永久就職しませんか?

氷室龍

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第8話

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少し短め。
薫、結構ひどいこと言います。

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第8話

翌朝、目覚めると伊達はまだ寝息を立てていた。
昨夜、伊達は『新婚初夜だ』と言いだしていつも以上に激しく求めてきた。
それでも嫌とは言えない自分に呆れる。
それだけ伊達との行為は薫にとってごく自然なものになっていた。

薫は伊達の腕から抜け出し、スマホを手に取る。
まず養父である叔父の結城勇に連絡すべきだと思ったからだ。

『薫か…。 急にどうした?』
「えっと、今日母さんに会ってくる。」
『そうか…。』
「その前にどうしてもお養父とうさんに言っておきたいことがあって…。」
『伊達輝臣君と結婚したことか?』
「知ってたの?」
『片倉から連絡がきた。』
「シゲさんから?」
『あの夫婦は二人とも私の教え子だからな。』
「そっか…。」
『反対はしない。 むしろ、彼ぐらい年の離れた男の方がいいと私は思っている。』
「お養父とうさん…。」
『兄さんは特に何も言わんだろう。 問題は義姉ねえさんの方か…。』
「そうですね。 でも、ちゃんと決着つけます。」
『大丈夫か?』
「大丈夫です。 輝臣さんも一緒だから。」
『そうか。 ならいい。』
「あと一つ…。」
『うん?』
「私、就職はやめることにしました。」
『専業主婦にでもなるのか?
 まぁ、将来有望と言われてる伊達君ならそれも構わんだろう。』
「いえ、修士課程に進むことにしたんです。」
『修士課程に?』
「はい。 輝臣さんから『研究室に残ってほしい』と言われたので。」
『ふむ、つまり公私にわたって支えるということか…。』
「はい、そのつもりです。 ただ…。」
『ただ?』
「その前に子供ができてしまうかもしれないけど。」
『どういうことだ?』
「輝臣さんとそういう関係だってことです。
 もともと、彼は既成事実を作ったうえで結婚するつもりだったし…。」
『なるほど。 それはお前も同意の上なのか?』
「はい。」
『なら、私から言うことは何もない。
 学生とは言え、既に成人してるのだからな。』
「お養父とうさんならそう言ってくれると思いました。」
『難しいのは兄さんたちか…。』
「あと、雅人ですね。」
『ああ、あれはあれで面倒だな。』
「だから事後報告です。」
『はは、なるほどな。 まぁ、言いたいことはしっかり伝えて来い。』
「はい、そうします。」

薫はそこで電話を切った。
一つため息をついた後、スマホをサイドテーブルに置く。

「どこに電話してたんだ?」
「あ…。」

起きてきた伊達に後ろから抱きしめられ耳元でそう囁かれる。
その手は不埒に動き、薫の胸をやわやわと揉み始める。
薫は身をよじろうとするが、羽交い絞めにされているため抜け出せない。
逆に足の付け根にまで手を入れられていまう。
そこはまだ潤っており、少しの刺激で再び蜜が溢れ始める。

「薫のここは欲しがってるな。 どうする?」
「どうって…。 答える必要なんてないでしょ?」
「まぁ、そうだがな。」

伊達はそのまま薫をベッドに押し倒し、無遠慮に体を繋げる。
既に馴染んでしまった薫の中は伊達のソレを絡めとり蠢く。

「はは、やっぱりこの締め付けは堪らない。」
「あっ、はぁんっ! て、輝臣さん…。」
「今日はこれから出かけるからな。 一気に行くぞ。」

伊達は一際強く中を穿った。
その強さに薫は息が止まりそうになる。
でも、それは与えられる哀楽を期待しているから。
薫は嬌声を上げ、伊達の腰に足を絡め、体を密着する。
伊達は更に抽挿を速め、カオルを一気に追い詰め、自身の欲望を解き放った。

「はぁ、はぁ、はぁ…。」

室内に伊達の荒い息遣いが響く。
既に薫は意識を飛ばしてぐったりとしていた。
伊達は力を失たソレを引き抜くと薫を抱き上げバスルームに向かった。
お湯を張り、後ろから抱きしめながら二人で浸かる。

「うん…。」
「気が付いたか?」
「輝臣さん? あ、私…。」
「すまない。 また盛った。」
「いいよ。 私も気持ちよかったし…。」
「あんまりそういうこと言うとまた襲いたくなる。」
「それは困る。 これ以上やられた足腰立たなくなるから。」
「わかってる。 これ以上はしない。」

その後、二人はバスルームから出ると手早く着替えを済ませる。
チェックアウトをすませ、そこでモーニングを取った。

「で、これからどうする?」
「養父には連絡とったのですぐに父の耳に入ると思います。」
「そうか。 家の方には連絡しないのか?」
「する必要はないでしょ。」
「辛辣な物言いだな。」
「あの人の今までの行動を考えれば当然です。」
「薫…。」
「正直、あの人の顔は見ものですね。
 既に戸籍上『娘』でなくなった私がいきなり『結婚した』って現れるんですよ?」
「卒倒されかねないか…。」
「いい気味ですよ。 人のこと散々邪魔してきたんだから。」
「それだけ元気があれば問題ないか。 ところで、ちゃん嵌めてるか?」
「何を?」
「指輪だよ。 指輪。」
「勿論、嵌めてますよ。」
「なら、いい…。」
「あ…。」
「何だ?」
「輝臣さん、それ…。」

薫は伊達の左手の薬指に指輪が嵌っているのに気づいた。
伊達は薫を引き寄せその額にキスを落とす。

「これくらいは必要だろ?」
「う、うん…。」
「ホントは同じ日に貰うつもりだったんだが、気が変わったんでな。
 先に出来上がってた薫のだけもらってたんだ。」
「そうだったんですか?」
「ああ。 それで三日前に連絡があってもらってきた。」
「ありがとう…。」
「まだ、礼を言われるのは早いな。 ちゃんと決着ついてからだ。」
「はい。」

――――――――横浜・結城猛宅――――――――

閑静な住宅街の中に佇む大きな邸宅。
門は固く閉ざされ誰も寄せ付けない風貌さえあるその邸宅は薫にとって7年ぶりに訪れる自宅だった。
勇氏の養女となった今ではただの『伯父の家』でしかない。
そして、躊躇なく呼び鈴を鳴らす。

ピンポーン

『はーい、どちら様?』
「私よ。」
『か、薫…。』
「話しがあるの。 ここ、開けて。」

薫の声はどこまでも冷たい。
その冷たさが中にいる実母・百合子にも通じたのだろう。
返答のないまま、門が静かに開く。
薫は伊達を伴って当然のごとくそこをくぐり、玄関に入る。

「薫…。」
「悪いけど上がらせてもらうから。」
「え、ええ…。」
「輝臣さん、上がって。」

伊達は何も言わず薫の後に続いて上がる。
すれ違いざま、横目で百合子を見ると動揺著しい様子だった。

(これでまともな話ができるのか?)

伊達はそう思わざるを得なかった。
だが、薫は全く意に介していない。
彼女の纏う空気はどこまでも冷たく、反論は受け付けないといった感がある。
そうして、通されたのはリビングだった。
二人で並んでソファに腰かける。

「そこ、座って。」
「…………。」

薫が命令するように百合子に向かいに座るように促す。
その視線はいつになく怜悧で睨み付けるようなものだった。

「お、お茶でも…。」
「いらないから。 話が終わったらすぐ帰るし。」
「そ、そう…。 と、ところでそちらは?」
「申し遅れました。 K大史学部で准教授を務める伊達輝臣です。」

伊達は名刺を差し出す。
百合子はそれをしげしげと見つめる。
薫は忌々しげにそれを見つめ、次の言葉を紡ぐ。

「で、単刀直入に言うわ。 私、結婚したから。」
「は?」
「昨日、籍入れたの。 あなたの望む通り就職はしないから。」
「か、薫?」
「だから、これ以上口出ししないで。」
「私は別に…。」
「別に何? 散々邪魔してくれたわよね?
 いい加減ウンザリなのよ。 あなたのことも、佐久間の連中も。」
「佐久間のって…、仮にもあなたの祖父母にな…。」
「こんな真似しといてよく言えるわね。
 私が何も知らないとでも思ったの?」

薫は数枚の写真をローテーブルの上にばら撒いた。
そこに映るのは栗色の髪にサファイアのような青い瞳の女性。
頬はコケ痩せ細りベッドに横たわっていた。
その写真を見るなり百合子の表情が一変する。
顔面蒼白となり、震え出す。

「か、薫…、こ、これは…。」
「あなたがこの世から消したくて仕方なかった人よ。」
「!!!」
「ヴァネッサ・タランティーノ。」

その名前に反応した百合子は更に顔を白くする。
既にいつ倒れてもおかしくない状態と言えた。
だが、薫はなおも攻撃の手を止めようとはしない。

「結城猛の恋人だった人。
 そして、あなたたち佐久間の人間によって殺された。」
「こ、殺したなんて…。」
「直接ではないにしろ、あなたたちが殺したようなものよ。
 彼女の日記にはそれは事細かに佐久間の汚いやり口が書いてあったわ。
 それに耐えかねた彼女は心を病んだ上に体も壊して7年前に亡くなったのよ。」
「7年前…。」

そこで百合子ははたと気づく。
薫が何故あれほどまでの暴挙に出たのかということを…。
そう、薫は7年前から知っていたのだ。
自分を含め佐久間家が夫の恋人で会ったヴァネッサに対して行ってきた仕打ちについて。
もはや弁解の余地がないことを悟る百合子。
その様子に薫は勝ち誇ったような冷徹な笑みを浮かべる。
それを見て伊達はもはやこの二人に和解などありえないと悟る。

「じゃ、私が言いたいのはそれだけ。
 行きましょう、輝臣さん。」
「ああ。」

薫に促され、伊達は立ち上がる。
振り返ると、百合子はもはや顔を上げる気力すらないようだった。
それを哀れに思うが自業自得なのでただ見つめるしかできない。
だが、薫はそうではないらしい。
突然立ち止まり、振り返ることなくとどめの言葉を投げつける。

「そうそう、近いうちに佐久間は訴えられると思うわ。」
「え?」
「ヴァネッサに息子がいるのは知ってるでしょ?
 彼が教えてくれたの。 ヴァネッサの夫のルーカス・ランディーニ氏が証拠を揃えたって。」
「証拠?」
「ヴァネッサの日記からルーカス氏が調査会社に依頼して裏を取ってたんですって。
 極東の島国だから7年かかったらしいけど、今回全て揃ったとかで正式に佐久間を訴えるそうよ。」
「そ、そんな…。」
「あなたも無傷じゃにらねないでしょうね。
 せいぜい、夫に泣きつくことね。
 どうしよもなくなったら片倉景綱って弁護士に助けを求めるといいわ。
 今は養父とうさんの顧問弁護士になってくれてるそうだから相談に乗ってくれるかもね。」

薫はそれだけ言い残し玄関へと向かう。
伊達はもう一度振り返り、百合子の姿を見る。
もはや、力なく項垂れ立ち上がる気力もないといった風であった。
確かに彼女も犠牲者だったのであろう。
だが、嫉妬に駆られ、両親のそれに加担した時点で同罪であり、同情の余地はない。
伊達は百合子を一瞥しただけでその場を離れた。

****************************************************************

「う―――ん。」

薫は門の外に出るなり、大きく伸びをした。
伊達はその姿に目を丸くした。

「随分晴れやかにしてるな。」
「そうね。 すごく気分いいです。」
「あれでよかったのか?」
「いいんです。」
「そうか…。」
「もともと私母が嫌いだったから。」
「だが、これでお前はあの家には…。」
「いいですよ。 どのみち、あそこには私の部屋はすでにないですから。」
「え?」
「7年前、あの家を出た時に全て整理されてます。
 まぁ、大半は私が破壊したんですけどね。」
「…………。」
「だから、あの家には何の思い出も残ってないんです。」
「そう、だったのか…。」
「だから、これからたくさんの思いで作りましょうね。」
「任せろ。」

薫は清々しいほど晴れやかに笑った。
胸の奥底に残っていたしこりが取れたとでも言えばいいのだろうか。
それほどまでに彼女の顔は晴れやかだった。
伊達はこの笑顔を何としても守らなければと決意を新たにする。
そして、彼女の左手を取り、しっかりと繋ぎ、駅へと続く道を歩いたのだった。

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