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成長

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 一度戻って昼食をとり、もう一度見回りに出て、『ユリア』としての今日の予定は無事完了。
 魔獣を持って帰ったら、アレクにメチャクチャ怖がられ、ジョンに「魔獣に食べられるところはございません」と、嗜められた。通りでユリアの中には持って帰ったという記憶がなかったはずだ。

 確認した所、魔獣はたおしたらその場に置いておくと、大地が数日で淘汰してしまうのだと。普通の生き物なら低温の中で凍ってそのまま残ってしまいそうなのに。
 氷の大地には独特の生態系があるんだなあ。
「持って帰ってきていただけるなら、雪の木の果実をお願いできると助かるのですが」
「そういえば、そんなものがあった気がするわね」
 確かに、ごうごうと吹き荒れる風と雪の中、真っ白な雪でできた木々に透き通った実が揺れていたのを見た。
「斃した魔獣の魔力を吸い上げて実るので、天然の魔力回復薬と言われているのです」
 しかも大変に美味しいと。そういう事なら、次からは忘れずに持って帰ってこよう!
 アレクもそれなら喜んでくれるかな。

「ユ、ユリア様」
 先ほどの魔獣のショックが抜けきれないのか、ちょっと腰が引けた感じでアレクが声をかけてくる。振り向くと、一枚の紙を差し出してきた。受け取って私は目を瞬く。
 紙いっぱいに線が踊っていた。
「アレクの今日の成果でございますよ」
「名前の書き方を教えてもらいました!」
 なるほど、この国の文字を思い出しながら見てみると、『アレクシス』と読める。
「よくできているわ」
 そう褒めると、アレクは嬉しそうに笑う。これは私のワガママなんだろうけど、やっぱりこのくらいの子には笑っててほしい。


「さあ、報告も終わりましたし、夕食のご用意を致しますね」
 食事といえば、昼食の時は一人でテーブルについてジョンが給仕をしていた。
 それが普通なんだとわかっているけれど、私は寂しいと感じてしまう。なんとか理由をつけて一緒に食事ができないかと悩んでいると、良い案が思いついた。
「ジョン、今日からはあなたもアレクと一緒に食事へ同席してくれるかしら、アレクにマナーを教えてほしいのだけど」
 給仕の仕事があるので無理だと言われるかなと思ったが、ジョンは微笑んですんなり受け入れた。
「度々、席を立ちます失礼をお許しいただけるのであれば、喜んで」
 もしかして、ジョンはずっとひとりで食事をする私、ユリアを気にしていてくれたのかもしれない、そんな気がした。

 夕食は一人で食べた時よりずっと美味しく感じられた。
 マナーの勉強だという前提があったからか、アレクも今まで食べた事がないような品々でも遠慮する事なく食べすすめていた。
 ジョンの気遣いだろう、今日はまだ胃腸に優しい軽めのメニューなのも良かったのかもしれない。
 彼に最強の騎士になってもらうのも大事だけど、まずは体の回復が最優先。何をするにしても、体が元気になってからだよね。
 私はそんな事を考えながら自室のベッドに転がる。仰向けでじっとしていると、ふかふかのベッドに沈み込んでいくみたいで、気持ちがいい。
 まあ、焦っても仕方ないかな。なるようにしかならないんだし。だって、時間はまだ十分にあるんだから。
 私は呑気にそんな事を考えながら、とろとろと眠りに落ちた。
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