?」
「俺はザムザ・ホープ。ザムザおじちゃんだよ。ザムザお兄ちゃんでもいいよ。こっちはウジャト・バヤン。二人とも、悪い人を捕まえるお仕事をしているんだ」
「うふふ」
本来は捜査官IDを名乗らなければならない。ザムザが本名を名乗ったのを一瞬咎めようかと思ったが、先にザムザから目配せが飛んできた。子どもなんだから、か。
「……それでね、ジャニーンちゃんに、悪い人を捕まえるお手伝いをして欲しいんだ……できるかな……」
ジャニーンは不安げな顔でちらっとカウンセラーを見たが、すぐにザムザを向き直って気丈に頷いた。
「じゃあね、ジャニーンちゃんが怪我をした日、何があったのか教えてくれるかな……」
ジャニーンは意外とすらすらと話し始めた。彼女はあの日、いつもと変わらずにベッドに入った。でも夜中にミッシーに起こされた。
「……ミッシー?」
メモを取りながら俺が尋ねると、ザムザが答えた。
「メリソン・ファーガス……あの時施設の中で一番年長だった男の子のことだ」
ミッシーの部屋は隣の男の子たちの部屋。おかしいと思った。どうしたのか聞こうとしたけど、口を手で塞がれて、ミッシーは人差し指を自分の唇に当てた。しゃべってはダメ。とても小さな声で、「わるい人がきてるから、みんなでこっそり逃げるんだよ」と言った。耳を澄ますと、何か物音と女の人の唸るような声が聞こえた。
怖かった。ミッシーの言う通りにしようと思った。遊戯室からあかりが漏れていたけど、ミッシーは絶対にそっちを見ないようにと言った。私はちょっとだけ見てしまった。ナラの顔が見えた。ナラは目を見開いて、真っ赤な床に寝ていた。いつもと違った。年長の子から静かに起こして、小さな子たちを抱いて施設から出た。
明かりを持っているのがミッシーだけだった。みんなでミッシーにくっついて、「シー」ね、「シー」ねと人差し指を唇に当てながらその明かりを追いかけた。ミッシーは暗い洞窟の中に入ったので、みんなで続いた。ミッシーは、ここは誰も知らない隠れ家だから、朝までここに隠れていよう、と言った。ほんとに私も知らなかった。大きい男の子たちだけの秘密基地にしてたんだって。
寒くて、みんなで抱き合っていた。小さな子たちは少し泣いたけど、抱っこしていたら眠ってくれた。みんなで固まってうとうとしていた時だった。ぴかっとライトが入ってきた。
その人は、助けに来たよ、出ておいでと言った。優しそうな男の人の声だった。でもミッシーはライトを消して、「黙って」と私たちに言った。私たちは息を殺していた。でもどんどんその明かりは近づいてきて、やがて私たちを照らした。
「みーつけた。だめだよ? 勝手に部屋を出たら」
ジャニーンはそこまで話して押し黙った。真っ青で震えている。
「……無理しないで」
「そ、そのひとは、ライトを床に置いて、一番手前にいた、ミッシーを……つかんで、ぱって殺した」
ミッシーは声も上げずに血まみれになって、そのままぽいと洞窟の奥に投げ捨てられた。みんな何が起きたのか分からなかった。男はそのまま手前にいた子から、まるでじゃがいもでも切るみたいに、ひょいと掴んでは切って捨てるのを繰り返した。
逃げたかった。でも体が動かなくて、ただ子どもたちが殺されるのを見ていた。誰かが悲鳴を上げたが、ジャニーンにはそれすらできなかった。すぐに自分の番になった。ジャニーンは二歳になったばかりのちいさなミミを抱いていたが、男はミミごとジャニーンを切った。
「ミミ………」
たぶんそのおかげで彼女の傷が致命傷に至らなかったのだろう。
「……どんな、男だったのかな? おじちゃんはね、そのわるい奴を捕まえたいんだ……」
「……大きな人だった。わ、笑ってた」
ブリングのライトに照らされた顔。人種はホワイト。髪の色は、黒。目の色は……
「……灰色」
ゴーシェ・ノッディングハムの戸籍を開く。まず写真に目が行った。灰色に近いブロンド。無彩色のグレイの瞳。たしかに、どことなくバルトロイと似ている。どこがどうってわけじゃないけど……。これで身長が同じで髪が黒かったら、一度しか会ったことのないような人はバルトロイと間違えるかもしれない。髪は染めたんだろうな、バルトロイを装うために。
次に戸籍の空欄に目が行く。実親、養親全ての欄が空欄になっている。ちょっとありえない戸籍。
「なんですかね? この戸籍は」
俺が言うと、ザムザが端末を後ろから覗き込んだ。人間の子宮から生まれた人間なら、実親の欄と養親の欄に同じ人たちの名前が入る。俺の戸籍はそうなっている。ゴーシェはハイブリッドなんだから、普通ならそうなっていないとおかしい。
人工子宮生まれで、申請に応じて配給された子どもだったら、実親欄にはドナーの管理番号、養親欄には配給されたペアの名前が必ず入る。欲しがる親がいるからこそ生まれた命だからだ。この戸籍ではまるで……
「木の股から産まれたみたいだな」
ザムザの指が俺の端末の画面を滑った。戸籍の呼び出しフォームに文字が現れる。
evernoughts
ちらっとザムザの顔を横目で見る。指は画面の上を踊るように動く。
baltroy
ぱっとよく知った顔が開かれる。バルトロイの黒い髪、黒い目。端正だが精悍な顔つき。実親の欄。タンジェリーン・スホワとギルロイ・エヴァーノーツ。養親欄はギルロイ・エヴァーノーツだけ。
「ギルロイ・エヴァーノーツ? 聞いたことがあるような名前ですね」
「たしか、写真家かな……。賞を取ったりもしてるはず……。ふーん、ハイブリッドで施設育ちだからって空欄にされるわけじゃないんだ……。おい、バルトロイには言うなよ。勝手に戸籍を見たこと」
「はい」
「つまり、ここを空欄にできるくらい政治力のあるやつがゴーシェの実親だったわけだ。なんとなくわかった」
ゴーシェは以前の殺人でお尋ね者になった。逃げはしたものの、IDを使えない。IDを使えないっていうのは現代では致命傷だ。全部プリペイド、口座を持つこともできない。どこかに定住することも無理だ。どうすれば? 罪を償うか、無かったことにするか。
ゴーシェは自分の戸籍がまともじゃないことを知っていたはずだ。そんな戸籍にできるような親なら、とんでもなく権力を持っていることも想像できたのかもしれない。そしてそんな自分と血の繋がった親が誰なのかを知っているのは、今となっては……。
「イリーナだけだった……」
だからイリーナの口を割らせるために、こんなことをした。3人の大人を殺し、14人の子供を殺して、無罪をもぎ取って行った………。
「……ふ…。こんなやつが……」
悪魔。
ザムザの手が白くなるくらいに固く握り込まれたのが見えた。こんな先輩を見ていられなくて端末に視線を戻すと、まだバルトロイの戸籍が開かれていた。備考欄に自然と目が引き寄せられる。他人の戸籍を見るときの癖になっていた。「人口調整用ドナー(100年誕生日まで)」
「……」
そうかな、とは思っていた。ハイブリッドは生殖能力も上がっていると聞いたことがある。はあ、とため息が出た。犯人を捕まえられないことより、バルトロイがドナーだったことに落ち込んだ。ずるいよな。なんでも持っていきやがる……。バルトロイの戸籍を閉じる。
自分がドナーになれなかったと分かった日のことが思い出された。ドナー登録の有無は出生時生物的男性の場合は18歳の時に3回提出する体液の状態で判断される。精液の提出は嫌だったが、これでドナーに登録されればバヤンの後継者として認められる。
両親も姉もドナーだったから、自分もそうだろうとあまり不安に思っていなかった。でも結果は、「不適格」だった。3回とも精子の運動率がボーダーより僅かに低かった。歴代、人間の子宮から自然妊娠で生まれてきた血統書つきの一族の一員として相応しくないとラベルが貼られた瞬間だった。
ヴェスタとバルトロイのコンビは、何もかも癪に触る。コンロンとキンバリー、アルミスとテナー。両方勤続10年を超えるコンビなのに、ヴェスタとバルトロイだけはそうじゃない。絶滅危惧種コンビ……なんでも特別、別格なふたり……。
車の中でもあの距離感は異常だろ。ふと先日コールした時も、土曜日のバルトロイの行動をヴェスタが覚えていたのを思い出した。
「あっ!」
ピンときてつい声を上げてしまった。
「なんだ? なんか思いついた?」
「いや……事件とは関係ないんですけど、ヴェスタとバルトロイって……付き合ってるの……かなって」
「気づくのおっそ!」
「やっぱりそうなんですよね? なあんだ……バルトロイがヴェスタなんか連れてんのはそれでか……」
はん。さすがセクサロイドだ。実力が伴わなくても、色恋でバルトロイを捕まえてるわけ……。
「ふはははっ」
急にザムザが吹き出した。
「『それでか』って何だよ。ヴェスタなんかって言うけどな、あいつはあいつでできるやつなんだよ。お前には見えてないんだな」
「だって……いつもバルトロイについて歩いてるだけじゃないですか。あんな見た目だけのレプリカント……」
「俺の嫁さんもレプリカントなんだけどな。ヴェスタだって友達だ。それに例えヴェスタがついて歩いてるだけだったとしても、バルトロイとヴェスタのコンビはそれで最高のパフォーマンスをしてるんだから、とやかく言うことじゃない」
「……すみません」
「お前、ほんとにあの二人をライバル視してるよな。特にヴェスタか」
「そんなことないですよ!」
むっとした。あんなお飾りのレプリカントと一緒にされたくない……。
「そうかな~? そうやってすぐムキになるのは、意識してる証拠だと思うねえ~」
ザムザはいつも通りの飄々とした笑顔に戻っていた。
「……バルトロイは10年選手のベテランだよ。ヴェスタだって言ってみればバルトロイのバディとして英才教育を受けた捜査官だ。及ばないのは仕方ない。俺たちは組んでまだ2年だろ。俺もお前も半人前ってこと。俺たちはまだまだ自分たちのやり方や得意分野を探す段階だと思うね。焦らないこと」
「……はい」
ザムザはパンと俺の肩を手の甲で叩き、少し素直になったじゃん、と言った。
<To be continued in the next number →>
面会にはカウンセラーが同席する。
小児科の部屋だ。壁に虹が描かれ、天井からはたくさんのオーナメントが揺れている。元気な子どものためのプレイルームの横を通り、大きな鉢植えに植えられたシンボルツリーの横の部屋の前に立った。この可愛らしい明るい場所の中で、黒が基調の捜査局の制服を着た二人の男はいかにも不似合いだ。
ジャニーン・セキャノンと書かれた札のかかった、ピンク色のドアをノックする。「どうぞ」と女の声が聞こえた。カウンセラーだろう。
「やあ! こんにちは!」
ザムザが明るく微笑みながら声を掛けた。手に持ってきたぬいぐるみを差し出す。ふかふかした真っ白なうさぎのぬいぐるみ。
「ジャニーンちゃんだね。気分はどう? ほら、このうさぎさんがね、君と友達になりたいって。『ハイ、ジャニーン、私と遊んでちょうだい!』」
ベッドの上のジャニーンは、少しだけ微笑みを返す。手を伸ばしてうさぎを受け取った。
「おじちゃんたちはだれ?」
「俺はザムザ・ホープ。ザムザおじちゃんだよ。ザムザお兄ちゃんでもいいよ。こっちはウジャト・バヤン。二人とも、悪い人を捕まえるお仕事をしているんだ」
「うふふ」
本来は捜査官IDを名乗らなければならない。ザムザが本名を名乗ったのを一瞬咎めようかと思ったが、先にザムザから目配せが飛んできた。子どもなんだから、か。
「……それでね、ジャニーンちゃんに、悪い人を捕まえるお手伝いをして欲しいんだ……できるかな……」
ジャニーンは不安げな顔でちらっとカウンセラーを見たが、すぐにザムザを向き直って気丈に頷いた。
「じゃあね、ジャニーンちゃんが怪我をした日、何があったのか教えてくれるかな……」
ジャニーンは意外とすらすらと話し始めた。彼女はあの日、いつもと変わらずにベッドに入った。でも夜中にミッシーに起こされた。
「……ミッシー?」
メモを取りながら俺が尋ねると、ザムザが答えた。
「メリソン・ファーガス……あの時施設の中で一番年長だった男の子のことだ」
ミッシーの部屋は隣の男の子たちの部屋。おかしいと思った。どうしたのか聞こうとしたけど、口を手で塞がれて、ミッシーは人差し指を自分の唇に当てた。しゃべってはダメ。とても小さな声で、「わるい人がきてるから、みんなでこっそり逃げるんだよ」と言った。耳を澄ますと、何か物音と女の人の唸るような声が聞こえた。
怖かった。ミッシーの言う通りにしようと思った。遊戯室からあかりが漏れていたけど、ミッシーは絶対にそっちを見ないようにと言った。私はちょっとだけ見てしまった。ナラの顔が見えた。ナラは目を見開いて、真っ赤な床に寝ていた。いつもと違った。年長の子から静かに起こして、小さな子たちを抱いて施設から出た。
明かりを持っているのがミッシーだけだった。みんなでミッシーにくっついて、「シー」ね、「シー」ねと人差し指を唇に当てながらその明かりを追いかけた。ミッシーは暗い洞窟の中に入ったので、みんなで続いた。ミッシーは、ここは誰も知らない隠れ家だから、朝までここに隠れていよう、と言った。ほんとに私も知らなかった。大きい男の子たちだけの秘密基地にしてたんだって。
寒くて、みんなで抱き合っていた。小さな子たちは少し泣いたけど、抱っこしていたら眠ってくれた。みんなで固まってうとうとしていた時だった。ぴかっとライトが入ってきた。
その人は、助けに来たよ、出ておいでと言った。優しそうな男の人の声だった。でもミッシーはライトを消して、「黙って」と私たちに言った。私たちは息を殺していた。でもどんどんその明かりは近づいてきて、やがて私たちを照らした。
「みーつけた。だめだよ? 勝手に部屋を出たら」
ジャニーンはそこまで話して押し黙った。真っ青で震えている。
「……無理しないで」
「そ、そのひとは、ライトを床に置いて、一番手前にいた、ミッシーを……つかんで、ぱって殺した」
ミッシーは声も上げずに血まみれになって、そのままぽいと洞窟の奥に投げ捨てられた。みんな何が起きたのか分からなかった。男はそのまま手前にいた子から、まるでじゃがいもでも切るみたいに、ひょいと掴んでは切って捨てるのを繰り返した。
逃げたかった。でも体が動かなくて、ただ子どもたちが殺されるのを見ていた。誰かが悲鳴を上げたが、ジャニーンにはそれすらできなかった。すぐに自分の番になった。ジャニーンは二歳になったばかりのちいさなミミを抱いていたが、男はミミごとジャニーンを切った。
「ミミ………」
たぶんそのおかげで彼女の傷が致命傷に至らなかったのだろう。
「……どんな、男だったのかな? おじちゃんはね、そのわるい奴を捕まえたいんだ……」
「……大きな人だった。わ、笑ってた」
ブリングのライトに照らされた顔。人種はホワイト。髪の色は、黒。目の色は……
「……灰色」
ゴーシェ・ノッディングハムの戸籍を開く。まず写真に目が行った。灰色に近いブロンド。無彩色のグレイの瞳。たしかに、どことなくバルトロイと似ている。どこがどうってわけじゃないけど……。これで身長が同じで髪が黒かったら、一度しか会ったことのないような人はバルトロイと間違えるかもしれない。髪は染めたんだろうな、バルトロイを装うために。
次に戸籍の空欄に目が行く。実親、養親全ての欄が空欄になっている。ちょっとありえない戸籍。
「なんですかね? この戸籍は」
俺が言うと、ザムザが端末を後ろから覗き込んだ。人間の子宮から生まれた人間なら、実親の欄と養親の欄に同じ人たちの名前が入る。俺の戸籍はそうなっている。ゴーシェはハイブリッドなんだから、普通ならそうなっていないとおかしい。
人工子宮生まれで、申請に応じて配給された子どもだったら、実親欄にはドナーの管理番号、養親欄には配給されたペアの名前が必ず入る。欲しがる親がいるからこそ生まれた命だからだ。この戸籍ではまるで……
「木の股から産まれたみたいだな」
ザムザの指が俺の端末の画面を滑った。戸籍の呼び出しフォームに文字が現れる。
evernoughts
ちらっとザムザの顔を横目で見る。指は画面の上を踊るように動く。
baltroy
ぱっとよく知った顔が開かれる。バルトロイの黒い髪、黒い目。端正だが精悍な顔つき。実親の欄。タンジェリーン・スホワとギルロイ・エヴァーノーツ。養親欄はギルロイ・エヴァーノーツだけ。
「ギルロイ・エヴァーノーツ? 聞いたことがあるような名前ですね」
「たしか、写真家かな……。賞を取ったりもしてるはず……。ふーん、ハイブリッドで施設育ちだからって空欄にされるわけじゃないんだ……。おい、バルトロイには言うなよ。勝手に戸籍を見たこと」
「はい」
「つまり、ここを空欄にできるくらい政治力のあるやつがゴーシェの実親だったわけだ。なんとなくわかった」
ゴーシェは以前の殺人でお尋ね者になった。逃げはしたものの、IDを使えない。IDを使えないっていうのは現代では致命傷だ。全部プリペイド、口座を持つこともできない。どこかに定住することも無理だ。どうすれば? 罪を償うか、無かったことにするか。
ゴーシェは自分の戸籍がまともじゃないことを知っていたはずだ。そんな戸籍にできるような親なら、とんでもなく権力を持っていることも想像できたのかもしれない。そしてそんな自分と血の繋がった親が誰なのかを知っているのは、今となっては……。
「イリーナだけだった……」
だからイリーナの口を割らせるために、こんなことをした。3人の大人を殺し、14人の子供を殺して、無罪をもぎ取って行った………。
「……ふ…。こんなやつが……」
悪魔。
ザムザの手が白くなるくらいに固く握り込まれたのが見えた。こんな先輩を見ていられなくて端末に視線を戻すと、まだバルトロイの戸籍が開かれていた。備考欄に自然と目が引き寄せられる。他人の戸籍を見るときの癖になっていた。「人口調整用ドナー(100年誕生日まで)」
「……」
そうかな、とは思っていた。ハイブリッドは生殖能力も上がっていると聞いたことがある。はあ、とため息が出た。犯人を捕まえられないことより、バルトロイがドナーだったことに落ち込んだ。ずるいよな。なんでも持っていきやがる……。バルトロイの戸籍を閉じる。
自分がドナーになれなかったと分かった日のことが思い出された。ドナー登録の有無は出生時生物的男性の場合は18歳の時に3回提出する体液の状態で判断される。精液の提出は嫌だったが、これでドナーに登録されればバヤンの後継者として認められる。
両親も姉もドナーだったから、自分もそうだろうとあまり不安に思っていなかった。でも結果は、「不適格」だった。3回とも精子の運動率がボーダーより僅かに低かった。歴代、人間の子宮から自然妊娠で生まれてきた血統書つきの一族の一員として相応しくないとラベルが貼られた瞬間だった。
ヴェスタとバルトロイのコンビは、何もかも癪に触る。コンロンとキンバリー、アルミスとテナー。両方勤続10年を超えるコンビなのに、ヴェスタとバルトロイだけはそうじゃない。絶滅危惧種コンビ……なんでも特別、別格なふたり……。
車の中でもあの距離感は異常だろ。ふと先日コールした時も、土曜日のバルトロイの行動をヴェスタが覚えていたのを思い出した。
「あっ!」
ピンときてつい声を上げてしまった。
「なんだ? なんか思いついた?」
「いや……事件とは関係ないんですけど、ヴェスタとバルトロイって……付き合ってるの……かなって」
「気づくのおっそ!」
「やっぱりそうなんですよね? なあんだ……バルトロイがヴェスタなんか連れてんのはそれでか……」
はん。さすがセクサロイドだ。実力が伴わなくても、色恋でバルトロイを捕まえてるわけ……。
「ふはははっ」
急にザムザが吹き出した。
「『それでか』って何だよ。ヴェスタなんかって言うけどな、あいつはあいつでできるやつなんだよ。お前には見えてないんだな」
「だって……いつもバルトロイについて歩いてるだけじゃないですか。あんな見た目だけのレプリカント……」
「俺の嫁さんもレプリカントなんだけどな。ヴェスタだって友達だ。それに例えヴェスタがついて歩いてるだけだったとしても、バルトロイとヴェスタのコンビはそれで最高のパフォーマンスをしてるんだから、とやかく言うことじゃない」
「……すみません」
「お前、ほんとにあの二人をライバル視してるよな。特にヴェスタか」
「そんなことないですよ!」
むっとした。あんなお飾りのレプリカントと一緒にされたくない……。
「そうかな~? そうやってすぐムキになるのは、意識してる証拠だと思うねえ~」
ザムザはいつも通りの飄々とした笑顔に戻っていた。
「……バルトロイは10年選手のベテランだよ。ヴェスタだって言ってみればバルトロイのバディとして英才教育を受けた捜査官だ。及ばないのは仕方ない。俺たちは組んでまだ2年だろ。俺もお前も半人前ってこと。俺たちはまだまだ自分たちのやり方や得意分野を探す段階だと思うね。焦らないこと」
「……はい」
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