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終わる国
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何も夢を見ない夜。
いつからだろう?
高校に入学してからか。
生きづらくても、居場所がないと感じていても、未来は明るいと、希望はいくらでもあるのだと、そう信じて疑わなかった中学時代までは、ちゃんと夢をみられていた。
いつか何者かになれるだろう自分に期待できていた時までは。
何のとりえもないのに、夢さえも見ない人間の朝は、だるさだけが残る朝。
「ああ! 目を覚ましましたよ!」
知らない顔が僕をのぞき込んで、満面の笑みを浮かべた。
「え?」
とっさのことに、僕は驚き飛び起きた。
なんだ?
ここ、どこ?
石造りの小部屋は、薄暗く、ゆらりゆらりと揺れる明かりは、おそらく匂いからしてオイルランプだ。
「良かった。失われた秘術に成功したのに、そのまま、死なせてしまってはと、生きた心地がしなかったのですよ」
見知らぬ少年は、笑顔で不穏な言葉を発する。
なんて、リアル。なのに、リアリティーのない。
そう、五感に感じられるものは、すべてリアルなのに、状況があまりにもリアルじゃないのだ。
「あの、あなたって、何ができますか?」
少年が突拍子もなく聞いてきた。しかし、なんて残酷な言葉だろう?
久しぶりに見た夢が、あまりに夢も希望もない夢だなんて、なんてつまらない人間になってしまったのだろうか。
「すごい剣術士とか? 大魔術師だとか?」
期待に満ちた目で、残酷なことを投げかける少年。日本人の顔とは違う。でも、白人でも黒人でもない。青白い肌に、青銀の髪。瞳孔がハ虫類のように小さい。
少年の汗のにおいを嗅いだ時、僕は思わず顔を覆った。
「ど、どうしたんですか? どこか具合でも?」
心配げな少年の声が頭の上に降ってくる。
ああ、これは、おそらく、夢なんかじゃないぞと、じわりじわりと感じ始める。
言っておくが、夢見たことがないわけじゃあないんだ。異世界に行って無双する妄想なんて何百回となくやってきた。だけどさ、己の無能さと向き合った時、どうしたって異世界に行っても無能なんだと気づいてしまったんだよ。
「ぼ、僕は、何も、できませんっ!」
ふり絞るように出した声に、少年は何を思っただろうか? 怖くてそれを確かめることができない。
ふいに、僕の背中を優しくさする手の感触がした。驚いて思わず顔をあげてしまう。
少年は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。僕は、なんて愚かなことを」
ズキリと胸が痛んだ。
「そ、そうですよね、む、無能な人間に何ができるか聞くこと以上に愚かしい事なんて、なな、ないですよね」
かすれる声で卑下する僕を、少年は慌ててフォローした。
「ああ、そんな! そう言った意味ではないです! いえ、そもそもあなたは決して無能では!」
「ぼ、僕のことを知っているんですか? 知らないでしょう? し、知らないのに何で無能じゃないって分かるんですか?」
消え入りそうな掠れた声は、どこか悲鳴にも似ているようで、何とも情けないと自分でも思う。
少年は、悲しい目をして黙り込んだ。そして俯き、ぽつりと言った。
「無能なのは、僕の方です」
重苦しい沈黙が、しばしこの空間を包んだ。少年は、また、ぽつりぽつりと話し出す。
「僕は、魔術師の末裔なんです。でも、魔術が禁止されてから100年間、僕たちは魔術を封印して生きてきました。だから、力があっても何もできないんです。でも、緊急事態ですので、国王が魔術を解禁したのです。でも、僕は、僕は何もできないんです!」
だけど、僕をここに呼び寄せたのは君でしょう? そんな心の声が聞こえたのか、少年は首を横に振った。
「伝説なんですよ。かつて、この国が別の国に侵略されかけた時、僕の先祖が異世界から救世主を呼び寄せたおかげでこの国は、自由を手放さずにすんだんです。でも、その術は、無関係であるはずの異世界人一人の人生を変えてしまうんで、秘術とされました。でも、今こそ必要な時だと思い、僕はその秘術を行ったんです。行い続けて三年です。三年たってやっと、やっと、あなたをここに呼び寄せたのです」
追い詰められている若者の三年は、おそらく想像する以上に長く感じる日々だっただろう。それで、やっと呼び寄せられたのが、この僕とは、同情を覚えるじゃないか。
「他の魔術師達や国防軍のおかげで、ここまで何とか持ちこたえましたが、もう、もうダメみたいです」
悲壮な少年の声。
僕が思わず立ち上がったとき、少年は言った。
「この国は、もうすぐ終わります」
いつからだろう?
高校に入学してからか。
生きづらくても、居場所がないと感じていても、未来は明るいと、希望はいくらでもあるのだと、そう信じて疑わなかった中学時代までは、ちゃんと夢をみられていた。
いつか何者かになれるだろう自分に期待できていた時までは。
何のとりえもないのに、夢さえも見ない人間の朝は、だるさだけが残る朝。
「ああ! 目を覚ましましたよ!」
知らない顔が僕をのぞき込んで、満面の笑みを浮かべた。
「え?」
とっさのことに、僕は驚き飛び起きた。
なんだ?
ここ、どこ?
石造りの小部屋は、薄暗く、ゆらりゆらりと揺れる明かりは、おそらく匂いからしてオイルランプだ。
「良かった。失われた秘術に成功したのに、そのまま、死なせてしまってはと、生きた心地がしなかったのですよ」
見知らぬ少年は、笑顔で不穏な言葉を発する。
なんて、リアル。なのに、リアリティーのない。
そう、五感に感じられるものは、すべてリアルなのに、状況があまりにもリアルじゃないのだ。
「あの、あなたって、何ができますか?」
少年が突拍子もなく聞いてきた。しかし、なんて残酷な言葉だろう?
久しぶりに見た夢が、あまりに夢も希望もない夢だなんて、なんてつまらない人間になってしまったのだろうか。
「すごい剣術士とか? 大魔術師だとか?」
期待に満ちた目で、残酷なことを投げかける少年。日本人の顔とは違う。でも、白人でも黒人でもない。青白い肌に、青銀の髪。瞳孔がハ虫類のように小さい。
少年の汗のにおいを嗅いだ時、僕は思わず顔を覆った。
「ど、どうしたんですか? どこか具合でも?」
心配げな少年の声が頭の上に降ってくる。
ああ、これは、おそらく、夢なんかじゃないぞと、じわりじわりと感じ始める。
言っておくが、夢見たことがないわけじゃあないんだ。異世界に行って無双する妄想なんて何百回となくやってきた。だけどさ、己の無能さと向き合った時、どうしたって異世界に行っても無能なんだと気づいてしまったんだよ。
「ぼ、僕は、何も、できませんっ!」
ふり絞るように出した声に、少年は何を思っただろうか? 怖くてそれを確かめることができない。
ふいに、僕の背中を優しくさする手の感触がした。驚いて思わず顔をあげてしまう。
少年は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。僕は、なんて愚かなことを」
ズキリと胸が痛んだ。
「そ、そうですよね、む、無能な人間に何ができるか聞くこと以上に愚かしい事なんて、なな、ないですよね」
かすれる声で卑下する僕を、少年は慌ててフォローした。
「ああ、そんな! そう言った意味ではないです! いえ、そもそもあなたは決して無能では!」
「ぼ、僕のことを知っているんですか? 知らないでしょう? し、知らないのに何で無能じゃないって分かるんですか?」
消え入りそうな掠れた声は、どこか悲鳴にも似ているようで、何とも情けないと自分でも思う。
少年は、悲しい目をして黙り込んだ。そして俯き、ぽつりと言った。
「無能なのは、僕の方です」
重苦しい沈黙が、しばしこの空間を包んだ。少年は、また、ぽつりぽつりと話し出す。
「僕は、魔術師の末裔なんです。でも、魔術が禁止されてから100年間、僕たちは魔術を封印して生きてきました。だから、力があっても何もできないんです。でも、緊急事態ですので、国王が魔術を解禁したのです。でも、僕は、僕は何もできないんです!」
だけど、僕をここに呼び寄せたのは君でしょう? そんな心の声が聞こえたのか、少年は首を横に振った。
「伝説なんですよ。かつて、この国が別の国に侵略されかけた時、僕の先祖が異世界から救世主を呼び寄せたおかげでこの国は、自由を手放さずにすんだんです。でも、その術は、無関係であるはずの異世界人一人の人生を変えてしまうんで、秘術とされました。でも、今こそ必要な時だと思い、僕はその秘術を行ったんです。行い続けて三年です。三年たってやっと、やっと、あなたをここに呼び寄せたのです」
追い詰められている若者の三年は、おそらく想像する以上に長く感じる日々だっただろう。それで、やっと呼び寄せられたのが、この僕とは、同情を覚えるじゃないか。
「他の魔術師達や国防軍のおかげで、ここまで何とか持ちこたえましたが、もう、もうダメみたいです」
悲壮な少年の声。
僕が思わず立ち上がったとき、少年は言った。
「この国は、もうすぐ終わります」
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