恋は、やさしく

美凪ましろ

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act22. 『彼女』の父と会う

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「で。いつから付き合い始めたことにする」


 待ち合わせ場所である彼女の住む駅にやってきた蒔田は、会うなり彼女にそう尋ねる。


「短すぎても不安にさせるだろうし、長すぎてもアレですから、半年くらいでどうでしょう」
「おまえが三年次にあがった四月でどうだ」
「……そう、しましょう」
「なんだ」
「いえ。……引き受けたからには本当にやる気なんだなと思って……」
「いまさら引き返せんだろう」ふんと蒔田一臣は鼻を鳴らす。「嘘をつくなら最後まで突き通すことだ。ときとして、優しい嘘は残酷だがな」
「ええ、本当に……あ」見知った顔を改札の向こうに見つけた。「あ。お父さんだ。お父さーん! こっちこっち!」

 いきなり大声で大手を振るものだから蒔田が白目を大きくして彼女を見る。

 だが彼女は蒔田の驚きには気づかず、父親を大声で呼び続ける。「お父さん! ねえね! こっちこっち! 早くぅー」

 改札を通り抜けるひとびとの視線を感じる。

 彼女は、そういうのに耐性があるらしい。日頃そんなに大きな声など出さないのに、家族が相手だと違うのか、それとも地方出身者の特徴なのか。……というより、父親と合流する前の貴重な打ち合わせの時間を、なにもまだ遠くにいる父親に叫び続けることで費やさなくても。

 と蒔田は思うのだが、彼自身の性格上の問題で、口にすることはならなかったのだった。


 * * *

 榎原紘花の父親は、見た感じ、ごく普通の中年男性だった。

 これといった特徴もない。通りすぎても気づかれないタイプかもしれない。

 あの年代特有の油っこさもなく、むしろ清潔感を感じさせる。

 髪に白いものがやや混じっているが、年相応であり、髪の量が多く、前髪を真っ直ぐに下ろした髪型。髪すべてをポマードで撫でつけるキザったらしさとも無縁。素直な性格が髪型から伺える。

 服装も、例えば彼女世代の女性が一緒に歩くのを嫌がるようなものでもなく中庸。

 平均的な人間だと蒔田一臣は判断した。

「初めまして。時間を取らせてすまないね。紘花の父親の、榎原(えのはら)俊之(としゆき)と言う。蒔田くん、だったね」

 彼女の父親は手を差し出した。

 平均的な人間。

 よりもややフレンドリーかもしれない。

 握手に応じつつ、蒔田は彼に対する第一印象を修正した。「遠いところをどうも、ありがとうございます……」
 横で榎原紘花が吹き出しそうになっているが、知るものか。
 あまりの棒読みっぷりに我ながら情けなくなる。こうした挨拶のたぐいが本当に不得意なのだ。ビジネスの場面では、作った冷たい話し方である程度通用するのだが。
 初対面の相手は苦手だ。
 不必要に気を遣う。というより、遣わせているという感覚が、蒔田一臣は苦手だった。

 どのみち仲良くなれないのだから。

 ひととひとなんて。

「いや、ぼくのほうこそ急に時間を作ってくれてすまない」彼女の父親・榎原俊之は蒔田の話し方を気にしていないのか、この場にふさわしい微笑みを浮かべ、一礼をした。そして周りを見回し、「こんなところで立ち話もなんだから、どこか入ろうか」
「まだ時間早いけど、どこかお店入る? それともお父さん、うちに荷物置いてくる?」
 見れば、榎原俊之はキャスター付きキャリーケースを持参している。
 それに一瞥をくれてから、彼は娘に答えた。「大したものは入っていないから、このまま直行で構わないよ」
「じゃあ、行こうか」

 榎原俊之は娘を見、そしてその彼氏を見て促した。


 娘の彼氏は父親にとって最大の敵だと聞く。


 どうしてそんなに自然に微笑むことができるのだろう。



 と、訊けるものならば訊いてみたかった。

 商店街に向かう仲睦まじき親子の後ろに続きながら、蒔田は、榎原俊之という人間にすこしずつ興味が沸いていくのを感じた。

 *
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