清楚系彼女は溺愛警察官を乱して狂わせる

日下 凛

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第三章 近づく未来、深まる愛

十三話 心が帰る場所

 部屋に戻って灯りをつけた瞬間、やっと自分の場所に戻って来たという安心感にふと心が軽くなる。
 パンプスを脱ぎかけた私に、振り返った拓巳さんが肩を貸してくれた。

「踵、痛かったろ? 靴擦くつずれしてる」
「……久しぶりに履いたせいかな?」

 ストッキングの上から靴擦くつずれにそっと触れる拓巳さんの指先が、妙に優しくて思わず視線を逸らした。
 今日一日、張りつめていたものが、急に緩んでしまいそうで。
 目の前にいる拓巳さんに、抱き着いて甘えたくなる気持ちを何とかこらえた。

 リビングに入ると、拓巳さんは救急箱を取り出してきた。

「靴擦れのとこ傷口軽く洗って、この絆創膏ばんそうこう貼っておくといいよ」

 そう言って、分厚い絆創膏を私にくれた。

「そうする、ありがとう」
「うん。じゃあ、スーツ着替えておいで。その間に夕食作っておくから」
「……ほんとにごめんね、拓巳さん」
「いいんだよ。……それに、梓、顔に全部出てる」

 彼の言葉に一瞬、息を呑む。
 やっぱりこの人に嘘はつけないし、誤魔化ごまかせるわけがない。
 拓巳さんは少し微笑んで、私の頭をポンポンと撫でて、キッチンに向かった。

 脱衣所で部屋着に着替えて、メイクを落とす。
 洗面台の鏡に向かっていると、応接室の空気が脳裏に蘇ってくる。

 あの男の、笑っていない目。
 私の全身を舐めまわすような、不愉快な視線。
「恋人は?」
「結婚の予定は?」
 声を思い出すだけで喉の奥がざらついて、冷たい水でもう一度顔を洗った。

 リビングに戻ると、拓巳さんはキッチンに立って何かをコトコト煮ていた。

「……梓」

 ソファに腰を下ろした途端、ふいに名前を呼ばれて顔を上げる。
 キッチンからこちらを見ている拓巳さんの目は、穏やかだけど奥の方にいつもより深い色があった。

「……なあに?」
「話したくないなら、無理に言わなくていい。でも、言いたくなったら、いつでもちゃんと聞くから」

 低い声は静かで優しくて、傷口をそっとかばって撫でられたように心が揺れた。

「……まだ、……整理できてなくて」
「いいんだ。梓が話したいときで構わないよ」

 その言い方があまりにも自然で、心の底に封じ込めていた違和感が少しずつ形を持ち始める。
 歪んだ異常な形。

「ただ……あの、専務の人。質問がおかしかったの」
「おかしい?」

 包丁を置く小さな音がした。
 拓巳さんの肩がピクリとわずかに動く。

「なんて言ったらいいか……仕事と関係ないことばかり色々聞かれたの。生活のこととか……恋人がいるかとか、結婚のことまで」

 自分で口にして、改めて「普通じゃなかった」と気づいた。
 言ったあと、さっきよりも呼吸が楽になってくる。
 拓巳さんはゆっくりキッチンから出てきて、私の隣に座った。

「……そうだったのか」

 それだけの返答。
 それなのに私の心の底で、わだかまっていたものが静かに崩れた。
 彼の表情からは、怒りも焦りも読み取れない。
 言葉にはしないけれど、彼の心の深い場所で、何かがひっそりと定まったような気配がした。

「そんなの、嫌だったよな」
「……うん。なんか……すごく気持ち悪くて」

 口に出した途端、ずっと胸にまとわりついていたもやが、少しだけ晴れた気がする。
 拓巳さんは黙ったまま頷いて、私の手の上に自分の手をそっと重ねた。
 いつものように、大きくて温かい手のひら。
 だけど、どこか冷静で落ち着いた力強さがあった。

 包み込むような彼の優しさに触れた瞬間、私は次の言葉を、きちんと伝えようと思った。
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