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セス・ピーターズは驚愕のあまり、なんと答えていいか、わからなかった。
一瞬夢を見ているのではないかと思ったほどだ。
その動揺した様子を見たテイラーが、セスの向かいに腰をかけて「何だ」と言わんばかりに顔を顰めてみせる。
「待って、待ってくれ。とにかく」
セスは、誰に向かって言っているかわからない表現をしたが、結果的には自分に対して一番効果を発揮したらしい。
セスは一度大きく息を吐き出すと、テイラーに席を外してもらいたいと断りを入れた。テイラーは如何にも不機嫌な表情をして見せたが、結局は何も言わず爆弾処理班のオフィスを出て行ってくれた。
セスはそれを確認した後、再び耳に受話器を押しつけた。
「マックス? 本当にマックスか?」
誰かに騙されているのではないかと思いつつ、セスはそう声をかけた。
受話器の向こうで少しだけ笑い声が聞こえ、『ごめん、セス。心配かけちゃって』という声が返ってきた。
セスからしてみれば、マックスには訊きたいことが山ほどあったが、いざそういう状況になると何から訊いていいかわからず、混乱した。
「よかったよ、とにかく。具合がよくなって」
そんな間が抜けた台詞を吐いている自分が嫌になるほどだ。
『ところでセス、今一人? 周りには誰もいない?』
だが、マックスの声が慎重になるのを感じて、セスもようやく頭が回り始めた。
セスは、再度周囲を見回す。
「ああ。マックス、俺は事件を外された。君の事件からも、その前の事件からも全て」
『知ってるよ。さっき俺の友人に捜査本部まで電話をかけてもらったら、そう教えられたんだ。だから今直接俺がセスに電話することができてる』
そんなマックスの台詞に、セスはそこに何かが隠されていることを敏感に感じ取った。しかもマックスが昨日今日で回復した訳ではなく、もうずっと前から精神を病んではいないことを悟った。
そして捜査を外されたセスだからこそ、電話をしてくるだけの理由がマックス側に発生したことも。
「何かあったんだな。今の状況を続けていられない理由が」
セスの察しのよさに、マックスも驚いたようだった。
だが、マックスはすぐに『さすがセスだね』と言った。
『セスにもずっと謝らなくては、と思ってた。君の上司には悪いけど、俺はずっと偽ってきたんだ。心を病んで言葉を失った人間のふりをしていた。それはレイチェルもすでに知ってるし、俺の元同僚の医師も知っている。そうする時間が俺には必要だった。自分の中で事件を整理する時間が』
そういうマックスの気持ちは、セスも理解できた。
病院で傷だらけのマックスを見た時、彼を襲った事件の傷の深さと惨さを痛感した。彼が心を閉ざしてしまったと聞いた時も、それは当然だろうと思った。
「そんなことはいいさ。君が無事だったんなら、それで」
セスは本心を言った。
マックスが警察に対して偽った態度を示したことはいけないことだが、自分にはそれを責めることはできない。
自分がもしその立場だとしても、きっと自分はそんな態度をとったかもしれない、と思っていた。 ── 頭の中にハドソンのことを思い浮かべると。
「それで、どうしたんだ。そんな状況で俺に電話をかけてくるなんて、よっぽど差し迫っているんだろう」
マックスが正直に事の事情を説明したとあっては、彼も手詰まっていることは容易に想像できた。
なぜなら、自分も警察組織の一員であり、彼が抵抗をしてしている組織の一員に他ならないからだ。
それにもかかわらず、マックスがコンタクトを取ってきたことを考えると、彼が自分を心の底から信頼している証拠にも思えたし、そんなマックスを痛々しくも感じた。
受話器の向こうから聞こえるマックスの声はしっかりしていたが、セスにはそれが逆に気を張っているせいのような気がして、たまらなくなった。
『主治医の精神科医が、気づき始めたんだ』
「君の芝居に?」
『そう・・・。恐らくね。彼は天下一の名医じゃないが、誠実な男でね。きっと本当のことを知ってしまえば、彼は黙っていられないだろう。黙っているようにお願いする方法もあるけど、もうこれ以上俺のことで危険な秘密を抱える人間を増やしたくない。今度のことで、沢山の人が傷ついている。そして不幸な選択を下した人間だっている。そんなのは、耐えられないんだ』
セスは、マックスがどういう人間かよく知っていた。
彼の方こそ、誠実で良き心の持ち主であることを。
そしてなぜか、頭の中にレイチェルの姿を思い浮かべた。
病院の廊下で見たレイチェルの笑顔。セスに手を振りながら「さよなら」と言った寂しげな声。
「・・・俺に何ができるんだい、マックス。捜査から外された俺に、一体何が・・・」
『相談にのってもらいたいんだ。近いうちに俺は、警察の調書に応じなければならないだろう。その前に、セスに話しておきたいんだ。いろいろなことを。正直に言うけど、これは俺にとって大きな賭だ。セスにこうして電話をすることがね。それはわかってくれる?』
「ああ。・・・ああ、もちろんさ」
それは痛いほどわかった。本当に痛いほど。
『明日か明後日、時間がとれたら夜に病院に来てもらいたい。夜は見張りの目も緩むから。俺の元同僚が手引きする。都合が悪かったら、そいつに電話して。マイク・モーガン医師だ。彼への直通電話は・・・』
セスは、言われた番号を手近な紙にメモりながら、「明日必ず行くよ」と答え、電話を切った。
セスは、受話器を置いた手にびっしょりと汗をかいていることに気がついた。
初めて爆弾処理の仕事をした時以来のことだと、少し自分が恥ずかしくなった。
── ヤツは、自分の身の回りにいた。そしてその歪んだ目で、じっと自分を見つめていたのだ。昔のように。
マックスが運び込まれた病院で、レイチェルから見せられた写真。
まがまがしい執着の数々が叩きつけられた文章。
その字はジェイクの字とは似ていなかったが、ウォレスはそこに紛れもない『彼』の臭いを感じた。
どうしてそんなものを感じたのかは、わからない。
先日ティム・ローレンスに「ジェイクの噂話を聞いていたからそう感じるんだ」と言われても、昔からこういった類の『勘』は外れたことがなかった。
常に自分は、その『勘』によって助けられ、生き延びてきたのだ。
生死に近い仕事に深く関わっていくにしたがって、不思議とそういう感覚は鋭くなっていくものだ。
アレクシスが同業者と遭遇することは稀だったが、過去に二、三度、その手の男達と出会った時、皆似たようなことを話していた。「時々自分は、神に生かされているように感じる時がある」と。
皮肉めいた言葉だったが、それはあたらずも遠からずと言っていい。
人間、生死ギリギリの場面に遭遇すると、知識や思考といったものを超越した感覚の差で生死が決まることがある。
人はそれを『霊感』とも『超能力』ともいうが、そんな陳腐な言葉で表すにしろ、そういった感覚は現にあるとウォレスは思っていた。
実際、それに助けられたことも多々あるのだ。
そんな感覚が感じられないヤツはさっさと死んでいき、感覚に鋭くなっていくヤツほど、生き延びることができる。
人の生死なんて、単純なものだ。死に対する意味は、後からついてくる。どんな時も。
写真を見せられた時、ウォレスは全身に鳥肌が立った。
理屈ではなかった。
木枯らしが吹き荒れる中、チーズを買って帰ったあの日。── そう、鉄のドアの前で感じた、あの感覚。
写真に映っている字も書かれている内容も、およそジェイクとはかけ離れていた。断片的にしか見ることができなかったが、およそ稚拙で滑稽な妄想。
ウォレスがマフィアか何かの組織のボスで、あれを書いた本人・・・今回の爆弾事件の真犯人が、ウォレスを守る一番の部下だという。
最初は、自分の腕試しの為にトレント橋を爆破し、次は自分のボスの娘を卑劣な手で消そうとした男を闇に葬った。そしてその次は、ボスの気を惑わせる『女』を始末すると・・・。
濃い金髪にグリーンアイズ。美しい顔をした悪魔だと、憎しみのこもった字で書かれてあった。
それを見た時、ウォレスはそこにはっきりと、ジェイクから感じたことのある同じ臭いを嗅ぎ取ったのだ。
日記に書かれた爆弾の製法と合わさって、思い返せば返すほど、ジェイクの姿が目の前に浮かび上がった。
いつだってジェイクは、アレクシスから“奪って”いった。
小学校の同級生、学校の先生、近所の雑貨屋の娘。可愛がっていた野良犬、姉の飼っていた小鳥でさえ。
アレクシスが興味を示そうものなら、ジェイクは先回りをしてそれを阻んだ。
アレクシスが気づいた時には、彼がこれから愛し始めようとしたものすべて、彼の前から姿を消していた。
幼い頃は、それがジェイクの仕業だと気づきもしなかったのだ。
ジェイクは、喪失感に傷ついたアレクシスを親身になって慰めてくれた。「大丈夫、俺がいるじゃないか」と頭を優しく撫でてくれた。
ジェイクはいつも、アレクシスのためにといろいろ気を使ってくれた。
いつも一緒にいようと、ジェイクの仲間の集まりにも連れていってもらった。
ジェイクは村の若者の間でカリスマ的な人気がある男だったから、そんな彼がお隣の幼馴染という理由だけで特別扱いしてもらえることが、アレクシスは嬉しかった。
仲の良かった女の子が、明くる日から手のひらを返したようによそよそしい態度をとっても、放課後ジェイクと一緒にいるとそんな悲しみも忘れた。
ジェイクが教えてくれる世界は、同年代の少年達が決して知ることのできない、選ばれた者だけの世界だったからだ。
自分達の手で、世の中を変える。祖国を解放する。
素晴らしい理想だった。
そしてその理想を口先だけじゃなく、実行に移していることが、何より凄いと思った。
── 変な女にうつつを抜かすより、祖国の為に人を一人殺した方がずっと有意義だ。
ジェイクはそう教えてくれた。
その考えは間違っていないと、ずっと信じてきた。
それなのに。
ある日、自分は気づいてしまった。
それがとんでもない間違いだったということに。
それだけでなく、今まで自分の身の回りから、次々と愛すべきものが消えていくのは、単なる偶然ではなかったことに。
それを教えてくれたのは、ジェイクの妹リーナだった。
アレクシスより一つ年上で、まるで天使のように美しい髪を持つ女性だった。
彼女は、祖国を愛し家族を愛し、何より彼女の兄を心から愛する、情に深い人だった。
彼女は、その溢れ出る愛情をアレクシスにも与えてくれた。
そして自分の兄が間違った道にアレクシスを誘導していることを知ると、彼女はそれを阻んだ。
リーナは、本当の意味で正義の人だった。
しかしそのリーナさえも、ジェイクは自分の前から奪ってしまった。
自分が愛したものを、ことごとく奪っていったジェイク。
そして今もまた、愛するものを奪われようとしている・・・。
ジェイクは確かに、この街にいる。
噂などではなく、確かにこの街の片隅に。
証拠は何もない。
だがウォレスには、確信があった。
自分の身体に染みついた、この感覚。
間違いない。
ジェイクが、そうし向けているに違いないのだ。
「選択肢は、“俺”を選ぶしか残されていないんだよ」と理解させるために。
先日締め上げた板金屋のコールは、「最近接触してきたのは、オドオドしていて気弱そうな若い男だった」と話した。
まるで誰かからのお使いの品を買い求めるように、汚い字で書いたメモを読みながら注文してきたという。
おそらくその若い男は、ジェイクに利用されている人物に違いない。
ジェイクの話に毒されて、あんな日記を書いたのかも。
どちらにしろ、ジェイクが裏にいることは違いない。
これが最後のチャンスだと、ウォレスの中のもう一人の男・・・アレクシスは思った。
ジェイクと自分の間の鎖を切る最後のチャンス。
そこの先にあるのが例え『死』であっても。
差し違えてもジェイクをあの世に葬ってやる。
ジェイク自らが教育した、俺自身の手で。
一瞬夢を見ているのではないかと思ったほどだ。
その動揺した様子を見たテイラーが、セスの向かいに腰をかけて「何だ」と言わんばかりに顔を顰めてみせる。
「待って、待ってくれ。とにかく」
セスは、誰に向かって言っているかわからない表現をしたが、結果的には自分に対して一番効果を発揮したらしい。
セスは一度大きく息を吐き出すと、テイラーに席を外してもらいたいと断りを入れた。テイラーは如何にも不機嫌な表情をして見せたが、結局は何も言わず爆弾処理班のオフィスを出て行ってくれた。
セスはそれを確認した後、再び耳に受話器を押しつけた。
「マックス? 本当にマックスか?」
誰かに騙されているのではないかと思いつつ、セスはそう声をかけた。
受話器の向こうで少しだけ笑い声が聞こえ、『ごめん、セス。心配かけちゃって』という声が返ってきた。
セスからしてみれば、マックスには訊きたいことが山ほどあったが、いざそういう状況になると何から訊いていいかわからず、混乱した。
「よかったよ、とにかく。具合がよくなって」
そんな間が抜けた台詞を吐いている自分が嫌になるほどだ。
『ところでセス、今一人? 周りには誰もいない?』
だが、マックスの声が慎重になるのを感じて、セスもようやく頭が回り始めた。
セスは、再度周囲を見回す。
「ああ。マックス、俺は事件を外された。君の事件からも、その前の事件からも全て」
『知ってるよ。さっき俺の友人に捜査本部まで電話をかけてもらったら、そう教えられたんだ。だから今直接俺がセスに電話することができてる』
そんなマックスの台詞に、セスはそこに何かが隠されていることを敏感に感じ取った。しかもマックスが昨日今日で回復した訳ではなく、もうずっと前から精神を病んではいないことを悟った。
そして捜査を外されたセスだからこそ、電話をしてくるだけの理由がマックス側に発生したことも。
「何かあったんだな。今の状況を続けていられない理由が」
セスの察しのよさに、マックスも驚いたようだった。
だが、マックスはすぐに『さすがセスだね』と言った。
『セスにもずっと謝らなくては、と思ってた。君の上司には悪いけど、俺はずっと偽ってきたんだ。心を病んで言葉を失った人間のふりをしていた。それはレイチェルもすでに知ってるし、俺の元同僚の医師も知っている。そうする時間が俺には必要だった。自分の中で事件を整理する時間が』
そういうマックスの気持ちは、セスも理解できた。
病院で傷だらけのマックスを見た時、彼を襲った事件の傷の深さと惨さを痛感した。彼が心を閉ざしてしまったと聞いた時も、それは当然だろうと思った。
「そんなことはいいさ。君が無事だったんなら、それで」
セスは本心を言った。
マックスが警察に対して偽った態度を示したことはいけないことだが、自分にはそれを責めることはできない。
自分がもしその立場だとしても、きっと自分はそんな態度をとったかもしれない、と思っていた。 ── 頭の中にハドソンのことを思い浮かべると。
「それで、どうしたんだ。そんな状況で俺に電話をかけてくるなんて、よっぽど差し迫っているんだろう」
マックスが正直に事の事情を説明したとあっては、彼も手詰まっていることは容易に想像できた。
なぜなら、自分も警察組織の一員であり、彼が抵抗をしてしている組織の一員に他ならないからだ。
それにもかかわらず、マックスがコンタクトを取ってきたことを考えると、彼が自分を心の底から信頼している証拠にも思えたし、そんなマックスを痛々しくも感じた。
受話器の向こうから聞こえるマックスの声はしっかりしていたが、セスにはそれが逆に気を張っているせいのような気がして、たまらなくなった。
『主治医の精神科医が、気づき始めたんだ』
「君の芝居に?」
『そう・・・。恐らくね。彼は天下一の名医じゃないが、誠実な男でね。きっと本当のことを知ってしまえば、彼は黙っていられないだろう。黙っているようにお願いする方法もあるけど、もうこれ以上俺のことで危険な秘密を抱える人間を増やしたくない。今度のことで、沢山の人が傷ついている。そして不幸な選択を下した人間だっている。そんなのは、耐えられないんだ』
セスは、マックスがどういう人間かよく知っていた。
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そしてなぜか、頭の中にレイチェルの姿を思い浮かべた。
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「・・・俺に何ができるんだい、マックス。捜査から外された俺に、一体何が・・・」
『相談にのってもらいたいんだ。近いうちに俺は、警察の調書に応じなければならないだろう。その前に、セスに話しておきたいんだ。いろいろなことを。正直に言うけど、これは俺にとって大きな賭だ。セスにこうして電話をすることがね。それはわかってくれる?』
「ああ。・・・ああ、もちろんさ」
それは痛いほどわかった。本当に痛いほど。
『明日か明後日、時間がとれたら夜に病院に来てもらいたい。夜は見張りの目も緩むから。俺の元同僚が手引きする。都合が悪かったら、そいつに電話して。マイク・モーガン医師だ。彼への直通電話は・・・』
セスは、言われた番号を手近な紙にメモりながら、「明日必ず行くよ」と答え、電話を切った。
セスは、受話器を置いた手にびっしょりと汗をかいていることに気がついた。
初めて爆弾処理の仕事をした時以来のことだと、少し自分が恥ずかしくなった。
── ヤツは、自分の身の回りにいた。そしてその歪んだ目で、じっと自分を見つめていたのだ。昔のように。
マックスが運び込まれた病院で、レイチェルから見せられた写真。
まがまがしい執着の数々が叩きつけられた文章。
その字はジェイクの字とは似ていなかったが、ウォレスはそこに紛れもない『彼』の臭いを感じた。
どうしてそんなものを感じたのかは、わからない。
先日ティム・ローレンスに「ジェイクの噂話を聞いていたからそう感じるんだ」と言われても、昔からこういった類の『勘』は外れたことがなかった。
常に自分は、その『勘』によって助けられ、生き延びてきたのだ。
生死に近い仕事に深く関わっていくにしたがって、不思議とそういう感覚は鋭くなっていくものだ。
アレクシスが同業者と遭遇することは稀だったが、過去に二、三度、その手の男達と出会った時、皆似たようなことを話していた。「時々自分は、神に生かされているように感じる時がある」と。
皮肉めいた言葉だったが、それはあたらずも遠からずと言っていい。
人間、生死ギリギリの場面に遭遇すると、知識や思考といったものを超越した感覚の差で生死が決まることがある。
人はそれを『霊感』とも『超能力』ともいうが、そんな陳腐な言葉で表すにしろ、そういった感覚は現にあるとウォレスは思っていた。
実際、それに助けられたことも多々あるのだ。
そんな感覚が感じられないヤツはさっさと死んでいき、感覚に鋭くなっていくヤツほど、生き延びることができる。
人の生死なんて、単純なものだ。死に対する意味は、後からついてくる。どんな時も。
写真を見せられた時、ウォレスは全身に鳥肌が立った。
理屈ではなかった。
木枯らしが吹き荒れる中、チーズを買って帰ったあの日。── そう、鉄のドアの前で感じた、あの感覚。
写真に映っている字も書かれている内容も、およそジェイクとはかけ離れていた。断片的にしか見ることができなかったが、およそ稚拙で滑稽な妄想。
ウォレスがマフィアか何かの組織のボスで、あれを書いた本人・・・今回の爆弾事件の真犯人が、ウォレスを守る一番の部下だという。
最初は、自分の腕試しの為にトレント橋を爆破し、次は自分のボスの娘を卑劣な手で消そうとした男を闇に葬った。そしてその次は、ボスの気を惑わせる『女』を始末すると・・・。
濃い金髪にグリーンアイズ。美しい顔をした悪魔だと、憎しみのこもった字で書かれてあった。
それを見た時、ウォレスはそこにはっきりと、ジェイクから感じたことのある同じ臭いを嗅ぎ取ったのだ。
日記に書かれた爆弾の製法と合わさって、思い返せば返すほど、ジェイクの姿が目の前に浮かび上がった。
いつだってジェイクは、アレクシスから“奪って”いった。
小学校の同級生、学校の先生、近所の雑貨屋の娘。可愛がっていた野良犬、姉の飼っていた小鳥でさえ。
アレクシスが興味を示そうものなら、ジェイクは先回りをしてそれを阻んだ。
アレクシスが気づいた時には、彼がこれから愛し始めようとしたものすべて、彼の前から姿を消していた。
幼い頃は、それがジェイクの仕業だと気づきもしなかったのだ。
ジェイクは、喪失感に傷ついたアレクシスを親身になって慰めてくれた。「大丈夫、俺がいるじゃないか」と頭を優しく撫でてくれた。
ジェイクはいつも、アレクシスのためにといろいろ気を使ってくれた。
いつも一緒にいようと、ジェイクの仲間の集まりにも連れていってもらった。
ジェイクは村の若者の間でカリスマ的な人気がある男だったから、そんな彼がお隣の幼馴染という理由だけで特別扱いしてもらえることが、アレクシスは嬉しかった。
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ジェイクが教えてくれる世界は、同年代の少年達が決して知ることのできない、選ばれた者だけの世界だったからだ。
自分達の手で、世の中を変える。祖国を解放する。
素晴らしい理想だった。
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ジェイクはそう教えてくれた。
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ある日、自分は気づいてしまった。
それがとんでもない間違いだったということに。
それだけでなく、今まで自分の身の回りから、次々と愛すべきものが消えていくのは、単なる偶然ではなかったことに。
それを教えてくれたのは、ジェイクの妹リーナだった。
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彼女は、その溢れ出る愛情をアレクシスにも与えてくれた。
そして自分の兄が間違った道にアレクシスを誘導していることを知ると、彼女はそれを阻んだ。
リーナは、本当の意味で正義の人だった。
しかしそのリーナさえも、ジェイクは自分の前から奪ってしまった。
自分が愛したものを、ことごとく奪っていったジェイク。
そして今もまた、愛するものを奪われようとしている・・・。
ジェイクは確かに、この街にいる。
噂などではなく、確かにこの街の片隅に。
証拠は何もない。
だがウォレスには、確信があった。
自分の身体に染みついた、この感覚。
間違いない。
ジェイクが、そうし向けているに違いないのだ。
「選択肢は、“俺”を選ぶしか残されていないんだよ」と理解させるために。
先日締め上げた板金屋のコールは、「最近接触してきたのは、オドオドしていて気弱そうな若い男だった」と話した。
まるで誰かからのお使いの品を買い求めるように、汚い字で書いたメモを読みながら注文してきたという。
おそらくその若い男は、ジェイクに利用されている人物に違いない。
ジェイクの話に毒されて、あんな日記を書いたのかも。
どちらにしろ、ジェイクが裏にいることは違いない。
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