Amazing grace

国沢柊青

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act.124

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 「犯行声明を出す前に、侵入可能なところをもう少し潰してくる。俺がいいというまで、見切り発車はするな」
「ああ、わかってるよ」
 ジェイクの台詞がさもうるさいといったように、キングストンが生返事をした。
 ジェイクは部屋を後にしながら一瞬冷ややかな視線をキングストンに送ったが、キングストンが気づくはずがなかった。
 そして再び、社長室の中は、気を失ったままのシンシアとキングストン、そしてマックスのみとなった。
 ── チャンスだ。早くこれを焼き切らないと・・・。
 マックスは、相変わらず社長椅子に腰掛けながらテレビを見ているキングストンの様子をテーブルの下から窺いながら、ライターの火を点けた。
 何度か熱い思いをしながら、それでも何とか両腕の間にある結束バンドを炙る。
 一緒に手首の皮も焼かれている痛みが走ったが、マックスは危うく出そうになる悲鳴をぐっと押し殺した。ここで感づかれては、全てが台無しになる。
 次第に、少しだけプラスチックが熔ける感覚と臭いを感じた。
 キングストンが、スンスンと鼻を鳴らす。
 マックスは、ドキリとしながらライターの火を消すと、背中に回された両手をさり気なく身体の下に隠した。
 火に焼かれた皮膚が擦れてかなり痛かったが、それにも耐えた。
 キングストンが椅子から立ち上がって、マックスの側に来る。
 そして再びスンスンと鼻を鳴らすと、ソファーの傍らに転がっている黒こげの小型カメラを足で蹴っ飛ばした。
「まったく、臭いったらありゃしない」
 キングストンはそう捨て台詞を吐くと、そのままデスクの向こうに姿を消した。
 マックスは気絶したフリをしながらも、内心胸を撫で下ろす。
 そして再び、ライターに火を点した。

 
 ダクト内を漂ってくる臭いは、間違いなく先程西側で起こった爆発の残り香だと思われた。
 煙の臭いに混じって、肉が少し焼けこげる甘い臭いも混じっている。
 突入隊員は防護服を着ていたとはいえ、それは爆弾に対する防護性には乏しい。衣類に覆われていない部分・・・つまり顔面や首もとに酷い熱傷を負うことになった。
 しかしウォレスが見るところによると、仕掛けられていた爆薬の量はごく少量だったようだ。
 ダクト内という狭い場所で爆発したために威力が強いように思われていたが、実際は以外なほど小さい爆弾だったのだろう。そうでなければ、今頃木っ端微塵になった隊員もいたはずだ。
 ジェイクは、警察官に致命的なダメージを与えるつもりはないらしい。確かに、最初のデモンストレーションとしては十分に効果を発揮した訳だが・・・。
 しかしウォレスにとっては、爆薬の量の少なさが引っかかった。
 ── ジェイクは何を狙っているんだろう・・・。
 ウォレスがそう思いつつ前進を続けている目前に、ダクトの分岐点が見えた。
 その先を右側に回れば、エントランスに繋がる廊下に出ることができるだろう。
 ウォレスは分岐点の前でライトを口から手に持ち変えると、ライトの先を分岐を曲がったその先に向けた。
 一瞬キラリと赤い光が見える。
 ウォレスはライトを消して、もう一度頭を覗かせた。
 ダクトの両側に、一筋の赤い光が反射していた。
 光の先に、ダクト壁面に取り付けられた小型爆弾と廊下に繋がっているダクト口が見える。
 ── なるほど・・・トラップか。
 ウォレスは唸り声を上げた。
 恐らく、先程突入隊が引っかかったのと同じものだろうが、こんなにわかりやすいのになぜSWAT隊員達は引っかかったのだろう。
 ウォレスは再びライトをつけて、トラップを照らした。
 ライトで照らしても、赤い光の勢いが衰えることはない。
 こんな簡単でわかりやすいトラップをジェイクが仕掛けるわけがない。
 ウォレスは大きく息を吐き出しながら、更に観察を続けた。
 再びキラリと光るものがあった。
 しかしそれは極一瞬のことで、その光に色はなかった。
 ウォレスは慎重にトラップまで近づくと、赤い光に触れないように気をつけながら、赤い光の向こうを照らした。
 天井の人目に付きにくいところに、釣り糸のようなものが引かれてある。
 ── なるほど・・・。二重の起爆スイッチという訳か。
 赤いライトに気を取られ、それを処理している間かそれを解除してほっとしたの束の間、身体の一部でその糸を切ってしまった、という訳か。
 爆弾処理を専門としている者ならわかったのかも知れない抜け目のないトラップだったが、突入部隊の隊員はそこまで先読みができなかったのだろう。赤い光の線は、鏡か何かで反射させればそれで済むため、突入部隊の隊員も自分達で簡単に解除できると踏んだのだろう。
 仕掛けがわかれば、それを解除するのは可能だ。
 だが、それには少し道具が必要だった。万が一の為に、赤いライトを反射させる必要がある。
 胸元の鏡を使えばそれで済んだが、この調子で至るところに同じようなトラップが仕掛けられていたら、鏡一枚だけでは対処できなくなる。
 ── 仕方がない・・・。
 ウォレスは一旦厨房に戻ることにした。
 あそこには、小さいながらもライトを反射させるものがたくさんある。
 ウォレスは、曲がり角のスペースを利用して身体の向きを反転させると、元来た道を戻った。
 何せ匍匐前進の状態なので思ったように前に進まなかったが、その間に昔の思い出したくない時代の感覚がみるみる身体に蘇ってくるように思えた。
 いくら封印したとはいえ、やはりそれは、身体の奥底に染みついて消えない。
 何となく皮肉なものを感じながら、ウォレスは元のダクト口まで戻ってきた。
 金網をそっとずらし、念のため鏡で周囲を確認する。
 誰もいないことを確認して、作業台の上にウォレスが降り立った正にその瞬間、ウォレスは背後に人の気配を感じた。
「動くな」
 そういう台詞と共に、撃鉄がガチリと鳴る音がした。
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