Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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09 「ふたり」の形

22 Baltroy (最後の攻防)

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 エミールからのコール要求が職場にいたヴェスタあてに来たのは、一週間後の午後だった。

 彼の身柄は検察に送られ、収監先で裁判を待っているはずだった。ヴェスタはコール要求が表示されたブリングをこっちに見せて、一緒に聞いてほしい、と言った。

 こんな風に話したがるんなら個人的な話もあるんじゃないかと思ったけど、ヴェスタの希望なら嫌も応もない。ヴェスタと小さなミーティングルームを借りて、白い指がコール要求に応じるのを待った。すぐにコールは繋がり、オレンジ色の収監服を着たエミールが画面に映った。
 俺は何となくヴェスタのブリングのカメラの範囲の外からそれを見ていた。

『こんにちは、ヴェスタさん。その後はいかがですか』
「こんにちは。元気です。エミールさんは?」
『僕も楽しくやってます。環境が変わるのを楽しもうと思えばなんとかなるものですね』

 ヴェスタは少しだけ口角を上げて見せた。でも笑顔というには程遠い。

『オレグは僕が全ての犯罪行為を実行したということで弁護士を立てているみたいですね。カルテや診療録も僕が捨ててしまったからない、ということのようです。なんだか情けなくなって来ますね。ぼくはできるだけのことはして来たつもりだったんですけど』
「残念ですね」
『ヴェスタさん、不思議だと思いませんでしたか』

 この位置からはエミールの表情は見えなかった。でもその口調はどこか挑戦的で、笑いを堪えているような抑揚が含まれていた。

『どうして僕が、13年も彼の伴侶だった僕が、彼を売る・・ことにしたのか。あなたにはお伝えしておかないとと思ったんです』

 ヴェスタは返事をすることなく、ただ画面を見つめている。

『あなたからあの香水をもらった日、付けてみたんです。オレグが書類を取りに立ち寄る予定でしたから。よく効きました。でもね、終わった後、彼はベッドの僕を見て舌打ちしたんです』
『本当はね、迷っていたんです。メアリの件は賭けでした。ここまで捜査されるかどうか。そして僕がメアリのことを知っていると言うかどうか。でもあの舌打ちでね、何もかもどうでも良くなりました。オレグは僕のことをもう少しも愛していないとわかってしまったので』
『ねえ、ヴェスタさん。そうなんですよ。レプリカントとヒューマンなんてそんなものです。都合よく使われて、あとはお荷物扱い。あなたは自分が例外だと思っているかもしれませんが──』

「私はあなたではありません」

 ヴェスタはきっぱりと言った。

「香水の件は残念でしたね」

 エミールは暫く何も言わなかった。やがてため息が聞こえた。

『僕も残念です。本当に変わりましたね。何があったんです? まさか「愛を確かめあったから」なんて言うんじゃないでしょう? 仲直りのセックスでなんとかなるのは最初のうちだけです』
「……『カウンセリングの時は、相手の意思を誘導するようなことは避けなければならない』。あなたと出会った研修で学んだことです。心が弱っている人は、人の言葉一つで揺れ動いてしまう。あなたのクリニックを訪れた時の私のように。あなたはカウンセリングの技術を悪用して、私の気持ちや考えを変えようとした。そうですね?」
『気持ちを変えようとしたわけではありません。ただ現実をわかって欲しかっただけです。あなたのためにね』
「あなたはヒューマンとパートナーとして関係を築いているレプリカントが……私が憎かったんですね?」
『そうだとしても、僕の話は真実です。絶対に人の心というものは変わってしまうんです。馬鹿を見るのはあなたですよ』
「それでもいいんです、エミールさん。人は変わるものですよね。今の気持ちはきっといつか変わってしまうでしょう。でもそれはそれなんです。形が変わってもそれは愛かもしれない。そうですね?」
『いつからそんなに楽観的になったんです?』

 ヴェスタの横顔が今度はきちんと微笑んだ。

「あなたは私ではないし、私もあなたではないということです」

 コールがあちらからぷつんと切られた。ヴェスタはほっとひとつ息をつくと、おもむろに立ち上がって隅の椅子に座っていた俺に駆け寄り、首っ玉に齧り付いた。

「こらこら。職場」
「ハグだよ、ただの。俺頑張っただろ?」

 そうだな。感情的にならず、余計なことも言わず。成長した。

「うん。頑張った」

 形が変わっても愛かもしれない。その通りだ。どんな形になっても、水は水のままなように。
 
 
 



 
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