俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ

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forever to the memories_1

「そうか。紘花の初めてをおれがいただくわけか。僥倖僥倖」

 キッチンで皿洗いをするあなたは上機嫌で。

「ひとつ、いいことを教えてやろう。……能登行きの飛行機はひどく揺れるんだ。楽しいぞーぅ。あっちは日本海側で雪も風もすさまじい。年末年始は絶対に帰省しないと決めているくらいだ。楽しみ楽しみ」

「……蒔田さん」キッチンカウンターを挟んで差し向かいのあたしはあなたを見つめ、「ひとの不幸を喜ぶとばちが当たりますよ」

 すると蒔田さんは手を止め、「大丈夫。おれが守ってやるから」

 *

 でなんで寝ているのよあなたは。

 ぐっすりと。無防備な顔を晒すあなたはあたしの肩にもたれかかり、……ううう可愛い……。食べちゃいたい……。

 いつもあたしのことを貪る赤い唇がすぐそこにある。吸い付きたいよぉう!!

 連日残業残業の連続で疲れ切っているあたしたちは、帰りの電車内とか、眠れる! ってタイミングで絶対に寝ておかないと、からだが持たない。性欲は無尽蔵だし、あたしは業務が立て込んでおり、二十時あがりが平均だし。寺垣さんは残業ゼロで巻いているって聞いたのにううう、初めての事務業務に困惑の連続で宗方部長にはこっぴどく怒られるし……。

 そんな日々のなかで癒しはあなた。年明け早々に交際をカミングアウトしたあたしたちに対し、世間の視線はやさしい。

 おう蒔田! 紘花ちゃんとは続いているか? なんて声をかけられる場面なんてしょっちゅう。

 知らない女性がすり寄ってきて、「あの……蒔田さんのサインとか……」なんて質問をされることもある。だが断る。

 多忙な日々を重ねるあたしたちだが、父とて会社員なので、年始から年度末にかけては繁忙期で土日も出社するくらいに忙しい。

 蒔田さんは、あたしたちがこうなってからは、出来るだけ早く長野にいるあたしの父に挨拶に行きたいと仰ってくれているが、いかんせん土日は父の仕事の都合が読めない。なので、一旦は、父が確実に土日に休めるタイミングで挨拶に行こう……という話になって。それで、互いに消化出来ていない有休が溜まりまくっているという事情もあって、二月の頭に蒔田さんの故郷に行こう、ということで話がまとまった。

 ――おまえには、ちゃんと、故郷を見せてやりたいと思ってな。

 長野出身のあたしは、飛行機に乗る機会が全然なく。修学旅行も毎回東京か京都だったし。

 それで、初のフライトで。羽田空港でチェックインの手続きをするときなんかどきどきしたし。蒔田さんはいつもスマートでなんでもしてくれるのに、このときは「初めてを楽しめ」とのたまうて、あたしに任せきりだし……荷物預けるのとか! どきどきしたよ!

「お疲れ。……よく頑張った」

 なんて言って頭をなでなでしてくれるものだから。いつも、あなたに魅せられていてばかり。

 飛行機は予想よりもかなり小さくて平日なのに意外と混雑している。エコノミークラスのシート間隔はせせこましい。今回は、せっかくなのでと、二泊三日で蒔田さんの故郷である石川県は緑川市へと向かう。

 上京するまではずっと長野の清澄にいて、ほとんど出たことがなかったあたし。なんなら、自分が置き去りにされたという北海道にすら行ったことがない。……あたしを捨てた母はいまごろなにをしているだろう。こうして同じように雪景色を眺めているだろうか。

「んぅ……」

 無防備な蒔田さんが愛おしい。脱力して、完全にあたしに寄りかかっている。

 悪くはない。むしろ幸せ。

 キャビンアテンダントのかたが飲み物を聞いてくるので、あたしは、蒔田さんと自分のぶんは、あったかい緑茶を頼んで、初フライトを楽しむ。蒔田さんの言う通りで上昇するときの飛行機の角度がものすごく、着陸のときはごごごとすごい音がして。ひいっ飛行機って離着陸の時が一番危ないんだよね! と怖くてあなたの手を握り締めてしまったよ。

 *

「源造さん。いつもありがとう。……こちら、榎原紘花さん。ぼくのフィアンセです」

「おお、……坊ちゃまが婚約なさるだなんて源造は……感慨深いです。紘花さん、初めまして。坊ちゃんをどうぞどうぞ……よろしくお願い申し上げます」

「大げさだなぁ」と笑う蒔田さんはまんざらでもない様子。

 のと里山空港につくと、そこからは意外と移動手段がなく。小さなバンが出てはいるが、案外運転手は頼んだ場所を乗り過ごしてしまうから危ないと蒔田さんは言い、家族が空港まで車で迎えに来るのが普通だそうだ。今回は蒔田さんのご実家から蒔田家の使用人のかたが車で迎えに来てくださった。

 源造さんと仰るそのかたは、蒔田さんのご実家である「海野の宿 波の花」で受付や、蒔田家のご子息のお世話なんかもされており、家族のような存在なのだとか。……確かに。蒔田さんの源造さんを見る目がやさしい……。

 こんなあなたを知らなかったよ。

 車のなかで、あなたは、嬉々としてあたしの話をする。――非常に優秀で聡明な女性で、一緒にいて飽きない。ひどく楽しい。

「紘花さんは、同じ会社に勤務する、一個下の後輩で。頼まれてもいないのにな。いろんな雑務に手を染めて。てめえでてめえを忙しくする名人だ。……ま。彼女のそういう、面倒見のいい部分も含めてぼくは……虜になっている」

 運転席で鼻をすする源造さんにうっかりもらい泣きしそうになる。……蒔田さん……そんなふうにあたしのことを思ってくれているだなんて……。

 能登の中心といえば緑川市なのだが、そこよりやや東にある、海野という、小さな港町へと向かう。

 ――そこが、あなたの故郷……。

 どんな景色があたしを待っているのだろう。楽しみだ。

 *

 うおっ蒔田さんって正直御曹司だったりする?

 ひなびた海沿いのたくさんの船が並ぶ穏やかな港町……に見えて、海沿いの国道をぐんぐん進むと行った先には高級旅館のお出ましである。おおう……手土産もうちょっと奮発するべきだったか……。

 旅館のど正面で源造さんが車を停め、いったんあたしたちは降りて、受付へと向かう。

 一臣様、お帰りなさいませ。

 瀟洒なシャンデリアのかかる床がえんじ色の布張りのじゅうたんでいかにも高級旅館の感のあるフロントエリアにて、従業員がその都度立ち止まり、蒔田さんにお辞儀をする……おおう……。

 ああ、ただいま、と小さく片手を挙げる蒔田さんはまるで芸能人のようで。一流芸能人にエスコートされているセレブの気分。

 そして奥からはんなりとした紫の着物姿の女性が現れた。

「一臣くん。おかえりなさい」

「ああ。ただいま。忙しいときにすまないな。……こちら、ぼくの彼女で、榎原紘花さん。……でこっちが、ぼくのお世話をしてくださるかただ。母親みたいなもの」

「あらあら」嬉しそうに微笑む女将さんは、「一臣くんが本当の息子だったらおばさんどれほど嬉しいことかしら。……紘花さん、あまりお相手出来ず申し訳ありませんがわたくしはこれにて。どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」

 一見すると平和な母と息子の会話なのだが……。

 女将さんの姿が消えるとあたしは尋ねた。

「蒔田さん。……どういうこと?」

 *

 砂浜にぽつんと実在する流木のうえで腰掛けている。

 蒔田さんが買ってきたココアの缶を手渡す。「ありがとう」
 
「いや」あたしの隣に座って、ぷしゅっと缶を開く蒔田さんは、定番の、ブラックを口に含むと、ことりとそれをバッグの横に置き、

「……きみには、事前に説明するよりも、実際にその目で見て貰おうと思ってな……」

「どこからどう見ても蒔田さんはあのお母さんと親子だよね。なのに、なんで……」

 言葉が続かない。蒔田さんの抱え込む現実に目をそむけたくなる。――認めたくない。

 ざざ、と目の前の海野の海は変わらず、さざなみを立てる。凍えるように寒い。気づくとあなたは、あたしの手を取ると自分のコートのポッケにしまう。

 その手がふるえていることに、あたしは泣いちゃいたい。

 でも――逃げてはいけない。

 蒔田さんは相変わらず落ち着いた表情で海を睨み据え、

「おれの母親は、京都の呉服屋の出身でな。商売がてら、ま、戦略も含めて、蒔田のあの旅館に嫁いだのだが……母親はてめえで水を触ったこともないってくらいのお嬢様でな。女将やれだなんて無理難題だったんだよ。ほんで、旅館の連中も、あの旅館だろ? 地元志向が強く、よそからやってきたよそ者扱いでおふくろをあまり歓迎しなかった……らしいんだ……。

 おれの父親は離れにいて孤独に過ごしている。誰も寄せ付けようとしないんだ。

 兄貴もそりゃ、あがいたさ。けど、誰がなにをやっても無駄……ってことは、生きていれば腐るくらいにあるのさ」

 日本海の荒波を前にして知る苦しい事実。

「話を戻すと、無事長男いつきを授かったはいいものの、母親は初めての育児に、旅館業。周囲から理解されないことに苦しみ、……行き場のない彼女は旅館に出入りする業者のある男と通じて子を授かった。

 ――その子が、おれだ」

 ざざ、ん、と目の前の波が音を立てる。びゅうびゅう吹き付ける風。髪が乱れるほどに強い。裏切り。

「おれの実父と旅館の経営者である父親は学友時代から親友関係にあり、……父は、親友の裏切りにも苦悩をした。

 母は勿論おれをどうしたものかと悩んだ……らしい。

 長男樹は愛おしいものだから、その決断は出来なかったらしいが……。

 おれの実父も苦しみに苦しんでおれが五歳の頃に……自宅で首を吊って、後は、ご想像通りだ」

 源造さんが蒔田さんの外した隙に言っていた。――坊ちゃんの額の傷は、あれは、坊ちゃんが五歳の頃に、女将に突き飛ばされて出来たときの傷……なのです、と。

「母は、おれのことは、預かり子として認識している……らしい。

 おれは、表向きには、蒔田家の次男として育てられたが……まぁ時代が時代だからな。長男がもてはやされて歓迎された戦後の名残もあって、比較的兄貴は可愛がられて育ったように思う。……おれは一緒に食事をすることは許されず、部屋の末席で、兄が食べ終わるのを待っていつも食事をしていたよ」

 そんな……ことがあるだなんて。

 許せない。……許せない。蒔田さんにそんなことをするだなんて……。

 自分の子を自分の子だと認識しない。そんな酷い母親がこの世にいるの?

 ここまで考えたときに気づいた。――蒔田さんとあたしは似ている。実の母親から愛を与えられなかった……。

 酷い。許さない。許せない。あたしの蒔田さんにそんな……そんな……。

 腹の奥でごうごうと感情が渦巻く。怒りに脳がちぎれそうになる。あの、女将さんの振る舞い。蒔田さんが欲しいのはそんな体裁を整えた行儀のよさなんかじゃないんだよ。だったら、アトラクションに乗りたいがために子を置き去りにしたあの親のほうが断然まし。

 かえるのかたちの石鹸を頂いて、まだ、洗面所に大切に飾っている蒔田さんの、純粋性を汚す人間がこの世にいるだなんて、あたしは、認めたくない……!

 何時間号泣したか分からない。その間、ずっと、蒔田さんは、あたしの傍にいてくれた。寄り添って、背中をさすり、おれは大丈夫だと声をかけて、励まし続けてくれていた。

 大丈夫じゃない人間が大概大丈夫だという。過酷な局面で、てめえを置き去りにして、他者の感情を優先して……。

 荒ぶる日本海の波と自分の感情がシンクロする。落ち着くまで。落ち着くまで。自分の体を波打つ激しい感情とあたしは向き合っていた。
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