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act.83
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マックスのため、ひいてはウォレスのために口裏を併せて欲しいとベルナルド・ミラーズに話を持ち込んだのは、マックスが思った通り、セス・ピーターズだった。
マックスから本当の事情を聞いたセスは、その日の晩病院を出た足でそのままベルナルドに連絡を取ることにした。
夜といってもまだ早い時間だったし、連絡先もわからなかったので、セスは直接ミラーズ社に向かった。
思った通り、会社にだけはいまだ警備の者が配属されており、そのおかげでセスは警察関係者として既にクローズされていた会社に入ることができた。
会社はすでに終業していたが、受付にはまだ警備員が詰めていた。
吹き抜けのエントランスホールを見上げると、ガラス越しに各部署の明かりがクリーム色の空間を照らし出しており、未だ多くの社員が社内に残っていることが窺えた。
セスが、マックスとジム・ウォレス氏のことで社長にお会いしたいと警備員に申し出ると、警備員は「ローズ先生の容態はどうですか?」と切羽詰まった様子で訊いてくる。
「大丈夫ですよ、安心して」とセスが答え、マックスとは親しい友達で今さっきも面会に行っていたところだと告げると、警備員は人なつっこい笑顔を浮かべ、「社長秘書のカーターさんがまだ残っているから」とつないでくれた。
まもなく、カーターがエントランスホールに降りてきた。小柄だが美しく聡明なイメージにある女性だった。
彼女もまた、余裕のない様子でマックスの容態を訊き、セスが同じように答えると心底ほっとした表情を浮かべた。「連日の大げさな報道で、少なからず我が社の社員達は、心配しているのです」と彼女は苦笑いした。
この一連の性急な応対は、会社を挙げてこの事件の成り行きを、固唾を飲んで見つめていることが窺えた。
社員の誰もが、マックスがこのような目にあったことに心を痛めており、犯人に対して恐怖よりもまず怒りの感情を持っていたのである。
セスは改めて、マックスがこの会社になくてはならない存在になっていることを痛感した。 ── いや、今のマックスにはそう思わせるような力がある。
ずっと以前からマックスのことを知っているが、最近の・・・つまりマックスが新しい会社に就職してから、彼は明らかに変わった。より魅力的になり、人間的にも深みが出てきた。目を離せずにおれないような光を放っている。
セスはそれが、ジム・ウォレスの影響であることを知った。
ともすれば、自分がレイチェルを想う感情より大きな気持ちで、マックスがウォレスのことを想っていることを・・・。
マックスの言葉と瞳に、セスは心を動かされた。
彼の一言一言が、切実だった。
── 彼の力になりたい・・・。きっとそのことが、事件解決にも繋がるはずだ。
警察官としての使命と人間としてのプライドが、セスを突き動かした。
セスが“例の”筋書きを考えるまで、さほど時間はかからなかった。
マックスの病室を後にして、レイチェルと抱擁を交わし、今後の段取りを彼女と決めた。この事件が終わったら、結婚しようと約束をしながら・・・。
── 愛する人を失う痛みなら、たやすく想像できる。俺だってそんなもの、耐えられるはずがない。
レイチェルが自分との別れを考えていたことが、何より衝撃的だった。
そうなって初めて、彼女との関係の大切さを痛感した。こんなことで、彼女を失いたくなかった。
だからこそ、今回のことで自分達は力を合わせ、マックスと彼の愛する人を助けるべきだとセスは思った。
考えた筋書きを確かなものにするためには、外堀から埋めていかねばならない。もっともらしい証言者の存在が不可欠だった。
マーク・ミゲルの方へ協力を依頼するのは、レイチェルに任せた。
レイチェルの方が彼と面識があったし、事情もわかっている。
忙しく全土を飛び回っている彼がすぐに捕まるかどうか不安だったが、「マックスの名前を出せば、すぐに連絡が返ってくるわよ」とレイチェルは自信ありげだった。事実、そうなった訳だが。
ミラーズ社を訪れたセスを快く迎えてくれたカーターに、セスは差し障りのないところまで事情を説明すると、ことの成り行きを察してくれた彼女は、ミラーズの自宅にセスを案内してくれた。直接会った方がいいと彼女が判断してくれたためだった。事態は、セスが思っている以上にうまく進んでいる。
ベルナルドはその時、幸運にも自宅にいた。
そして二つ返事でセスを招き入れてくれた。
セスは、ベルナルドの自宅に警備の者がいないことに気が付いた。
警備担当のエドワーズ刑事のせいか、はたまた総指揮を取っているハドソン刑事の抜かりか。
セスは、自身が警察の一員でありながら、このことが“自分達”の考えた筋書きに真実みを加えてくれると内心喜んだ。不謹慎な話だが、マックスの家の警備がついていなかったことよりも、ミラーズ社の重要な人物らに警備をつけていなかったことの方が、警察の落ち度を表現するにはインパクトが強いからだ。セスの筋書きに、よりリアルな説得力がつけられる。
内心そんなことを考えていたセスが通されたのは、普段外部からの客が案内される豪華絢爛で広大なリビングではなく、シンプルな壁紙やフローリングが施されたベルナルドのプライベートルームだった。会社の規模からすると、随分と質素な部屋である。
その部屋は、暖炉の柔らかな明かりに包まれた素朴な部屋で、さほど広くはない。
部屋の真ん中には、年代物のオリーブグリーンの布が張られたソファーセットが並べられ、決して華美ではないマロンブラウンのラグが敷かれてある。壁にはフライフィッシングの毛針やルアーが飾られたボードがかけられてあり、細長くて華奢な釣り竿が柱のコーナーに立てかけてある。ボードの前に置かれたマホガニー製の古びたデスクには、使い込まれた道具達が並べられていた。その傍らには、オフホワイトのぽってりとした陶器のマグカップが置かれてある。そこからは、ココアの甘い湯気が立ち上っていた。
全米でも10本の指に入るといわれる大富豪の彼は、この牧歌的な部屋で趣味の毛針作りを楽しみながら、ささやかなくつろぎの一時を過ごすのだろう。セスは、そんな部屋の主に親近感を覚えた。
ベルナルドは、セスをソファーに座らせ、メイドがコーヒーを出してきた後、人払いをした。
ベルナルドは、セスが来た理由をもう既に察知しているようだった。
セスは、警備の手薄さをベルナルドに詫びながらも、自分の立場が警察とマックスの間にあって複雑である事情を話した。
ベルナルドはウォレスの身の上も知っているとのことから、彼には包み隠さず正直に話した。
ベルナルドは頷きながら話に聞き入り、「実は私も、今回のことに酷く心を痛めている人間のひとりでね」と話し始めた。
ベルナルドは、今回の件で事態を打開するために何か動き始めたいと、彼自身思い始めているところだったと語った。だがそれをするにも、自分はあまりにも目立ちすぎるので、どうしようかと考えあぐねていたことも。
ベルナルドは、全面的にセス・・・ひいてはマックスのことをバックアップしたいと言ってくれた。自分が力を及ぼせる範囲でのことなら、いくらでも尽力をすると。
一通り話をし終わると、ベルナルドは「君に紹介したい人がいる」と言ってインターフォンを手に取った。
セスが怪訝そうにしていると、ベルナルドは「今度の報道で、一番心を痛めているのが彼女なんだ。マックスが本当に無事であることを君から聞かせてやってほしい」と言った。
やがて部屋に現れたのは、淡いスカイブルーの瞳をした美しい少女だった。
顎のラインで切りそろえられたプラチナブロンドが印象的な少女は、不安げな色を目に浮かべていた。
「ジムの娘のシンシアだ。今ここに身を寄せている。警察の警備がいないのは確かだが、それを除いてもここは一番安全だと思うからね」
ベルナルドのきついブラックジョークに苦笑しながら、セスは立ち上がり、シンシアと握手した。セスが持ち前の人なつっこい笑顔を浮かべると、セスの身長の高さに圧倒されていた彼女も、少し笑顔を浮かべてくれた。
「今、巷で報道されているようなことは嘘なんだ。マックスは元気でぴんぴんしてる。君のお父さんの安全を守るために、彼は話ができないように装うしかなかったんだ。だから安心して」
セスは、彼女の父親の秘密を伏せたまま話をした。ベルナルドから、彼女は父親の身の上を知らずに育ってきたと教えられていたからだ。
悲しげな瞳をしたその少女は、それでも何かを悟っているような成熟した表情を浮かべた。今の苦しみが、彼女を成長させているのだとセスは感じた。
シンシアは心から安心したように微笑むと、「よかった・・・。マックスが元気で・・・」と溜息をついて、「おじさまのココアちょうだい!」とまるで祖父にじゃれつくようにベルナルドのカップからココアを啜った。
「これ行儀の悪い・・・。新しく持ってこさせよう」
そういうベルナルドも、目を細めてシンシアを見つめた。
ジム・ウォレスはこのことを知っていたからこそ、自分の娘をベルナルドに託したのだとセスは思った。
晴れて自由の身になったマックスは、精神病棟から一般の病棟に移った。
だがともすると病院の中まで侵入してこようとするマスコミの連中を避けるためにも、一般病棟でも一番奥のVIP用個室に移された。
自分が昔働いていた職場で、よもやこういう扱いを受けるとは思ってもみなかったことで、何だかソワソワしてしまうマックスだったが、この広い個室は部屋を出ずともリハビリが続けられる設備が整っていたので、正直ありがたかった。
この頃には身体の怪我も大分良くなり、杖をつけば一人で歩けるところまで回復していた。
これも、厳しくも優しいケリーのリハビリのおかげだったし、ハート家のメイド・ステラの心のこもった健康増強食のおかげである。
マックスの回復の早さには、マイクでさえ目を見張るものがあった。「愛する者がいると、人間強くなる」とか冗談を言いながら、マックスをちゃかした。
マックスは、この憎めない友人医師に感謝し、そして欺くことになった精神科医ビクシーにも謝罪した。
ビクシーは複雑そうな表情を浮かべていたが、「商売柄、そういう風に芝居をする人間によく出くわすが、君のが一番迫真の演技だったよ」と肩を竦め、笑顔を浮かべた。
マックスが昔ここで共に働いていたからこそ、病院の人達は彼の芝居を許してくれたのである。
マックスが、この病院に運び込まれたのは全くの偶然だったが、それが幸をそうした結果だった。
その日の午後。
新しく移った個室に、セスが顔を見せた。
「なかなかヒヤヒヤしたろ? ハドソンには」
ウインクする友人に、マックスは軽くパンチをお見舞いする。
「ホント、死ぬかと思ったよ」
二人で笑いあった。
セスは、ベルナルドとミゲルに協力してもらったことをマックスに報告した。特にベルナルドは、力強い助けとなるだろうとセスが言うと、マックスは感慨深げに少し涙を浮かべ、頷いて見せた。
「それで・・・、これからのことなんだが・・・」
セスが口を開く。
「一応俺は、君とハドソンの中継ぎをしたということで近々捜査本部に復帰できそうなんだ。つまり、手柄を立てたということさ。 ── 本当につまらないことだと思うが、もしそうなるとなかなか単独で身動きが取れなくなる。今は、わりと自由な時間が調整できているが、いつそれができなくなるとも限らない。だから、君の考えに添って動くために、もう一人助っ人を構えたいんだ。ある意味、ウォレスさんの裏事情についてなら、彼の方がスペシャリストだと言える。彼はイギリスの大使館員で、今回の一件で元IRAのテロリストを追っている最中なんだ。ひょっとしたら、君の言う『幼かったジムをテロという道に引きずり込んだ人物』とやらのこともわかるかもしれない。だから君に紹介したいんだが、どうだろう」
セスの言葉に、マックスは不安さを感じた。
── これ以上、ジムの過去を知る人間が増えるのは、果たしていいことなのだろうか。ましてやIRAの事情に精通している、そして追っているともなると、ジムの過去を知られるのはまずいのでは・・・。
「確かに、君が不安に思うのはわかる」
マックスの浮かない表情を察して、セスがマックスの手を握る。
「だが、この事件を早期に解決するには、彼の協力が必要だと俺は信じている。残念ながら、ハドソンにはそのことがわかっていない。現在彼は、捜査本部と反目した状態にある。だから好都合なんだ」
「でも・・・それでジムのことが・・・」
「彼のことについては、俺が守る。腹を割って話をすれば、わかってくれるはずだ。彼が追っているのは、ミスター・ウォレスとは全く違う人物だし、もしこれが彼の追っている一件にいい結果をもたらすのであれば、喜ぶだろう。彼の捜査も、行き詰まっているんだ。そのことに賭けよう」
目には見えないが、確実に事件が動き始めている気配をマックスはひしひしと感じた。
── いい方向に進めばいいんだが・・・・。
マックスは思わず、神に願いをかけた。
マックスから本当の事情を聞いたセスは、その日の晩病院を出た足でそのままベルナルドに連絡を取ることにした。
夜といってもまだ早い時間だったし、連絡先もわからなかったので、セスは直接ミラーズ社に向かった。
思った通り、会社にだけはいまだ警備の者が配属されており、そのおかげでセスは警察関係者として既にクローズされていた会社に入ることができた。
会社はすでに終業していたが、受付にはまだ警備員が詰めていた。
吹き抜けのエントランスホールを見上げると、ガラス越しに各部署の明かりがクリーム色の空間を照らし出しており、未だ多くの社員が社内に残っていることが窺えた。
セスが、マックスとジム・ウォレス氏のことで社長にお会いしたいと警備員に申し出ると、警備員は「ローズ先生の容態はどうですか?」と切羽詰まった様子で訊いてくる。
「大丈夫ですよ、安心して」とセスが答え、マックスとは親しい友達で今さっきも面会に行っていたところだと告げると、警備員は人なつっこい笑顔を浮かべ、「社長秘書のカーターさんがまだ残っているから」とつないでくれた。
まもなく、カーターがエントランスホールに降りてきた。小柄だが美しく聡明なイメージにある女性だった。
彼女もまた、余裕のない様子でマックスの容態を訊き、セスが同じように答えると心底ほっとした表情を浮かべた。「連日の大げさな報道で、少なからず我が社の社員達は、心配しているのです」と彼女は苦笑いした。
この一連の性急な応対は、会社を挙げてこの事件の成り行きを、固唾を飲んで見つめていることが窺えた。
社員の誰もが、マックスがこのような目にあったことに心を痛めており、犯人に対して恐怖よりもまず怒りの感情を持っていたのである。
セスは改めて、マックスがこの会社になくてはならない存在になっていることを痛感した。 ── いや、今のマックスにはそう思わせるような力がある。
ずっと以前からマックスのことを知っているが、最近の・・・つまりマックスが新しい会社に就職してから、彼は明らかに変わった。より魅力的になり、人間的にも深みが出てきた。目を離せずにおれないような光を放っている。
セスはそれが、ジム・ウォレスの影響であることを知った。
ともすれば、自分がレイチェルを想う感情より大きな気持ちで、マックスがウォレスのことを想っていることを・・・。
マックスの言葉と瞳に、セスは心を動かされた。
彼の一言一言が、切実だった。
── 彼の力になりたい・・・。きっとそのことが、事件解決にも繋がるはずだ。
警察官としての使命と人間としてのプライドが、セスを突き動かした。
セスが“例の”筋書きを考えるまで、さほど時間はかからなかった。
マックスの病室を後にして、レイチェルと抱擁を交わし、今後の段取りを彼女と決めた。この事件が終わったら、結婚しようと約束をしながら・・・。
── 愛する人を失う痛みなら、たやすく想像できる。俺だってそんなもの、耐えられるはずがない。
レイチェルが自分との別れを考えていたことが、何より衝撃的だった。
そうなって初めて、彼女との関係の大切さを痛感した。こんなことで、彼女を失いたくなかった。
だからこそ、今回のことで自分達は力を合わせ、マックスと彼の愛する人を助けるべきだとセスは思った。
考えた筋書きを確かなものにするためには、外堀から埋めていかねばならない。もっともらしい証言者の存在が不可欠だった。
マーク・ミゲルの方へ協力を依頼するのは、レイチェルに任せた。
レイチェルの方が彼と面識があったし、事情もわかっている。
忙しく全土を飛び回っている彼がすぐに捕まるかどうか不安だったが、「マックスの名前を出せば、すぐに連絡が返ってくるわよ」とレイチェルは自信ありげだった。事実、そうなった訳だが。
ミラーズ社を訪れたセスを快く迎えてくれたカーターに、セスは差し障りのないところまで事情を説明すると、ことの成り行きを察してくれた彼女は、ミラーズの自宅にセスを案内してくれた。直接会った方がいいと彼女が判断してくれたためだった。事態は、セスが思っている以上にうまく進んでいる。
ベルナルドはその時、幸運にも自宅にいた。
そして二つ返事でセスを招き入れてくれた。
セスは、ベルナルドの自宅に警備の者がいないことに気が付いた。
警備担当のエドワーズ刑事のせいか、はたまた総指揮を取っているハドソン刑事の抜かりか。
セスは、自身が警察の一員でありながら、このことが“自分達”の考えた筋書きに真実みを加えてくれると内心喜んだ。不謹慎な話だが、マックスの家の警備がついていなかったことよりも、ミラーズ社の重要な人物らに警備をつけていなかったことの方が、警察の落ち度を表現するにはインパクトが強いからだ。セスの筋書きに、よりリアルな説得力がつけられる。
内心そんなことを考えていたセスが通されたのは、普段外部からの客が案内される豪華絢爛で広大なリビングではなく、シンプルな壁紙やフローリングが施されたベルナルドのプライベートルームだった。会社の規模からすると、随分と質素な部屋である。
その部屋は、暖炉の柔らかな明かりに包まれた素朴な部屋で、さほど広くはない。
部屋の真ん中には、年代物のオリーブグリーンの布が張られたソファーセットが並べられ、決して華美ではないマロンブラウンのラグが敷かれてある。壁にはフライフィッシングの毛針やルアーが飾られたボードがかけられてあり、細長くて華奢な釣り竿が柱のコーナーに立てかけてある。ボードの前に置かれたマホガニー製の古びたデスクには、使い込まれた道具達が並べられていた。その傍らには、オフホワイトのぽってりとした陶器のマグカップが置かれてある。そこからは、ココアの甘い湯気が立ち上っていた。
全米でも10本の指に入るといわれる大富豪の彼は、この牧歌的な部屋で趣味の毛針作りを楽しみながら、ささやかなくつろぎの一時を過ごすのだろう。セスは、そんな部屋の主に親近感を覚えた。
ベルナルドは、セスをソファーに座らせ、メイドがコーヒーを出してきた後、人払いをした。
ベルナルドは、セスが来た理由をもう既に察知しているようだった。
セスは、警備の手薄さをベルナルドに詫びながらも、自分の立場が警察とマックスの間にあって複雑である事情を話した。
ベルナルドはウォレスの身の上も知っているとのことから、彼には包み隠さず正直に話した。
ベルナルドは頷きながら話に聞き入り、「実は私も、今回のことに酷く心を痛めている人間のひとりでね」と話し始めた。
ベルナルドは、今回の件で事態を打開するために何か動き始めたいと、彼自身思い始めているところだったと語った。だがそれをするにも、自分はあまりにも目立ちすぎるので、どうしようかと考えあぐねていたことも。
ベルナルドは、全面的にセス・・・ひいてはマックスのことをバックアップしたいと言ってくれた。自分が力を及ぼせる範囲でのことなら、いくらでも尽力をすると。
一通り話をし終わると、ベルナルドは「君に紹介したい人がいる」と言ってインターフォンを手に取った。
セスが怪訝そうにしていると、ベルナルドは「今度の報道で、一番心を痛めているのが彼女なんだ。マックスが本当に無事であることを君から聞かせてやってほしい」と言った。
やがて部屋に現れたのは、淡いスカイブルーの瞳をした美しい少女だった。
顎のラインで切りそろえられたプラチナブロンドが印象的な少女は、不安げな色を目に浮かべていた。
「ジムの娘のシンシアだ。今ここに身を寄せている。警察の警備がいないのは確かだが、それを除いてもここは一番安全だと思うからね」
ベルナルドのきついブラックジョークに苦笑しながら、セスは立ち上がり、シンシアと握手した。セスが持ち前の人なつっこい笑顔を浮かべると、セスの身長の高さに圧倒されていた彼女も、少し笑顔を浮かべてくれた。
「今、巷で報道されているようなことは嘘なんだ。マックスは元気でぴんぴんしてる。君のお父さんの安全を守るために、彼は話ができないように装うしかなかったんだ。だから安心して」
セスは、彼女の父親の秘密を伏せたまま話をした。ベルナルドから、彼女は父親の身の上を知らずに育ってきたと教えられていたからだ。
悲しげな瞳をしたその少女は、それでも何かを悟っているような成熟した表情を浮かべた。今の苦しみが、彼女を成長させているのだとセスは感じた。
シンシアは心から安心したように微笑むと、「よかった・・・。マックスが元気で・・・」と溜息をついて、「おじさまのココアちょうだい!」とまるで祖父にじゃれつくようにベルナルドのカップからココアを啜った。
「これ行儀の悪い・・・。新しく持ってこさせよう」
そういうベルナルドも、目を細めてシンシアを見つめた。
ジム・ウォレスはこのことを知っていたからこそ、自分の娘をベルナルドに託したのだとセスは思った。
晴れて自由の身になったマックスは、精神病棟から一般の病棟に移った。
だがともすると病院の中まで侵入してこようとするマスコミの連中を避けるためにも、一般病棟でも一番奥のVIP用個室に移された。
自分が昔働いていた職場で、よもやこういう扱いを受けるとは思ってもみなかったことで、何だかソワソワしてしまうマックスだったが、この広い個室は部屋を出ずともリハビリが続けられる設備が整っていたので、正直ありがたかった。
この頃には身体の怪我も大分良くなり、杖をつけば一人で歩けるところまで回復していた。
これも、厳しくも優しいケリーのリハビリのおかげだったし、ハート家のメイド・ステラの心のこもった健康増強食のおかげである。
マックスの回復の早さには、マイクでさえ目を見張るものがあった。「愛する者がいると、人間強くなる」とか冗談を言いながら、マックスをちゃかした。
マックスは、この憎めない友人医師に感謝し、そして欺くことになった精神科医ビクシーにも謝罪した。
ビクシーは複雑そうな表情を浮かべていたが、「商売柄、そういう風に芝居をする人間によく出くわすが、君のが一番迫真の演技だったよ」と肩を竦め、笑顔を浮かべた。
マックスが昔ここで共に働いていたからこそ、病院の人達は彼の芝居を許してくれたのである。
マックスが、この病院に運び込まれたのは全くの偶然だったが、それが幸をそうした結果だった。
その日の午後。
新しく移った個室に、セスが顔を見せた。
「なかなかヒヤヒヤしたろ? ハドソンには」
ウインクする友人に、マックスは軽くパンチをお見舞いする。
「ホント、死ぬかと思ったよ」
二人で笑いあった。
セスは、ベルナルドとミゲルに協力してもらったことをマックスに報告した。特にベルナルドは、力強い助けとなるだろうとセスが言うと、マックスは感慨深げに少し涙を浮かべ、頷いて見せた。
「それで・・・、これからのことなんだが・・・」
セスが口を開く。
「一応俺は、君とハドソンの中継ぎをしたということで近々捜査本部に復帰できそうなんだ。つまり、手柄を立てたということさ。 ── 本当につまらないことだと思うが、もしそうなるとなかなか単独で身動きが取れなくなる。今は、わりと自由な時間が調整できているが、いつそれができなくなるとも限らない。だから、君の考えに添って動くために、もう一人助っ人を構えたいんだ。ある意味、ウォレスさんの裏事情についてなら、彼の方がスペシャリストだと言える。彼はイギリスの大使館員で、今回の一件で元IRAのテロリストを追っている最中なんだ。ひょっとしたら、君の言う『幼かったジムをテロという道に引きずり込んだ人物』とやらのこともわかるかもしれない。だから君に紹介したいんだが、どうだろう」
セスの言葉に、マックスは不安さを感じた。
── これ以上、ジムの過去を知る人間が増えるのは、果たしていいことなのだろうか。ましてやIRAの事情に精通している、そして追っているともなると、ジムの過去を知られるのはまずいのでは・・・。
「確かに、君が不安に思うのはわかる」
マックスの浮かない表情を察して、セスがマックスの手を握る。
「だが、この事件を早期に解決するには、彼の協力が必要だと俺は信じている。残念ながら、ハドソンにはそのことがわかっていない。現在彼は、捜査本部と反目した状態にある。だから好都合なんだ」
「でも・・・それでジムのことが・・・」
「彼のことについては、俺が守る。腹を割って話をすれば、わかってくれるはずだ。彼が追っているのは、ミスター・ウォレスとは全く違う人物だし、もしこれが彼の追っている一件にいい結果をもたらすのであれば、喜ぶだろう。彼の捜査も、行き詰まっているんだ。そのことに賭けよう」
目には見えないが、確実に事件が動き始めている気配をマックスはひしひしと感じた。
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