俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ

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lost and found

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「おい坊主どうした。……親とはぐれたのか」

 次はなんのアトラクションに乗ろうかな。

 なんて浮かれていた自分を恥じた。蒔田さんの気づかわし気な声。

 見れば彼は、あたしと繋いでいた手をほどいて、しゃがんで、目の高さを男の子に合わせているではないか。

 ぐすん、と鼻をすする男の子。それから、隣にいる女の子を見て――ぴんと来た。

「きみ、おねえさんとお花を摘みに行こう。……蒔田さん、終わったら携帯に連絡するからお願い」

 勘のいい蒔田さんは目をあげて、「ああ。分かった」と頷いた。刑事ドラマに出てくる敏腕刑事のように。



「お父さんとお母さんに島で待ってて、って言われたんだけどなかなか戻ってこなくて。……それで、トイレに行きたい、って言ったのに、お兄ちゃんに、待ってろ! って言われて……」

 幼子を連れて大行列の最後尾に待機していたあたしであるが、様子を見て何人かのかたが譲ってくださった。……ほっとした。

 あたしも、父とこういう場所に来ると大変だったんだよね。トイレ問題。

 ましてやこの子はまだ……四、五歳くらいかな。お兄ちゃんとふたりきりで心細かったはずだ。

 ぐずぐず言っている女の子は、幸いにしてすぐに順番が回ってきて、あたしと一緒に入るとあたしは背を向け、この子がひとりで済ませるのを待つ。流石についていないと心もとない。

 個室を出てすぐに手を洗いに行くあたりしっかりしている。手を洗い終えたこの子にハンカチを渡して貸した。あたしはその隙に口紅を取り出して鏡を見て塗る。

 かのんちゃんは……道中、彼女の話を聞いた。お父さんお母さんが大行列のアトラクションに乗るから、ここで待っていて、と言われたのに、それだとつまらないしお兄ちゃんが山に登って遊ぼう、なんて言うから、ついていくうちに、元の場所が分からなくなってしまい、トイレにも行きたくなったのにお兄ちゃんに「待ってろって言われただろ!」と叱られて困り果てて途方に暮れていたところを……蒔田さんが気づいたかたちだ。

 大人であれば携帯電話があって連絡を取り合えるが、子どもは普通は携帯電話を持っていないし。高いし。

 なので、この子たちは親御さんが戻ってくるのを待つほかないのだが……。

 戻ってきたときにとんでもないものを見た。

「あはは。お兄ちゃん、すっげえ!」

 蒔田さんが、男の子を高い高いをして笑っていたのだ。

 *

 親を子を責めることはとても簡単だが、だからといって現実が動くわけではない。

 親に見放された子がどんなになるのか。……この身をもって知っている。

 今更、親の責任がどうのとか言える年頃でもない。自分の人生は自分のもの。分かっている。

 だがこの子はまだ少年だ。幼子ふたりを放置して、そこまでして親はアトラクションに乗りたかったのか。親になれば親側の気持ちが分かるのか。分かるのだろうか。

 さて少年にはポップコーンを与えてはみたものの、手をつけない。不安そうな顔をしてる。分からなくもない。

 おれだって、その年頃で、知らないお兄さんと一緒なら心細いはずだ。

 物心ついた頃から兄貴が一緒だったから、救われていた。兄貴がいなければいまのおれはいない。

「あの。……おじさん」と一緒にベンチに座る少年が顔をあげ、「かのんと一緒についていったおねえさん、悪いひとじゃないですよね? おじさんたちは、ぼくたちを騙しているわけじゃないですよね?」

 微笑ましい。だが微笑みは出さずに、

「……てめえを騙そうっていう連中に真正面からそれを尋ねてはいそうですか、と相手が言ってくれるのを期待しているのなら少年。……もっと、学習しろ。

 おれは、蒔田という。きみの妹と一緒にお花を摘みに行った彼女は紘花と言う。……ぼくたちが悪い人間じゃないってのは、ぼくたち自身が保証出来ることなのだが、世の中にはな、少年。純粋なひとたちを騙そうとつけいる人間が山ほどいる。……そんな連中とつるまず、関わらず、距離を保ちつつ、世界で平和に生きていくにはな、少年。てめえが賢くならないといけない。

 いざというときに、わぁって叫べる自分を作ることだ。――ほれ、立て」

 と、先に自分が立ち上がり、ぽんぽん、と膝を叩くと、

「かかってこい。――世界での戦い方を教えてやる」

 *

「……で。なにがどうなってそうなっているんですか」

 おれの話を聞き終えた愛おしい彼女は、かのんちゃんと一緒にポップコーンを摘まみ、おれたちの様子を見守っている。おれは、少年をおろすと、

「男には男同士の付き合い方ってのがあるんだよなぁ。なあ、直哉なおや

「うん。蒔田!」と少年は拳を握り、「ぼく、かのんを守れるように、もっともっと強くなるんだ! 蒔田みたいに毎日なん十キロもランニングするんだ!」

 嬉々とする少年に向けて、我が愛しのオフィーリアならぬ紘花はやや呆れたように、「……蒔田さん、なに教えちゃっているんですか」

「かのん、おにいちゃんすきー! ぎゅうーっ」

 子どもたちが笑いあって抱き合っていると近くで声がする。あらあらすみません、と。

 ぼくは振り返るときに睨みつけるのを抑えられなかった。そんなぼくのコートの裾をつんつんと引っ張る彼女に自分を取り戻す。――怒るな。怒ってしまってはてめえの負けだ。直哉くんと同じで、学習しろ。

「すみません、うちの子たちを見てくださっていたようで……申し訳ありません」

 頭を下げるのはやはり母親だ。父親は気まずそうに頭を掻いている。わざとらしいな。

「いえいえ。……すみません、この子たちだけでいましたのでつい、気になって……」こういうときに喋るのは大概女である。「この子たち偉いですね。ちゃんと、言いつけ通り、お父さんお母さんのことを待っていましたよ。……あ、かのんちゃんは一度お手洗いに行きましたが、以外はずっとここから動きませんでしたよ」

「あらまぁ。……かのんったら、警戒心が強い子だから、……大人の女の人相手にまともに喋れない子なのに……あらあら」と我が子を抱き寄せて顔を確かめる母親の表情を見てほっとする。「かのんったら、いい子にしてた? 直哉は? お手洗いとか大丈夫?」

「おれは平気」

「本当にすみません。……うちの子たちがご迷惑をおかけして……」

 いやあんたらが。

 言いたいのをぐっとこらえる。何故ならおれの彼女が笑顔でいるからだ。

「いえ。……じゃ、かのんちゃん。直哉。またな。……直哉は、約束を忘れんなよ」

 ちょっとませた顔をした直哉は、「分かってるよ蒔田。ありがとう。あんた、いいおっさんだ」

「おっさんは余計だぞ」

「あはは。……じゃあ、わたしたちはこれで。楽しんでいってくださいね」

「うん! ひろかちゃん、おじさん、ありがとー!」

「……おっさんは余計――」

 やや強引におれの彼女に腕を引かれる。ばいばい、と手を振った家族四人の笑顔がみんな判で押したように似ていて、血の繋がりの濃さを感じさせる。……おれの彼女は、母親がいないのに、随分と気が回る。ああいうときの受け答えも完璧だ。

 巨大なカップに入ったポップコーンを片手で持つきみはぐんぐん前へと進み、……あふれる涙をそのままにしている。

 おれは、きみの前へと回り込んで、道の端へと寄ると、きみへと手を伸ばす。

「紘花。……なにも言わなくていい……よく、頑張った……」

 こういう場所だからきみを抱き締められない。それが残念だ。

 ただ手を握って、きみのなかにあふれくる感情を抱き締めている。それだけで構わないかい。

 *

「なんか……思い出しちゃって……。あたし、親は、叔父ひとりなので、……女の子ひとりだと困る場面があったなぁとか……かのんちゃんと一緒にいるうちに追体験しちゃったみたいな感じで……恵まれているかのんちゃんが羨ましいような、でもそんな自分が醜いなぁって……いろんな感情が一気にあふれて……」

 分かるよ。分かる。

 おれだって、恵まれた環境で育ってはいるけれど。母親や父親の愛情には飢えていた。源造さんや兄貴に支えられていた。

 もし、自分に理解してくれる仲間がいなかったらと思うと、ぞっとする。

 和貴。宮沢。都倉。祐。みんなみんなが大切で――愛おしい仲間だ。

 ベンチで隣り合って座るおれたちは手を握り合う。互いを支えあうように。

「蒔田さん……なんかごめんね……あたし、蒔田さんと付き合い始めてずっと、……格好悪いところばっか見せているよね……恥ずかしい……」

「どんな紘花もおれは好きだよ」

 真っ直ぐに、譲らない。

 見つめ返すその瞳の動きに、揺るがない。

 おれは、きみを、愛している。愛しているからこそ……譲らない。

「簡単な言葉で誤魔化そうとするなよ。おれは、きみを、信じている。傷ついたきみも、ああいう場面でちゃんと、母親の気持ちを慮って動けるきみのことが大好きだ。愛おしくてたまらないんだよ」

「蒔田さん……もぉ、泣かさないでよぉ……」

 ぼろぼろと泣くきみの涙を指で拭う。直接触れたい。キスしたい。抱き締めたい。

「自分が汚いとか、相応しくないとか、……今更おれたちの間でそれはナシだよな。分かっているだろう」

「うん……ごめん……」

「いいや。……なぁ紘花。話の矛先をちょっと変えてもいいか?」

 なぁに? ときみはまるで、天使のように美しく微笑むものだから。

 あまりに、魅せられてしまう。

 おれは、ちょっと笑った。「おれ、……泣いている紘花を見るのはそんなに嫌ではないのかもしれない……なんだろう……不謹慎だったらごめんな……めちゃくちゃ可愛いなって思うんだよ……」

 おれの腹を小突くきみ。「んもう、蒔田さんったら……」

 おれはきみの手首を掴む。それから――抱き寄せる。

「蒔田さんったら……」不思議とその声は弱弱しくなる。構わない。誰になんと思われようともこのいっとき。おれは、榎原紘花を抱き締めたくてたまらない。だからこうしている。天変地異をもってしてもおれたちの邪魔をすることは許されない。God only knows.

「あ……雪」

 きみの声で我に返る。おれの腕のなかで顔を起こすきみは、今年初の雪に気づいた。

 おれたちの前で雪の花が小さく咲いていく。見ているうちに自然とこころが和んでいく。……あの親子も、今頃笑いあってくれているといい。

 ――かのんちゃんが大事ならな。強くなるんだ。

 呪いの言葉をかけた。兄として強くならなければならない。その言葉の意味が分かるのはいまでなくてもいい。だが――

「強くならないに越したことはないのかもしれないな。人間は……」

 きみの髪を撫でててめえのこころを落ち着かせる。――いつか。あんなふうにおれも……。

 空から降る雪の手触りを確かめておれはきみに微笑みかける。

「紘花。子ども、何人作ろうか」

 顔を真っ赤にするきみ。「ま、蒔田さん……!」

「男の子だと直哉みたいな聡明なやつがいいな。女の子は……おまえに似た女の子が産まれたら、ますますきみのことが愛おしくなる……家族四人とかな……楽しいだろうな……」

 きみはおれの手を掴むと胸を張り、

「じゃ、紘花ちゃん、頑張りますよ! 子どもなら、一家でサッカーチーム作れるくらいに頑張っちゃいましょう――」

 片手できみの口をふさいだ。「……紘花。ちょっと声、おっきい」

 見ればそこらの主婦たちの視線がこちらに集まっている。何故か尻餅をついた女性陣がいたり、ごっほんと咳ばらいをするおじいさんまでいる。

「おれたちの仲がいいのは結構なことだけれど。……場所を変えるぞ」

 もう、この場所に用はない。たちまち主婦のかたからの悲鳴があがる。

「かず、おみ、さん……」

 それはおれを呪いにかける魔法の言葉。

 正々堂々と、おれは、きみを姫抱きにし、視線も構わず門へと進み、出てから一礼をすると、そのまんま、タクシーを呼んで都内のホテルへと向かう。

 おれの唐突な行動にきみは笑った。「蒔田さんってば。なりふり構わずお姫様抱っこをする性癖、どうにかしてくださいよ。困っちゃいます」

 おれは窓の外の高層ビルディング街を見て笑った。

「けど、――おまえは、そういうのは、案外嫌いじゃないよな」

 きらびやかな場所がいい。別にそういう目的のホテルじゃなくたっても、やることはやれる。

 おれの腕のなかで乱れるきみがあまりにも愛おしくて永遠に、愛の森に閉じ込めておきたい。夢中になるうちに目を閉じて、知らぬ間に眠りに落ちていた。

 夢で、少女時代のきみと目が合った。視線を交わし、森の中へと逃げ込むきみが切なくて。現実に戻ってもきみのことを追い回してしまったよ。どうかこんなぼくのことを見捨てないで。永遠におれのものでいて。
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