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第3章 闘技場とハーレム

決勝戦

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―――ついに、決勝戦が始まろうとしている。

決勝戦の日は雨だった。
空気は季節外れにヒンヤリとしていて、顔や手の皮膚の表面に雨粒がポツポツと当たっていく。
闘技場の土は雨に濡れて、踏みしめるとジャリジャリと音を立てる。

そんな悪天候だというのに、闘技場は今まで見たことのない程の人の数となっていた。
街中の人々がこぞってこの試合を見に来ているのだ。

「やっぱり、闘わなきゃいけない、のか……」

決勝戦だからだろうか。
伝統的なローブをまとった人々が目立つ。

それが、この街が魔術師の街であることを嫌でも意識する。
自分だけが今このローブに似つかわしくないように思えた。

「エルネストー! あいつなんかやっちまえー!」
「あたしのギルバート! ささっと倒しちゃってー☆」

闘技場のあちこちからは、黄色い歓声が飛び交っている。
目の前に立つギルバートは、その声が聞こえているのか、いないのか、真剣な表情をしていた。

「本気で……来いよ」

そう一言俺に声をかけると、ギルバートは俺に背中を向け、スタートの立ち位置まで歩いていく。
返答は聞いていないようだった。

「……わかってるよ」

小声でそう呟いた。
既にギルバートには聞こえていないとわかっていた。
自分に言い聞かせたかったのかもしれない。



(アナタ、あのコに勝ちたい?)



―――その時、ペンダントから魔女の声が聞こえた。

それは俺の本音だった。
ギルバートには真剣に闘ってほしい、と言われたが、俺にとっては闘う意味がないのだ。

「……わからない」

俺が小声でそう呟くと、ペンダントは一旦静かになる。



(……じゃあ、あのコのヒミツを、知りたい?)



―――その瞬間、静寂に包まれた。

ザーザーという不快な雨音が一瞬で聞こえなくなる。



―――それは、甘く痺れるような声だった。

脳にビリビリと直接響いて、

手の先が、足の先が、不思議な快楽に包まれて、震えて、

ゾワゾワと全身の一本一本の毛が立つのを感じて、

心臓からジンワリと血液が拡がるのを感じて、温かくなっていく。



自分は今、どこに立っているのか、わからなくなるようだった。



「……知りたい」



気付けばそう口が動いていた。



(……そう。なら力を貸してあげるわ。でもそれは貴方次第)


―――その瞬間、ハッと我に返った。

目の前に広がる景色を見て、今自分がどんな状況だったのを思い出す。

―――もしかして今のが、魔女の力だったのだろうか。

だとすれば、こんな力を、ラルフに、ユウリに―――ギルバートに、毎晩行っていたというのだろうか。

「……いや、今はそれどころじゃない」

そうだ。
勝つのが先だ。
―――勝てば、ギルバートの秘密を知ることができるというのだろうか?

秘密とは、一体なんなんだろう。
それでも少なくとも、ギルバートが何かを隠していることは、俺にもわかる。

「エルネスト! スタート地点に」

立ち止まっていた俺に、審判が注意をした。

「……あ、すみません」

俺はスタート地点に立つと、ギルバートに対峙した。

ギルバートはどんな勝負をしかけてくるのだろう。
予想もつかない。
闘技祭に出ていると知っていたら、試合を一度は見ていたのにな。



―――闘いの火蓋が切られる。



「はじめ!」



―――瞬間、

真っ黒い塊が飛んできたのが見えた。
視界が真っ黒で覆われそうになる。

「おわっ」

すんでの位置で、ヒラリと飛んできた黒い球のようなものを避ける。

―――嘘だろ!?

何の詠唱もなく、威力の高そうな魔法を飛ばしてくるなんて。

―――今までの試合で、そんな事は。


「……考える暇はないぞ」


続けて、2つ3つと黒い球が飛んでくる。
俺はそれを交わすと、黒い球が衝突した地面を見る。
すると、地面が黒く焦げ付いたようになっていた。

―――当たれば致命的なダメージを負いそうだ。

「本当に容赦ない、な」

相手の動きを妨げるため、矢を1本放つ。
矢は青い光を纏って、ギルバートの足元の地面に突き刺さる。

狙いよりほんの少し逸れた。
雨風が右に吹いているせいかもしれない。

「……チッ」

ギルバートが空中に飛び上がって、後方へと下がる。
その身のこなしからは、ギルバートの身体能力の高さも窺えた。

―――その時、違和感に気づいた。

俺の放った地点から矢が刺さった地面まで一筋の青い光が残っている。
いつもなら、放って直ぐに消えてしまうはずの光が。
この青い光は、魔女の魔力を纏っているからのはず。

と、すれば―――

(力を貸してあげるわ)

先程の魔女の声を思い出す。

光が消えない、ということは、いつにも増してその矢の魔力が増強されているといったところだろうか。
その光の筋にギルバートが触れられないとなれば。

「……動きを封じ込められるかもしれない」

俺は飛んでくる黒い球に意識を集中させる。
そしてそれを交わしながら、矢を打ち込んでいく。

少しずつ青い光の束は空中を走っていき、ギルバートの足場が少なくなっていく。
相手を追い込むために最適な線は―――頭で、緻密に計算をしていく。

俺はヒラリと身を回転させながら、地面に突き刺さった矢を拾い上げては、また打ち込んでいく。
ギルバートの動きを妨げるためにも、何度か矢を放つが、ギルバートは流石の身のこなしで、青い光の合間を滑り込んでいく。

「……流石だよ、ギルバート」
「……あぁ、お前もな」

空中には無数の黒い球、そして無数に張り巡らされる青い光の筋。
その激しい空中の闘いに、観客は息を呑んでいるようだった。
いつしか、闘技場は静まり返っている。

もしかすると、俺の耳にその声が届いていないだけなのかもしれない。
それほどまでに、意識が集中していた。

「……あと、もう少し」

かなり、ギルバートの足場は少なくなっている。
残り数本の矢を放てば、相手の動きを止められるだろうか。

そう思い、光の筋を確かめるため、周りを見渡すと、

―――再び、何か別の違和感を覚えた。

「……なんだ?」

俺が計算して突き刺した矢の地面、青い光の筋の終着点が黒く焦げ付いている。
この焦げ付きは―――ギルバートの魔法球か。

あと数本で、ギルバートの動きは封じられるはず。
なのに、胸騒ぎがした。

―――もしも、何か別の意図で黒の魔法玉を打ち込んでいるとしたら。
―――もしも、俺の矢を逆に利用しているのだとしたら。

「ま、まさか」
「お前はやっぱり強い……だから、俺が、勝つ」

ギルバートが右手をパッと振り上げる。

―――瞬間、焦げ付いていた黒い地面から、黒い光がバッと溢れ出す。
それは瞬く間に、青い光の筋を飲み込んでいく。

青い光の筋は、より太い暗闇に飲み込まれていく。
そして一瞬のうちに、視界は真っ黒に閉ざされた。


「俺は、"黒魔術師" なんだよ」


真っ暗闇の中。
耳元で、ギルバートの声がそう聞こえた気がした。



「……」



視力を奪われたというよりは、空間全体を闇で覆っているようだった。

いつの間にか、足が―――動かない。
何かで縛り上げられているように感じた。

「このままじゃ……」

急速に頭の中に雑音が響いていく。
それは観客から聞こえてくる怒号のような声、ザーザーと不快な雨音。

(負けるの?)

ペンダントから、魔女の声が聞こえてくる。

(ここで、アナタは負けるの?)


―――どうすれば。


「……うるさい」


雑音ばかりが、どんどん頭の中で膨らんでいく。
思念が乱れて、何も考えられなくなっていく。




「エル!」



その時、一筋の " 声 " が鋭い矢のように耳に突き刺さった。
その声は喧噪の中で、一つだけクリアに頭の奥に入っていく。



―――そんな、まさか。

―――そんなはずは。


「負けんな!!」


その声は、聞き間違いじゃない。

だって、俺がその声、を間違えるはずが。

どうして。

どうして?

どうして、今ここに?


―――でも、それを考えるのは、今じゃない。


「……応援して、くれているのか?」


―――なら、 "負ける" わけにいかないよな。


再び意識を集中させる。
少しずつ観客の声と、雨音が、ノイズが、遠のいていく。

そして、今まで打ち込んでいった光の矢の筋を思い出していく。

もうギルバートが動いていられる空間は、あそこか―――もしくは、あそこしか。

俺は背中の矢を取り出すと、ギリと構える。
どのみち矢は一本しかない。

―――それは賭けだった。

この矢を外せば、もう、俺に勝機はない。


「自分を……信じろ!!!」


その声に一瞬、頬が緩みそうになる。
久しぶりに、その声を聞けたのが嬉しくて、思わず笑みがこぼれそうになる。

それから、再びキリ、と顔を戻した。
最後に、力を振り絞って矢をもう一段、引く。

「そこだ!!」


―――放った。


動かない足が、その反動でよろけて、尻餅をついた。

放った矢は、その暗闇を一直線に突き破るように進んでいく。
その直線から空間が切り裂かれるように光が広がっていく。

―――眩しくて、目を瞑った。





次に、視界に飛び込んできたのは、倒れるギルバートだった。

「優勝! エルネスト!」

その瞬間、地鳴りのような観客たちの歓声が空気を震わせる。
今し方の状況を飲み込めず、辺りを見回す。

「勝った……のか?」

目の前のギルバートの胸には一本の矢が突き刺さっている。
顔を見ると、目は開いていてかろうじて、意識はあるようだった。
その目は何を思っているのだろう、俺の顔を見ようとはしなかった。

「ギルバートに! 救護を!」

俺がそう叫ぶと、治癒術師たちがギルバートを囲んでいく。
その人数の多さに俺が一歩引くと、瞬く間にギルバートの姿は見えなくなった。

「では、エルネスト様。こちらへ」
「すみません、ちょっと」

俺はギルバートの方向を向いて「ごめんな」と呟く。

そして、先程暗闇で聞こえてきた声の元へ、一目散に駆けだした。
後ろで審判の叫ぶ声と、観客たちの収まらない歓声が響いていた。
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