恋人の望みを叶える方法

藍栖 萌菜香

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10 ねだってみせるのもいいでしょう。

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「ふぇ? や、だいごっ、だめっ、やだやだやだっ」
 惜しい。あと少しで俺の舌が幸成のペニスへと辿り着くところだったのに、その前に気づかれてしまった。
 M字から崩れていた脚がはねあがり、膝裏にあった幸成の両手が股間に沈もうとする俺の頭をガシリと掴んで阻止をする。バスケットボールにでもなった気分だったが、挟み込んでくるその力はかなり強い。それだけフェラチオへの抵抗が強いんだろう。これ以上は無理に進めそうになかった。

 やっぱりダメか。
 幸成は、アニリングスも潮吹きも確かに嫌がるが、結局は俺に押し負けてさせてくれる。けどなぜかフェラチオだけは頑としてさせてくれないんだ。
 以前、何か嫌な思い出でもあるのかと聞いときには、苦手なだけだと言っていた。もともとペニスに苦手意識のあった幸成はペニスよりもアナルのほうが好きだし、性欲を削がれる射精は極力避けていつも最後に回したがる。挿入前のフェラチオなんて、きっと苦行にしか思えないんだろう。


 そうとわかってはいても、濡れ光る幸成のペニスを目の前にしていては、そうそう諦めはつかなかった。
「ちょっとだけ。だめ?」
 声音に甘えを滲ませて交渉してみる。
「か、かわいく頼んでもダメ」
 ペニスの向こうに見える幸成の顔が、困ったような嬉しいような、複雑な表情になった。
 ……これは、押せばいけるかもしれない。

「さきっぽだけ。ひと舐めでいいから」
「っ、なにそれっ」
 不実な男の常套句のような言い様に、幸成の表情が笑み崩れる。恋人に股間へ顔を埋められる寸前で、それを阻止しながらペニス越しに会話をするというエロい体勢にもかかわらず、その笑顔は無邪気で可愛い。
 ついでに、幸成の笑いにあわせてひくひくと揺れるペニスも愛らしかった。早く舐めまわしてやりたい。

「じゃあ、もらえなかったご褒美のかわりってことで」
「っ、ズルいぃ」
 俺が出した切り札に困惑顔となった幸成の手がわずかに緩む。頭のなかではかなりの葛藤を巡らせているようで、しだいに眉間のしわが深くなってきた。

「うぅ……本当にちょっとだけ?」
 恨みがましい視線を寄越しつつ、それでも観念したように確認をしてくる。
「ああ、ちょっとだけだ」
 そう返した自分の言葉に、かつてない薄っぺらさを感じた。正直なところ、なかなかさせてもらえなかったフェラチオの初体験に冷静でいられる自信はない。
 それでもここは押すべきところだ。頭を掴まれたままで頷けないから、できるだけ目力を込めて幸成を見つめ返した。


 しばらく躊躇したあと、幸成は俺の頭をそっと離し、自分の膝裏に手を戻してゆっくりと脚を抱え直した。
 今度のは、わずかに腰が引けたようなM字開脚だったが、それが「どうぞ舐めてください」という意図で成されたのだと思うとつい口元が緩んでしまう。

 だらしない顔を幸成に見られたくなくて慌てて引き締めたが、幸成は幸成で、俺の反応どころではなかったようだ。襲い来るだろう刺激にぎゅうと目を瞑って、しっかりと身構えていた。
 緊張もしているんだろう。力が入りすぎているらしく、幸成が笑ってるわけでもないのに、目の前のペニスはひくりひくりと揺れていた。
 その様子に、まるで期待に震えてるようだと、またもや顔が崩れそうになる。俺も大概、念願のフェラチオ許可に浮かれすぎだな。

 せっかくのチャンスだ。舐めるだけじゃなく、咥えたい。
 そんな欲から姿勢を変えることにした。
 そっと身を乗り出して、幸成の腰の横に片手を着く。ベッドに着いた俺の腕が隙間に割り込んだせいで、幸成のM字が崩れていった。届きにくくなった片手が膝裏から外れ、解放された脚がぱたりとベッドに投げ出されてしまう。もはや片側だけというなりで、すっかりM字ではなくなってしまったが、まあ、そのままでもフェラチオに支障はない。


 肘を折りながらゆっくりと頭をさげていった。あと少しで亀頭に舌先が触れる。その段になって、
「えっ?」
 と、戸惑うような声がベッドサイドからあがった。

 しまった。日向だ。またもや存在を忘れていた。幸成の日向への関心を俺が与えた快感で塗り潰せたことで、いい気になっていたせいだ。
 姿勢をそのままに振り向けば、日向は何やら驚いた顔をしていた。どうも俺が幸成のペニスを咥えようとしたことに驚愕しているらしい。
 ということは、これまでの俺たちの会話も、なんのことだかわかってなかったのか。おそらく、日向側にあった幸成の脚が崩れ見えやすくなったせいで、やっと理解が追いついたんだろう。

「え、ぁ、」
 俺と同様に日向の声に振り向いた幸成が、日向に見えやすくなってしまったことに気がついたらしい。慌てた様子で投げた脚を引き寄せようと膝を曲げている。けれど、俺に太腿があたるだけで、どうやっても元の位置には戻せない。
 どうやら苦手なフェラチオ直前で緊張していたところに日向の存在を思い出して、軽くパニックを起こしているらしい。


 このままではせっかくのチャンスがふいになりかねない。
 小さく「や」とこぼしながら俺の肩を手で押し退けようとする幸成を無視して、俺は日向に声をかけた。
「日向。フェラチオって言葉を聞いたことは?」
 俺の問いに、きょとんと首を傾げる日向に、やっぱりかと納得する。田崎も日向の取り巻きも、日向を神聖視しすぎなんじゃないのか?
 それは、「へんなこと教えんな」と俺の肩を小突いてくる幸成にも言える傾向だ。

「相手のペニスを口で愛撫するフェラチオは、オーラルセックスといってセックスの一つだ。もちろん愛しあう者同士のためにある」
 けっしてへんなことじゃないから安心しろ、と言い添えると、幸成の動きがぴたりととまり、それまで小突いていた俺の肩をそっと撫でてきた。

 幸成へと視線を戻すと、神妙な面持ちになっている。いまこの部屋に三人でいる本来の意味をちゃんと思い出せたらしい。
 肩を撫でて俺へ謝罪の意を示すだけでなく、中途半端に曲げていた膝を伸ばして日向へも見えやすくサービスしてしまう。その潔さは、幸成の長所のひとつだ。
 そうは思いながらも、いまこの瞬間にも幸成のペニスに吸い寄せられているだろう日向の視線に、じりりと腹の底が焦げていった。


 まったく。何度腹を焦がせば気が済むんだ。呆れを通り越して、これはもうどうしようもないんだと諦めの境地に至りそうだった。
 嫉妬したところで仕方がない。さっさとそう割り切ればいいのに、それができればこんな苦労もしていない。いまは何か別のことで誤魔化すしかないだろう。

 日向のおかげで幸成の心の準備ができたんだ。これで存分にフェラチオができると言うものだ。
 『ちょっとだけだ』と言った舌の根が乾く間もなく、そんな図々しいことを考えて気を紛らわせる。
 さらには、
「日向もチャンスがあれば先輩にしてやるといい。きっと喜ぶから」
 と、暗におまえの相手は違うだろと日向に釘を刺すことで、いくらか気を持ち直す。

 俺も、嫉妬なんかしてる場合じゃない。幸成の気が変わってしまう前に念願を果たさねば。


 目の前のペニスに舌先を伸ばしながら触れる直前に幸成を見ると、ちゃんと俺の動きに注目してくれていた。
 でも、その表情には消しようもなく不安が滲んでいる。いくら覚悟ができたといっても、フェラチオに対する苦手意識はまた別物らしい。

 丸い亀頭に舌先で触れる。わずかに先走りと潮とで濡れた感触がした。でも、味も香りもほどんどない。汗を薄めたような体液に、これが幸成のペニスから出たものだと思えば、口の中にじわりと唾液が溢れてきた。
 その唾液が垂れる前に舌を引きあげ、亀頭に口づける。ちゅっと音を立てて軽く吸い上げると、幸成が「あっ」と小さな艶声をあげた。

 もっと幸成の気持ちいい声が聞きたい。
 あっという間にそのことで頭のなかがいっぱいになった。


 亀頭の丸みに沿わせて口を開き、顔を伏せる。口の中の唾液を零さないよう、じゅるると啜りながら細身のペニスを飲み込んでいった。
「あっ、あっ、あっ、あぁっ」
 望み通りの声をあげさせながら、まだだ、もっとだと、欲ばかりが湧いてくる。

 幸成を気持ちよくできるのは俺だけだ。
 幸成を深く想い、知り尽くしてる俺だけが、幸成を一番気持ちよくしてやれるんだ。

「え、だいご? あっ、いやっ、ゆびだめっ、いっしょはや、ふぁああぁぁぁんっ」
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