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第四章 地獄めぐり
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神様ともなれば、家の鍵なんて無いも同じなのかもしれないけど、それにしても勝手に入ってくるのは……。
非難の色が声から感じられたんだろう、ルリは小さくため息をついてから体を離した。
「勝手に入ったのは謝るが、約束の時間になっても君が家から出てくる気配もない、どれだけ連絡をしても返事がないとなると、何かあったのかと心配になるだろう」
「え?」
ぱっと机の上のスマートフォンに目をやると、画面に着信を知らせる通知がずらり並んでいた。
表示されている時刻は、約束のそれをとうに過ぎている。
「すみません! 早めに一度起きて準備はしてたんですけど……」
「無事なら特に問題ない。……こちらの為に色々と調べてくれていたんだろう」
ルリは、机の上に置かれたPCの画面が目に入ったのか、そう言ってくれる。表示されていたのは、雲仙の情報を発信しているサイトの数々。
「先に調べられる事だけでもと思って……」
張り切って早起きして『雲仙』について予習をと思った所までは良かったけど、調べ物がひと段落ついたので、約束の時間までちょっと仮眠しようと机に突っ伏してしまったのが失敗だった。
「車で待っているから、ゆっくり来ると良い」
ルリはそう言い、口の端にだけ僅かな笑みを浮かべて、部屋を出ていく。
「10分で支度します!」
その背中に声を投げると、ルリは慌てなくて良いというように片手を上げた。
◇◇◇
大急ぎでメイクを済ませ、バッグにエナジーバーを放り込むと、私は家を出た。
青と黒の2トーンを纏った、ころんとしたフォルムの可愛い軽SUV車が玄関先で待っていた。運転席には細身とはいえ背の高いルリが、腕を組んで、きゅっと収まっている。
慌てて助手席に乗り込むと、私がシートベルトをかちりと止め終わるのを横目で確認してから、ルリがハンドルに手を掛けた。
「そこにあるのは君の分だ。熱いから気をつけるように」
ルリがドリンクホルダーにある白いタンブラーを指で示す。
時々、子供に対するような言い方をするなあと思いながら、私はタンブラーの蓋を開ける。車内にふわりとコーヒーの香りが漂った。
「あつっ!」
「だから言っただろう」
呆れたようにそう言うルリ。私は笑って誤魔化す。
「ありがとうございます、美味しいです」
「礼なら今度ツツジに」
私はタンブラーを両手で抱えて、頷いた。
ゆっくりと、車が動き出す。
昨日、私が恐々と走らせた道をルリは危なげなく行く。
「可愛い車ですね」
「可愛い、というのは意識していなかったな。この辺りは冬になると凍るから、冬道を走れる車をツツジに選んでもらった。……私に似ていると言っていたんだが」
気安く接してくれているとはいえ、相手は神様。なのに、直接的ではないにしても可愛いと言ってしまったような空気に……。
「あ、あの、可愛いというか、その」
「いや、君に言われるのは、悪く無いな」
真顔で真っ直ぐに前を向いたままのルリに淡々とそう返された。本気なのか冗談なのか……私は戸惑う。
これが普通の男性相手なら、誤解してしまいそうな台詞。
といっても、相手は『神様』なんだから……。
どう返して良いのかわからず、私はフロントガラス越しに見えるつづら折りの細い道に顔を向けた。
自分で運転していた時はただただ緊張しかなかったけど、こうして助手席から眺めてみると、道脇の木々は赤に黄色に色づいた葉をつけて、その隙間から光がチラチラと揺れている。
「綺麗ですね」
「まさに野山の錦。自然が織り上げた美しい織物のようだろう」
どことなく嬉しそうに、ルリが言う。
私は一つ頷いてから、風が吹くたびに模様が変わる風景をしばらく飽きずに眺めていた。
非難の色が声から感じられたんだろう、ルリは小さくため息をついてから体を離した。
「勝手に入ったのは謝るが、約束の時間になっても君が家から出てくる気配もない、どれだけ連絡をしても返事がないとなると、何かあったのかと心配になるだろう」
「え?」
ぱっと机の上のスマートフォンに目をやると、画面に着信を知らせる通知がずらり並んでいた。
表示されている時刻は、約束のそれをとうに過ぎている。
「すみません! 早めに一度起きて準備はしてたんですけど……」
「無事なら特に問題ない。……こちらの為に色々と調べてくれていたんだろう」
ルリは、机の上に置かれたPCの画面が目に入ったのか、そう言ってくれる。表示されていたのは、雲仙の情報を発信しているサイトの数々。
「先に調べられる事だけでもと思って……」
張り切って早起きして『雲仙』について予習をと思った所までは良かったけど、調べ物がひと段落ついたので、約束の時間までちょっと仮眠しようと机に突っ伏してしまったのが失敗だった。
「車で待っているから、ゆっくり来ると良い」
ルリはそう言い、口の端にだけ僅かな笑みを浮かべて、部屋を出ていく。
「10分で支度します!」
その背中に声を投げると、ルリは慌てなくて良いというように片手を上げた。
◇◇◇
大急ぎでメイクを済ませ、バッグにエナジーバーを放り込むと、私は家を出た。
青と黒の2トーンを纏った、ころんとしたフォルムの可愛い軽SUV車が玄関先で待っていた。運転席には細身とはいえ背の高いルリが、腕を組んで、きゅっと収まっている。
慌てて助手席に乗り込むと、私がシートベルトをかちりと止め終わるのを横目で確認してから、ルリがハンドルに手を掛けた。
「そこにあるのは君の分だ。熱いから気をつけるように」
ルリがドリンクホルダーにある白いタンブラーを指で示す。
時々、子供に対するような言い方をするなあと思いながら、私はタンブラーの蓋を開ける。車内にふわりとコーヒーの香りが漂った。
「あつっ!」
「だから言っただろう」
呆れたようにそう言うルリ。私は笑って誤魔化す。
「ありがとうございます、美味しいです」
「礼なら今度ツツジに」
私はタンブラーを両手で抱えて、頷いた。
ゆっくりと、車が動き出す。
昨日、私が恐々と走らせた道をルリは危なげなく行く。
「可愛い車ですね」
「可愛い、というのは意識していなかったな。この辺りは冬になると凍るから、冬道を走れる車をツツジに選んでもらった。……私に似ていると言っていたんだが」
気安く接してくれているとはいえ、相手は神様。なのに、直接的ではないにしても可愛いと言ってしまったような空気に……。
「あ、あの、可愛いというか、その」
「いや、君に言われるのは、悪く無いな」
真顔で真っ直ぐに前を向いたままのルリに淡々とそう返された。本気なのか冗談なのか……私は戸惑う。
これが普通の男性相手なら、誤解してしまいそうな台詞。
といっても、相手は『神様』なんだから……。
どう返して良いのかわからず、私はフロントガラス越しに見えるつづら折りの細い道に顔を向けた。
自分で運転していた時はただただ緊張しかなかったけど、こうして助手席から眺めてみると、道脇の木々は赤に黄色に色づいた葉をつけて、その隙間から光がチラチラと揺れている。
「綺麗ですね」
「まさに野山の錦。自然が織り上げた美しい織物のようだろう」
どことなく嬉しそうに、ルリが言う。
私は一つ頷いてから、風が吹くたびに模様が変わる風景をしばらく飽きずに眺めていた。
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