俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ

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episode 02. セクシーな女

 我らが第三事業部に今年も新卒が配属される。

 合う合わないがはっきり分かれる職種だ。いくら面接や書類選考で選別し、三ヶ月間の研修で鍛え上げても、あぶれる者は必ず出てくる。既におれの同期は半分ロスト。さぁ今年の新卒はどんなものか。

 ――宗方さん。顔で選んでいるんですか?

 毎年約百名入るうちの新卒の大半が第一及び第二事業部に配属されるが、新人研修の成果や履歴書を見て誰をどこに配属するのか。差配は各部の部長に任せられる。勿論希望が重なれば部長や人事を挟んで話し合いがなされ、そんなことも知らない新卒が毎年人柱となる。

 履歴書を見ている宗方を隣から覗き込んだ社員がこぼした言葉。なんとなくつられておれも宗方部長の背後に回った。――おお。

 正直、美人な女を見かけたとて今更興奮も感動もしないのだが。写真のなかの女がきっちりおれを見据えていた。いい女だ。正直におれの本能が認めた。

 髪は長く男の喜ぶロングヘア。女がうえで髪を振り乱すのがいい。断然おれはロング派だ。写真越しでも彼女自身にオーラがあって、ひとを引き寄せる光があるのが伝わる。加えて黒のリクルートスーツ。黒というのがまたいい。黒を着こなせる女は大概美人だ。篠原涼子然り。

「やー、別に、顔というかね。ぼかぁ写真を見てぴんと来るかを見て選んでいるんですよぉ」

 誰もが知る大手企業K社からシステムテスト及び受け入れ試験業務を取り付けた男。システムアイなんて、某データ社や、〇ISに比べたら、ちっとも知名度のない、地方アイドル以下の存在だというのに、他社とのコンペに勝ち、以降も、ことあるごとにK社からの案件を取り付けている。宗方部長はK社を相手とする仕事の実績で評価され、最初は細々とやっていたところを、売上三桁以上を叩きだす精鋭集団を作り上げ、やがてそのチームを第三事業部として独立させた。システムアイの売り上げの七割に貢献する活躍ぶりだ。
 
 学生はやたらと開発をやりたがる。上流工程である、建築でいう、設計図を書く、基本設計の工程。家を建てる建築に当たるプログラミングの工程をとにかくやりたがり、いわゆる花形がもてはやされる。――が実際プログラムの品質を高めるのはテスト以外の何物でもなく。恥ずかしながらおれも、最初は上流をやりたがった側の人間だが、現場で仕事をし、宗方部長の人柄に触れるにつれ、考えを改めていった。

 商品を出荷する前の検品作業。あれがないとクオリティは保証出来ない。

 みんなが下に見るテスト業務というのは、実際パソコン上でシステムを動かしてみて、最初から最後まで、バグなしで、うまく動くか。それを、何百何千もの試験をし、確かめる。砂の中から砂金を探し出すほどの、気の遠くなる作業だ。文句も言わずそれをやる。プロだからだ。

 プログラムテストの最終段階である結合テスト――それまでプログラム単体で試験をしていたところを、プログラムとプログラムを繋げてきちんと流れるか。案外この段階で初歩的なバグが見つかることが多い。半角しか打ち込めないところに全角が打ち込めるなど。システムテストと呼ばれる、苦痛で、気の遠くなるこの工程を、宗方部長は引き受けるビジネスモデルを作り上げた。

 受け入れ試験も然りである。他社さんが開発しいざ運用しようとなったときに、既にシステムテストの段階でひとが足らないことが多い。実際に顧客が使う段階を想定して何千時間もかけてテストを行う。それをうちはまるっと引き受ける。膨大な時間をかけてテストをするのだから、顧客からすればありがたい話だ。しかもうちは格安でそれを行う。いろいろなところで無駄を省き、――若手のプロパー(正社員)をあまた入れること。他社ではない自社開発の製品やソフトウェアを使うこと。極限まで経費を削減し、きちんと売り上げを立てるビジネスモデルをも作り上げた。

 なので、第三事業部は、社内ではテスター野郎と蔑まれる一方で、きちんとシステムアイの売り上げに貢献する功労者。アンビバレントな二つの偏見が降り注ぐが、ものともしないやつらだけが生き残れる。――さてこの写真のなかの女、榎原紘花は、果たしてどこまでサーバイブする? 写真で強烈な印象を残しただけに、仕事面でも爪痕を残して欲しいところだが。

 *

 社会人たるもの、八時四十分にはデスクにつくものべきである。九時ジャストには既に、それまでに届いた大量のメールをさばいておき、本業に入れるようにしておくのが特に第三事業部にて働くメンバーの基本的な業務姿勢である。

 七月初めのその日は、部全体がなんとなく浮足立っていた。無視を貫いた。超美人である榎原紘花がやってくることは周知事項となっており、配属初日。八時半には全員がフロアの奥にある第三事業部の島に来、新人は会議室内で待機するべき、……なのだが。部門内新卒の研修担当が通路を落ち着かない様子でうろうろとしている。

 エレベーターに通じる出入り口に顔を向けて座れば、背中側の、第三事業部の島のすぐ後ろに喫煙室がある。ただし、そこに行けば、必ずや顔見知りに出会い、要らぬ気を遣う。仕事の合間であれば、受電もあるので、なるべくおれは近場の喫煙室を使うようにしているが、始業前は、ガス抜きの意味も込めて、別のフロアの喫煙室を使う。

 どういうわけだか、おれが入社していつの間にやら、MKN――MAKITA Kazuomi Networkの略――という、妙な団体が出来上がっており(馬鹿馬鹿しいかもしれないが本人たちは真剣だ)、というか、彼女たちは水面下でおれの情報をナチュラルに共有しており、おれがある夜銀座でひとり飲みをしていることまで、会員パスワード制の掲示板で書き込みがなされていることに驚いた。ちなみに知ったのは九月。その頃にはアクセス数が六桁を超えていた。

 おいおいなんだよこれ。悪いこと出来ねえじゃねえかよお兄ちゃん。

 確かに、上京して以来、都内を歩いていると何度か知らない女に「握手してください!」と求められたり、高校時代、バレンタインには靴箱の横にゴディバのチョコレートの袋が二つ三つ置かれておりなかはチョコレートでいっぱい……なこともあった。

 近頃は既におれがチョコレートが駄目なことは知れ渡っており、ブラックの缶などが多くなった。ずっしりと重いが女の前でそんなことは言うまい。ありがたいことだ。

 システムアイは、他社さんも入る銀行顔負けのガラス張りの美しいビルの七階から九階部分を占める。来客は一階で共通の受付場で受付を済まさねばならないのだが、バレンタインともなると、その受付嬢に、蒔田宛にと、ごっそり袋に入ったプレゼントを手渡す強者がいる。そういや、誕生日のときも来たな。一階受付からの来客対応をするのは契約社員であり、彼女たちはみな困ったような顔をしていた。――蒔田くんってば相変わらずすごいよねと。

 実写版リカちゃん人形みたいな寺垣てらがき嬢に言われてしまうものだから、困ったものである。

 率直に言おう。寺垣さんはかなり、エロい。男をそそる愛らしいビジュアルの持ち主であり芸能人でも通用しそうである。肩までつくストレートセミロングがつやつやで、たまーに巻いてくることなんてあると男が転ぶ。自分の可愛さを自覚したたたずまい。デスクのうえには手鏡が置かれているものだからたまげた。美しい者は自然と己の美しさを自覚する態度を取る。

 いつもおしゃれなしかも人妻である寺垣さんは(人妻というのがなおエロい)、あるときなんか、上下白のタイトスーツで現れたときには本気でリカちゃんなのではないかと驚いた。その日、社内の男たちの鼻息が荒かったのは気のせいではない。挙句、スカートが膝丈のタイトスカートなのも非常にいい。好みである。本音を言うと、あの日の寺垣さんを思うだけでむらむら――しないでもない。

 ただその日、それらの記憶を一閃する強烈な出会いがあることをおれは知らなかった。

 前述したあらゆる社内の些細な事項がたまに、ものすごく疎ましく感じられ、ぼうっとひとりになりたいときがある。そもそも通勤電車が人権を無視した混み具合で疲れ切っている。やれやれ、ドラ〇もんよはやくどこでもドアを開発しておくれ。もう二十一世紀だぞ。川本真琴の心配したノストラダムスの予言で地球は結局爆発しねえし、世のなかの予想というものはことごとく当たらない。NIK〇EIなんか糞くらえ。おれはテレビも見ないし新聞も読まない。

 その日もいつものルーティーンで、八時半にはフロアに出勤し(エレベーターでの移動も込みで時間を計算済)、十五分程度でメールチェックなどの雑務を終え、ぼうっとするためにひとつ下のフロアの喫煙室にいた。――たまに。

 惚れた女のことをいつまでも忘れられないでいる自分自身が虚しくもなる。

 あいつはとっくに夢を叶えた。おれの出る幕はない。分かっていても……。どうしようもなく、切なくなる。

 始業前の大事な時間に思い出すたぁ、相当の中毒だな。ヤニよりもたちが悪い。

 表から入るにはエレベーターでの移動が基本だが、裏手にも、運搬業者のかたが主に使うエレベーターがあり、また、実は階段もある。

 他社さんも入るテナントビルであるがゆえに、表のエレベーターで移動すると、他社の知らない社員や来客と顔を合わせることになるし、急いでいるやつや、ときを急いて、ワンフロアの移動で階段を好むやつは階段を使う。九時五分前に、時間を見計らって、八階から九階へと階段で移動しているときだった。

 はぁはぁと、女のあらぬ息遣いを聞いた。

 破廉恥な妄想をした自分を恥じた。――いやいやここは会社だ。アホの坂田さかたじゃあるめえし。んなとこでヤるやつなんかどこにもいねえよ。

 よくよく聞けば、妙な――足音が聞こえるのだ。

 おれは、意識して、ビルケンシュトックのサンダルを履いた足を止めて耳を澄ませる。

 ――靴。違うな、裸足。いや違う。これは……。

 たん、たん、とよどみない足取りで階段をあがる女は、おれが八階の入り口近くにいるのに気づかず通り過ぎ、急いで、駆け上がろうとしている――。

 謎が解けた。黒のリクルートスーツ姿。ストッキングを履いただけのナマ足。黒の、就活で使ったショルダーバッグと、パンプスを胸に抱え、髪をやや乱したあの女――に、見覚えがないはずがない。

 腕時計を見た。九時三分。……残念。始業時間は九時。一階から九階まで階段を駆け上がった努力は買うが。

 おれは、九階への階段の踊り場で、上体を曲げ、はぁはぁ息を荒げ、腹に手をやるきみを見て、戦隊もののヒーローを意識してダッシュし、セキュリティカードをかざし、中へと入り、先回りをする。そこで呼吸を整えた。

 外からセキュリティカードがピ、とかざされる音。おれはドアを開く。すました顔を作る。

「九時八分だ。本日から第三事業部に配属される榎原紘花。残念だが遅刻だ。おれは二年次の蒔田と言う。……第三事業部の部長であられる宗方部長はとても、時間に厳しいおかただから、覚悟するように」

 バッグを抱え、はぁはぁ言う榎原紘花が、いやに可愛くてセクシーに思えたのは、本当は内緒だ。挙句、巨乳とは。最悪だ。
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