清楚系彼女は溺愛警察官を乱して狂わせる

日下 凛

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第三章 近づく未来、深まる愛

十話 静かな午後、帰る場所


 昨日の熱が、まだどこかに残っている気がする。
 身体の芯が、微かに重かった。
 でも、その余韻は痛みじゃなくて、静かに胸を温めてくれる熱。

 体力はある方だと思うけど、さすがに昨日はぐったりしてしまった。
 おかげで、夜はよく眠れたけれど。

 朝、目が覚めたら、拓巳さんはすでに起きていて、キッチンで静かにコーヒーを淹れていた。

「梓、おはよう。そろそろ起こそうかと思ってたけど、無理しないでいいからな」

 そう言う声も、いつも通り優しい。
 柔らかい微笑みが、じわりと胸を温めてくれる。
 私は首を横に振って、コーヒーの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

「よく眠れたから、大丈夫よ」

 朝食を食べながら、「ドライブにでも行かないか?」と拓巳さんが言って、森林浴に出かけることにした。


 拓巳さんの車に乗り込んで、近場の森林公園まで向かう。
 街はゆるやかで眩しい空気に包まれていた。

 車内ではFMラジオが小さな音で流れている。
 私も拓巳さんも、たまに言葉を交わすだけ。
 でもその静けさは、気まずさじゃなくて心地いい。
 窓を少し開けると、初夏の匂いを含んだ風が髪を揺らす。

 平日の森林公園へ向かう道は、緑が濃くて、人影もまばらだった。
 駐車場に車を停めると、私も拓巳さんも無造作にスニーカーの紐を締め直す。

「梓、行こうか」

 差しだされた手を握って、二人で寄り添って歩きだす。
 木々の間を進むと、湿った土の匂いや、濃い緑の匂いが立ちのぼる。
 あちこちで鳥のさえずりが響き、木漏れ日がまばらに落ちて、刻々と道の彩りを変えていく。

 段差を降りたとき、ふいによろめいた私を、拓巳さんが当たり前のように支えてくれた。

「おっと……大丈夫か?」
「……ありがとう」
「ひょっとして……まだ辛いのか?」

 心配そうに私の顔を覗き込みながら、拓巳さんが言う。
 その言葉の意味に気づいて、思わず顔が火照った。

「違うってば。ただ、よろけちゃっただけ」
「……だったらいいんだけど、無理だけはするなよ」

 繋いでいた手に、そのまま指を絡められる。
 温かい手のひらの温度が、まるで心臓まで伝わってくるみたいで、胸が微かに揺れた。

 小さな売店が見えてくると、拓巳さんが笑った。

「ご当地ソフトクリームだって。食べるか?」
「うん。シャインマスカット味だって、食べたい」

 私は迷わずシャインマスカットのソフトクリームを選び、拓巳さんもマスカットジュースを買った。

「いただきまーす」

 ベンチに腰掛けて、ソフトクリームをひと口かじると、爽やかな甘酸っぱさが舌に広がる。
 風が吹くたびに、深い緑の匂いが濃くなる。ソフトクリームの冷たさも相まって、頭がしゃきっとするような清々しさに深呼吸する。
 昨日の激しさが遠い夢みたいに薄れていくのが、少し不思議だった。

「……すごく美味しいよ、これ。拓巳さんも食べる?」
「お、ありがと」

 私が差し出したソフトクリームを豪快にかじり、拓巳さんはいたずらっぽく笑った。

「あー、そんなに食べるなんて、ひどい」
「ごめんごめん。あんまり美味そうだったから……。梓もこれ飲んでみ?」

 マスカットジュースのストローを、私の口元に運んでくれる。
 拓巳さんのその仕草は、いつものように穏やかで優しい。
 
 途中、池で泳ぐ水鳥に餌をやったりしながら、ゆっくり公園をひと巡りして車へ戻る頃には、なんだか身体が軽くなっていた。


 帰りの車の中で、拓巳さんがしみじみと言った。

「こういうデートって、いいよな。俺、人混みが苦手だから」
「うん、私も……。なんか、頭も身体もすっきりした」

 時々、思い出したようにぽつりと言葉を交わすくらいが、私たちにはちょうど良かった。
 一緒にいるのが当たり前で、沈黙が気にならない。
 出会って一か月程度なのに、ずっと前から二人でいたみたいだ。
 

 夕方前にアパートへ着いた。
 拓巳さんの部屋へ戻って、私はシャワーを浴びて部屋着に着替える。
 リビングに向かうと、拓巳さんがコーヒーを淹れてくれていた。

「梓、疲れてないか?」
「ううん。私も、たまには運動しないとね」

 ソファに並んで腰掛けると、彼の大きな手が自然に私の頭に触れた。
 髪をゆっくり撫でるその動きが心地よくて、身体の緊張がほどけていく。

「仕事の面接……緊張するかもしれないけど、梓の帰ってくる場所はここにあるから」
「……うん。ありがとう」

 その言葉だけで、今日二人で見た風景が、全て優しい色に変わっていく。

「俺は、ずっと梓のそばにいるから」

 淡々とした声なのに、その一言はとても深くて胸の奥まで沁みとおっていく。
 私は拓巳さんの肩に、そっともたれかかった。

 明日から、また忙しい日々が戻る。
 今はただ、彼がいてくれて、二人で安らげる時間があれば十分だと思えた。
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