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06 パイド・パイパー 連邦捜査官ザムザ・ホープの事件簿
08 Wdgat (罪)
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情報担当から来たデータを開く。中身は文字データばかりだ。タイトルは日付になっている。適当に一つ開けてみる。「9/14 wed. 来所者 ハワード・タットン 施設見学 14:00~15:15 対応者 エイブリー・ホースフィールド」。
「行方不明になっていた、訪問者の記録用の受付にあったブリングですね」
「そう……子どもたちが逃げ出した時に、恐らく懐中電灯がわりに持って行っていたんだな……」
ブリングは機能制限つきの簡易なもので、コールはできなかった。本当にただのメモ帳くらいの使い方のものだったようだ。ここ三ヶ月の訪問記録を見ていく。そんなに多くはない。月に5件あるかないか。
1月の中旬にバルトロイの名前がある。土曜日だ。午後3時から30分。これが思いつきで行ったって言ってたやつか。子どもの日記に「こわいひと」って書かれてたな。あれは違うのか。子どもの日記は4月の日付になっていた。
4月の記録を見てみる。つい最近だ。先々週の日付でまたバルトロイが訪問している。16:20~16:50、対応者 ラナ・ボナツカヤ。バルトロイはつい最近、もう一人の被害者にも直接会ってるわけだ……。
なんでバルトロイはその事に触れなかったんだ? イリーナの話ばかりだった。ピンと来なかったのかな?
「先輩、バルトロイに確認したいんですけど。先々週来てるはずなんです、施設に。この時のことを聞きたい」
「先々週来てる?」
「はい。4月19日に記録があります。バルトロイ・エヴァーノーツで」
ザムザは自分でもそのファイルを確認して首を捻った。すぐにコールをする。
「やあ。こないだはありがとう。服大丈夫だったか?」
『……捨てた。さすがに……。今度は何だ?』
バルトロイが画面の向こうでちょっと片眉を上げる。ヴェスタが左側に映り込んでいる。一緒に何かしている最中だったらしい。
「あのさ、先々週、エッシャー児童養護施設に行っただろ? その時にあんたを案内したのがさ、被害者のラナ・ボナツカヤだったんだよ」
『ん?』
「ん?」
『先々週?』
「先々週さ。19日」
『行ってねえよ。行ったのは1月だな。寒い時だ』
「行ってない? だって訪問記録にお前の名前があるんだ」
『行ってない。19日? ヴェスタ、お前何やってたか覚えてるか?』
『先々週の土曜日だろ? 射撃場でトライアルをやって……』
『そうだ。ダイン103で食事して帰った日だな。俺のカードを使ってるから、明細見りゃ時間もわかると思うけど』
「じゃあ、この来所者の『バルトロイ・エヴァーノーツ』ってのは誰だ?」
『少なくとも俺じゃないな』
「ちょっと待てよ。あんた2回行ってるだろ? 施設の職員も見てるんだ。1月と? あとはいつ?」
『2回……まあ、行ったけど2回目は施設に入らなかったんで職員の人には会わなかった。1月に、イリーナと話した次の週にちょっと思い出して、あの隠れ家を覗きに行ったんだよ。すごく天気の悪い日で、誰も俺には気づかなかったと思う』
「ラナに案内されたんじゃないのか?」
ザムザが言いながらラナの生前の画像を飛ばす。
『だから。2回目は誰とも職員の人とは会ってねえよ。1回目は案内してもらったけどこの人じゃないな。もっと若い人だった。この人は見たことがない』
「子どもたちに怖がられなかった?」
思いついて口を挟んだ。4月の日付の日記。
『俺が行ったときは子どもたちはいなかったんだよ。土曜日なのにとは思ったけど、課外活動の日なのかなって』
「…………」
『4月のは俺じゃない。誰かが俺の名前を使ったんだ』
「バルトロイ。2回目の、4月の訪問の時も目撃者がいるんだ。1回目の時も2回目の時もあんたを見てる人がいる」
『ほんとに俺だったって? さすがに分裂はしねーよ』
「だからさ。あんたを装えるのは誰だ? あんたの名前を名乗って、ぱっと見であんただと思われるような風貌のやつは。あんたとエッシャー児童養護施設の関係を知ってるやつ。たぶん、隠れ家のことも知ってるやつ」
バルトロイは少し口をつぐんだ。
『……ゴーシェだ。ゴーシェ・ノッディングハム』
「あいつは空調設備の会社にいたな。工具にも詳しかったはずだな?」
ザムザがヴェスタに頼まれて、バルトロイとヴェスタがアルミスとテナーから逃げてる時に調べてたやつだ。空調の工事。あの凶器。工事用の超振動カッター……。
「やつが犯人なら、どうしてこんなことをしたんだと思う?」
『……イリーナはゴーシェのこともよく知ってた。イリーナを殺したかったんだと思う』
「それはなんで?」
『わからない。イリーナがゴーシェの何かを知ってたから口封じだったのかも知れないし、あるいは、イリーナから何か聞き出したかったのかも知れない』
「なるほど。繋がった」
『犯人確定かな』
「状況証拠だけどな。ありがとう、バルトロイ。あんたもよくよく災難だね」
『今回は犯人扱いで追い回されなかっただけましだ』
バルトロイはちょっと笑ったが、ヴェスタは不安そうな顔のままだった。コールが終わる。
「繋がった?」
「うん。繋がっただろ。そう思わないか?」
ザムザがイリーナの遺体検案書を開いた。
「イリーナは拷問されてるんだよ。わかった。ナラは見せしめにされたんじゃないか? これが二人がわざわざ起こされて、遊戯室まで連れてこられた理由だ。イリーナの口を割らせたくて、ナラを目の前で苦しめて殺す。目玉を生きたままくり抜く。イリーナは仕方なく知っていることを話す……そうなったら用無しだ。心臓を一突きにして殺す。バルトロイの名前で先々週に訪ねてきたのは下見だ。職員室の壁のカレンダーを見ればいつイリーナがいるかわかる。イリーナのシフト、監視カメラの位置、セキュリティ……もし19日にイリーナが昼番で出勤していたら、その時にやられていたのかも」
「そうまでして、何を?」
「……なんだろうな。バルトロイにも予想がつかないんだろ。そこはわからない。ただあの施設に長く勤めてた人しか知らないこと……」
ピコンピコンとザムザと俺の端末に同時にメールが入った。開封してみる。ジャムズストリート沿いの警察署の前で、小箱に入った人間の手首から上が発見された。遺伝子解析の結果、ナラ・ボナツカヤとイリーナ・ケイバンの手首と断定。イリーナの手からは指が切り落とされていた。
「……ザムザ先輩……」
「すぐゴーシェ・ノッディングハムを捕まえなきゃ……この件でも逮捕状を請求して。今。それから、音声を照合するんだ。アルミスたちの聴取の時の動画とあのハミング。一致したら確定だ」
「はい」
端末に指を走らせる。ナトー・ベルギモに音声照会依頼。続けて裁判所のホットラインに逮捕状請求のメールを出す。
「……あれ?」
イジェクト。そんなはずはない。中身を開いて記入漏れがないのと宛先が裁判所なのを確認し、もう一度送る。またイジェクト。
「どうして?」
もう一度送ってみようとした時、ザムザの端末にコールが入った。
「はい。F149470094です」
『連邦地方裁判所ですが、この被疑者に対しては逮捕状は発行できません』
「……は? どうしてですか?」
『この被疑者については全て犯罪時現場不存在が確認されているためです。ヒューマン・レプリカント連続殺人事件の件でも無罪となりました』
「……な……少なくとも、保安機構病院入院中の脱走は、公務執行妨害では……」
『あの件についても一時的な錯乱と言うことで罪には問われません。そもそも冤罪での不当な収容です。以上です』
一方的にコールは切られた。
「……どういうことだ………」
ナトーからもコールが来た。
『ウジャト、ザムザ、だめだ。ゴーシェ・ノッディングハム関連の動画や音声に現状保存命令が出て触れなくなった』
現場に出ているらしいアルミスとテナーのコンビにもコールしてみる。アルミスがコールを取った。
「アルミス! 今裁判所から……ゴーシェ・ノッディングハムの件で」
『……さっき聞いた。ずいぶん情報通だね? 無罪になったから確保は不要って。こっちは自白も取ってるって言ったのに、それは自白を強要されたためだと』
「これは、何ですかね?」
『わからない。余程腕のいい弁護士がついたか、検察を抱き込んだのか。とにかく裁判所が無罪と言ったらもう覆せない。うちは手を引く。そういう力のある誰かから睨まれたくないもの』
「……そうですか」
ザムザは力なくブリングを置いた。深くため息をつく。
「どうするんですか」
「どうも。できない。アルミスの言う通りだ……」
「じゃ、犯人は……」
「他のやつが犯人なことを祈って一からやり直すか、コールドケースになるかな……」
ゴーシェが犯人だろうと言うのは状況証拠だけだ。証拠になりうるハミングのデータが照合できず、本人の自供もない上に、裁判所から無罪だと言われてしまったら、同じ事件では二度と訴追できない。もうできることはない。
ザムザがデスクに突っ伏した。この人がこんなふうに露骨に肩を落とすところを初めて見る。
「先輩……」
「……バルトロイ達にも言っとかなくちゃな……」
またコール。しばらくコール音がして、ぱっと繋がる。オートキャリアの中で二人が並んでいる。制服を着ているから、外回りの最中だったんだろう。
『あのなあ』
「ごめん。ほんとにごめん。あのさ……」
ザムザが言葉を詰まらせた。
「……あの、ゴーシェの件……あれ、捕まえられなくなった……」
『は?』
バルトロイの横のヴェスタが、その肩に頭をもたれるようにしてブリングを覗き込んでいる。近くね? いくらバディでも。緑の髪がバルトロイの肩に触れている。
「裁判所から逮捕状請求がつっかえされてさあ……。なんだと思ったら、ゴーシェは無罪だから逮捕できないんだと………ハハハ」
『司法取引?』
「違う……。アルミスは、弁護士付けたか検察を抱き込んだかなんじゃないかって……。いずれ、もう俺たちには手出しできなくなった。今回の件だけじゃない。俳優と資産家の殺人も、脱走も不問だと」
『……そうか。じゃああいつは野放しになったわけだ』
「そう……。せめて子どもたちを殺した分くらいは……償わせたかった………」
『ザムザ、元気出して』
ヴェスタが口を挟んできた。
「申し訳ない。随分助けてもらったのにな……」
『今度また飲みに行こう』
通話を終えるとザムザはもう一度深くため息をついた。なんて声を掛けたらいいのか分からない。
「しょうがないですよ……」
「……しょうがない。そうなんだけどさ。理不尽だ……」
「また次の事件、ぱっと解決しましょう? 今度はレップの奴らの協力はなしですよ!」
ザムザはデスクに肘をついた手で顔を覆った。
「お前はまだわからないのかよ。次の事件なんて、今回死んでしまった人たちにはどうでもいいことなんだよ。今回死んでしまった人たちのために、今回の件を解決しなきゃいけなかったんだ……」
あっと思った。口が滑った……。
ザムザはその日はそれきり何も話してくれなかった。
「行方不明になっていた、訪問者の記録用の受付にあったブリングですね」
「そう……子どもたちが逃げ出した時に、恐らく懐中電灯がわりに持って行っていたんだな……」
ブリングは機能制限つきの簡易なもので、コールはできなかった。本当にただのメモ帳くらいの使い方のものだったようだ。ここ三ヶ月の訪問記録を見ていく。そんなに多くはない。月に5件あるかないか。
1月の中旬にバルトロイの名前がある。土曜日だ。午後3時から30分。これが思いつきで行ったって言ってたやつか。子どもの日記に「こわいひと」って書かれてたな。あれは違うのか。子どもの日記は4月の日付になっていた。
4月の記録を見てみる。つい最近だ。先々週の日付でまたバルトロイが訪問している。16:20~16:50、対応者 ラナ・ボナツカヤ。バルトロイはつい最近、もう一人の被害者にも直接会ってるわけだ……。
なんでバルトロイはその事に触れなかったんだ? イリーナの話ばかりだった。ピンと来なかったのかな?
「先輩、バルトロイに確認したいんですけど。先々週来てるはずなんです、施設に。この時のことを聞きたい」
「先々週来てる?」
「はい。4月19日に記録があります。バルトロイ・エヴァーノーツで」
ザムザは自分でもそのファイルを確認して首を捻った。すぐにコールをする。
「やあ。こないだはありがとう。服大丈夫だったか?」
『……捨てた。さすがに……。今度は何だ?』
バルトロイが画面の向こうでちょっと片眉を上げる。ヴェスタが左側に映り込んでいる。一緒に何かしている最中だったらしい。
「あのさ、先々週、エッシャー児童養護施設に行っただろ? その時にあんたを案内したのがさ、被害者のラナ・ボナツカヤだったんだよ」
『ん?』
「ん?」
『先々週?』
「先々週さ。19日」
『行ってねえよ。行ったのは1月だな。寒い時だ』
「行ってない? だって訪問記録にお前の名前があるんだ」
『行ってない。19日? ヴェスタ、お前何やってたか覚えてるか?』
『先々週の土曜日だろ? 射撃場でトライアルをやって……』
『そうだ。ダイン103で食事して帰った日だな。俺のカードを使ってるから、明細見りゃ時間もわかると思うけど』
「じゃあ、この来所者の『バルトロイ・エヴァーノーツ』ってのは誰だ?」
『少なくとも俺じゃないな』
「ちょっと待てよ。あんた2回行ってるだろ? 施設の職員も見てるんだ。1月と? あとはいつ?」
『2回……まあ、行ったけど2回目は施設に入らなかったんで職員の人には会わなかった。1月に、イリーナと話した次の週にちょっと思い出して、あの隠れ家を覗きに行ったんだよ。すごく天気の悪い日で、誰も俺には気づかなかったと思う』
「ラナに案内されたんじゃないのか?」
ザムザが言いながらラナの生前の画像を飛ばす。
『だから。2回目は誰とも職員の人とは会ってねえよ。1回目は案内してもらったけどこの人じゃないな。もっと若い人だった。この人は見たことがない』
「子どもたちに怖がられなかった?」
思いついて口を挟んだ。4月の日付の日記。
『俺が行ったときは子どもたちはいなかったんだよ。土曜日なのにとは思ったけど、課外活動の日なのかなって』
「…………」
『4月のは俺じゃない。誰かが俺の名前を使ったんだ』
「バルトロイ。2回目の、4月の訪問の時も目撃者がいるんだ。1回目の時も2回目の時もあんたを見てる人がいる」
『ほんとに俺だったって? さすがに分裂はしねーよ』
「だからさ。あんたを装えるのは誰だ? あんたの名前を名乗って、ぱっと見であんただと思われるような風貌のやつは。あんたとエッシャー児童養護施設の関係を知ってるやつ。たぶん、隠れ家のことも知ってるやつ」
バルトロイは少し口をつぐんだ。
『……ゴーシェだ。ゴーシェ・ノッディングハム』
「あいつは空調設備の会社にいたな。工具にも詳しかったはずだな?」
ザムザがヴェスタに頼まれて、バルトロイとヴェスタがアルミスとテナーから逃げてる時に調べてたやつだ。空調の工事。あの凶器。工事用の超振動カッター……。
「やつが犯人なら、どうしてこんなことをしたんだと思う?」
『……イリーナはゴーシェのこともよく知ってた。イリーナを殺したかったんだと思う』
「それはなんで?」
『わからない。イリーナがゴーシェの何かを知ってたから口封じだったのかも知れないし、あるいは、イリーナから何か聞き出したかったのかも知れない』
「なるほど。繋がった」
『犯人確定かな』
「状況証拠だけどな。ありがとう、バルトロイ。あんたもよくよく災難だね」
『今回は犯人扱いで追い回されなかっただけましだ』
バルトロイはちょっと笑ったが、ヴェスタは不安そうな顔のままだった。コールが終わる。
「繋がった?」
「うん。繋がっただろ。そう思わないか?」
ザムザがイリーナの遺体検案書を開いた。
「イリーナは拷問されてるんだよ。わかった。ナラは見せしめにされたんじゃないか? これが二人がわざわざ起こされて、遊戯室まで連れてこられた理由だ。イリーナの口を割らせたくて、ナラを目の前で苦しめて殺す。目玉を生きたままくり抜く。イリーナは仕方なく知っていることを話す……そうなったら用無しだ。心臓を一突きにして殺す。バルトロイの名前で先々週に訪ねてきたのは下見だ。職員室の壁のカレンダーを見ればいつイリーナがいるかわかる。イリーナのシフト、監視カメラの位置、セキュリティ……もし19日にイリーナが昼番で出勤していたら、その時にやられていたのかも」
「そうまでして、何を?」
「……なんだろうな。バルトロイにも予想がつかないんだろ。そこはわからない。ただあの施設に長く勤めてた人しか知らないこと……」
ピコンピコンとザムザと俺の端末に同時にメールが入った。開封してみる。ジャムズストリート沿いの警察署の前で、小箱に入った人間の手首から上が発見された。遺伝子解析の結果、ナラ・ボナツカヤとイリーナ・ケイバンの手首と断定。イリーナの手からは指が切り落とされていた。
「……ザムザ先輩……」
「すぐゴーシェ・ノッディングハムを捕まえなきゃ……この件でも逮捕状を請求して。今。それから、音声を照合するんだ。アルミスたちの聴取の時の動画とあのハミング。一致したら確定だ」
「はい」
端末に指を走らせる。ナトー・ベルギモに音声照会依頼。続けて裁判所のホットラインに逮捕状請求のメールを出す。
「……あれ?」
イジェクト。そんなはずはない。中身を開いて記入漏れがないのと宛先が裁判所なのを確認し、もう一度送る。またイジェクト。
「どうして?」
もう一度送ってみようとした時、ザムザの端末にコールが入った。
「はい。F149470094です」
『連邦地方裁判所ですが、この被疑者に対しては逮捕状は発行できません』
「……は? どうしてですか?」
『この被疑者については全て犯罪時現場不存在が確認されているためです。ヒューマン・レプリカント連続殺人事件の件でも無罪となりました』
「……な……少なくとも、保安機構病院入院中の脱走は、公務執行妨害では……」
『あの件についても一時的な錯乱と言うことで罪には問われません。そもそも冤罪での不当な収容です。以上です』
一方的にコールは切られた。
「……どういうことだ………」
ナトーからもコールが来た。
『ウジャト、ザムザ、だめだ。ゴーシェ・ノッディングハム関連の動画や音声に現状保存命令が出て触れなくなった』
現場に出ているらしいアルミスとテナーのコンビにもコールしてみる。アルミスがコールを取った。
「アルミス! 今裁判所から……ゴーシェ・ノッディングハムの件で」
『……さっき聞いた。ずいぶん情報通だね? 無罪になったから確保は不要って。こっちは自白も取ってるって言ったのに、それは自白を強要されたためだと』
「これは、何ですかね?」
『わからない。余程腕のいい弁護士がついたか、検察を抱き込んだのか。とにかく裁判所が無罪と言ったらもう覆せない。うちは手を引く。そういう力のある誰かから睨まれたくないもの』
「……そうですか」
ザムザは力なくブリングを置いた。深くため息をつく。
「どうするんですか」
「どうも。できない。アルミスの言う通りだ……」
「じゃ、犯人は……」
「他のやつが犯人なことを祈って一からやり直すか、コールドケースになるかな……」
ゴーシェが犯人だろうと言うのは状況証拠だけだ。証拠になりうるハミングのデータが照合できず、本人の自供もない上に、裁判所から無罪だと言われてしまったら、同じ事件では二度と訴追できない。もうできることはない。
ザムザがデスクに突っ伏した。この人がこんなふうに露骨に肩を落とすところを初めて見る。
「先輩……」
「……バルトロイ達にも言っとかなくちゃな……」
またコール。しばらくコール音がして、ぱっと繋がる。オートキャリアの中で二人が並んでいる。制服を着ているから、外回りの最中だったんだろう。
『あのなあ』
「ごめん。ほんとにごめん。あのさ……」
ザムザが言葉を詰まらせた。
「……あの、ゴーシェの件……あれ、捕まえられなくなった……」
『は?』
バルトロイの横のヴェスタが、その肩に頭をもたれるようにしてブリングを覗き込んでいる。近くね? いくらバディでも。緑の髪がバルトロイの肩に触れている。
「裁判所から逮捕状請求がつっかえされてさあ……。なんだと思ったら、ゴーシェは無罪だから逮捕できないんだと………ハハハ」
『司法取引?』
「違う……。アルミスは、弁護士付けたか検察を抱き込んだかなんじゃないかって……。いずれ、もう俺たちには手出しできなくなった。今回の件だけじゃない。俳優と資産家の殺人も、脱走も不問だと」
『……そうか。じゃああいつは野放しになったわけだ』
「そう……。せめて子どもたちを殺した分くらいは……償わせたかった………」
『ザムザ、元気出して』
ヴェスタが口を挟んできた。
「申し訳ない。随分助けてもらったのにな……」
『今度また飲みに行こう』
通話を終えるとザムザはもう一度深くため息をついた。なんて声を掛けたらいいのか分からない。
「しょうがないですよ……」
「……しょうがない。そうなんだけどさ。理不尽だ……」
「また次の事件、ぱっと解決しましょう? 今度はレップの奴らの協力はなしですよ!」
ザムザはデスクに肘をついた手で顔を覆った。
「お前はまだわからないのかよ。次の事件なんて、今回死んでしまった人たちにはどうでもいいことなんだよ。今回死んでしまった人たちのために、今回の件を解決しなきゃいけなかったんだ……」
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