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夏祭りの願い
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本日、隼人、翔、真美の3人は図書館に来ていた。
図書館と言っても市立図書館のような大きな図書館ではなく、コミュニティセンターに併設されている小さな図書館だったが、去年建てられたばかりの建物は小綺麗で居心地はよかった。
体育館と臨時の市役所窓口、休憩できるスペースと囲碁や将棋が楽しめる畳の空間がある。
夏休みのせいか体育館を利用して運動を楽しむ子供たちの姿が目立つが、建物の構造上図書館と体育館はコミュニティセンターの端と端に位置しているため、はつらつとした元気な声が聞こえてくることもなく静かな空間が保たれていた。
市立図書館のように利用客が多いわけでもない。
現に図書館内にいるのは司書を含めても4人だけだった。
本棚は空間を仕切るものが3列と壁の1面に沿うように設置されたものとがあり、あとは年配の司書が座っている本を借りたり返却したりするカウンターと隼人たちが使用している読書スペース。
四角いテーブルに丸椅子が4脚のセットが3セット並んでいた。
読書スペース側の壁は真ん中から上半分が全て窓ガラスになっており、多くの光を室内に取り入れ開放的な空間を作り上げている。
ここで勉強をしようと提案したのは隼人だった。
勉強にモチベーションは大切だ。
学校、自宅、友人宅にファミレス。
環境が変われば受験勉強というマンネリ化した作業にも多少は変化が出てくる。
なにも受験生だけではない。
学生にとって勉学との向き合い方には様々な工夫が必要だった。
隼人たちにとってその工夫のひとつが勉強場所の変更だ。
市立図書館でもよかったのだが、あそこまではバスで移動しなければならないし、今夜の予定のことを考えると自転車で行ける距離のコミュニティセンターの方が都合がよかった。
予定より少し遅れてしまったがすでに夏休みの宿題を終わらせた3人は各々で黙々と受験勉強に勤しんでいた。
そろそろ一旦休憩でもしようかと声をかける。
図書館を出たところにある休憩スペースには自動販売機があったはずだ。
そこでジュースでも買って少し休もう。
隼人の提案に翔と真美も同意する。
「じゃーん、見て見て」
ジュースを片手に寛いでいると真美が自慢げに新しいネイルを見せてきた。
紺色の下地に白や赤の短い線がいくつも描かれている打ち上げ花火が形のいい爪の上で花開いている。
「可愛いじゃん」
「でしょ」
翔に褒められて手を透かしながら改めて自分で描いた力作を満足そうに眺める。
「今日の夏祭りのために頑張ったんだから」
今晩は市内にある神社で大きな夏祭りが開催される。
出店も多く出展され、毎年市民が多く集まり賑やかだ。
夏を象徴する一大イベントということもありみんなとても楽しみしている。
河川敷では花火大会もあり、今年は有名な花火師を呼んで1万発の花火を上げるというのだから市民の期待も例年より高かった。
団地にも花火大会をメインにした大きなポスターが貼られているのを何度も目にしている。
市内の小学生がイラストを描いたらしいそれは、ダイナミックな打ち上げ花火が印象的な1枚だった。
隼人もこの夏祭りには毎年行っており、今年も行くことになっている。
もちろん、この3人で。
「花火楽しみだなー」
ネイルを眺めながら今夜の花火に想いを馳せながら真美は頬を緩める。
「あんたたち、今年はちゃんと浴衣でしょうね?」
急なジト目に2人の表情が固まる。
真美は高校に入学してから毎年夏祭りには浴衣を着ていた。
中学までは普段着で浴衣なんて動きにくいから嫌だなんて言っていたのに、こちらも高校デビューの一環なのだろうか。
律儀に毎年違う柄の浴衣を用意しては着飾っている。
一方、隼人と翔は高校生になっても変わらず普段着で祭りに参加していた。
理由は以前真美が言っていたのと同様に動きにくいのと、なんとなく恥ずかしい気持ちがあってのことだった。
しかし、真美は自分が浴衣を着るようになってからこちらにも浴衣を着るよう強要するようになり、毎年その言葉を無視して普段を着ていくとそのことに対してご機嫌が斜めになる。
真美の言葉にさっと目くばせをする。
そして、
「「もちろん」」
同時に親指を立てた。
実はこうなることを見越して今年はきちんとショッピングモールに買いに行っていたのだ。
今年で高校生活も最後だし、進路がバラバラになることを考えると3人で夏祭りに行くのも今年が最後になるかもしれない。
事前にそう話し合っていた2人は思い出にと浴衣の購入を決意したのだった。
男同士で浴衣を買いに行くのもどうかと思ったが、ひとりだとどうしても何を選んでいいのかわからないので仕方がなかった。
「よろしい」
2人の返答に真美は満足そうに頷く。
「俺の浴衣姿見たらかっこよすぎて惚れちゃうかもよ」
「それは大丈夫」
真顔での返しに翔は少し落ち込む。
「……」
そんなやりとりに少し思うところはあったが、あえて口にはしない。
「橘さんも連れていければいいのにね」
唐突に真美が言う。
「どうしたの、急に」
「いや、私たちだけ楽しむのも申し訳ないなーって。村瀬がよく橘さんとの話聞かせてくれるからさ、最近親近感湧いちゃって。女の子の友達と夏祭りに行くのも楽しいかなーなんて考えちゃった」
「あーわかる。ちょっと友達感覚になってるのはあるよな」
「そうなんだ」
「そうそう」
葵に言ったら喜びそうだ。
そういえば昨晩は夏祭りの話をしたんだった。
会話のネタになればと話題を持ち出したのだ
明日が夏祭りのこと、翔と真美と行くことを話せば羨ましそうな声が返ってきた。
「私ね、打ち上げ花火好きなんだ」
もしかして行きたくても行けない葵に対して不謹慎なことを言ってしまったかと心配になっていたところに、そのことに対して気にする様子もなく葵が話し出す。
「小さい頃はね、お父さんが花火大会に連れて行ってくれたの。おんぶしてもらってね、河川敷をゆっくり歩いてくれた。花火がたくさん上がって、川がキラキラ光って、お父さんの後ろ姿が花火の色に光るの。お祭りを見て回る体力はなかったけど、私はそれで十分だった。特等席で花火を独り占めしてる気分だったよ」
それから数年後には仕事を掛け持ちするようになり花火大会には行けなくなってしまったらしい。
「ひとりで行こうかなって考えたときもあったんだけどね。私にもささやかながら反抗期があったわけだし。でも、あの光景を思い出すとどうしてもできなかった。私にとって花火はお父さんと一緒に見るものであってひとりで見るものではなかったから」
ひとりで打ち上げ花火を見る。
それはどんな気持ちなのだろう。
花火大会には決まって母か、越してきてからは翔や真美と見に行っているから、考えてみれば隼人にはひとりで打ち上げ花火を見た経験はない。
葵の言葉通り、花火は誰かと見るものだった。
きっと、葵は父親との大切な思い出を壊したくなかったのだろう。
ひとりという寂しさで上書きしたくなかったのだ。
「夏祭り楽しんできてね」
できることなら連れて行ってあげたい。
一緒に行きましょうと声をかけたい。
その想いを形にすることなく飲み下した。
「葵さんも行きたそうだったよ」
昨晩のやり取りを思い出しながら言う。
「そりゃそうだろ。部屋にずっと閉じこもってたら誰だって、どこでもいいから外に出たくなるだろ」
「どうにかして見せてあげられないかな」
「部屋から出られない幽霊をどうやって連れ出すんだよ」
「だからどうにかできないのかなって話だよ」
当然だが妙案が思いつくわけもなく、3人はその後おとなしく図書館へと戻った。
「さぁ、もう少し勉強がんばろう。あと数時間もすれば楽しい夏祭りが待ってるからさ」
微妙になってしまった雰囲気を紛らわせるように、真美が笑顔でそう言った。
「お待たせー」
下駄をカランコロンと鳴らしながら小走りで駆けてくる真美が手を振っている。
先に待ち合わせ場所へ到着していた隼人と翔はその手に振り返した。
「ごめん、準備にてこずっちゃって」
そう言う真美の出で立ちは完璧だった。
髪はゆるく纏められ後ろで小さなお団子になっており、赤い玉のついたかんざしが刺さっている。
前髪は三つ編みに編み込んでいて片耳に掛けていた。
メインの浴衣はネイルと同じ打ち上げ花火の柄で、紺色の生地を黒と黄色の帯が引き締めており、後ろはリボンの形になっていた。
「毎年思うけど似合ってんね」
「気合い入れてお洒落してんだし、当たり前じゃん。あんたらもいい感じだね。似合ってるよ。ようやく私の言うこと聞いたなって感じ」
巾着を振り回す真美の視線の先には、どこか落ち着かない様子の男子が2人。
着なれない着物の着心地に違和感を感じているようだ。
隼人の浴衣は黒、翔はグレーだった。
生地にはそれぞれ日本らしい模様が控えめにプリントされている。
下駄は鼻緒の部分が擦れて少し痛い。
ここは妥協してサンダルにすればよかったかと若干後悔する。
真美はこんなものを履いて走れるのかと感心した。
「さ、花火大会まではまだ時間はあるけど、出店もたくさんあるし全部回るためには急がないと!」
はしゃぐ真美が隼人と翔の背中を押して急かす。
慣れない浴衣と下駄のせいで足元がふらつく。
「いでっ!」
待ったをかけようとしたがすでに遅く、翔が転んだ後だった。
「ごめんごめん、ほら行こう」
2人の間に真美が入り込み、片腕ずつに自分の手を添える。
真美なりの気遣いだったのだろうが、その行動のせいか翔の表情は拗ねた子供のようになっていた。
上手く歩けず転んだからか、女の子にエスコートされていることに対してなのかはわからない。
ただ、その表情に気が付いているのは隼人だけのようで、真美の意識はすでにライトで照らされた様々な出店に向けられている。
「……」
とりあえず黙っておこう。
そう思い翔から視線を外す。
間の前には道路を挟んで左右に出店が立ち並び、終わりが見えないくらい先まで店が続いていた。
テレビで見た京都の赤い鳥居の群を思い出す。
石段を囲う鳥居と明かりがずっと続いている光景は幻想的で、厳かさには欠けるけれど出店の列も非現実的な魅力が滲んでいた。
「これ食べたい。村瀬おごって」
早速真美が指さしたのは、フルーツ飴の屋台だった。
イチゴにブドウ、オレンジがキラキラ光る飴にコーティングされ輝いている。
これ専門のキッチンカーもあるみたいだし、巷では人気なのだろう。
現に若い女の子や子供たちで列ができている。
「なんで僕?」
「紙コップデコってあげたじゃん。忘れたとは言わせないけど」
そういえばそんな話をした気がする。
デコレーションの感謝は忘れていないが、その言葉に関してはすっかり頭から抜けていた。
「買って!」
「はいはい」
口ごたえすることなく素直に列に並ぶ。
女子って甘いものから食べ始めることに抵抗はないのだろうかなんて考える。
まずは焼きそばとかたこ焼きとかメインを堪能してからデザートではないのだろうか。
世の中にはスイーツビュッフェとかパンケーキとか甘いものをメインとして食す文化もあり、特別甘党ではないのでいささか不思議に思うが、これに関しては個人の好みによるところなのでどうこういう資格は隼人にはないだろう。
そういえば、真美が行きたいと言っていたカフェがあった。
おしゃれなパンケーキがどうのこうの言っていた気がする。
今度誘ってみるかなんて考えていれば、案外スムーズに順番が回ってきた。
真美が選んだのはイチゴブドウ飴。
イチゴとマスカットが交互に串に刺さっていて見た目は可愛らしい。
「ありがとう」
「どういたしまして」
本日1発目の品物にご機嫌だ。
「なー、フランクフルト食おうぜフランクフルト」
「好きなの食べな」
「隼人くん、おごって!」
「デコレーション能力極めてから出直しな」
それから3人は存分に夏祭りを楽しんだ。
食べ物の屋台のほかにも、くじや型抜き、ヨーヨー釣りに金魚すくい、射的など遊び系の屋台もたくさんあった。
「昔はカラーヒヨコっての売ってたらしいぜ」
「ヒヨコ?」
「そう、カラースプレーで色付けしたヒヨコ」
「なにそれ、虐待じゃん」
「今のご時世だと動物愛護団体に訴えられそうだね」
「金魚すくいも似たようなもんじゃね?」
「輸送の負荷で弱ってるらしいからね」
「私も昔金魚すくいの金魚飼ってたけどすぐ死んじゃったな」
そんな話をしながら出店の端から端を練り歩いた。
流石に疲れたので少し休憩しようと、神社へと続く広い石段の1番下の端に腰かける。
「飲み物でも買ってくるわ」
「一緒に行くよ」
「いいって、隼人と真美ちゃんは休んでな」
気を利かせて翔が買い出しに出かけて行った。
「疲れたねー」
足を延ばしながら帯に差していた団扇を仰ぐ真美のうなじが汗で湿っている。
翔なら喜びそうだなと本人にとっては不名誉なことを想像した。
「真美はなんでイメチェンしたの?」
唐突に聞いてみた。
今までそれとなく聞いたことはあったがやんわりとはぐらかされていたのは知っている。
翔がいない今なら案外すんなり教えてくれるかもしれない。
そんな打算があった。
「んー」
少し考えるように首を傾げる。
「尾崎に言わない?」
「言ってほしくないなら言わない」
「なら、いいか。まぁ、大した理由じゃないんだけどね」
真美が続ける。
「中学3年生の時だったかな。本屋でたまたま尾崎に会ったんだよね。で、尾崎が立ち読みしてた本がグラビア雑誌でさ、年頃の男の子だなくらいにしか思わなかったんだけど、信じられないことに私にまでその雑誌を見せてきたわけ。どの子が可愛いだのなんだの語ってくんの。デリカシーなくない? それで尾崎が1番好みだって言ったのがギャルだったからさ」
目の前を多くの人が通り過ぎていく。
2人のように石段に座って休む人たちも増えてきた。
お祭りのついでに神社まで足を運ぶ人はあまりいないらしく、みんなマナーを守って端に寄ってはいるが、階段を上って行く人はあまりいない。
「私もおしゃれとかは興味あったし、お父さんとお母さんに相談したら、高校生になったらいいよって。他人に迷惑にならない範囲なら私の好きなようにしていいって言ってくれて。それでまぁ、この通り高校デビューしてみたって感じ」
屋台の明かりで真美の顔がほんのり赤に染まっている。
「今更だけど、やっぱり変?」
「いや、似合ってるよ。好きならいいんじゃない?」
『好き』で真美の肩が跳ねたような気がしたけれど、特に言及はしない。
「おっまたせー」
器用に飲み物を3本抱えた翔が戻ってきた。
頭には途中で買ったのだろう今人気のアニメキャラクターのお面を付けている。
「いいだろ、これ」
「そんなの買ってどうすんの」
「思い出思い出」
すぐにゴミ箱息行きになりそうな思い出である。
「ねぇ」
飲み物を配り終わり翔も座ったところで、隼人が話し出す。
「ちょっと相談があるんだけど」
もうすぐ打ち上げ花火は始まるという頃、隼人たちは石段を上っていた。
下駄で石段を上るのは運動靴よりもずっと大変だったが、誰も文句は言わない。
神社までの石段を上り、神社を通り過ぎ、その脇にある細い石段をさらに上っていく。
石段を上りきると、そこには小さな神社があった。
下の神社のように朱塗りではなく、木目がむき出しの神社だ。
長い間手入れもされていないのであちこち痛んではいるが、しっかりと形は保っている。
もともと神社の本堂はここだったのだが、老朽化で下に移築したらしい。
立て直しの案も出ていたようだが、道が悪く開けた土地に立て直した方が予算的にも時間的にも効率的だと判断されたのだとか。
夜の古びた神社の雰囲気に少々気圧されるが、境内に出てみると町と星の明かりで随分と明るかった。
振り向くと眼下に町が見下ろせる。
出店の列や河川敷、黒く流れる川まで見ることができた。
隼人の相談とは、この神社で打ち上げ花火を見ることだった。
いつもなら河川敷で眺めるところだが、隼人のある考えによって場所を変更させてもらった。
ここなら視界を遮るものもないし、綺麗に花火を見ることができるだろう。
周囲を観察すると、流石にここまで上ってくる人間はいないのか、人の気配はなくもの悲しい雰囲気が流れている。
「貸し切りじゃん!」
翔が嬉しそうに言う。
「早くしないともうすぐ始まるぞ」
神社へと向かい、建物をぐるりと囲う形にできている外廊下の端に翔と真美が腰を下ろす。
正面には賽銭箱と引き戸があり、引き戸には障子ではなくガラスがはめ込まれているので、昔は神様が祭られていたであろう建物内をうかがうことができた。
これなら、中からも外の景色が見えるはずだ。
隼人は神社の右側に回り込む。
あった。
ありがたいことに壊れた格子窓が頭上にある。
この高さなら手を伸ばせば届きそうだ。
「始まるぞー!」
翔が叫ぶ。
慌ててカバンから持参した糸電話を取り出す。
デコレーションした片側を格子窓の隙間から落とした。
瞬間、夜空に光の花が咲く。
ドーン。
遅れて大きな打ち上げの音が響き渡る。
花火大会が始まったのだ。
河川敷で見るよりも距離はあって小さいが、夜空全体を見渡せるので多くの花火が視界に入りととても華やかで美しい。
流石は今までで1番力を入れたであろう花火大会だ。
今まで見たものより断然迫力がある。
次々に続く光と音の応酬に、翔と真美が歓声をあげた。
花火にくぎ付けになっていた隼人の手に、糸電話が引かれる感覚が伝わる。
まさかと思い紙コップに耳を当てると、
「もしもし」
おずおずとした葵の声が聞こえた。
「もしもし、隼人くん?」
「はい、葵さん」
「私、今花火を見てるの。知らない場所にいるんだけど、でも、ここから花火が見えるの。隼人くんが連れてきてくれたの?」
「うまくいってよかったです」
ただの思い付きだった。
いつも葵は糸電話の先にいる。
だからこうして糸電話を垂らす場所を変えれば、おのずと葵をその場所に連れてこられるのではないかと思ったのだ。
「私、死んでからあの部屋から出られるなんて考えてなかった。何度も部屋から出ようとしても、引き戻されるみたいに戻っちゃうの。だから、ずっと諦めてた。諦めてたんだよ」
葵の声が震えている。
もしかしたら泣いているのかもしれない。
「綺麗だね」
葵が繰り返す。
「とっても綺麗だね。ありがとう、隼人くん」
その後、葵は終始無言だった。
夢中で花火を見ていたのだろう、と思う。
隼人はそんな葵の姿を想像しながら、黙って紙コップを耳に当てていた。
クライマックスを盛り上げるように花火が連続で上がる。
大きな花火も次々を広がっては消えていく。
終盤、ひと際大きな花火が上がって花火大会は終了した。
花火の余韻が漂う。
翔と真美がどうなったのかと振り返る。
うまくいったと手を上げたとき、ぽつりと小さな声が聞こえた。
「お父さんに会いたいな」
それは無意識に零れ落ちた、葵のささやかな願いだった。
図書館と言っても市立図書館のような大きな図書館ではなく、コミュニティセンターに併設されている小さな図書館だったが、去年建てられたばかりの建物は小綺麗で居心地はよかった。
体育館と臨時の市役所窓口、休憩できるスペースと囲碁や将棋が楽しめる畳の空間がある。
夏休みのせいか体育館を利用して運動を楽しむ子供たちの姿が目立つが、建物の構造上図書館と体育館はコミュニティセンターの端と端に位置しているため、はつらつとした元気な声が聞こえてくることもなく静かな空間が保たれていた。
市立図書館のように利用客が多いわけでもない。
現に図書館内にいるのは司書を含めても4人だけだった。
本棚は空間を仕切るものが3列と壁の1面に沿うように設置されたものとがあり、あとは年配の司書が座っている本を借りたり返却したりするカウンターと隼人たちが使用している読書スペース。
四角いテーブルに丸椅子が4脚のセットが3セット並んでいた。
読書スペース側の壁は真ん中から上半分が全て窓ガラスになっており、多くの光を室内に取り入れ開放的な空間を作り上げている。
ここで勉強をしようと提案したのは隼人だった。
勉強にモチベーションは大切だ。
学校、自宅、友人宅にファミレス。
環境が変われば受験勉強というマンネリ化した作業にも多少は変化が出てくる。
なにも受験生だけではない。
学生にとって勉学との向き合い方には様々な工夫が必要だった。
隼人たちにとってその工夫のひとつが勉強場所の変更だ。
市立図書館でもよかったのだが、あそこまではバスで移動しなければならないし、今夜の予定のことを考えると自転車で行ける距離のコミュニティセンターの方が都合がよかった。
予定より少し遅れてしまったがすでに夏休みの宿題を終わらせた3人は各々で黙々と受験勉強に勤しんでいた。
そろそろ一旦休憩でもしようかと声をかける。
図書館を出たところにある休憩スペースには自動販売機があったはずだ。
そこでジュースでも買って少し休もう。
隼人の提案に翔と真美も同意する。
「じゃーん、見て見て」
ジュースを片手に寛いでいると真美が自慢げに新しいネイルを見せてきた。
紺色の下地に白や赤の短い線がいくつも描かれている打ち上げ花火が形のいい爪の上で花開いている。
「可愛いじゃん」
「でしょ」
翔に褒められて手を透かしながら改めて自分で描いた力作を満足そうに眺める。
「今日の夏祭りのために頑張ったんだから」
今晩は市内にある神社で大きな夏祭りが開催される。
出店も多く出展され、毎年市民が多く集まり賑やかだ。
夏を象徴する一大イベントということもありみんなとても楽しみしている。
河川敷では花火大会もあり、今年は有名な花火師を呼んで1万発の花火を上げるというのだから市民の期待も例年より高かった。
団地にも花火大会をメインにした大きなポスターが貼られているのを何度も目にしている。
市内の小学生がイラストを描いたらしいそれは、ダイナミックな打ち上げ花火が印象的な1枚だった。
隼人もこの夏祭りには毎年行っており、今年も行くことになっている。
もちろん、この3人で。
「花火楽しみだなー」
ネイルを眺めながら今夜の花火に想いを馳せながら真美は頬を緩める。
「あんたたち、今年はちゃんと浴衣でしょうね?」
急なジト目に2人の表情が固まる。
真美は高校に入学してから毎年夏祭りには浴衣を着ていた。
中学までは普段着で浴衣なんて動きにくいから嫌だなんて言っていたのに、こちらも高校デビューの一環なのだろうか。
律儀に毎年違う柄の浴衣を用意しては着飾っている。
一方、隼人と翔は高校生になっても変わらず普段着で祭りに参加していた。
理由は以前真美が言っていたのと同様に動きにくいのと、なんとなく恥ずかしい気持ちがあってのことだった。
しかし、真美は自分が浴衣を着るようになってからこちらにも浴衣を着るよう強要するようになり、毎年その言葉を無視して普段を着ていくとそのことに対してご機嫌が斜めになる。
真美の言葉にさっと目くばせをする。
そして、
「「もちろん」」
同時に親指を立てた。
実はこうなることを見越して今年はきちんとショッピングモールに買いに行っていたのだ。
今年で高校生活も最後だし、進路がバラバラになることを考えると3人で夏祭りに行くのも今年が最後になるかもしれない。
事前にそう話し合っていた2人は思い出にと浴衣の購入を決意したのだった。
男同士で浴衣を買いに行くのもどうかと思ったが、ひとりだとどうしても何を選んでいいのかわからないので仕方がなかった。
「よろしい」
2人の返答に真美は満足そうに頷く。
「俺の浴衣姿見たらかっこよすぎて惚れちゃうかもよ」
「それは大丈夫」
真顔での返しに翔は少し落ち込む。
「……」
そんなやりとりに少し思うところはあったが、あえて口にはしない。
「橘さんも連れていければいいのにね」
唐突に真美が言う。
「どうしたの、急に」
「いや、私たちだけ楽しむのも申し訳ないなーって。村瀬がよく橘さんとの話聞かせてくれるからさ、最近親近感湧いちゃって。女の子の友達と夏祭りに行くのも楽しいかなーなんて考えちゃった」
「あーわかる。ちょっと友達感覚になってるのはあるよな」
「そうなんだ」
「そうそう」
葵に言ったら喜びそうだ。
そういえば昨晩は夏祭りの話をしたんだった。
会話のネタになればと話題を持ち出したのだ
明日が夏祭りのこと、翔と真美と行くことを話せば羨ましそうな声が返ってきた。
「私ね、打ち上げ花火好きなんだ」
もしかして行きたくても行けない葵に対して不謹慎なことを言ってしまったかと心配になっていたところに、そのことに対して気にする様子もなく葵が話し出す。
「小さい頃はね、お父さんが花火大会に連れて行ってくれたの。おんぶしてもらってね、河川敷をゆっくり歩いてくれた。花火がたくさん上がって、川がキラキラ光って、お父さんの後ろ姿が花火の色に光るの。お祭りを見て回る体力はなかったけど、私はそれで十分だった。特等席で花火を独り占めしてる気分だったよ」
それから数年後には仕事を掛け持ちするようになり花火大会には行けなくなってしまったらしい。
「ひとりで行こうかなって考えたときもあったんだけどね。私にもささやかながら反抗期があったわけだし。でも、あの光景を思い出すとどうしてもできなかった。私にとって花火はお父さんと一緒に見るものであってひとりで見るものではなかったから」
ひとりで打ち上げ花火を見る。
それはどんな気持ちなのだろう。
花火大会には決まって母か、越してきてからは翔や真美と見に行っているから、考えてみれば隼人にはひとりで打ち上げ花火を見た経験はない。
葵の言葉通り、花火は誰かと見るものだった。
きっと、葵は父親との大切な思い出を壊したくなかったのだろう。
ひとりという寂しさで上書きしたくなかったのだ。
「夏祭り楽しんできてね」
できることなら連れて行ってあげたい。
一緒に行きましょうと声をかけたい。
その想いを形にすることなく飲み下した。
「葵さんも行きたそうだったよ」
昨晩のやり取りを思い出しながら言う。
「そりゃそうだろ。部屋にずっと閉じこもってたら誰だって、どこでもいいから外に出たくなるだろ」
「どうにかして見せてあげられないかな」
「部屋から出られない幽霊をどうやって連れ出すんだよ」
「だからどうにかできないのかなって話だよ」
当然だが妙案が思いつくわけもなく、3人はその後おとなしく図書館へと戻った。
「さぁ、もう少し勉強がんばろう。あと数時間もすれば楽しい夏祭りが待ってるからさ」
微妙になってしまった雰囲気を紛らわせるように、真美が笑顔でそう言った。
「お待たせー」
下駄をカランコロンと鳴らしながら小走りで駆けてくる真美が手を振っている。
先に待ち合わせ場所へ到着していた隼人と翔はその手に振り返した。
「ごめん、準備にてこずっちゃって」
そう言う真美の出で立ちは完璧だった。
髪はゆるく纏められ後ろで小さなお団子になっており、赤い玉のついたかんざしが刺さっている。
前髪は三つ編みに編み込んでいて片耳に掛けていた。
メインの浴衣はネイルと同じ打ち上げ花火の柄で、紺色の生地を黒と黄色の帯が引き締めており、後ろはリボンの形になっていた。
「毎年思うけど似合ってんね」
「気合い入れてお洒落してんだし、当たり前じゃん。あんたらもいい感じだね。似合ってるよ。ようやく私の言うこと聞いたなって感じ」
巾着を振り回す真美の視線の先には、どこか落ち着かない様子の男子が2人。
着なれない着物の着心地に違和感を感じているようだ。
隼人の浴衣は黒、翔はグレーだった。
生地にはそれぞれ日本らしい模様が控えめにプリントされている。
下駄は鼻緒の部分が擦れて少し痛い。
ここは妥協してサンダルにすればよかったかと若干後悔する。
真美はこんなものを履いて走れるのかと感心した。
「さ、花火大会まではまだ時間はあるけど、出店もたくさんあるし全部回るためには急がないと!」
はしゃぐ真美が隼人と翔の背中を押して急かす。
慣れない浴衣と下駄のせいで足元がふらつく。
「いでっ!」
待ったをかけようとしたがすでに遅く、翔が転んだ後だった。
「ごめんごめん、ほら行こう」
2人の間に真美が入り込み、片腕ずつに自分の手を添える。
真美なりの気遣いだったのだろうが、その行動のせいか翔の表情は拗ねた子供のようになっていた。
上手く歩けず転んだからか、女の子にエスコートされていることに対してなのかはわからない。
ただ、その表情に気が付いているのは隼人だけのようで、真美の意識はすでにライトで照らされた様々な出店に向けられている。
「……」
とりあえず黙っておこう。
そう思い翔から視線を外す。
間の前には道路を挟んで左右に出店が立ち並び、終わりが見えないくらい先まで店が続いていた。
テレビで見た京都の赤い鳥居の群を思い出す。
石段を囲う鳥居と明かりがずっと続いている光景は幻想的で、厳かさには欠けるけれど出店の列も非現実的な魅力が滲んでいた。
「これ食べたい。村瀬おごって」
早速真美が指さしたのは、フルーツ飴の屋台だった。
イチゴにブドウ、オレンジがキラキラ光る飴にコーティングされ輝いている。
これ専門のキッチンカーもあるみたいだし、巷では人気なのだろう。
現に若い女の子や子供たちで列ができている。
「なんで僕?」
「紙コップデコってあげたじゃん。忘れたとは言わせないけど」
そういえばそんな話をした気がする。
デコレーションの感謝は忘れていないが、その言葉に関してはすっかり頭から抜けていた。
「買って!」
「はいはい」
口ごたえすることなく素直に列に並ぶ。
女子って甘いものから食べ始めることに抵抗はないのだろうかなんて考える。
まずは焼きそばとかたこ焼きとかメインを堪能してからデザートではないのだろうか。
世の中にはスイーツビュッフェとかパンケーキとか甘いものをメインとして食す文化もあり、特別甘党ではないのでいささか不思議に思うが、これに関しては個人の好みによるところなのでどうこういう資格は隼人にはないだろう。
そういえば、真美が行きたいと言っていたカフェがあった。
おしゃれなパンケーキがどうのこうの言っていた気がする。
今度誘ってみるかなんて考えていれば、案外スムーズに順番が回ってきた。
真美が選んだのはイチゴブドウ飴。
イチゴとマスカットが交互に串に刺さっていて見た目は可愛らしい。
「ありがとう」
「どういたしまして」
本日1発目の品物にご機嫌だ。
「なー、フランクフルト食おうぜフランクフルト」
「好きなの食べな」
「隼人くん、おごって!」
「デコレーション能力極めてから出直しな」
それから3人は存分に夏祭りを楽しんだ。
食べ物の屋台のほかにも、くじや型抜き、ヨーヨー釣りに金魚すくい、射的など遊び系の屋台もたくさんあった。
「昔はカラーヒヨコっての売ってたらしいぜ」
「ヒヨコ?」
「そう、カラースプレーで色付けしたヒヨコ」
「なにそれ、虐待じゃん」
「今のご時世だと動物愛護団体に訴えられそうだね」
「金魚すくいも似たようなもんじゃね?」
「輸送の負荷で弱ってるらしいからね」
「私も昔金魚すくいの金魚飼ってたけどすぐ死んじゃったな」
そんな話をしながら出店の端から端を練り歩いた。
流石に疲れたので少し休憩しようと、神社へと続く広い石段の1番下の端に腰かける。
「飲み物でも買ってくるわ」
「一緒に行くよ」
「いいって、隼人と真美ちゃんは休んでな」
気を利かせて翔が買い出しに出かけて行った。
「疲れたねー」
足を延ばしながら帯に差していた団扇を仰ぐ真美のうなじが汗で湿っている。
翔なら喜びそうだなと本人にとっては不名誉なことを想像した。
「真美はなんでイメチェンしたの?」
唐突に聞いてみた。
今までそれとなく聞いたことはあったがやんわりとはぐらかされていたのは知っている。
翔がいない今なら案外すんなり教えてくれるかもしれない。
そんな打算があった。
「んー」
少し考えるように首を傾げる。
「尾崎に言わない?」
「言ってほしくないなら言わない」
「なら、いいか。まぁ、大した理由じゃないんだけどね」
真美が続ける。
「中学3年生の時だったかな。本屋でたまたま尾崎に会ったんだよね。で、尾崎が立ち読みしてた本がグラビア雑誌でさ、年頃の男の子だなくらいにしか思わなかったんだけど、信じられないことに私にまでその雑誌を見せてきたわけ。どの子が可愛いだのなんだの語ってくんの。デリカシーなくない? それで尾崎が1番好みだって言ったのがギャルだったからさ」
目の前を多くの人が通り過ぎていく。
2人のように石段に座って休む人たちも増えてきた。
お祭りのついでに神社まで足を運ぶ人はあまりいないらしく、みんなマナーを守って端に寄ってはいるが、階段を上って行く人はあまりいない。
「私もおしゃれとかは興味あったし、お父さんとお母さんに相談したら、高校生になったらいいよって。他人に迷惑にならない範囲なら私の好きなようにしていいって言ってくれて。それでまぁ、この通り高校デビューしてみたって感じ」
屋台の明かりで真美の顔がほんのり赤に染まっている。
「今更だけど、やっぱり変?」
「いや、似合ってるよ。好きならいいんじゃない?」
『好き』で真美の肩が跳ねたような気がしたけれど、特に言及はしない。
「おっまたせー」
器用に飲み物を3本抱えた翔が戻ってきた。
頭には途中で買ったのだろう今人気のアニメキャラクターのお面を付けている。
「いいだろ、これ」
「そんなの買ってどうすんの」
「思い出思い出」
すぐにゴミ箱息行きになりそうな思い出である。
「ねぇ」
飲み物を配り終わり翔も座ったところで、隼人が話し出す。
「ちょっと相談があるんだけど」
もうすぐ打ち上げ花火は始まるという頃、隼人たちは石段を上っていた。
下駄で石段を上るのは運動靴よりもずっと大変だったが、誰も文句は言わない。
神社までの石段を上り、神社を通り過ぎ、その脇にある細い石段をさらに上っていく。
石段を上りきると、そこには小さな神社があった。
下の神社のように朱塗りではなく、木目がむき出しの神社だ。
長い間手入れもされていないのであちこち痛んではいるが、しっかりと形は保っている。
もともと神社の本堂はここだったのだが、老朽化で下に移築したらしい。
立て直しの案も出ていたようだが、道が悪く開けた土地に立て直した方が予算的にも時間的にも効率的だと判断されたのだとか。
夜の古びた神社の雰囲気に少々気圧されるが、境内に出てみると町と星の明かりで随分と明るかった。
振り向くと眼下に町が見下ろせる。
出店の列や河川敷、黒く流れる川まで見ることができた。
隼人の相談とは、この神社で打ち上げ花火を見ることだった。
いつもなら河川敷で眺めるところだが、隼人のある考えによって場所を変更させてもらった。
ここなら視界を遮るものもないし、綺麗に花火を見ることができるだろう。
周囲を観察すると、流石にここまで上ってくる人間はいないのか、人の気配はなくもの悲しい雰囲気が流れている。
「貸し切りじゃん!」
翔が嬉しそうに言う。
「早くしないともうすぐ始まるぞ」
神社へと向かい、建物をぐるりと囲う形にできている外廊下の端に翔と真美が腰を下ろす。
正面には賽銭箱と引き戸があり、引き戸には障子ではなくガラスがはめ込まれているので、昔は神様が祭られていたであろう建物内をうかがうことができた。
これなら、中からも外の景色が見えるはずだ。
隼人は神社の右側に回り込む。
あった。
ありがたいことに壊れた格子窓が頭上にある。
この高さなら手を伸ばせば届きそうだ。
「始まるぞー!」
翔が叫ぶ。
慌ててカバンから持参した糸電話を取り出す。
デコレーションした片側を格子窓の隙間から落とした。
瞬間、夜空に光の花が咲く。
ドーン。
遅れて大きな打ち上げの音が響き渡る。
花火大会が始まったのだ。
河川敷で見るよりも距離はあって小さいが、夜空全体を見渡せるので多くの花火が視界に入りととても華やかで美しい。
流石は今までで1番力を入れたであろう花火大会だ。
今まで見たものより断然迫力がある。
次々に続く光と音の応酬に、翔と真美が歓声をあげた。
花火にくぎ付けになっていた隼人の手に、糸電話が引かれる感覚が伝わる。
まさかと思い紙コップに耳を当てると、
「もしもし」
おずおずとした葵の声が聞こえた。
「もしもし、隼人くん?」
「はい、葵さん」
「私、今花火を見てるの。知らない場所にいるんだけど、でも、ここから花火が見えるの。隼人くんが連れてきてくれたの?」
「うまくいってよかったです」
ただの思い付きだった。
いつも葵は糸電話の先にいる。
だからこうして糸電話を垂らす場所を変えれば、おのずと葵をその場所に連れてこられるのではないかと思ったのだ。
「私、死んでからあの部屋から出られるなんて考えてなかった。何度も部屋から出ようとしても、引き戻されるみたいに戻っちゃうの。だから、ずっと諦めてた。諦めてたんだよ」
葵の声が震えている。
もしかしたら泣いているのかもしれない。
「綺麗だね」
葵が繰り返す。
「とっても綺麗だね。ありがとう、隼人くん」
その後、葵は終始無言だった。
夢中で花火を見ていたのだろう、と思う。
隼人はそんな葵の姿を想像しながら、黙って紙コップを耳に当てていた。
クライマックスを盛り上げるように花火が連続で上がる。
大きな花火も次々を広がっては消えていく。
終盤、ひと際大きな花火が上がって花火大会は終了した。
花火の余韻が漂う。
翔と真美がどうなったのかと振り返る。
うまくいったと手を上げたとき、ぽつりと小さな声が聞こえた。
「お父さんに会いたいな」
それは無意識に零れ落ちた、葵のささやかな願いだった。
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