上 下
22 / 33

束の間の喜び

しおりを挟む
「昨夜はお楽しみだったのかな?」

 顔を合わせた瞬間にアンリからそう言われてテオドアはげんなりした。

「そんなんじゃない」
「へぇ?抑制剤じゃ誤魔化せないいい匂いがするけど。まぁ匂いがするってことは、番にはならなかったんだ」
「……まだ、番にはできないだろう」
「まぁ、まだ兄弟だもんね」
「それも、今日で終わりだ」

 アンリは昨夜のパーティーで正式な王位継承者として発表された。
 正式な王位継承者には特別な権限が与えられる。
 そのなかには戸籍の管理と叙爵の権限も含まれていた。

 これで晴れて、アエテルニアを兄弟としてではなく婚約者として正式に関係を結べる。
 父を殺せばアエテルニアとテオドアがヴァルキュリア家の主人となれる。

「おめでとう、と言うべきなのかな?」
「ありがとう。お前の協力なしには達成できなかったからな」
「はい、書類は用意したよ。晴れてこれで君とアエテルニアは他人だ」

 アンリがテオドアに渡した紙は叙爵とアエテルニアの新しい戸籍を証明するものだった。

「結局アエテルニアの父親が誰かは分からなかった。一応記憶守りにも聞いてみたが流石に知らないようだったしね。とりあえず身分は王の縁戚ということで爵位を与えたよ」

 記憶守りは色々な理由で文字にはできない歴史を口伝のみで語り継ぐ者だ。王族のそばに常に支えているらしいがテオドアはその姿を見たことはない。

 その記憶守りも知らないならおそらく、当事者である王族と今は亡き義母しか知らないのだろう。
 いや、もしかしたら蛍石の瞳を異様に忌み嫌っていた父も知っているかもしれないが。

「はぁ…ここまでして、もし君が父君を葬るのに失敗したら文字通り『終わり』なのはなんとも言えないけど…」
「はっ…失敗するわけがない」
「どこからその自信が?相手はかの有名な吸血公だよ」
「今日からは俺が吸血公だ」

 父が祖父を殺して公爵家を継いだのも、今のテオドアぐらいのときの年齢だった。

 おそらくそれくらいの年齢なのだ。
 老化で衰えていく現公爵を、成熟していく次期公爵が上回るのが。

「今夜父上を殺す。そして…アエテルニアを俺のものにする」

 今となっては親友と呼べる男の赤い瞳が妖しく光るのをぞくぞくするような寒気を感じながらアンリは見つめた。

 その日の夜、テオドアは宣言通り父親を殺した。
 しかし、それは彼の想像していた代替わりとはかけ離れていたものだった。

 いつものように帰宅した自室には彼の愛する運命の番はいなかった。テオドアは動揺したまま父に決闘を申し込み、なんとか父に勝つことはできたものの、かなりの大怪我を追うこととなったのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

放逐された転生貴族は、自由にやらせてもらいます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:255pt お気に入り:3,129

【R18】初体験を夢見る少女

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:264

欲しいのは惚れ薬、私が飲むんです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,540pt お気に入り:13

朝靄に立つ牝犬

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:156pt お気に入り:2

【完結】真実の愛はおいしいですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,770pt お気に入り:206

氷獄の中の狂愛─弟の執愛に囚われた姉─

恋愛 / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:601

【R-18】トラウマ持ちのSubは縛られたい 〜Dom/Subユニバース

BL / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:268

まおうさまは勇者が怖くて仕方がない

BL / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:270

処理中です...