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マヨイガの水鏡
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「これがエニシ様の姿」
『ワルモノ』を懲らしめる時には本当の姿を見せるのだと、そう話には聞いていたけれど、どれだけ頼んでも朱莉には見せてくれなかった姿。
「綺麗……」
小さなカップの中に見える姿からでも窺える美しい毛並み。
人の姿の時も整った顔立ち、体つきだけど、猫の姿でもこんなに綺麗だったんだと朱莉はほんのひととき見惚れていた。
『答えないのなら頭から齧ってやろうか』
そんな物騒な声が聞こえてくるまでは。
「随分とお怒りの様子ですね」
状況がわからずオロオロする朱莉の前で、マスターが苦笑する。
「止めにいかないと! どこから入って来たのかわからないですけど、他所の犬を齧るようなことをさせるわけには……」
「大丈夫でしょう、実際にそんな事はしませんよ」
マスターの言葉の通り、エニシは大きく口を開け足元で震えている犬に今にも噛みつきそうな様子を見せるものの、そこから動きはしない。
『ちょっと脅かしちゃったけど、傷つけたりはしてないよ!』
エニシに押さえつけられた犬の口から飛び出した声に朱莉は目を瞬いた。
「夜木くん!? なんで犬に? 血は薄いけど、吸血鬼だって言ってたはずなのに」
朱莉を組み敷いていた時からは想像もつかない、まるでサモエドのような柔和な顔立ちの黒い犬。
「オオカミに変身しているつもりなんだと思いますよ、血が薄いせいでうまくいっていないんでしょうね」
さっきまで怖いと思っていた相手のそんな姿に、朱莉はどんな顔をしていいのかわからなくなる。
『そんな訳はないだろう? 朱莉の危機を感じたから、僕がここにいるんだからな』
『知ってるよ、あの子のピンチには必ず駆けつけられるようにしてるって聞いてたから』
『聞いたって誰に?』
なかなか答えない夜木に焦れたのか、エニシは爪を出して軽く小突く。
『っ、サトウラだよ! サトウラがあんたから良く「大事な子」の話を聞いてて、早く娶ればいいのに全然進展しなくてもどかしいっていうから。だから俺、結城と同じ学校だし、少し後押ししてやろうと思って!』
マスターがはぁーっと大きくため息をついて、眉間を指先で揉む。
「これは庇えませんねえ」
マスターの言葉が終わるタイミングで、エニシがぶわりと毛を逆立てた。
『そんな事で朱莉を怖がらせたのか』
カップが揺れるほどの低い、重い声だった。
『ワルモノ』を懲らしめる時には本当の姿を見せるのだと、そう話には聞いていたけれど、どれだけ頼んでも朱莉には見せてくれなかった姿。
「綺麗……」
小さなカップの中に見える姿からでも窺える美しい毛並み。
人の姿の時も整った顔立ち、体つきだけど、猫の姿でもこんなに綺麗だったんだと朱莉はほんのひととき見惚れていた。
『答えないのなら頭から齧ってやろうか』
そんな物騒な声が聞こえてくるまでは。
「随分とお怒りの様子ですね」
状況がわからずオロオロする朱莉の前で、マスターが苦笑する。
「止めにいかないと! どこから入って来たのかわからないですけど、他所の犬を齧るようなことをさせるわけには……」
「大丈夫でしょう、実際にそんな事はしませんよ」
マスターの言葉の通り、エニシは大きく口を開け足元で震えている犬に今にも噛みつきそうな様子を見せるものの、そこから動きはしない。
『ちょっと脅かしちゃったけど、傷つけたりはしてないよ!』
エニシに押さえつけられた犬の口から飛び出した声に朱莉は目を瞬いた。
「夜木くん!? なんで犬に? 血は薄いけど、吸血鬼だって言ってたはずなのに」
朱莉を組み敷いていた時からは想像もつかない、まるでサモエドのような柔和な顔立ちの黒い犬。
「オオカミに変身しているつもりなんだと思いますよ、血が薄いせいでうまくいっていないんでしょうね」
さっきまで怖いと思っていた相手のそんな姿に、朱莉はどんな顔をしていいのかわからなくなる。
『そんな訳はないだろう? 朱莉の危機を感じたから、僕がここにいるんだからな』
『知ってるよ、あの子のピンチには必ず駆けつけられるようにしてるって聞いてたから』
『聞いたって誰に?』
なかなか答えない夜木に焦れたのか、エニシは爪を出して軽く小突く。
『っ、サトウラだよ! サトウラがあんたから良く「大事な子」の話を聞いてて、早く娶ればいいのに全然進展しなくてもどかしいっていうから。だから俺、結城と同じ学校だし、少し後押ししてやろうと思って!』
マスターがはぁーっと大きくため息をついて、眉間を指先で揉む。
「これは庇えませんねえ」
マスターの言葉が終わるタイミングで、エニシがぶわりと毛を逆立てた。
『そんな事で朱莉を怖がらせたのか』
カップが揺れるほどの低い、重い声だった。
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