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09 「ふたり」の形
18 Baltroy (聴取)
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結婚して13年。ドライなレプリカントと女を買うオーナー。よくある事だが、ヴェスタとしてはわざわざ知らせてエミールを傷つけたくないわけだ。まあ、何とでも言いようはある。
聴取室では、朝と変わらない様子でエミールが座っていた。少し退屈そうに見える。
「こんにちは」
「こんにちは。今度はあなたですか、捜査官さん。A492090さん」
記憶力がいい。ヴェスタは少し驚いたようだった。こういうタイプはめんどくさいんだ。煙に巻かれないようにしないといけない。
「メアリさんの件をもう少し伺いたいんです。病院から回されてきた患者さんだと思った?」
「ええ。うちに来る人の大半がそうでしたから」
「逆に、病院からの紹介ではない人っていうのは結構おられたんですか?」
「ぼくが名刺を渡した人が普通のカウンセリングを受けに。月に数名ですが……」
「クライアントの自宅でカウンセリングをすることはありましたか?」
「ありました。寝たきりの方もおられますし、リラックスしてお話ししたいご希望の方も」
「なるほど。ではメアリさんのご自宅に行かれました?」
「そうですね。何度か」
「普段の安楽死の場合、どのような手順だったんですか。つまり、カウンセリングが全て終了し、安楽死させる当日は」
「さあ……ぼくは患者さんに手を出せないので、よくわかりませんが……ログバートが何か薬を、経口摂取できる人には飲み薬、できない人には点滴で与えていたと思います」
「メアリさんの時も?」
「そうですね」
その緑の目の中を見る。カウンセラーか。動揺していない。頭がいいレプリカントなんだろう。最初から全部ウソを考えている。綻びのないやつ。
「メアリさんが亡くなった時間、ログバート医師はアリバイがあるんです。彼は彼女の死ぬ現場には居られなかった」
「事前に薬をお渡ししていたのかも。彼女は経口摂取できましたよね」
「それは違法です。医師には安楽死の際は患者が薬剤を処方通り摂取したか確認する義務がある。致死量の薬品です。流用を防ぐためそうなっている。
ログバート医師はご存知の通り、少々事務的な手続きが苦手にしろ、積極的に違法なことをしようとは思っていない。だから全ての安楽死は彼の立ち合いがなければ行われないはずですね」
「では、ログバートではない人に頼んで薬を彼女が手に入れたのかも」
「そうですね。メアリさんの飲んだ薬と、ログバートクリニックにあった薬は同じロットでした。ログバートではない誰かというのは、あなたということになる」
薬剤の情報はもう来ていた。鎮静剤の方も降圧剤の方も、メアリが使ったものとログバートクリニックにあったものは同じロットだった。片方だけならたまたまかも知れないが、種類の違う薬で両方同じならまず言い逃れはできない。
エミールは眉尻を下げて一つため息をついた。
「一つ伺いたいんです。例えば、現段階でオレグは何かの罪に問われますか」
オーナーを庇いたいのか。メアリの件を言ってしまったことがまずかったと思ったのかも知れない。
「恐らく、彼はメアリの件に関係したことが証明されない限り、大きな罪には問われない可能性が高いです」
「じゃあ……」
落ちたか。まあオーナーが安全ならと思うのかもな。
「オレグが薬を渡したと思います。ぼくは何も知りません」
「………」
は?
「オレグは面倒くさがりです。薬だけ渡して、後で確認すればいいと思って忘れたのかも」
まさかこう来るか。これは想定外だった……。
「メアリさんの爪にあなたの皮膚片が入っていた」
「午前中にカウンセリングをしたので、その時でしょう。薬を飲む直前でしたので、お別れに握手をしたりハグをしたりしたんだと思います」
「あなたには? その時間のアリバイがない」
「ええ。クリニックにいましたから。証拠はありませんが……メアリさんの家にその時間にいた証拠もないでしょう。僕はやってません」
「……」
迷いのない自信に溢れた言い方だった。こういう話し方をするやつは、言っていることが事実でもそうでなくてもなかなか揺らがない。だめか。まるで………
「エミールさんはオレグさんが捕まればいいと思っているの?」
ヴェスタが突然問い詰めるような口調で言った。
「C571098rp、やめろ」
「愛してるって言ってたじゃないか! どうして………」
「ヴェスタ!」
慌ててヴェスタを制止する。ヴェスタは肩を抑えた俺の手を振り払うようにして続けた。
「そんな言い方……憎まれるだけになってしまう……!」
「ヴェスタさん」
エミールは微笑んだが、憂いのある笑顔だった。
「言ったでしょう。死ぬまで愛しているなんてない。人は変わるんです。ぼくは、このままいない者みたいに扱われるくらいなら……」
「エミールさん、ちょっと失礼」
すっかり髪が青白くなったヴェスタを慌てて聴取室から引っ張り出した。落ち着かせないといけない。ヴェスタは肩を震わせてしゃっくり上げて泣いている。
「おい! ディー!」
側を通りかかったディーにエミールを収容施設に連れて行ってくれるよう頼んで、近くのミーティングルームにヴェスタを詰め込む。
「おい! どうしたんだよ! あんなとこで暴発すんな! おま……」
ヴェスタが。
青白いままの髪で胸に飛び込んで来た。
「……ヒクッ」
「ヴェスタ……」
ちょっと何が起きたのかわからないし、場所が場所なのでとっとと切り上げないといけない。でも……。
久しぶりに抱きしめる細い体。ヴェスタの指が俺の制服の胸のあたりを握りしめる。淡い肌のにおいと涙のにおい。
「どうした?」
「………エミールさん……が」
また新しく涙がこぼれ落ちる。だめだな。壁の時計を見る。四時半。
「時間休取って帰るか。それじゃ仕事にならないだろ」
「……ん」
ブリングから片手で有給申請してオートキャリアの予約を変更する。
迎えが来るまでヴェスタを抱きしめていた。
聴取室では、朝と変わらない様子でエミールが座っていた。少し退屈そうに見える。
「こんにちは」
「こんにちは。今度はあなたですか、捜査官さん。A492090さん」
記憶力がいい。ヴェスタは少し驚いたようだった。こういうタイプはめんどくさいんだ。煙に巻かれないようにしないといけない。
「メアリさんの件をもう少し伺いたいんです。病院から回されてきた患者さんだと思った?」
「ええ。うちに来る人の大半がそうでしたから」
「逆に、病院からの紹介ではない人っていうのは結構おられたんですか?」
「ぼくが名刺を渡した人が普通のカウンセリングを受けに。月に数名ですが……」
「クライアントの自宅でカウンセリングをすることはありましたか?」
「ありました。寝たきりの方もおられますし、リラックスしてお話ししたいご希望の方も」
「なるほど。ではメアリさんのご自宅に行かれました?」
「そうですね。何度か」
「普段の安楽死の場合、どのような手順だったんですか。つまり、カウンセリングが全て終了し、安楽死させる当日は」
「さあ……ぼくは患者さんに手を出せないので、よくわかりませんが……ログバートが何か薬を、経口摂取できる人には飲み薬、できない人には点滴で与えていたと思います」
「メアリさんの時も?」
「そうですね」
その緑の目の中を見る。カウンセラーか。動揺していない。頭がいいレプリカントなんだろう。最初から全部ウソを考えている。綻びのないやつ。
「メアリさんが亡くなった時間、ログバート医師はアリバイがあるんです。彼は彼女の死ぬ現場には居られなかった」
「事前に薬をお渡ししていたのかも。彼女は経口摂取できましたよね」
「それは違法です。医師には安楽死の際は患者が薬剤を処方通り摂取したか確認する義務がある。致死量の薬品です。流用を防ぐためそうなっている。
ログバート医師はご存知の通り、少々事務的な手続きが苦手にしろ、積極的に違法なことをしようとは思っていない。だから全ての安楽死は彼の立ち合いがなければ行われないはずですね」
「では、ログバートではない人に頼んで薬を彼女が手に入れたのかも」
「そうですね。メアリさんの飲んだ薬と、ログバートクリニックにあった薬は同じロットでした。ログバートではない誰かというのは、あなたということになる」
薬剤の情報はもう来ていた。鎮静剤の方も降圧剤の方も、メアリが使ったものとログバートクリニックにあったものは同じロットだった。片方だけならたまたまかも知れないが、種類の違う薬で両方同じならまず言い逃れはできない。
エミールは眉尻を下げて一つため息をついた。
「一つ伺いたいんです。例えば、現段階でオレグは何かの罪に問われますか」
オーナーを庇いたいのか。メアリの件を言ってしまったことがまずかったと思ったのかも知れない。
「恐らく、彼はメアリの件に関係したことが証明されない限り、大きな罪には問われない可能性が高いです」
「じゃあ……」
落ちたか。まあオーナーが安全ならと思うのかもな。
「オレグが薬を渡したと思います。ぼくは何も知りません」
「………」
は?
「オレグは面倒くさがりです。薬だけ渡して、後で確認すればいいと思って忘れたのかも」
まさかこう来るか。これは想定外だった……。
「メアリさんの爪にあなたの皮膚片が入っていた」
「午前中にカウンセリングをしたので、その時でしょう。薬を飲む直前でしたので、お別れに握手をしたりハグをしたりしたんだと思います」
「あなたには? その時間のアリバイがない」
「ええ。クリニックにいましたから。証拠はありませんが……メアリさんの家にその時間にいた証拠もないでしょう。僕はやってません」
「……」
迷いのない自信に溢れた言い方だった。こういう話し方をするやつは、言っていることが事実でもそうでなくてもなかなか揺らがない。だめか。まるで………
「エミールさんはオレグさんが捕まればいいと思っているの?」
ヴェスタが突然問い詰めるような口調で言った。
「C571098rp、やめろ」
「愛してるって言ってたじゃないか! どうして………」
「ヴェスタ!」
慌ててヴェスタを制止する。ヴェスタは肩を抑えた俺の手を振り払うようにして続けた。
「そんな言い方……憎まれるだけになってしまう……!」
「ヴェスタさん」
エミールは微笑んだが、憂いのある笑顔だった。
「言ったでしょう。死ぬまで愛しているなんてない。人は変わるんです。ぼくは、このままいない者みたいに扱われるくらいなら……」
「エミールさん、ちょっと失礼」
すっかり髪が青白くなったヴェスタを慌てて聴取室から引っ張り出した。落ち着かせないといけない。ヴェスタは肩を震わせてしゃっくり上げて泣いている。
「おい! ディー!」
側を通りかかったディーにエミールを収容施設に連れて行ってくれるよう頼んで、近くのミーティングルームにヴェスタを詰め込む。
「おい! どうしたんだよ! あんなとこで暴発すんな! おま……」
ヴェスタが。
青白いままの髪で胸に飛び込んで来た。
「……ヒクッ」
「ヴェスタ……」
ちょっと何が起きたのかわからないし、場所が場所なのでとっとと切り上げないといけない。でも……。
久しぶりに抱きしめる細い体。ヴェスタの指が俺の制服の胸のあたりを握りしめる。淡い肌のにおいと涙のにおい。
「どうした?」
「………エミールさん……が」
また新しく涙がこぼれ落ちる。だめだな。壁の時計を見る。四時半。
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ブリングから片手で有給申請してオートキャリアの予約を変更する。
迎えが来るまでヴェスタを抱きしめていた。
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