ヒュプノスの葛藤

Kuroha

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ポベートールの反逆

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 俺とその女性は窓際の席へと腰を下ろした。
 しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのはやはりというか彼女の方だった。自分のコミュニケーション能力の欠如を気にしつつも、それを悟られまいとする俺がそこには居た。
「えー…と…先日は助けていただきもう何と言っていいか。それに、先日は慌ててたもので、連絡先だけ渡して、今日も急に来て貰って失礼ですよね。すみません」
 俺があまり年上の人にかしこまった態度で話しかけられることがないせいか、妙な違和感。それから反応に困った。ナンというヘタレなのだろうか俺氏。
 いえいえ、対して遠くもないし。近いものです。
「そう。それなら良いんですが」
「あ…」彼女は何かを思い出したような顔をした。
「今日はお礼が言いたいのもそうなんですが、実は別にお話があって」
 一体どんな話があるのだろうか。思い当たる節は寸分もない。

「一体どんな話でしょうか」

「あの、話の前に名前を聞いても良いでしょう。あ…私の名前は鷺沼皐月です。」
 一方的に自己紹介してきた鷺沼さんだったが、別に悪い気はしなかった。この人のコミュニケーション能力は、どうやら俺とさして変わらないらしい。
「俺の…あ…僕の名前は錦田海斗です。」
すると鷺沼さんはクスクスと笑うと、俺で良いですよ。と言ってくれた。
 それならそっちは敬語じゃなくて良い物ですが。鷺沼さんは不意を突かれたような表情をしたが、すぐに微笑みの表情に変わった。





「じゃあ錦田くん。本題に入ります。」
俺は同意の意味を込めて頷いた。
「実は最近、正夢と言いますか、予知夢と言いますか。とにかくそれらしきものを見るようになったの。」
 俺はハッとした。言うまでもないと思ったが、今俺自身も予知夢を見ている。
「最初は些細なことだったの。例えば、天気とか、他にも電車の遅延とか。でも昨日、錦田くんが助けてくれたときも、女の人が轢かれる夢を見たから、その場所を朝から見てたんだけど、しばらく立っていたから酷い目眩に襲われて、まさか轢かれた女の人が自分だとは思わなかった。」
 なんだって。あれは酒に酔ってたわけじゃないのか。余談だが、この時の出来事は夢で見ていない。せいぜい英語のテストあたりで目が覚めている。
 しばらく驚愕のあまり如来菩薩と化していた俺だったが、俺も予知夢を見ていて、それによってあなたを助けたというのは趣旨のことを伝えた。
 案の定と言うべきか、流石に驚かれた次第だ。だがこの数分後の俺に言わせれば、これらの会話は前菜にもならないようなものだったのである。




 店内のBGMは、どうやらドビュッシーの月の光に変わったらしい。そんなことを思っていると、鷺沼さんは口を開いた。話はここからです。と。
 はい?どういうことです?頭の中がクエスチョンマークにジャックされた。この調子では特殊部隊も来そうにない。
「実は、今日も夢を見たんだけど。そこに海斗くんが出てきたの」
そんな一回会っただけの人が出てくる夢とは大層なものだ。
「その夢では、あなたはどうやら下校中だったみたい。その途中、あなたと一緒に下校していた友達なのかな?とにかくその子が、ふっと道にはみ出してそのまま…という内容で」
つまらない冗談はよしてください。とはまさにこのことである。
 だとしたら何でここに来ずにメールで教えてくれなかったんですか。今日だって俺と駅まで行った友達はいたのに。一気にまくし立てた。
「落ち着いて」彼女はなだめるように言った。
「夢でのその日は雨だったわ。今日は雲一つない快晴。恐らくこの雨とは明日のことね」
 一時的にホッとした。だが、その友達とは恐らく藤崎のことだろうと思った。なぜならば、北川は今日から休んでおり、当分来そうにない。とにかく明日だ。明日藤崎を死守すれば良いというわけだ。しかも帰り道というかなり限定的な時間帯だ。これで藤崎が撥ねられたら俺は人類失格だ。



 この時の俺は知る由もなかったが、人類合格のボーダーは、俺の想像よりも高いものだったことをここに記しておこう。
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