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喫茶マヨイガ
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「良かった、まだ砂が一粒だけ残っていたようですね」
彼女が握りしめていた砂時計を慎重に取り上げてカウンターに置き、マスターは椎名を抱き上げた。
その最後の『恩恵』が、この店と椎名を繋いでくれた。
マスターは眠る椎名をカウンターの奥にある休憩室のソファーに横たえて振り向きもせずに声をかける。
「エニさん、お願いがあるんですが」
「なんだー、来たの気づいてたんだ」
声と共に椎名に影が落ちる。長身の青年、エニが二人を上から覗き込んでいた。
「『縁切り猫』への依頼って事でいいのかな?」
「ええ、お願いできますか? 彼女を苦しめた相手をここに連れて来て欲しいんです」
「へえ。連れて来るだけでいいんだ……後は自分の手でって事?」
マスターが重く頷く。エニは人差し指を立て小首を傾げた。
「コーヒー牛乳、一年分でどう?」
「それでお願いします」
「交渉成立、後は任せておいて」
エニはにかりと笑うと、するりとその姿を消した。
●◯●◯
外村は外回りから会社へ戻る途中だった。
不意に猫に飛びかかられ、磨いたばかりの靴を酷く引っ掻かれた。
腹立たしさにその白猫を追いかけていたはずなのに、気づいたら目の前にはクラシカルなカフェの店内が広がっていた。
どこをどう通り、いつの間に扉を開けたのかもわからない。
「なんだ、ここ?」
問いに答えたのは、初老の男性だった。
「いらっしゃいませ、この喫茶店は私の趣味でやっておりましてね、来られた方にはコーヒーをサービスしているんですよ。よければ飲んで行きませんか?」
サービス、という言葉に外村は促されるままに、カウンター席に腰を下ろした。会社には直帰すると連絡すればいいかと思う。
「じゃあ、ホットコーヒー」
「かしこまりました」
手早くコーヒーを用意する男の手元を眺めながら、外村は疑わしげに目を細めた。
「なあ、なんか変だよなここ。そこの窓から見えるビルに全然見覚えないし、外に誰も歩いてないだろ」
「よくお気づきで。ここは選ばれた特別な方だけが来ることのできる場所なんですよ」
「特別な」
「ええ、幸運と富を授ける特別な場所」
意味深に笑う男。外村は宗教への勧誘かと腰を浮かせかけた。が、次に続いた言葉に動きを止める。
「例えば、そのカップは持ち帰れば望む富へと姿を変えます」
「富? 例えば」
「そうですね、黄金か宝石か」
外村の目が並んでいるカップに釘付けになる。
「じゃ、じゃあ、そこにあるカップ全部もらおうかな」
外村の言葉に、男は顎に手を当ててにこりと笑う。
「なるほど全部ですか。いいですよ。ただしあなたが手にして持ち帰れる分だけです」
「手に持てる、っていうならこれでもいいんだろ?」
外村は手にしていたビジネスバッグをひっくり返し中身を床にぶちまけた。空にすると、カウンターに飾られていたカップを無造作に突っ込む。
ぶつかり合うカップが立てる悲鳴にも似た甲高い音。割れる事を全く気にせず、無理矢理に全部詰め込んで外村は満足げに笑う。
「これで全部入った」
「それがあなたの望むもの、忘れないでくださいね」
穏やかな男の声が耳に届いて。
彼女が握りしめていた砂時計を慎重に取り上げてカウンターに置き、マスターは椎名を抱き上げた。
その最後の『恩恵』が、この店と椎名を繋いでくれた。
マスターは眠る椎名をカウンターの奥にある休憩室のソファーに横たえて振り向きもせずに声をかける。
「エニさん、お願いがあるんですが」
「なんだー、来たの気づいてたんだ」
声と共に椎名に影が落ちる。長身の青年、エニが二人を上から覗き込んでいた。
「『縁切り猫』への依頼って事でいいのかな?」
「ええ、お願いできますか? 彼女を苦しめた相手をここに連れて来て欲しいんです」
「へえ。連れて来るだけでいいんだ……後は自分の手でって事?」
マスターが重く頷く。エニは人差し指を立て小首を傾げた。
「コーヒー牛乳、一年分でどう?」
「それでお願いします」
「交渉成立、後は任せておいて」
エニはにかりと笑うと、するりとその姿を消した。
●◯●◯
外村は外回りから会社へ戻る途中だった。
不意に猫に飛びかかられ、磨いたばかりの靴を酷く引っ掻かれた。
腹立たしさにその白猫を追いかけていたはずなのに、気づいたら目の前にはクラシカルなカフェの店内が広がっていた。
どこをどう通り、いつの間に扉を開けたのかもわからない。
「なんだ、ここ?」
問いに答えたのは、初老の男性だった。
「いらっしゃいませ、この喫茶店は私の趣味でやっておりましてね、来られた方にはコーヒーをサービスしているんですよ。よければ飲んで行きませんか?」
サービス、という言葉に外村は促されるままに、カウンター席に腰を下ろした。会社には直帰すると連絡すればいいかと思う。
「じゃあ、ホットコーヒー」
「かしこまりました」
手早くコーヒーを用意する男の手元を眺めながら、外村は疑わしげに目を細めた。
「なあ、なんか変だよなここ。そこの窓から見えるビルに全然見覚えないし、外に誰も歩いてないだろ」
「よくお気づきで。ここは選ばれた特別な方だけが来ることのできる場所なんですよ」
「特別な」
「ええ、幸運と富を授ける特別な場所」
意味深に笑う男。外村は宗教への勧誘かと腰を浮かせかけた。が、次に続いた言葉に動きを止める。
「例えば、そのカップは持ち帰れば望む富へと姿を変えます」
「富? 例えば」
「そうですね、黄金か宝石か」
外村の目が並んでいるカップに釘付けになる。
「じゃ、じゃあ、そこにあるカップ全部もらおうかな」
外村の言葉に、男は顎に手を当ててにこりと笑う。
「なるほど全部ですか。いいですよ。ただしあなたが手にして持ち帰れる分だけです」
「手に持てる、っていうならこれでもいいんだろ?」
外村は手にしていたビジネスバッグをひっくり返し中身を床にぶちまけた。空にすると、カウンターに飾られていたカップを無造作に突っ込む。
ぶつかり合うカップが立てる悲鳴にも似た甲高い音。割れる事を全く気にせず、無理矢理に全部詰め込んで外村は満足げに笑う。
「これで全部入った」
「それがあなたの望むもの、忘れないでくださいね」
穏やかな男の声が耳に届いて。
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