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第二章 触れ合うたび深くなる
十二話 冷たいシャワー
「梓、先に入る? 風呂場狭いし、先にゆっくり身体洗いたいでしょ?」
引っ越ししたばかりで、収納もまだきっちりできていない。新しい部屋着や下着をごそごそ探していると、拓巳さんがそう声をかけてきた。
バス、トイレセパレートの物件だけど、確かに二人で一度に身体を洗うには少し狭い。
もう、ほとんど見られてしまっているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「ありがとう。でも、拓巳さんが先でもいいよ」
「それなんだけど、梓が入ってる間、キッチン借りて夕食の下ごしらえしてもいい? さっき、俺の部屋から食材も持ってきた。ある程度準備しておいたら時間も手間も省けるし」
「そう言えば、やけに袋が大きいと思ってた。キッチンは使ってもらって構わないけど……拓巳さん、何作ってくれるの?」
衣類を抱えて、キッチンに立った拓巳さんの後を追った。
抱きしめられた時にも感じていた。でも、改めて傍に立ってみると、身長も体格も圧倒的に違う。
彼の背中を見ていたら、胸の奥にしまっていたざわつきがふっと顔を出した。
身体を重ねたのに、気持ちだけがまだ宙ぶらりんで……その不安が急に胸を締めつけた。
お礼をするつもりで、食事を食べに来てくださいと拓巳さんを誘ったのは私。
どちらかが勢いで求めたわけじゃなかった。
どうしてこうなったのかはわからないけど、拓巳さんと関係を持ったことは、微塵も後悔なんてしていない。
自分の脚で立って、生きていこうと決めていたはずなのに。
抱きしめて包んでくれた大きな身体と、あの優しい手を頼りたくなってしまう。信じたくなってしまう。
心の中に芽生えてしまった「この人のそばにずっといられたらいいのに」という思い。
拓巳さんに拒まれてしまったら、私はどうしたらいいんだろう。
「……梓? どうかした?」
気づけば、穏やかな目が心配そうに私を覗き込んでいた。
「……ううん、なんでもない」
熱くなった目の奥から勝手に涙がこぼれて、とっさに逸らそうとした顔を大きな手が包み込んだ。
「なんでもないなら、どうして泣いてるんだよ……」
肩を引き寄せられそうになって、私は彼からさっと離れ身体を翻した。
「梓……?」
「ごめんね、お風呂先に入ってるから……」
私は脱衣場の扉を閉めて、流れていた涙を拭った。
こんなことで弱気になってしまう自分が腹立たしかった。
これ以上泣いちゃだめだ。後から拓巳さんが来るのに、泣いたままじゃ心配させてしまう。それが嫌で、冷たいシャワーを頭から浴びて、震えながら無理やり涙を止めた。
大切にされたと感じたのは嘘じゃない。なのに、どうしてこんな気持ちになってしまうんだろう。
赤くなるまで肌を擦って身体を洗い終えた頃、遠慮がちに浴室の扉をノックする音がした。
「……俺だけど、入ってもいい?」
「あ……うん、もう湯舟に入るから……どうぞ」
ほとんど水だったシャワーを止め、わざとらしいくらい明るく返事をする。
外で服を脱ぐ気配がした後、扉を開けた拓巳さんが床に足を着けた途端、
「つめたっ」と発した。
「シャワー浴びてたんだよね? こんなに床冷たかったの?」
「……そう……かな?」
拓巳さんに背中を向けたまま、一拍遅れて、ようやく言葉が出た。
適当に束ねた髪から、首筋を冷たい流れが伝い落ちる。
シャワーのコックをひねる音がする。拓巳さんの手が、私のまだ温まり切っていない冷えた肩にかかった。
「……梓、髪洗ってあげるよ。ここの縁に首載せて?」
「洗ったから、大丈夫……」
「……こんなに冷たい髪してるのに? いいからおいで」
束ねていた髪を解かれて、冷えた感触が肩にばらばらと落ちる。
私は言われるまま、浴槽の縁へ首を載せた。
引っ越ししたばかりで、収納もまだきっちりできていない。新しい部屋着や下着をごそごそ探していると、拓巳さんがそう声をかけてきた。
バス、トイレセパレートの物件だけど、確かに二人で一度に身体を洗うには少し狭い。
もう、ほとんど見られてしまっているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「ありがとう。でも、拓巳さんが先でもいいよ」
「それなんだけど、梓が入ってる間、キッチン借りて夕食の下ごしらえしてもいい? さっき、俺の部屋から食材も持ってきた。ある程度準備しておいたら時間も手間も省けるし」
「そう言えば、やけに袋が大きいと思ってた。キッチンは使ってもらって構わないけど……拓巳さん、何作ってくれるの?」
衣類を抱えて、キッチンに立った拓巳さんの後を追った。
抱きしめられた時にも感じていた。でも、改めて傍に立ってみると、身長も体格も圧倒的に違う。
彼の背中を見ていたら、胸の奥にしまっていたざわつきがふっと顔を出した。
身体を重ねたのに、気持ちだけがまだ宙ぶらりんで……その不安が急に胸を締めつけた。
お礼をするつもりで、食事を食べに来てくださいと拓巳さんを誘ったのは私。
どちらかが勢いで求めたわけじゃなかった。
どうしてこうなったのかはわからないけど、拓巳さんと関係を持ったことは、微塵も後悔なんてしていない。
自分の脚で立って、生きていこうと決めていたはずなのに。
抱きしめて包んでくれた大きな身体と、あの優しい手を頼りたくなってしまう。信じたくなってしまう。
心の中に芽生えてしまった「この人のそばにずっといられたらいいのに」という思い。
拓巳さんに拒まれてしまったら、私はどうしたらいいんだろう。
「……梓? どうかした?」
気づけば、穏やかな目が心配そうに私を覗き込んでいた。
「……ううん、なんでもない」
熱くなった目の奥から勝手に涙がこぼれて、とっさに逸らそうとした顔を大きな手が包み込んだ。
「なんでもないなら、どうして泣いてるんだよ……」
肩を引き寄せられそうになって、私は彼からさっと離れ身体を翻した。
「梓……?」
「ごめんね、お風呂先に入ってるから……」
私は脱衣場の扉を閉めて、流れていた涙を拭った。
こんなことで弱気になってしまう自分が腹立たしかった。
これ以上泣いちゃだめだ。後から拓巳さんが来るのに、泣いたままじゃ心配させてしまう。それが嫌で、冷たいシャワーを頭から浴びて、震えながら無理やり涙を止めた。
大切にされたと感じたのは嘘じゃない。なのに、どうしてこんな気持ちになってしまうんだろう。
赤くなるまで肌を擦って身体を洗い終えた頃、遠慮がちに浴室の扉をノックする音がした。
「……俺だけど、入ってもいい?」
「あ……うん、もう湯舟に入るから……どうぞ」
ほとんど水だったシャワーを止め、わざとらしいくらい明るく返事をする。
外で服を脱ぐ気配がした後、扉を開けた拓巳さんが床に足を着けた途端、
「つめたっ」と発した。
「シャワー浴びてたんだよね? こんなに床冷たかったの?」
「……そう……かな?」
拓巳さんに背中を向けたまま、一拍遅れて、ようやく言葉が出た。
適当に束ねた髪から、首筋を冷たい流れが伝い落ちる。
シャワーのコックをひねる音がする。拓巳さんの手が、私のまだ温まり切っていない冷えた肩にかかった。
「……梓、髪洗ってあげるよ。ここの縁に首載せて?」
「洗ったから、大丈夫……」
「……こんなに冷たい髪してるのに? いいからおいで」
束ねていた髪を解かれて、冷えた感触が肩にばらばらと落ちる。
私は言われるまま、浴槽の縁へ首を載せた。
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