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act29. マイベスト・フレンズ・ウェディング
しおりを挟む結婚式に呼ばれると決まって張り切って美容室にヘアセットを予約してしまうのはいったい何故だろう。
自分が主役でもないのに。主役は、あくまでも新郎新婦だ。
なのに、競いあうようにめかしこむ出席者の女性たちを、ときどき彼女は疑問に思う。
まあ、……
「お洒落をする機会が欲しいんだろうなぁ」
お洒落とはすなわち自己主張。自分が綺麗だって、誰かに認めて貰いたいんだ。
同時に、その場にふさわしい格好をするのが、社会人としてのルールでもある。
義務と演技。
その割合は自分の中でどんなものだろう……。
唇に口紅を引き、鏡のなかの彼女は頷いて見せた。
指毛も、きちんとシェービングした。
腕時計を見る。
約束の時間まであと三分。
化粧直しをしていると時間が経つのがべらぼうに早く感じる。
「あ。やっば……」
声に出し、彼女は、結婚式に呼ばれたに違いない女性たちでひしめく化粧室をあとにした。
友人は、ベージュのパンツスーツ姿だった。
因みに、彼女は淡いピンクの膝丈のドレスを着ている。露出をしすぎないよう肩にショールをかけて。さきほどの化粧室にいた女性たちも似たり寄ったりの服装で。
パンツ姿の女性などひとりもいなかった。
……なんだか、拍子抜けしつつ彼女は友人に声をかけた。「おはよ。薫……」
「……あんたが出席するとは正直思わなかったわ」
少々皮肉げに友人は微笑した。
「まあ、新郎新婦どちらともの友人ですから」にこやかに彼女は頷いて見せた。「ほかには? 誰も来てない、……みたいだね」
「うん。挙式の一時間前だし。どっか入る?」
「三十分くらい、そこでコーヒーでも飲もっか」
彼女は近くのコーヒーショップを親指で指した。
* * *
彼女は、竹田薫が出席すると事前に聞いたときに、こころの荷が軽くなった気がしていた。
たまにメールをやりとりする間柄の友人には、平松啓太と別れたことをメールで伝えた。数人程度。きっと全員に伝わっていることだろう。
交流関係とは、そういうものだ。
南雲知奈と友人だったことなども勿論皆が知っている。学生時代をともに過ごしたのだから。
知奈と彼女はいつも一緒だった。
だから。彼女は、啓太や知奈に『近すぎる』友人たちとの接触を恐れた。
啓太と知奈とも適度な距離感を保つ竹田薫と接するほうが、身構えずに済む。それは、自分が。
啓太や知奈に対していまだ恨みがましい気持ちを抱いていないか、会ってみないと確認が取れないからだった。
自信のなさでもあった。
胸に手を当てて、自分は二人をこころの底から祝福できるか。啓太や知奈に親しい人間に接することでそれが揺るぐのではないか。
怖かったのだ。
「正直言うとね、ちょっと勇気が要った……
周りにどんなふうに思われるかって不安があったし」
だから。彼女は。
竹田薫が現れたときに、『そのこと』に対する質問を一言だけで済ませたことに、こころのなかで感謝をした。
全く話題に上らないのも奇妙だし、かといってオーバーリアクションされるのも勘弁願いたい。
「うん」と頷いて竹田はコーヒーを飲む。
「でもあたしのなかに、二人に幸せになって欲しいって気持ちはあるし、……啓太、」彼女は、周囲に結婚式の出席者が居る可能性を考慮した。「彼とのことは過去のことだし」と声を潜めた。
「いまは、過去よりも、蒔田さんが好きって気持ちのほうが強い……。過去に囚われるよりも、それでいいかなって思っている。
でも、実際二人に会ってみないとどんなふうに思うかなんて分かんないし、……今日が来るまでちょっと不安だった」
「なーんも考えず、おめでとう、って言ってあげたらいいよ。自分は、あんたたちよりも幸せになるんだって思ってな。
外野は外野。あんたの人生を侵食するもんでも侵略するもんでもなんでもない。
言いたいやつは、言わせとけばいいんだよ」
「薫……」
この友人は案外情に厚い。
学生時代は、さほど仲が良かったわけでもないのだが。相談すれば親身になってくれる。
そしていま適切な言葉を返してくれた。
「あたしもさー、蒔田樹が好きだから、まあ憧れって感じだけど好きだからよぉく分かる。ほかんことなんも考えらんなくなんよね」
「ある、ある」彼女は、うっすら涙を滲ませながら深く深く頷いた。「好きすぎてほかのことどおでもよくなる」
「でもそれじゃ、駄目なんだよね」喫煙者なら煙草をふかす場面だろう。竹田薫は煙草を吸わない。「うちら、十代の女の子じゃないんだし。そういう重たい恋の仕方はしちゃいけないっつうか……、無鉄砲じゃいらんないよね。ちゃんと自分のことも大事にしないと」
彼女には、竹田薫の言う意味がよく分かった。
十代の頃に蒔田一臣と出会っていたら、もっと無茶なアプローチを仕掛けてただろう。
その場合、撃沈、してたろうが。
「自分のことも大切にするっていうことが、相手のことを大切にすることに繋がるんだよね。……あでも薫」彼女は、ひとつ気がついたことを口にした。「蒔田樹、既婚者で子どももいるよ。……切ないね」
「うん。まあでも現実的にどうのこうのって感じじゃなくって、ただ純粋に追っかけたいってだけだから。そこは割り切ってる」
「それでも……、切ないね」彼女は、自分が片想いする心境と友人のそれを重ねあわせた。
「うん。けどさ。出会わなくて幸せよりも、出会ったいまのほうが幸せ」
「そうだね。そろそろ行こうか。なんか……、話せてよかったよ。薫」
「うちら、学生んときこんなんじゃなかったのにね」
「またサッカー連れてってね」
「えうそ、見に行きたい!?」竹田薫は、周囲の注目を集める大声を出した。「また行きたいって言ってるの?」
「……そんな驚くことかな。なんか応援団の熱さとか新鮮で。結構面白かったよ」
「ハマる要素ありそうだねあんた。……いいよ、またいつでも声かけて」
「うん」
親睦の深まりを感じつつ。
彼女たちは連れ立って、コーヒーショップをあとにしたのだった。
* * *
結婚式。披露宴ともに感動的なものだった。
何度呼ばれても、こころあたたまる場面に遭遇する。
知奈が手紙を読んだときなんかは、もらい泣きしてしまった。気の利く友人、竹田薫がハンカチを渡してくれ、マスカラがついて黒くなってしまったら、「あげるよ」と言われ、また泣きそうになってしまった。
知奈に、「おめでとう」と言えてこころからよかったと思っている。
二次会は元々やらない予定だったらしい。確かに、妊婦にあの立ちっぱなしで拘束時間の長い二次会は不向きだ。
いま、彼らは階段のところで写真撮影をしている。二人の行く末を祝うように。
限られたこの時間を愛おしむように、列席者がみな思い思いに写真を撮っている。
妊娠六ヶ月という知奈は、さすがにお腹が目立つが、それでもすごく綺麗だ。
とても、美しい。
彼女は、すこし離れたところから、竹田と一緒に、彼らの様子を見守っていた。
見れば、列席者でもないひとでも、写真を撮るひとびとを見つけた。
このホテルの階段のところは最良の撮影スポットだ。結婚式に憧れてか、或いは妊婦に憧れてのことかもしれない。カップルだし。
とそこに。
黒いスーツの男を見つけた。
黒スーツ自体は珍しいものでもない。だがあの長身、そして見覚えのある顔……。
「あ。ま、蒔田さんだ……」
「え、どこどこ」
「ほらあっち。紺のダッフル着た男のひとの真後ろ」
「あほんとだ……あんたの上司のほうだね」
「うん間違いない。ちょっと行ってくる」
「紘花。頑張って」
「うん」
小走りで、彼女は上司に近づいた。
「蒔田、さん……」
「よお」蒔田は小さく手を挙げた。
いつもと似たようなスーツ姿。
白で光沢のあるネクタイ。親族みたいだ、と彼女は思った。
でも蒔田だから、どんなものでも似合う。
「どうしたんですか、こんなところで」彼女は、声色に喜びを隠しきれなかった。
結婚式場としてはメジャーな場所だが、偶然上司と顔を会わせるなどとは予想していなかったのだ。
対して驚いたふうもなく蒔田が答える。「おれもここで結婚式に出るんだ。まだ二時間前だがな、待ち合わせをしている」
「幹事とか、されるんですか、蒔田さんが」
「なんだその意外とでも言いたげな表情は」
「いえ……、ひとには必ず意外な一面があるなと……」
「ヤンキーでなくとも猫は可愛がる」
「えっ蒔田さん猫好きなんですか」
「どちらかといえば犬派だ。……ところで。立ち入った質問をして構わないか」
「……はい、構いません」どんな質問だろうが。
蒔田ならなんだって歓迎だった。
むしろ、蒔田が彼女に『立ち入った質問』をしたい心境になったことが嬉しい。
期待をして彼女は蒔田の言葉を待った。
「階段のところにいるあいつは……、写真のあいつで間違いないな」
あっ、と彼女は声をあげそうになった。
いつぞやの飲み会で、彼女は、携帯の待ち受け画像にしていた、啓太とのツーショットを見られた。
いま、壇上に立つ彼の横には、ウェディング姿の妊婦……。
「おれは、一度見た顔は忘れん」蒔田は、彼女の内心に沸き立つ疑問に答えるようにして言った。
「さて。大丈夫か、と聞くのも変だが、大丈夫か」
「ええと全然、大丈夫です」
「そうか」
「あたしには――
蒔田さんが、いますからっ」
彼女は胸を張った。
この気持ちを誇りに思う。
自信に思うから、出てきた言葉だった。
蒔田は、眩しいものでも見るように目を細めた。
「期待に、答えられなくてもか」
「相手ありきのことですから。その、蒔田さんの気持ちが固まってからで、大丈夫です」言ってから彼女は気がついた。
なんだこの上から目線な言い方は。
「えっと、失礼しました……」彼女は謝罪した。「あ、たしひとりの一方的なものですけど、えーとなんというか気の向いたときにあたしのことを考えてくれたら嬉しいなあとそのお……」
言っているうちにわけが分からなくなってきた。
そして蒔田の顔なんてまともに直視できない。
いったいこの上司がどんな反応をしてくるのか、……怖いのだ。
結局。
「さようなら! また明日会社で!」
言い捨てて彼女は逃げた。ホールに響き渡るような大声だったが、みな花嫁花婿を撮るのに夢中で気に留めやしない。
唯一。竹田薫が「大丈夫?」と声をかけてきたが。
「やっちゃった……」
と力なく彼女は返した。
*
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