61 / 103
番外編4 至上の幸せ――多感な莉子SIDE
#EX04-11.どんとこい
しおりを挟む
「聞いたーーー!?!?!?!? まさかの荒石くん、桐島さんの前で告白だって! 三田課長のことが好きです! って!」
――言いたいやつには言わせておけ。
というのはつい先日、わたしが編み出した教訓だ。
「うわーやっば! どうすんだろうね三田課長……まさかまさか。荒石くんと三田課長が、って……絵になりすぎるじゃん! 二人とも超イケメンだし、絵面よすぎるんだけど……!」
「桐島さんも、なんで許すかね。てかあのひと、本当は三田課長のことが大して好きじゃないんじゃないのぉ?」
「三田課長も、荒石くんも、桐島さんも、結構イカれてるよね。あ、三田課長はそうでもないけど。イカれてる者同士、お似合いって感じ……」
いやいやこのなかで一番イカれてるのは、実はあのひとだったり。恋敵に――餌を与えるようなひとなんですよ?
課長が、なにを与えたのかは言及しなかったが、おおよそ見当がつく。……まあね。わたしも、開発された女のひとりですから。だからといって、怒りとか……不思議なほど、微塵も感じない。普通の彼女であれば、怒ったり悲しんだりするのだろうに。わたしという人間は、感情が欠落しているのかもしれない。レイプされて以来、孤独な自分を、わたしは持て余している。
やっばー、地獄の三角関係じゃんきゃははー、と笑い合う声を聞いたのちにわたしは個室を出る。
「さぁて。……本日の袋叩きタイム、終了にございますか……」
「お疲れ様です桐島さん」
このタイミングで入り口のドアが開き、姿を現す存在に、わたしは腰を抜かしそうになる。……が平静を装い、「お疲れ様です」と挨拶を返す。
どうやら、紅城(あかぎ)さんは歯磨きをしにきただけのようで。ポーチから歯ブラシを取り出し、歯磨き粉をつけると磨きだす。しゃこしゃこしゃこと、小気味よい音が響く。この端正な横顔がなにを思うのか、思わず凝視してしまう。
紅城さんは、中野さんの産休育休中のヘルプとして入ってきた派遣さんだ。年はおそらくわたしと同じくらい。だが……恐ろしいほどに妖艶だ。すごい美人。高嶺という下の名は伊達ではない。ぱつんと揃った前髪、ストレートロングの黒髪が、テレビに出てくる歌手みたいだ。
綺麗な仕草で含んでいた水を吐くと、紅城さんは言った。「……桐島さんって、ドMだったりします?」
どうやら、さきほどまでの、あの子たちの悪口を聞いていたらしい。紅城さんの目に、確かな光が宿る。わたしも口をゆすぎ、ハンカチで口許を拭くと、
「まあ、そりゃあ、人間ですから。言われ放題言われると傷つきもしますが。けど、……わたしという矛先がなくなったら、あの子たちはまた別の誰かに刃を向けるでしょう? もし、わたしがターゲットになることでそれを阻止出来るのだったら、別にそれはそれでいいと思うんです」
わたしの発言を受けて、紅城さんは、笑った。「生粋のドMじゃないですか。三田課長が攻めで、桐島さんが受けなんですね。……やっぱり。
でも。……思うのは」
紅城さんは、喋りながらも器用に手を動かしている。ポーチから口紅を取り出すと真っ赤なルージュを引き、
「そういう、桐島さんの温和な態度があのひとたちを助長させているんでしょうね。叩き甲斐があるというか。体のいいサンドバッグ扱いですね……。一度ブチ切れたらどうです? わたし、サンドバッグじゃねえんだぞ! ……って」
ここまで言って紅城さんは言い過ぎたと思ったのか、表情を曇らせ、「……あたし、派遣の身分で偉そうにプロパーさんに講釈垂れてしまって。すみません……」
「あいえ。プライベートで話をするときに、派遣とか、プロパーとか、関係ないですから。……わたし、親しい女の子とか全然いないので……。よかったら仲良くしてください……」
「こちらこそ。あっじゃあ、連絡先教えてくださいよ」と紅城さんは携帯を取り出し、連絡先を交換する。……紅城高嶺。改めてみるとすごい字面だ。名は体を表す、確かにその通り。
「高嶺って名前、素敵ですね。どなたが決めたんですか……」
せっかくなのでと、名の由来を聞いてみると、紅城さんはなんだか恥ずかしそうに、「父が」と打ち明ける。
「うちの母親がまあまあ美人さんなので。高嶺の花だと思って挑んだんですよ。母は若い頃はモテまくりで、数多くいる男友達のひとりに過ぎなかったんです。
……が。あるとき、母が言ったんです。
『富士山の山頂って雪が降るのね。いったいどんな雪なのかしら……』
南国育ちゆえ、雪を知らない母がそう語れば、父は大学を休んで、富士山に登頂し、なんと、雪を持ち帰ったらしいです。……で、プロポーズ。学生結婚、めでたしめでたしってオチですよ。
そんな高嶺の花の産んだ子だから高嶺に違いないってことで……『高嶺』」
「素敵な由来じゃないですか!」
「でもこれ……恥ずかしいよ。恥ずかしくないですか?」
「いえいえ。紅城さん、美人ですし。お似合いです……」
「またまた。桐島さんのほうこそ、人気すごいじゃないですか。男連中みぃんな、桐島さんに骨抜きなんですよ。三田課長という婚約者がいるって分かってても諦めきれないみたい。ふふふ。面白いわね。……ねえ桐島さん、さっさと入籍して結婚式挙げたほうがいいですよ? でないと連中も諦めがつかないんじゃないですかね?」
「挙げるつもりではいますけど。いつにしようかなと。まあ、式場の予約状況次第なんですけどね」
「忠告です。一刻も早いほうがいいです。……桐島さんが無事結婚したら、さっきの女連中の口数も減りますよ。自分が結婚すれば、自分がどれだけ他人に酷いことをしているのか……思い知るかもしれません」
「分かった。考えておく」
「じゃ、お先です」
「うん」
鏡のなかの自分に向き合い、あぶらとり紙で綺麗にしてからパウダーを叩く。――結婚式。……そう、結婚式。
どうしよう……。
いよいよ明日、品川のホテルで説明を聞きに行くことになっているけれど。なんと、説明会も人気があるらしく、午後の五時という中途半端な時間を除き、いっぱいなのだそうだ。これはこれは……先手必勝。早く動いたほうがよさそうだ。結婚式ってざっくり半年前に予約するイメージだったんだけど、もしかして、わたし、出遅れてる?
さっきの女の子たちは呼ばないけれど。別の部署だし。でも逆に……同じ部署だから呼ぶのって迷惑かなあ……。二次会だけのほうがいいんだろうか? 会社関係なら二次会が多く、学生時代の友人知人ならお式からが多かったけど……誰をどこまで呼ぼうか。ううん、悩む……。
ピンチヒッター的な紅城さんも呼ぶべき? でも派遣さんにお金を遣わせるのも……かといって紅城さんだけ呼ばないのもなあ。うぅん……どうしよう。
よし。帰ったら課長に相談しよう。……って、自分たちがどういう結婚式を挙げるのか……挙げたいのか。それ次第でもあるんだよなあ……。
わたしの悶々とした疑問はやがて、結婚式場見学のときに露わになる。
* * *
「先ずは、ご予約いただき、ありがとうございます。担当の黒石(くろいし)です。……当ホテルをご予約頂いた際には、私が、挙式、披露宴に至るまでのすべての段取りを、進めさせて頂きます」
「あ……よろしくお願いします」
名刺を受け取る課長のエレガントさに比べてわたしのどんくささといったら。社会人を何年もやっているのに、営業畑ではないからか、いまだに、名刺を渡されると緊張する。
「早速ですが、三田様莉子様は、どのような結婚式をご希望ですか? 式を挙げようと思った理由について、お聞かせいただきたく。……先ずは莉子様から……」
「――わ。わたしですか……」
実は、昨日は課長が残業だったので、ろくに話し合えていない。セックスもしてない。
「ウェディングドレスを着ることは憧れで。……夢でしたから……。それから、友人知人の結婚式に出て、いいな、と思いまして……。やっぱり、結婚式って幸せな気持ちになるじゃないですか。人生、一度くらい、あの世界の真ん中に立ちたいという思いがありまして……。
それに。課長とわたしは同じ職場で勤務をしておりまして。紆余曲折あったので、周囲のみなさんにご心配やご迷惑をおかけした場面もあったと思うんです。……結婚式を挙げることで、お披露目と、お礼をさせて頂けたらと……」
「三田様は。いかがでしょう」
「概ね莉子と同じなのだが……。そうだな。付け加えると、おれの大切で美しい莉子をみんなに見せつけたい……というのは本気で。両親や、友人、会社の人間……みんなに、おれたちの幸せな姿を見せて、安心させたい、という思いもあるんです。
おれは、結構変わった性格で。おれをよく知る人間からは、『結婚なんて絶対無理だろ』……そう思われていたに違いありませんから」
課長の裏の顔を知らない黒石さんは、目に一瞬不思議そうな光を宿らせながらも、大きく頷く。「お二人とも、意見が一致しているようで安心しました。……いえ、結婚式を挙げる目的。ここのところが食い違ってしまっては、なかなか難しいところがありますから。
それでは、ご家族、ご親族、ご友人、会社の方を呼ぶ目的で結婚式を挙げるということで。話を進めさせて頂きますね。
当ホテルでは、地下一階で挙式を行い、それから上の階に移動し、披露宴を行うというスタイルです。……二次会は予定されておりますか」
「そこも含めて検討中で……」と課長が答える。「式と披露宴を親族のみにして、二次会を会社の人間や友人中心にするか。或いは、式と披露宴だけにして、全員一気に呼ぶか。……なかなか頭を悩ませております」
「最近は結婚式のスタイルも様々ですからね」と黒石さんはこちらの胸中を見抜いたかのように語る。「会費制のレストランウェディングも若い方には人気です。……お二人は、これまでにご出席された結婚式のなかで、印象に残っているものはおありですか?」
「あ……横浜の、タワーの最上階で挙げた結婚式……じゃないや、披露宴。すごかったです。夜景が半端なくて……」
わたしが挙手すると、高層ホテルに勤務をする黒石さんは嬉しそうに口許を緩める。「……当ホテルも、夜景はなかなかのものですよ。皆さん、感動なさいます」
わたしはふと疑問に思う。「式場って……見学、出来るんですか」
「本日は土曜日ですので、会場は朝から晩まで使用中でして。ですが、過去の映像をお見せすることなら出来ます。……お待ちください」
言って黒石さんはノートパソコンを操作し、画面をこちらに向けると、動画を見せてくれる。
「わあ……!」
すごい。広々とした会場。青を基調としたコーディネート。瀟洒なシャンデリア……白い薔薇……青い薔薇が咲き誇る、美しい世界……! 窓も広くって夜景を克明に暴き出している。恐ろしいくらいに、美しかった。
映像を見た途端、わたしの背筋を鮮烈ななにかが走り抜けた。これは……予感。
期待に満ちた、すさまじいほどまでの予感。それが、わたしを手放そうとしなかった。
(……課長)
彼は、頷いた。――わたしたちのこころは決まった。
ここに、しよう、と。
*
――言いたいやつには言わせておけ。
というのはつい先日、わたしが編み出した教訓だ。
「うわーやっば! どうすんだろうね三田課長……まさかまさか。荒石くんと三田課長が、って……絵になりすぎるじゃん! 二人とも超イケメンだし、絵面よすぎるんだけど……!」
「桐島さんも、なんで許すかね。てかあのひと、本当は三田課長のことが大して好きじゃないんじゃないのぉ?」
「三田課長も、荒石くんも、桐島さんも、結構イカれてるよね。あ、三田課長はそうでもないけど。イカれてる者同士、お似合いって感じ……」
いやいやこのなかで一番イカれてるのは、実はあのひとだったり。恋敵に――餌を与えるようなひとなんですよ?
課長が、なにを与えたのかは言及しなかったが、おおよそ見当がつく。……まあね。わたしも、開発された女のひとりですから。だからといって、怒りとか……不思議なほど、微塵も感じない。普通の彼女であれば、怒ったり悲しんだりするのだろうに。わたしという人間は、感情が欠落しているのかもしれない。レイプされて以来、孤独な自分を、わたしは持て余している。
やっばー、地獄の三角関係じゃんきゃははー、と笑い合う声を聞いたのちにわたしは個室を出る。
「さぁて。……本日の袋叩きタイム、終了にございますか……」
「お疲れ様です桐島さん」
このタイミングで入り口のドアが開き、姿を現す存在に、わたしは腰を抜かしそうになる。……が平静を装い、「お疲れ様です」と挨拶を返す。
どうやら、紅城(あかぎ)さんは歯磨きをしにきただけのようで。ポーチから歯ブラシを取り出し、歯磨き粉をつけると磨きだす。しゃこしゃこしゃこと、小気味よい音が響く。この端正な横顔がなにを思うのか、思わず凝視してしまう。
紅城さんは、中野さんの産休育休中のヘルプとして入ってきた派遣さんだ。年はおそらくわたしと同じくらい。だが……恐ろしいほどに妖艶だ。すごい美人。高嶺という下の名は伊達ではない。ぱつんと揃った前髪、ストレートロングの黒髪が、テレビに出てくる歌手みたいだ。
綺麗な仕草で含んでいた水を吐くと、紅城さんは言った。「……桐島さんって、ドMだったりします?」
どうやら、さきほどまでの、あの子たちの悪口を聞いていたらしい。紅城さんの目に、確かな光が宿る。わたしも口をゆすぎ、ハンカチで口許を拭くと、
「まあ、そりゃあ、人間ですから。言われ放題言われると傷つきもしますが。けど、……わたしという矛先がなくなったら、あの子たちはまた別の誰かに刃を向けるでしょう? もし、わたしがターゲットになることでそれを阻止出来るのだったら、別にそれはそれでいいと思うんです」
わたしの発言を受けて、紅城さんは、笑った。「生粋のドMじゃないですか。三田課長が攻めで、桐島さんが受けなんですね。……やっぱり。
でも。……思うのは」
紅城さんは、喋りながらも器用に手を動かしている。ポーチから口紅を取り出すと真っ赤なルージュを引き、
「そういう、桐島さんの温和な態度があのひとたちを助長させているんでしょうね。叩き甲斐があるというか。体のいいサンドバッグ扱いですね……。一度ブチ切れたらどうです? わたし、サンドバッグじゃねえんだぞ! ……って」
ここまで言って紅城さんは言い過ぎたと思ったのか、表情を曇らせ、「……あたし、派遣の身分で偉そうにプロパーさんに講釈垂れてしまって。すみません……」
「あいえ。プライベートで話をするときに、派遣とか、プロパーとか、関係ないですから。……わたし、親しい女の子とか全然いないので……。よかったら仲良くしてください……」
「こちらこそ。あっじゃあ、連絡先教えてくださいよ」と紅城さんは携帯を取り出し、連絡先を交換する。……紅城高嶺。改めてみるとすごい字面だ。名は体を表す、確かにその通り。
「高嶺って名前、素敵ですね。どなたが決めたんですか……」
せっかくなのでと、名の由来を聞いてみると、紅城さんはなんだか恥ずかしそうに、「父が」と打ち明ける。
「うちの母親がまあまあ美人さんなので。高嶺の花だと思って挑んだんですよ。母は若い頃はモテまくりで、数多くいる男友達のひとりに過ぎなかったんです。
……が。あるとき、母が言ったんです。
『富士山の山頂って雪が降るのね。いったいどんな雪なのかしら……』
南国育ちゆえ、雪を知らない母がそう語れば、父は大学を休んで、富士山に登頂し、なんと、雪を持ち帰ったらしいです。……で、プロポーズ。学生結婚、めでたしめでたしってオチですよ。
そんな高嶺の花の産んだ子だから高嶺に違いないってことで……『高嶺』」
「素敵な由来じゃないですか!」
「でもこれ……恥ずかしいよ。恥ずかしくないですか?」
「いえいえ。紅城さん、美人ですし。お似合いです……」
「またまた。桐島さんのほうこそ、人気すごいじゃないですか。男連中みぃんな、桐島さんに骨抜きなんですよ。三田課長という婚約者がいるって分かってても諦めきれないみたい。ふふふ。面白いわね。……ねえ桐島さん、さっさと入籍して結婚式挙げたほうがいいですよ? でないと連中も諦めがつかないんじゃないですかね?」
「挙げるつもりではいますけど。いつにしようかなと。まあ、式場の予約状況次第なんですけどね」
「忠告です。一刻も早いほうがいいです。……桐島さんが無事結婚したら、さっきの女連中の口数も減りますよ。自分が結婚すれば、自分がどれだけ他人に酷いことをしているのか……思い知るかもしれません」
「分かった。考えておく」
「じゃ、お先です」
「うん」
鏡のなかの自分に向き合い、あぶらとり紙で綺麗にしてからパウダーを叩く。――結婚式。……そう、結婚式。
どうしよう……。
いよいよ明日、品川のホテルで説明を聞きに行くことになっているけれど。なんと、説明会も人気があるらしく、午後の五時という中途半端な時間を除き、いっぱいなのだそうだ。これはこれは……先手必勝。早く動いたほうがよさそうだ。結婚式ってざっくり半年前に予約するイメージだったんだけど、もしかして、わたし、出遅れてる?
さっきの女の子たちは呼ばないけれど。別の部署だし。でも逆に……同じ部署だから呼ぶのって迷惑かなあ……。二次会だけのほうがいいんだろうか? 会社関係なら二次会が多く、学生時代の友人知人ならお式からが多かったけど……誰をどこまで呼ぼうか。ううん、悩む……。
ピンチヒッター的な紅城さんも呼ぶべき? でも派遣さんにお金を遣わせるのも……かといって紅城さんだけ呼ばないのもなあ。うぅん……どうしよう。
よし。帰ったら課長に相談しよう。……って、自分たちがどういう結婚式を挙げるのか……挙げたいのか。それ次第でもあるんだよなあ……。
わたしの悶々とした疑問はやがて、結婚式場見学のときに露わになる。
* * *
「先ずは、ご予約いただき、ありがとうございます。担当の黒石(くろいし)です。……当ホテルをご予約頂いた際には、私が、挙式、披露宴に至るまでのすべての段取りを、進めさせて頂きます」
「あ……よろしくお願いします」
名刺を受け取る課長のエレガントさに比べてわたしのどんくささといったら。社会人を何年もやっているのに、営業畑ではないからか、いまだに、名刺を渡されると緊張する。
「早速ですが、三田様莉子様は、どのような結婚式をご希望ですか? 式を挙げようと思った理由について、お聞かせいただきたく。……先ずは莉子様から……」
「――わ。わたしですか……」
実は、昨日は課長が残業だったので、ろくに話し合えていない。セックスもしてない。
「ウェディングドレスを着ることは憧れで。……夢でしたから……。それから、友人知人の結婚式に出て、いいな、と思いまして……。やっぱり、結婚式って幸せな気持ちになるじゃないですか。人生、一度くらい、あの世界の真ん中に立ちたいという思いがありまして……。
それに。課長とわたしは同じ職場で勤務をしておりまして。紆余曲折あったので、周囲のみなさんにご心配やご迷惑をおかけした場面もあったと思うんです。……結婚式を挙げることで、お披露目と、お礼をさせて頂けたらと……」
「三田様は。いかがでしょう」
「概ね莉子と同じなのだが……。そうだな。付け加えると、おれの大切で美しい莉子をみんなに見せつけたい……というのは本気で。両親や、友人、会社の人間……みんなに、おれたちの幸せな姿を見せて、安心させたい、という思いもあるんです。
おれは、結構変わった性格で。おれをよく知る人間からは、『結婚なんて絶対無理だろ』……そう思われていたに違いありませんから」
課長の裏の顔を知らない黒石さんは、目に一瞬不思議そうな光を宿らせながらも、大きく頷く。「お二人とも、意見が一致しているようで安心しました。……いえ、結婚式を挙げる目的。ここのところが食い違ってしまっては、なかなか難しいところがありますから。
それでは、ご家族、ご親族、ご友人、会社の方を呼ぶ目的で結婚式を挙げるということで。話を進めさせて頂きますね。
当ホテルでは、地下一階で挙式を行い、それから上の階に移動し、披露宴を行うというスタイルです。……二次会は予定されておりますか」
「そこも含めて検討中で……」と課長が答える。「式と披露宴を親族のみにして、二次会を会社の人間や友人中心にするか。或いは、式と披露宴だけにして、全員一気に呼ぶか。……なかなか頭を悩ませております」
「最近は結婚式のスタイルも様々ですからね」と黒石さんはこちらの胸中を見抜いたかのように語る。「会費制のレストランウェディングも若い方には人気です。……お二人は、これまでにご出席された結婚式のなかで、印象に残っているものはおありですか?」
「あ……横浜の、タワーの最上階で挙げた結婚式……じゃないや、披露宴。すごかったです。夜景が半端なくて……」
わたしが挙手すると、高層ホテルに勤務をする黒石さんは嬉しそうに口許を緩める。「……当ホテルも、夜景はなかなかのものですよ。皆さん、感動なさいます」
わたしはふと疑問に思う。「式場って……見学、出来るんですか」
「本日は土曜日ですので、会場は朝から晩まで使用中でして。ですが、過去の映像をお見せすることなら出来ます。……お待ちください」
言って黒石さんはノートパソコンを操作し、画面をこちらに向けると、動画を見せてくれる。
「わあ……!」
すごい。広々とした会場。青を基調としたコーディネート。瀟洒なシャンデリア……白い薔薇……青い薔薇が咲き誇る、美しい世界……! 窓も広くって夜景を克明に暴き出している。恐ろしいくらいに、美しかった。
映像を見た途端、わたしの背筋を鮮烈ななにかが走り抜けた。これは……予感。
期待に満ちた、すさまじいほどまでの予感。それが、わたしを手放そうとしなかった。
(……課長)
彼は、頷いた。――わたしたちのこころは決まった。
ここに、しよう、と。
*
0
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる