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act.86
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ランチで込み合う老舗のイタリアンレストランに、黒ずくめのスーツ姿が姿を現した。
セスが一番奥の席から手を挙げると、男は颯爽とした足取りでやってくる。
その硬い足取りは、男の几帳面さをよく表しているようだ。この雑多な店の雰囲気とは全くそぐわない。
だがセスは、頑固だが誠実なこのイギリス人を気に入っていた。もっともC署内でそんなことを思うのは、セスだけだが。
「待たせたようだな。すまない」
テイラーがセスの向かいの席に座ろうとする。
セスは、手をテイラーの前に翳してそれを止めた。
セスが、店の主人らしき恰幅のいい髭面の男に目配せをする。男は、セス達を奥の部屋に案内した。厨房の後ろの通路を通り、店主の私室に通される。
「昼飯はいつものメニューでいいな、セス」
「ああ、頼むよ」
親しげな会話が交わされ、店主は出ていった。
テイラーは店主のデスクを横に眺めながら、チープなスプリングの応接セットのソファーに腰を下ろした。
「ここ、俺のおじさんが経営するレストラン。この街一安全なところだよ」
冗談とも本気とも取れない口調でセスが言う。
だがテイラーは、セスの面立ちを見て何となく納得した。セスには、確かにイタリアン系の血が混じっているようだ。
「それにしても、よく抜けられてきたな」
テイラーが自分の傍らに置いた黒のブリーフケースを開こうとしながらそう言うと、セスは再びテイラーの動きを止めた。どうやら、食事が運ばれてくるまでは、関係資料を出すなということらしい。
「抜け出す理由は幾らだってあるさ。同僚を煙に巻くことだってお茶の子さいさい」
セスはのんびりとした口調だったが、それが事実であることはすぐにわかった。
セス・ピーターズという男は、爆弾処理班という警察官の中でも特殊で専門的な職に就いている割に、その辺の刑事より刑事らしいことをする。
爆弾処理の仕事に就く者にそういう資質が備わっているものなのか、彼が特別なのか。非常に冷静で慎重、そして時に大胆。爆弾処理だけの仕事をさせるのはもったいない人材だ。
しかしC市警のお偉方は、そんなことにも気づいていない。 ── もっとも、セス本人がわざとそれを署内で隠しているのかもしれないが。
そうこうしているうちに、ランチメニューが運ばれてきた。
大降りのトレイの上に、ピザ・マルガリータが二切れとショートパスタ、それに茹で野菜。その他には、トマトとビーンズのスープに豪快に盛られたカットフルーツが添えられている。なかなかのボリュームだ。
「う~、やっと本物の飯にありつける」
毎日署内でデリバリーの冷めたピザかチャイニーズを食べているセスに取っては、湯気の立ち上るランチプレートはたまらなく魅力的に見えるらしい。
テイラーはといえば、むせ返るようなトマトの香りに少々閉口した。テイラーはトマトがあまり得意でない。
「食べないの? 奢るよ?」
ピザを頬張る目の前の男に弱みを見せたくなくて、テイラーは彼がするのと同じように、猛然とピザを口に突っ込んだ。
あっという間にプレートを空っぽにし煙草を吹かすセスに、遅れて何とか食事をし終わったテイラーは、紙ナプキンで手と口元を拭いながら・・・いかにもイギリス出身のホワイトカラーの青年がしそうな仕草だ・・・、ブリーフケースを開けた。
「それで、マックスの様子はどうだい?」
セスがそう訊く。
最近では、テイラーの方がマックスに会っている時間が多い。
セスが肩を竦めて言う。
「今日もハドソンから、睨まれたよ。最近、あのイギリス野郎がマックスの病院を訪れているらしいが、何か心当たりはないかってね」
セスは、テイラーをマックスに引き合わせた張本人だが、建前上はセスが捜査本部に復帰した時点でテイラーとの交流は絶ったということになっている。
テイラーは、不機嫌そうに顔を顰めた。
「私が彼の元を訪れているのはあくまで見舞いだ。見張りの警官達も、その先は詮索できないさ。事実本当にお見舞いに行っているしかないのだから」
テイラーがそう言うと、セスがソファーの背もたれから身を起こした。
「マックス、具合悪いのか」
テイラーは複雑な表情を浮かべた。
「本人は大丈夫だと言っているが、どうかな・・・」
マックスのPTSD発症の引き金を図らずも引いてしまうことになったテイラーとしては、何とも苦々しいことだ。
「もし本当にジェイク・ニールソンが関わっているとして、その捜査結果を彼に知らせるのが彼のためになるのか・・・私にはわからない」
マックスがこのまま捜査協力を断ったとしても、テイラーはもちろん捜査を続けるつもりでいた。ようやく掴んだ有力な情報だ。逃す手はない。
だが気分的には、あの美しい翡翠色をした瞳の青年を傷つけたくなかった。
できれば彼の合意に上で捜査を進めたかったし、謎多きアレクシス・コナーズの傍にいた彼の協力が得られるのなら、それにこしたことはなかった。
だが、本国に対して詳しい資料を照会するに従って、これ以上この事件に彼を巻き込むのは、彼のためにならないような気がしてきたのだ。
その一番の理由を、彼はセスの前に差し出した。
それは黄色い封筒に詰め込まれた書類だった。
セスがいぶかしげに書類を取り出す。
「君は知っていたのか。彼のご両親のことを」
「え? マックスが幼い時に亡くなっていることはレイチェルから聞いているが、それが・・・」
セスは、そう言いながら書類に目を落とした。
書類の中に、古びた家族写真が添えられている。マックスとよく似た顔つきの美しい女性が赤ん坊を抱き、その女性の肩をロイドメガネのスマートな紳士が優しく抱いている。
「これ・・・マックスの?」
セスが写真に目を落としたまま訊くと、テイラーは「ああ、そうだ」と答えた。
セスは眉間に皺を寄せる。
── なぜ、マックスの両親の資料がテイラーの手元にあるんだ・・・?
しかしその疑問の答えは、手の中の書類にあった。
被害者リスト・ナンバー105
アレン・ローズ。サリー大学英語学研究所勤務、32歳。
マーガレット・ローズ。27歳。
1976年、イギリス・ギルフォード市内の高級レストラン・ガーネットにてIRAテロ活動の一部と見られる爆破事件で死亡。
アレンとマーガレットの身元調査書の上に、『死亡』という赤い判子が押されていた。
封筒に一緒に入れられているのは、レストラン爆破事件の詳細報告であり、この穏やかで幸せそうな若い夫婦は、結婚記念の特別な日を祝う場所としてあの高級レストランを選んだ。そして二度と家族の元に生きて戻ることはなかった。彼らは、非道な爆弾テロの巻き添えになったのだ。
資料の最後には、彼らのひとり息子マックス・ローズが、母方の叔母に引き取られたことが記されてあった。つまり、レイチェルの母親パトリシア・ハートにだ。
セスは、我知らず呼吸を振るわせながら、テイラーを見上げた。
「まさか、この事件に・・・」
セスの心に嫌なものが拡がる。だが、テイラーがすぐにそれを否定した。
「実際はどうかわからないが、その事件にニールソンの一味が関与している記録はない。ま、これが不幸中の幸いとでも言うのか・・・。いや、そういうのは不謹慎だな。ローズ君のご両親が非道なテロ犯の犠牲になっているのは事実なんだから。ローズ君のあの取り乱しようは尋常じゃなかったし、それに彼の話す言葉には、少しだがイギリス訛りがあった。まさかと思って本部に問い合わせてみたら、やはり彼に関するレコードが出てきたんだ。彼は、ご両親を爆弾事件で失ったばかりか、今回は自分までもその標的になってしまったのだよ。この事実はあまりにも辛すぎる」
セスは思わず唸り声を上げた。
マックスを翻弄する運命を、セスは呪った。
テイラーは、セスの手元から煙草を奪うと、苛立ったようにプカプカとそれを吹かした。セスが目を丸くする。
「禁煙したんじゃなかったっけ?」
「煙草を吸わずにいられるか。禁煙なんてもうやめだ」
テイラーは、まるで自分に不幸が降りかかったかのように苛立ちを露わにした。
そして彼らしからぬアメリカナイズされた酷い悪態をついて、自分の指で煙草の火を揉み消したのだった。
レイチェルは、職場に復帰することにした。
マックスが順調に回復していることもあり、セスが仕掛けた例の件のお陰で、警察から疑いの目を向けられることがなくなったからだ。
そしてもっと重要なのは、レイチェルの手元に残った『鍵』のことがあった。
今、その鍵はセスが持っている。
警察の目を逃れるためには、重要な証拠品である鍵を彼らの手に渡さねばならなかった。だがセスの予想通り、その鍵は証拠品が収められる倉庫の棚に並べられただけで、そこから出されることはなかった。
今までの捜査方針をいきなりひっくり返す訳にはいかず、捜査本部はいまだ不信人物の身元調査つぶしに当たっており、鍵のことまで気を回す捜査員がいなかったことと、現在世論の影響に押されて、捜査のスポットが当てられている事件はマックスの事件となっていたせいだ。
だがセスもレイチェルも、一番重要だと思っていたのはケヴィンの事件だった。
なぜなら、ケヴィン・ドースンこそが唯一犯人を知り得た男だったからだ。
レイチェルにとっても、マックスの事件を含めケヴィンの事件が一番思い入れ深い。ひょっとすれば自分が彼を救えるチャンスがあったかもしれなかったのだ。
── もう少しケヴィンの行動に気をつけていれば。ああなる前に、彼の暴走をくい止めることができていれば・・・。
悔やめば切りがない。
そして新聞社には、事件の糸口になるかもしれないものが眠っている可能性だってある。
新聞社には、いまだケヴィンのデスクとロッカーが残されていた。
その中のものは一通り警察の連中が調べていった後があったが、殆どのものは私物として元通り返ってきていた。
ケヴィンの同僚は、彼に敬意を表して、この事件が解決するまでは彼のデスクとロッカーをそのままにしておくことを決めていた。
レイチェルが編集室に姿を見せると、女性記者のリサが涙を浮かべてレイチェルを迎えた。しっかりと抱き合う。
「よかった・・・。元気そうよ、あなた。少し痩せたみたいだけど」
見事な白髪のベテラン記者リサは、まるで品のいい母親のような微笑みを浮かべた。レイチェルも笑顔を浮かべる。
「随分みんなに迷惑をかけたわ。こんなに休んでしまって」
「確かに、君がいないと豪勢な写真で紙面を飾れないから、編集長が機嫌悪くって」
レイチェルの後輩カメラマン・フェリーや他の連中も、編集室にいる者皆がレイチェルを温かく迎えてくれた。
一番最後に、顰め面の編集長が現れる。
「編集長、すみません。ご迷惑をおかけしました」
「うん。・・・なぁおい、さっき、フェリーが言ったこと、誤解するなよ。俺はそれほどお前の写真は・・・」
「何言ってるの。この際素直に認めたら」
再び返ってきたレイチェルの毒舌に、編集長はオーバーに肩を竦めて見せた。皆が和やかな笑い声を上げる。
「ねぇ、ところでデビットいない? ちょっと聞きたいことがあるのよ」
レイチェルは、ケヴィンと同期の記者デビット・ファーガソンを目で探した。
熊のようなのっそりとした姿が見えない。
「彼は今取材に行ってるわ。もう30分したら戻ってくると思うけど」
「そう・・・」
じゃ仕方ない、それまでケヴィンのロッカーの中を見てみるか。
レイチェルがロッカールームに姿を消そうとした時、編集長がレイチェルを呼び止めた。
「ところで・・・お前の従弟の独占取材を・・・」
レイチェルが振り返って、じっとりと編集長を睨み付ける。
「わかった! わかったよ!!」
編集長は、降参の白旗を上げるように、両手を上げたのだった。
ジェイクは、自分が今まで残してきた軌跡を消していく作業に追われていた。
時には人を土の下に埋めることもあったが、埋めるところを吟味しているせいか、犯罪が露見することはなかった。
街中は今やジェイコブの起こした爆弾事件で戦々恐々としており、誰も気にかけない様な人間が一人や二人消えたからといって、気にする余裕はないらしい。
証拠を全て消し終わったら、最後にジェイコブを消して街を出るつもりでいた。
何人かを埋めたことにより、少ないながらも現金を手に入れることに成功していた。その金額は、余所の街に移動する資金と少しの間働かずとも暮らしていけるぐらいの金額だった。
自分は逃亡者だ。それにしては、まずまずの資金調達ができた。そうと決まれば、この街に居る必要もない。もっと人口の多い街に移った方がいいだろう。
そこでジェイクは、はっとした。
履歴書。
新聞社の配送係にとして働くために、無理にその場撮影された身分証明書用の写真がまだあの事務所の引き出しの中にあるはずだ。
── しまった。俺としたことが。すっかり抜けていた。この甘ったるい国に来てからというもの、俺もどこか腑抜けになってしまったらしい。緊張感が緩む時が一番危険なんだ。
そんなことは百も承知だった。
だから、時にはあの頃のように、どこかに忍び込んでみるのもいいだろう。
ジェイクは、すぐさまいとも簡単に新聞社に潜り込んだ。
潜り込んだといっても、元々つい数週間前まで働いていた会社だ。何食わぬ顔をして人通りの多い時間帯に正面玄関から入った。誰にも止められない。
写真はすぐに手に入った。元々隙だらけの事務所なのは先刻承知だ。
── さぁ、一階に戻ってまた表玄関から出るとするか・・・。
そう思いつつ引き返したジェイクの耳に、聞き覚えのある名前が飛び込んできた。
「ドースンの使ってた情報屋?」
長身の男と小柄な女が廊下の柱の陰で立ち話をしていた。
『ドースン』と聞いてジェイクは立ち止まり、段ボールの積まれた廊下の陰に身を潜める。
ドースンとは、自分が爆弾を足に巻き付けて吹き飛ばしてやった男の名前だ。
荷物の陰から彼ら二人の姿を時折しか窺うことはできなかったが、どちらもその身なりからして編集部の者だろう。
「何でも屋のラリーやテッド・マコーミックとか、ケヴィンの手帳に書いてあった情報屋は全て当たったの。でもあの事件の前、彼らはケヴィンと接触してなかった。だから、別のルートがあると思って。デビットは、ケヴィンと同じ情報屋をよく使ってたでしょ。何か知らない?」
特徴のある女の声だ。甲高く鋭い声。長身の男の陰から、肩口で切り揃えられた癖のない栗色の髪が見える。
ジェイクは、いつか廊下でぶつかった女のことを思い出した。
現像液のツンとする臭いを漂わせていた女は、本当に素晴らしい写真を手に持っていた。まるで、母国のジェイクがよく親しんだ血と惨劇が映し出された写真。
こんな田舎にある新聞社のカメラマンにしておくのはもったいない。彼女が戦場に行けば、もっといい写真が撮れるだろう。
ジェイクは、相手が女であることを考量に入れながらも、彼女の仕事を心の中で賛美した。本当にあれはいい写真だったのだ。ジェイクの中の血を奮い立たせてくれた。
デビットと呼ばれた長身の男が、唸り声を上げる。
「実はなぁ・・・。俺とケヴィンが共通して使っていた情報屋には、既に確認したんだよ。俺も気になってさぁ。皆、さっき君が言ったのと同じ状態だった。ケヴィンは本気で何かを調べてたんだ。あいつのことだ、ピューリッツア賞を狙うとかなんとか、浮かれてたんだろう。馬鹿なやつだ・・・」
デビットがスンと鼻を鳴らす。
「そうなの・・・」
女が落胆した声を上げた。男が、「君も怪しいと思っているんだね」と続ける。
「アイツは、犯人に近づき過ぎたんだ。そうなんだな」
少しの間沈黙が流れる。
二人の表情は見えない。
「ケヴィンは、独自で調べたようなネタはいつも、自宅ではないどこか他の場所によく隠していたの。毎回用心深く、場所を変えて。今回もそうだと思う。彼の荷物の中から、見慣れない鍵が出てきたから」
── なんだって?
ジェイクは思わず聞き返しそうになった。
── アイツが、証拠を隠す部屋を自宅の他に構えていただって?
ジェイクにとっては、驚愕の事実だった。
まさかあの馬鹿記者が、そんな芸当をしているとは思えなかった。
── なんてことだ。
ジェイクは、猛烈に苛立った。
── その部屋の中のものを消し去らない限り、痕跡を消したことにはならないじゃないか。またやっかいな仕事が増えてしまった・・・。
ジェイクはとにかく自分を落ち着かせ、「・・・そういや、一度だけヤツの幼馴染とか言う“ファットマン”に会ったことがあるよ・・・」と話しを続ける二人の様子に、注意深く耳を傾けたのだった。
マックスは、迷いの日々を送っていた。
あの日ミゲルに言われたことは、マックスの心を底から激しく揺さぶった。
マイクにそのことを相談すると、マイクはミゲルの提案に賛成をした。
確かにマックスにとって危険といえるこの街を離れるのは、マックスにとっていいことだと考えたのだろう。ただし、ウォレスのことについては、マイクは何も答えを与えてはくれなかった。彼にとっても返事するには些か難しい問題である。
マイクは、マックスがどういう人間なのか十分過ぎるほどわかっている。だからこそ、ウォレスの件について、今のマックスに何かを言うのは酷なことだと彼は判断したのだった。
マックスは思った。
まっすぐな自分の気持ちを消し去りたくはない。彼を今の状況から救い出したい・・・。
── だが、その思い自体が、彼に対して大きな負担になっているのだとしたら?
そのことをマックスの目前につきつけたのは、ミゲルだった。
── 自分は、どうすればいい・・・。
順調に回復していく身体とは裏腹に、頭の中だけは鉛のように重たく、同じところをぐるぐると回った。
── 答えなんて、出せない。
そう思っていた矢先、意外な人物がマックスの病室を訊ねて来た。
ゆっくりとした動作で病室のドアをノックして入って来たその人人物を見て、マックスは驚きを隠すことができなかった。
「あなたは・・・・」
そう呟いたマックスの視線の先には、優しげな笑顔があった・・・。
セスが一番奥の席から手を挙げると、男は颯爽とした足取りでやってくる。
その硬い足取りは、男の几帳面さをよく表しているようだ。この雑多な店の雰囲気とは全くそぐわない。
だがセスは、頑固だが誠実なこのイギリス人を気に入っていた。もっともC署内でそんなことを思うのは、セスだけだが。
「待たせたようだな。すまない」
テイラーがセスの向かいの席に座ろうとする。
セスは、手をテイラーの前に翳してそれを止めた。
セスが、店の主人らしき恰幅のいい髭面の男に目配せをする。男は、セス達を奥の部屋に案内した。厨房の後ろの通路を通り、店主の私室に通される。
「昼飯はいつものメニューでいいな、セス」
「ああ、頼むよ」
親しげな会話が交わされ、店主は出ていった。
テイラーは店主のデスクを横に眺めながら、チープなスプリングの応接セットのソファーに腰を下ろした。
「ここ、俺のおじさんが経営するレストラン。この街一安全なところだよ」
冗談とも本気とも取れない口調でセスが言う。
だがテイラーは、セスの面立ちを見て何となく納得した。セスには、確かにイタリアン系の血が混じっているようだ。
「それにしても、よく抜けられてきたな」
テイラーが自分の傍らに置いた黒のブリーフケースを開こうとしながらそう言うと、セスは再びテイラーの動きを止めた。どうやら、食事が運ばれてくるまでは、関係資料を出すなということらしい。
「抜け出す理由は幾らだってあるさ。同僚を煙に巻くことだってお茶の子さいさい」
セスはのんびりとした口調だったが、それが事実であることはすぐにわかった。
セス・ピーターズという男は、爆弾処理班という警察官の中でも特殊で専門的な職に就いている割に、その辺の刑事より刑事らしいことをする。
爆弾処理の仕事に就く者にそういう資質が備わっているものなのか、彼が特別なのか。非常に冷静で慎重、そして時に大胆。爆弾処理だけの仕事をさせるのはもったいない人材だ。
しかしC市警のお偉方は、そんなことにも気づいていない。 ── もっとも、セス本人がわざとそれを署内で隠しているのかもしれないが。
そうこうしているうちに、ランチメニューが運ばれてきた。
大降りのトレイの上に、ピザ・マルガリータが二切れとショートパスタ、それに茹で野菜。その他には、トマトとビーンズのスープに豪快に盛られたカットフルーツが添えられている。なかなかのボリュームだ。
「う~、やっと本物の飯にありつける」
毎日署内でデリバリーの冷めたピザかチャイニーズを食べているセスに取っては、湯気の立ち上るランチプレートはたまらなく魅力的に見えるらしい。
テイラーはといえば、むせ返るようなトマトの香りに少々閉口した。テイラーはトマトがあまり得意でない。
「食べないの? 奢るよ?」
ピザを頬張る目の前の男に弱みを見せたくなくて、テイラーは彼がするのと同じように、猛然とピザを口に突っ込んだ。
あっという間にプレートを空っぽにし煙草を吹かすセスに、遅れて何とか食事をし終わったテイラーは、紙ナプキンで手と口元を拭いながら・・・いかにもイギリス出身のホワイトカラーの青年がしそうな仕草だ・・・、ブリーフケースを開けた。
「それで、マックスの様子はどうだい?」
セスがそう訊く。
最近では、テイラーの方がマックスに会っている時間が多い。
セスが肩を竦めて言う。
「今日もハドソンから、睨まれたよ。最近、あのイギリス野郎がマックスの病院を訪れているらしいが、何か心当たりはないかってね」
セスは、テイラーをマックスに引き合わせた張本人だが、建前上はセスが捜査本部に復帰した時点でテイラーとの交流は絶ったということになっている。
テイラーは、不機嫌そうに顔を顰めた。
「私が彼の元を訪れているのはあくまで見舞いだ。見張りの警官達も、その先は詮索できないさ。事実本当にお見舞いに行っているしかないのだから」
テイラーがそう言うと、セスがソファーの背もたれから身を起こした。
「マックス、具合悪いのか」
テイラーは複雑な表情を浮かべた。
「本人は大丈夫だと言っているが、どうかな・・・」
マックスのPTSD発症の引き金を図らずも引いてしまうことになったテイラーとしては、何とも苦々しいことだ。
「もし本当にジェイク・ニールソンが関わっているとして、その捜査結果を彼に知らせるのが彼のためになるのか・・・私にはわからない」
マックスがこのまま捜査協力を断ったとしても、テイラーはもちろん捜査を続けるつもりでいた。ようやく掴んだ有力な情報だ。逃す手はない。
だが気分的には、あの美しい翡翠色をした瞳の青年を傷つけたくなかった。
できれば彼の合意に上で捜査を進めたかったし、謎多きアレクシス・コナーズの傍にいた彼の協力が得られるのなら、それにこしたことはなかった。
だが、本国に対して詳しい資料を照会するに従って、これ以上この事件に彼を巻き込むのは、彼のためにならないような気がしてきたのだ。
その一番の理由を、彼はセスの前に差し出した。
それは黄色い封筒に詰め込まれた書類だった。
セスがいぶかしげに書類を取り出す。
「君は知っていたのか。彼のご両親のことを」
「え? マックスが幼い時に亡くなっていることはレイチェルから聞いているが、それが・・・」
セスは、そう言いながら書類に目を落とした。
書類の中に、古びた家族写真が添えられている。マックスとよく似た顔つきの美しい女性が赤ん坊を抱き、その女性の肩をロイドメガネのスマートな紳士が優しく抱いている。
「これ・・・マックスの?」
セスが写真に目を落としたまま訊くと、テイラーは「ああ、そうだ」と答えた。
セスは眉間に皺を寄せる。
── なぜ、マックスの両親の資料がテイラーの手元にあるんだ・・・?
しかしその疑問の答えは、手の中の書類にあった。
被害者リスト・ナンバー105
アレン・ローズ。サリー大学英語学研究所勤務、32歳。
マーガレット・ローズ。27歳。
1976年、イギリス・ギルフォード市内の高級レストラン・ガーネットにてIRAテロ活動の一部と見られる爆破事件で死亡。
アレンとマーガレットの身元調査書の上に、『死亡』という赤い判子が押されていた。
封筒に一緒に入れられているのは、レストラン爆破事件の詳細報告であり、この穏やかで幸せそうな若い夫婦は、結婚記念の特別な日を祝う場所としてあの高級レストランを選んだ。そして二度と家族の元に生きて戻ることはなかった。彼らは、非道な爆弾テロの巻き添えになったのだ。
資料の最後には、彼らのひとり息子マックス・ローズが、母方の叔母に引き取られたことが記されてあった。つまり、レイチェルの母親パトリシア・ハートにだ。
セスは、我知らず呼吸を振るわせながら、テイラーを見上げた。
「まさか、この事件に・・・」
セスの心に嫌なものが拡がる。だが、テイラーがすぐにそれを否定した。
「実際はどうかわからないが、その事件にニールソンの一味が関与している記録はない。ま、これが不幸中の幸いとでも言うのか・・・。いや、そういうのは不謹慎だな。ローズ君のご両親が非道なテロ犯の犠牲になっているのは事実なんだから。ローズ君のあの取り乱しようは尋常じゃなかったし、それに彼の話す言葉には、少しだがイギリス訛りがあった。まさかと思って本部に問い合わせてみたら、やはり彼に関するレコードが出てきたんだ。彼は、ご両親を爆弾事件で失ったばかりか、今回は自分までもその標的になってしまったのだよ。この事実はあまりにも辛すぎる」
セスは思わず唸り声を上げた。
マックスを翻弄する運命を、セスは呪った。
テイラーは、セスの手元から煙草を奪うと、苛立ったようにプカプカとそれを吹かした。セスが目を丸くする。
「禁煙したんじゃなかったっけ?」
「煙草を吸わずにいられるか。禁煙なんてもうやめだ」
テイラーは、まるで自分に不幸が降りかかったかのように苛立ちを露わにした。
そして彼らしからぬアメリカナイズされた酷い悪態をついて、自分の指で煙草の火を揉み消したのだった。
レイチェルは、職場に復帰することにした。
マックスが順調に回復していることもあり、セスが仕掛けた例の件のお陰で、警察から疑いの目を向けられることがなくなったからだ。
そしてもっと重要なのは、レイチェルの手元に残った『鍵』のことがあった。
今、その鍵はセスが持っている。
警察の目を逃れるためには、重要な証拠品である鍵を彼らの手に渡さねばならなかった。だがセスの予想通り、その鍵は証拠品が収められる倉庫の棚に並べられただけで、そこから出されることはなかった。
今までの捜査方針をいきなりひっくり返す訳にはいかず、捜査本部はいまだ不信人物の身元調査つぶしに当たっており、鍵のことまで気を回す捜査員がいなかったことと、現在世論の影響に押されて、捜査のスポットが当てられている事件はマックスの事件となっていたせいだ。
だがセスもレイチェルも、一番重要だと思っていたのはケヴィンの事件だった。
なぜなら、ケヴィン・ドースンこそが唯一犯人を知り得た男だったからだ。
レイチェルにとっても、マックスの事件を含めケヴィンの事件が一番思い入れ深い。ひょっとすれば自分が彼を救えるチャンスがあったかもしれなかったのだ。
── もう少しケヴィンの行動に気をつけていれば。ああなる前に、彼の暴走をくい止めることができていれば・・・。
悔やめば切りがない。
そして新聞社には、事件の糸口になるかもしれないものが眠っている可能性だってある。
新聞社には、いまだケヴィンのデスクとロッカーが残されていた。
その中のものは一通り警察の連中が調べていった後があったが、殆どのものは私物として元通り返ってきていた。
ケヴィンの同僚は、彼に敬意を表して、この事件が解決するまでは彼のデスクとロッカーをそのままにしておくことを決めていた。
レイチェルが編集室に姿を見せると、女性記者のリサが涙を浮かべてレイチェルを迎えた。しっかりと抱き合う。
「よかった・・・。元気そうよ、あなた。少し痩せたみたいだけど」
見事な白髪のベテラン記者リサは、まるで品のいい母親のような微笑みを浮かべた。レイチェルも笑顔を浮かべる。
「随分みんなに迷惑をかけたわ。こんなに休んでしまって」
「確かに、君がいないと豪勢な写真で紙面を飾れないから、編集長が機嫌悪くって」
レイチェルの後輩カメラマン・フェリーや他の連中も、編集室にいる者皆がレイチェルを温かく迎えてくれた。
一番最後に、顰め面の編集長が現れる。
「編集長、すみません。ご迷惑をおかけしました」
「うん。・・・なぁおい、さっき、フェリーが言ったこと、誤解するなよ。俺はそれほどお前の写真は・・・」
「何言ってるの。この際素直に認めたら」
再び返ってきたレイチェルの毒舌に、編集長はオーバーに肩を竦めて見せた。皆が和やかな笑い声を上げる。
「ねぇ、ところでデビットいない? ちょっと聞きたいことがあるのよ」
レイチェルは、ケヴィンと同期の記者デビット・ファーガソンを目で探した。
熊のようなのっそりとした姿が見えない。
「彼は今取材に行ってるわ。もう30分したら戻ってくると思うけど」
「そう・・・」
じゃ仕方ない、それまでケヴィンのロッカーの中を見てみるか。
レイチェルがロッカールームに姿を消そうとした時、編集長がレイチェルを呼び止めた。
「ところで・・・お前の従弟の独占取材を・・・」
レイチェルが振り返って、じっとりと編集長を睨み付ける。
「わかった! わかったよ!!」
編集長は、降参の白旗を上げるように、両手を上げたのだった。
ジェイクは、自分が今まで残してきた軌跡を消していく作業に追われていた。
時には人を土の下に埋めることもあったが、埋めるところを吟味しているせいか、犯罪が露見することはなかった。
街中は今やジェイコブの起こした爆弾事件で戦々恐々としており、誰も気にかけない様な人間が一人や二人消えたからといって、気にする余裕はないらしい。
証拠を全て消し終わったら、最後にジェイコブを消して街を出るつもりでいた。
何人かを埋めたことにより、少ないながらも現金を手に入れることに成功していた。その金額は、余所の街に移動する資金と少しの間働かずとも暮らしていけるぐらいの金額だった。
自分は逃亡者だ。それにしては、まずまずの資金調達ができた。そうと決まれば、この街に居る必要もない。もっと人口の多い街に移った方がいいだろう。
そこでジェイクは、はっとした。
履歴書。
新聞社の配送係にとして働くために、無理にその場撮影された身分証明書用の写真がまだあの事務所の引き出しの中にあるはずだ。
── しまった。俺としたことが。すっかり抜けていた。この甘ったるい国に来てからというもの、俺もどこか腑抜けになってしまったらしい。緊張感が緩む時が一番危険なんだ。
そんなことは百も承知だった。
だから、時にはあの頃のように、どこかに忍び込んでみるのもいいだろう。
ジェイクは、すぐさまいとも簡単に新聞社に潜り込んだ。
潜り込んだといっても、元々つい数週間前まで働いていた会社だ。何食わぬ顔をして人通りの多い時間帯に正面玄関から入った。誰にも止められない。
写真はすぐに手に入った。元々隙だらけの事務所なのは先刻承知だ。
── さぁ、一階に戻ってまた表玄関から出るとするか・・・。
そう思いつつ引き返したジェイクの耳に、聞き覚えのある名前が飛び込んできた。
「ドースンの使ってた情報屋?」
長身の男と小柄な女が廊下の柱の陰で立ち話をしていた。
『ドースン』と聞いてジェイクは立ち止まり、段ボールの積まれた廊下の陰に身を潜める。
ドースンとは、自分が爆弾を足に巻き付けて吹き飛ばしてやった男の名前だ。
荷物の陰から彼ら二人の姿を時折しか窺うことはできなかったが、どちらもその身なりからして編集部の者だろう。
「何でも屋のラリーやテッド・マコーミックとか、ケヴィンの手帳に書いてあった情報屋は全て当たったの。でもあの事件の前、彼らはケヴィンと接触してなかった。だから、別のルートがあると思って。デビットは、ケヴィンと同じ情報屋をよく使ってたでしょ。何か知らない?」
特徴のある女の声だ。甲高く鋭い声。長身の男の陰から、肩口で切り揃えられた癖のない栗色の髪が見える。
ジェイクは、いつか廊下でぶつかった女のことを思い出した。
現像液のツンとする臭いを漂わせていた女は、本当に素晴らしい写真を手に持っていた。まるで、母国のジェイクがよく親しんだ血と惨劇が映し出された写真。
こんな田舎にある新聞社のカメラマンにしておくのはもったいない。彼女が戦場に行けば、もっといい写真が撮れるだろう。
ジェイクは、相手が女であることを考量に入れながらも、彼女の仕事を心の中で賛美した。本当にあれはいい写真だったのだ。ジェイクの中の血を奮い立たせてくれた。
デビットと呼ばれた長身の男が、唸り声を上げる。
「実はなぁ・・・。俺とケヴィンが共通して使っていた情報屋には、既に確認したんだよ。俺も気になってさぁ。皆、さっき君が言ったのと同じ状態だった。ケヴィンは本気で何かを調べてたんだ。あいつのことだ、ピューリッツア賞を狙うとかなんとか、浮かれてたんだろう。馬鹿なやつだ・・・」
デビットがスンと鼻を鳴らす。
「そうなの・・・」
女が落胆した声を上げた。男が、「君も怪しいと思っているんだね」と続ける。
「アイツは、犯人に近づき過ぎたんだ。そうなんだな」
少しの間沈黙が流れる。
二人の表情は見えない。
「ケヴィンは、独自で調べたようなネタはいつも、自宅ではないどこか他の場所によく隠していたの。毎回用心深く、場所を変えて。今回もそうだと思う。彼の荷物の中から、見慣れない鍵が出てきたから」
── なんだって?
ジェイクは思わず聞き返しそうになった。
── アイツが、証拠を隠す部屋を自宅の他に構えていただって?
ジェイクにとっては、驚愕の事実だった。
まさかあの馬鹿記者が、そんな芸当をしているとは思えなかった。
── なんてことだ。
ジェイクは、猛烈に苛立った。
── その部屋の中のものを消し去らない限り、痕跡を消したことにはならないじゃないか。またやっかいな仕事が増えてしまった・・・。
ジェイクはとにかく自分を落ち着かせ、「・・・そういや、一度だけヤツの幼馴染とか言う“ファットマン”に会ったことがあるよ・・・」と話しを続ける二人の様子に、注意深く耳を傾けたのだった。
マックスは、迷いの日々を送っていた。
あの日ミゲルに言われたことは、マックスの心を底から激しく揺さぶった。
マイクにそのことを相談すると、マイクはミゲルの提案に賛成をした。
確かにマックスにとって危険といえるこの街を離れるのは、マックスにとっていいことだと考えたのだろう。ただし、ウォレスのことについては、マイクは何も答えを与えてはくれなかった。彼にとっても返事するには些か難しい問題である。
マイクは、マックスがどういう人間なのか十分過ぎるほどわかっている。だからこそ、ウォレスの件について、今のマックスに何かを言うのは酷なことだと彼は判断したのだった。
マックスは思った。
まっすぐな自分の気持ちを消し去りたくはない。彼を今の状況から救い出したい・・・。
── だが、その思い自体が、彼に対して大きな負担になっているのだとしたら?
そのことをマックスの目前につきつけたのは、ミゲルだった。
── 自分は、どうすればいい・・・。
順調に回復していく身体とは裏腹に、頭の中だけは鉛のように重たく、同じところをぐるぐると回った。
── 答えなんて、出せない。
そう思っていた矢先、意外な人物がマックスの病室を訊ねて来た。
ゆっくりとした動作で病室のドアをノックして入って来たその人人物を見て、マックスは驚きを隠すことができなかった。
「あなたは・・・・」
そう呟いたマックスの視線の先には、優しげな笑顔があった・・・。
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