Amazing grace

国沢柊青

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act.128

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 テイラーとホッブスが作戦本部室に戻ると、特殊班班長が警察無線機に囓り付いていた。
「何だって?! もう一度言ってくれ!」
 ガーガーというノイズの後、息苦しそうな隊員の声が漏れていた。
『・・・解除されています・・・・。爆弾が、解除されています!』
 テイラーとホッブスは、思わず顔を見合わせる。
 誰もが皆、不可解な報告に目をギョロギョロとさせた。
「どういうことなんだ? 解除されているって、爆弾だけそこにあって作動していないということか?」
 特殊班班長の横から署長が割り込む。
 焦っていた署長は、無線のスイッチを押し忘れてしゃべったことを特殊班班長に指摘され、不機嫌そうに再度同じ事をマイクに向かって繰り返した。
 スピーカーから、ガサガサという衣擦れの音がした後、『どうやら、一度仕掛けられた爆弾の導火線を何者かがカットした模様です』と報告してきた。つまり、建物の中にいる誰かが、ワイヤーを切ったということだ。
「犯人が一度取り付けたものを解除したのか・・・?」
 署長が特殊班班長の顔を見て訊く。
 特殊班班長は、さぁと首を傾げた。
「そんなことをして犯人に何のメリットがあるでしょうか?」
「しかし、ミラーズ社の社員は各階に閉じ込められている。それに、万が一排気ダクトの中に入れたとしても、ウチの署員で解体できなかった爆弾を、一般市民が解除できるはずかないだろう」
「そうですねぇ・・・」
「ええい、まどろっこしい。とにかく解除されているんなら、更に侵入できる。とにかく行けるところまで行くのだ」
 「はい」と特殊班班長が返事をすると、彼は無線機に向けて指示を出した。
「侵入できるところまで前進だ。解除されている爆弾の記録写真を撮り、爆弾処理班のチームに渡せ。次の爆弾の解体作業に役立てろ」
『了解』
 署長は満足そうに、傍らのソファーに腰掛ける。
「きっと、こんなことは今回だけでしょう・・・」
 そう言いながら薄ら笑いを浮かべる特殊班班長の様子を見ながら、部屋の入口に立ったままのホッブスが呟いた。
「・・・・まさかとか思うけど・・・。や、まさかな・・・・」


 その頃セスは、至る所に仕掛けられている爆弾の解体作業に専念していた。
 ウォレスとは、手分けするために既に別れている。
 ダクトの要所要所に仕掛けられた爆弾は、無数にあった。
 なるほど、これだけの爆弾を作ろうものなら相当の材料がいる。だからこそ、一つの爆弾自体も最小単位の爆薬しか使えない。
 角を曲がった途端再度爆弾に遭遇して、セスは「またかよ」と悪態を付いた。
 なんたる執念深さだ。
 これほどの作業を一人で短時間に行うなど、正気の沙汰じゃない。
 ウォレスの言うジェイク・ニールソンの恐ろしさが思い知らされる。
 セスが爆弾を解体している最中、前方に突然明かりがさした。
 ── ニールソンか?!
 狭いダクト内で隠れる場所もなく、セスは床に身体を伏せることしかできなかった。
 つるりと冷や汗が頬を流れる。
 ダクトの中で顔を覗かせたのは、ミラーズ社のエントランスホールでいつも見かける警備員だった。
 マックスと仲のいい、確か・・・サイズとか言う警備員だ。
「うわぁ!! 何もしません! してません!!」
 サイズはそう叫ぶと、頭を引っ込めた。と同時に、ガタガタガタと何かが床に落ちる音に混じって、サイズの悲鳴が聞こえてくる。
 セスは肩を竦めると手っ取り早く爆弾を解体して、サイズが顔を覗かせた場所まで身体を進めた。
 下を覗き込む。
 サイズが床の上でのたうち回っているのを、同僚が覗き込んでいた。
 どうやら警備室であるらしい室内は、水浸しだ。
「警察の者です! 皆さん、落ち着いて!」
 セスが大きな声でそう言うと、目に見えて皆ほっとした表情を見せた。
 ただサイズだけは腰を押さえながら、顰め面でセスを見上げる。
「ああ、あんた。いつかの刑事さん・・・。確か、先生の友達で・・・」
 セスは、警備室に下りながら「私は刑事じゃないですけど」と言った。
「皆さん、無事ですか?」
 セスが問いかけると、「それよりさっきの大きな音はなんだい? ここにも一瞬炎が吹き込んできた。何かが爆発したのか?」と声が上がった。
 セスは頷く。
「現在このビルを占拠している犯人グループが仕掛けたと思われる爆弾が爆発しました」
 皆一瞬言葉を失って、蒼白な顔を互いに見合わせる。
「それで、他にも爆弾があるのか?」
 サイズが近くの椅子に腰を下ろしながらセスを見上げる。
 セスは再度頷いた。
「確かに我々の侵入を阻むために爆弾が仕掛けられています。現在解体作業を進めていますので、どうかご安心ください」
「じゃ、もうすぐ出られるんだな!」
 歓声が上がった。
 セスはそれを抑える仕草をする。
「解体が終わっても、犯人グループを抑えない限り無茶なことはできません。申し訳ありませんが、もう少しこのままでいてもらえますか? 他の警察官もしばらく経ったらここに現れます。それまで落ち着いて静かにここにいてください。あと、もし犯人がここに来ても、私のことは決して言わないように。知らないフリをしてください」
 皆、緊張した面もちで頷いた。
 再びダクト内に潜り込もうとしたセスに、サイズが声を掛けた。
「それで・・・、上の人達は無事なんだろうか? まさかもう誰か殺されてるんじゃ・・・?」
 セスはサイズを振り返ると、少し笑顔を浮かべた。
「正直言って、詳細はわかりません。だが今、上の階には最も頼りになる人物が向かっていますので、ご安心ください。彼なら、きっとこの状況をよくしてくれると思います」


 細い光のラインは、やがて大きな光の柱になった。
 その柱から姿を現したのは、ジム・ウォレスだった。
 ウォレスは、二階の貨物用エレベーターの扉をグイグイと力づくで押し開くと、壁に備え付けてあった真っ赤な斧でつっかえ棒をして扉を押さえた。
 下を覗くと、一階と二階の丁度間ぐらいにエレベーターの箱が止まっている。
 上に顔をやると気が遠くなるほどの空洞が広がっている。
 ウォレスは少し溜息をついた。
 網の目のように配置されたダクトの中にいたまま這い上がった方が上の階への移動は容易だが、人が通れる程の太さのダクトは各階ごとに上に繋がる場所がなかった。迷路の中で各階ごとに上がれる場所をその都度探し出すのは些か時間がかかり過ぎる。
 それならばエレベーターの太いワイヤーを登っていく方が確実に時間短縮ができる。しかしそれをしようとすると、かなりの腕力が必要だ。
 だが幸いなことに、SWATの装備の中にワイヤーを捕らえて身体を支えてくれる器具がついていた。
 全体的にDの形に似ていて、直立面に小さな滑車と分厚いゴムが付いている。グリップの部分は指の形にくぼみがあって、滑りにくいようブルーのゴムでカバーがされている。これなら、オイルにまみれるワイヤーに滑らずに身体を上に運ぶことが可能だ。ただし、自動で上がっていく訳ではないので、どのみちある程度の腕力は必要なのだが。
 だが、これがあるのとないのでは大きな違いだ。
 これが装備されているのを見て、ウォレスは方針を変えた。
 爆弾解体に専念しているセスには悪いが、ウォレスは一刻も早く上の階を目指さなければならなかった。今この瞬間にも、ウォレスの愛する者が危険な目にあっている可能性だってあるのだから・・・。


 警察の慌ただしい動きは、ジェイクやキングストンが潜伏する社長室にも伝わっていた。
「おい、また西側から侵入してるようだぞ」
 キングストンの不安げな声に、ジェイクはせせら笑った。
「あそこら辺は特に重点的に爆弾を仕掛けてきた。またさっきと同じ事になる筈だ」
 その絶対的な自信に漲る表情につられ、キングストンも薄い笑みを浮かべた。
「まったく、あいつらも懲りないヤツらだな・・・。また丸焦げになるとわかっていながら。どれ、また高みの見物としゃれ込もうか」
 ジェイクとキングストンは、警備モニターとテレビの生中継に集中しているようだった。
 マックスは、彼らに気づかれないように、徐々に体勢を変えてテーブルの下から出て行きやすいよう身構える。警察の動きが活発になれば、ジェイクも動き出すだろう。
 ── ああ。できれば、警察側に再び被害が出る前に、ジェイクがこの部屋から出て出て行ってくれればいいのに・・・。そうすれば、キングストンを抑えて爆弾が作動するのを止める手だてを手に入れられるかもしれない・・・。
 マックスは、過去に自分がその恐怖を経験しているが故に、爆弾の恐ろしさが身に染みてわかっていた。
 もう二度と、あの時の少年のような犠牲者は出したくない。
 いたずらっ子だったウェイズリー。そばかすだらけの憎めない笑顔を引き裂いたのは、非道な暴力。
 ── この世の中に、正当化される暴力などひとつもない。ただのひとつも。それが復讐であれ、何であれ。暴力からは生まれるのは悲しみや苦しみしかないと人は言うのに、この世から暴力が消えることはない・・・。
 ジェイクとキングストンがモニターに集中し始めて、しばらく経った。
「・・・あれ? どんどん入って行くぞ・・・」
 キングストンの不安げな声が、そう呟いた。
「爆弾はどうしたんだ・・・? まさか、解体されたんじゃないのか?」
 今度は明らかに非難めいた口調でそう言った。
 今までジェイクに少々バカにされてきた感のあるキングストンだ。彼もこれがいい仕返しのチャンスとばかり、ジェイクに辛辣な台詞を吐く。
「おいおい、とうとう最後に一人まで入っちまった。どうなってんだ? タイマーをかけ忘れでもしたのか?」
 ジェイクは何も答えず ── 返ってその沈黙が不気味だった・・・、身を翻して部屋を出て行く。その背中に、キングストンがしつこく言い放った。
「しっかりしてもらわないと困るなぁ。大金払って雇ってるんだから。・・・って、支払いはまだだけどな」
 ケタケタと耳障りな笑い声を上げる。
 だが、ドアが閉まると同時にキングストンはぴしゃりと黙った。
 また食い入るようにモニターを見つめる。
 その表情は苛々しているようにも、ハラハラしているようにも見えた。
 しきりに親指の爪を噛んでいる。
 ── 今だ。
 マックスは静かに身体を起こすと、一気にキングストンに襲いかかった。
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