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第九章 真っ暗聖女、いつか見た光
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もう目覚めないかもなと思っていたのに、私はあっさりと目を覚ました。頭はガンガンと痛むが、魔力切れの翌日の気持ち悪さ以上ではないみたい。
「起きたね」
その声の方に顔を向ける、そこにはにっこりと笑う少女の姿。
「目は!」
私は跳ね起きると、少女の肩に両手を置いて瞳を覗き込む。
その目がきちんと光を追っていることを確認し、私は深く長く息をついた。
「よかったあ」
嬉しくて嬉しくて、ぽろぽろと涙をこぼしながら思わずぎゅうぎゅうと少女を抱きしめる。
痛いだろうに、そんな私を少女はしばらくそのままにしておいてくれた。
少ししたら気持ちが落ち着いて、私はやっと体を離す。
「ありがとう、こうやって顔を見ることができるのも、貴女ががんばってくれたからだね」
「ごめんなさい、私、最初は……」
諦めようとしていたことを謝ろうとしたところで、少女が首を振る。
「いいんだ。岩蛇の毒を目に受けたなら、もう二度と見えることはないって他の冒険者たちも言ってたしね。ここに連れてきてくれた彼だけが、最後までやれるだけのことはやるんだって粘ってくれたんだけど。実は私も駄目だろうって思ってた。痛みがちょっとぐらい和らげばいいなあってくらいで」
少女は、辺りを見回して誰もいないことを確認してから、小さな声で言う。
「それにね、あの時、この目が見えなくなってしまっても良いって思ってたんだ」
「え?」
まだ子供っぽさが残るその顔には不釣り合いな苦い顔で、少女は驚く私を見ながら言葉を続ける。
「義理の母に疎まれててね、少し浄化の力があるからって、小さな頃から魔物と戦うよう強要されて」
私はそう言う彼女の首元に目をやる。そこにはもう塞がっていたけれど、獣の爪で抉られた様な傷がうっすらとあった。
「目が見えなくなったら、もうそんな生活を送らなくてもいいんじゃないかって思ったんだ」
どう言っていいかわからなかった。私がしたことは、迷惑だったのかと思うと悲しくなってしまって。
「ごめんごめん、そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。……あの時確かに、私はこの目が見えなくなっても良いって思った。でもね、貴女のおかげでもう一度目が開けられて、世界が見えた時、すごく嬉しかった」
ふふ、と笑って少女が私の頬に手を添える。
「目の前に、必死に私の為にがんばってくれる人がいて、それだけでなんだか全部報われた様な気がしたんだ」
そう言われ、額を合わせていたのは治癒の力を伝えるのに効率を上げるためだったんだけど、至近距離でぼんやりとでもこの顔を見られていたのかと思うと、急に恥ずかしくなる。
「今までは本当に嫌で、辛くて堪らなかったけど。これからは私を守ってくれた人の為にって思って頑張れる気がするんだ」
気がついたら、少女の顔がすぐ近くにあった。
「ねえ、貴女の望みを教えて。きっと叶えて見せるから」
望みと言われ、私は咄嗟にこう答えた。
「だ、誰も失わない事!」
「誰も、か。それは随分大きな望みだね」
「この大地に命はたくさんあって、その全てを失わないなんてことはきっとできないってわかってる。でも私は、自分の手の届く範囲の人だけでも失いたくないんだって、昨日思い知ったの」
「じゃあ、貴女の望みが叶う様に私も頑張ってみるよ」
「その中には、絶対自分も入れてね」
先ほどの自暴自棄とも取れる言葉が頭をよぎり、私は釘を刺す。
「もちろん自分も含めて、誰も失わないよう強くなる。そう約束するよ」
「私も、今度は躊躇わず皆んなを助けられる様になるから」
二人で頷き合い、その決意と願いを強固にする為に『女神』に誓いを立てる。
しばらくそうしていただろうか、再び顔を上げた時、私はなんとなく違和感を感じた。自分の手が一瞬霞んだ様に見えたから。でも目を瞬いてみたらすぐに元通りに見えた。
「どうしたの?」
「なんでもない、と思う」
そこまで言って私は言葉を止めた。こちらの顔を覗き込んできた少女の目の奥には、今までは無かった光が煌めいていた。
「起きたね」
その声の方に顔を向ける、そこにはにっこりと笑う少女の姿。
「目は!」
私は跳ね起きると、少女の肩に両手を置いて瞳を覗き込む。
その目がきちんと光を追っていることを確認し、私は深く長く息をついた。
「よかったあ」
嬉しくて嬉しくて、ぽろぽろと涙をこぼしながら思わずぎゅうぎゅうと少女を抱きしめる。
痛いだろうに、そんな私を少女はしばらくそのままにしておいてくれた。
少ししたら気持ちが落ち着いて、私はやっと体を離す。
「ありがとう、こうやって顔を見ることができるのも、貴女ががんばってくれたからだね」
「ごめんなさい、私、最初は……」
諦めようとしていたことを謝ろうとしたところで、少女が首を振る。
「いいんだ。岩蛇の毒を目に受けたなら、もう二度と見えることはないって他の冒険者たちも言ってたしね。ここに連れてきてくれた彼だけが、最後までやれるだけのことはやるんだって粘ってくれたんだけど。実は私も駄目だろうって思ってた。痛みがちょっとぐらい和らげばいいなあってくらいで」
少女は、辺りを見回して誰もいないことを確認してから、小さな声で言う。
「それにね、あの時、この目が見えなくなってしまっても良いって思ってたんだ」
「え?」
まだ子供っぽさが残るその顔には不釣り合いな苦い顔で、少女は驚く私を見ながら言葉を続ける。
「義理の母に疎まれててね、少し浄化の力があるからって、小さな頃から魔物と戦うよう強要されて」
私はそう言う彼女の首元に目をやる。そこにはもう塞がっていたけれど、獣の爪で抉られた様な傷がうっすらとあった。
「目が見えなくなったら、もうそんな生活を送らなくてもいいんじゃないかって思ったんだ」
どう言っていいかわからなかった。私がしたことは、迷惑だったのかと思うと悲しくなってしまって。
「ごめんごめん、そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。……あの時確かに、私はこの目が見えなくなっても良いって思った。でもね、貴女のおかげでもう一度目が開けられて、世界が見えた時、すごく嬉しかった」
ふふ、と笑って少女が私の頬に手を添える。
「目の前に、必死に私の為にがんばってくれる人がいて、それだけでなんだか全部報われた様な気がしたんだ」
そう言われ、額を合わせていたのは治癒の力を伝えるのに効率を上げるためだったんだけど、至近距離でぼんやりとでもこの顔を見られていたのかと思うと、急に恥ずかしくなる。
「今までは本当に嫌で、辛くて堪らなかったけど。これからは私を守ってくれた人の為にって思って頑張れる気がするんだ」
気がついたら、少女の顔がすぐ近くにあった。
「ねえ、貴女の望みを教えて。きっと叶えて見せるから」
望みと言われ、私は咄嗟にこう答えた。
「だ、誰も失わない事!」
「誰も、か。それは随分大きな望みだね」
「この大地に命はたくさんあって、その全てを失わないなんてことはきっとできないってわかってる。でも私は、自分の手の届く範囲の人だけでも失いたくないんだって、昨日思い知ったの」
「じゃあ、貴女の望みが叶う様に私も頑張ってみるよ」
「その中には、絶対自分も入れてね」
先ほどの自暴自棄とも取れる言葉が頭をよぎり、私は釘を刺す。
「もちろん自分も含めて、誰も失わないよう強くなる。そう約束するよ」
「私も、今度は躊躇わず皆んなを助けられる様になるから」
二人で頷き合い、その決意と願いを強固にする為に『女神』に誓いを立てる。
しばらくそうしていただろうか、再び顔を上げた時、私はなんとなく違和感を感じた。自分の手が一瞬霞んだ様に見えたから。でも目を瞬いてみたらすぐに元通りに見えた。
「どうしたの?」
「なんでもない、と思う」
そこまで言って私は言葉を止めた。こちらの顔を覗き込んできた少女の目の奥には、今までは無かった光が煌めいていた。
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