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1話
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刹那、遠くから拍手をする音が聞こえた。それはアルエの姿とともに近づいてくる。
「いやぁ、素晴らしい戦いだった」
アルエはイリアの隣で立ち止まると、満足そうな笑みを浮かべていた。
「てめぇ、ずっと見てたのかよ」
心底憎たらしそうに睨みつけるジオンの言葉には反応せず、アルエは二人に視線を向ける。
「カルマ、なかなかいい戦闘法をしているじゃないか。ジオンも見事だった」
褒め言葉を素直に受け止め切れずに「けっ」とそっぽを向くジオンに対し、カルマは嬉しそうにはにかみながらお礼を言う。しかし直後、少しだけ表情が曇った。
「でも負けちゃったし、個別魔法だってまだ」
「さて。君を『使役』してみるとしよう」
カルマの言葉を最後まで聞かずにアルエは本を開く。
そこにいる一同が耳を疑った。もしかしたら幻聴なのではないかと。
だが
「名前は確かに本名だね?」
その問いが、確認が、幻聴でないことを証明している。カルマは嬉しそうに頬を緩めると、勢い良くうなずいて返事をした。
「ちょっと、どういうつもり?」
イリアが尋ねるのも無理はない。あれほど頑なに拒んでいたアルエが、未だ個別魔法も判明していないカルマを『使役』しようとしているのだ。
どういう心理変化があったのかを読み取る間もなく、イリアが最後まで言い終える前に、アルエは名前を呼ぶ。
「『カルマ・テウチル』」
辺りが静まり返る。風が吹く音だけが聞こえた。
アルエ以外の一同が首を傾げる。
「……ん? 何が起きてます?」
特に戸惑っている様子なのはカルマだ。彼だけが『使役』されるときの状況を知らないのだ。一方で、アルエの個別魔法をかけられたことのあるイリアとジオンは別の意味で驚きを隠せなかった。
「いや、何も起きていないはずだ。俺が『使役』されたとき、なんか変な魔法陣みたいなのが光ってた」
「ええ。何も起きてないわ。カルマ、偽名ってことはないでしょうね?」
アルエの『使役』は偽名では成り立たない。ゆえに偽名を名乗られ手もすぐに判明する――その事実を知らない者は多い。
だが、カルマは「いえいえ、れっきとした本名です!」と全否定だ。
「いいや、予想通りだよ」
対して、本を閉じながらアルエは笑みを浮かべる。
「どうやら、私たちは勘違いをしていたようだ。結論から言おう。カルマ……君は『未開花』じゃない」
驚きの声をあげるカルマに対し、ジオンは納得気だ。
「まぁ、戦闘中にそんな気はしてたけどよ」
あれだけ苦戦を強いられたのだ。個別魔法を使っていなかったはずがない。
先程の戦闘において特徴的だったのは、カルマの姿が消えていたことだ。
おそらく、個別魔法は『透明化』だろう。気づかないうちに発動していて、自分では消えていた自覚がなかった……と考えれば辻褄が合う。
しかし、アルエが読み取ったかのように
「ちなみに戦闘中は通常魔法しか使ってないよ、彼は」
「……は?」
そこでジオンの思考は完全に止まった。
通常魔法に姿を消す効果を持つものは存在しない。
だとしたら、あれはなんだったというのだろう。
アルエは淡々と説明する。
「カルマは別に消えていたわけじゃない。むしろ、ずっとそこにいた。推測するに……足に風属性の魔法をまとっていた、といったところだろう。そうすればただ走っているだけでも加速する。姿を目で追うことは不可能だろうさ」
そこまで話すと、カルマの方に視線を向ける。
「そして、走りながら火属性の上級魔法を撃つ。そうやってジオンを翻弄し、とどめに最上級魔法を撃とうとしたんだろう? 個別魔法が使えないと思っていた君は、代わりに通常魔法を鍛え上げた――学校に通ったことがないにもかかわらず、だ。結果、私たちが使えない最上級魔法を使えるまでに成長した。だが、君自身がどれだけの魔力量を誇っていたとしても、最上級魔法など多用できるものではない。さしずめ、一日一回しか使えないのではないか?」
説明の間、カルマの表情はどんどん引きつっていった。しまいには「そこまでお見通しだなんて……」と悔しそうだ。
「しかし……あれだけ長ったらしい呪文を、よく走りながら唱えようと考えたものだな」
「体力には自信があります!」
「元気があるのは結構なことだ。ただ欠点をあげるとするなら、呪文の詠唱の際にどうしても攻撃の手を止めなければならないことだな」
最上級魔法は呪文が長い。
ほとんどの場合、一対一の戦闘で最上級魔法はあまり使われない。どうしても反撃の隙が生じてしまうからだ。
「はい……。姿さえ見えなければどこに狙いを定めていいかも分からないはずなので大丈夫だと思ったんですが……、まさか空中に打ち上げられるなんて! ジオンさんすごい!」
唐突に褒められ、ジオンはまんざらでもなさそうにそっぽを向いた。
「さて、イリア。カルマはここまで考えていたようだよ」
今度は隣にいるイリアの方を向くアルエ。彼女はその視線から逃げるように顔を背けた。
「先程の戦闘において、君は本領発揮できていないように見えた。いつもに比べてやりづらかったのではないか?」
イリアの表情が曇っていく。やがて観念したように
「……ええ。ずっと個別魔法を使ってたけど、ジオンの思考しか読めなかったわ」
「あぁ、だからだったのか」
ジオンは思わずつぶやいた。戦闘中のあの余裕のなさを思い返せば辻褄が合う。
アルエは楽しそうに口角を上げた。
「何もそれは、戦闘中や思考に限ったことではあるまい」
イリアの眉がピクリと動く。
「……なんですって?」
「思い返してみたまえ。カルマを一目見たとき、君は真っ先に『誰?』と尋ねた」
「それは……咄嗟のことだったから」
個別魔法を無意識に発動してしまうのは、まだ『第一開花』で魔法(ちから)をコントロールできていない証拠だ。大抵は使おうと思わなければ発動しない――個別魔法が『第二開花』しているイリアも例外ではない。
突然の訪問者に柄にもなく驚き、冷静さを失った。
だから個別魔法を使う余裕がなかった。
理屈としてはまかり通るだろう。しかし、アルエは首を横に振る。
「それだけではない。本来であれば、ここに来た目的を説明してもらう必要も、私が彼に個別魔法は何か訊く必要もなかった。イリア――すべて君になら読み取れたはずだからね」
イリアは息を呑み、口を噤む。
確かにそうだ。出会いがしらならともかく、しばらく会話を交わして冷静さを――カルマの情報を読み取る余裕を取り戻したはずだ。
にもかかわらず。
ジオンの情報は事前に知っていたのに対し、カルマの情報はすべて彼の口から説明しているのだ。イリアのばつの悪そうな表情に気づいてか気づかずか、アルエは続ける。
「加えてカルマの思考が読み取れなかったことと、彼を『使役』できなかったこと。これらはこう考えれば説明がつくのだよ。カルマ、君の個別魔法はおそらく『魔法の無効化』だ」
瞬間、アルエ以外の全員が息を呑んだ。一番驚いているのはカルマ自身だ。
「待て。矛盾しないか?」
ジオンが最初に落ち着きを取り戻した。
「打ち消しちまうなら、誰もこいつの前で魔法が使えないってことだろ? でも俺はこいつの前で魔法が使えたし、こいつもそうだった」
「力が弱いんだろうさ。まだ『第一開花』ならうなずける。推測だが、あくまでも私の『使役』やイリアの『情報読取』のような精神干渉系の魔法を打ち消す程度なのだろう。それも、コントロールすらできていない。先程も無意識に発動したんだろうさ」
「最上級魔法を使えるほどの魔力を持ってるのに、か?」
「今まで自分を『未開花』だと思っていたんだ。おかしな話ではない」
個別魔法の開花や成長度と魔力の強さは比例する――しかし、カルマのこれは例外だ。魔力が強くなっただけで個別魔法が開花するのは『未開花』であった場合の話。『第一開花』していれば、使わなければ成長しない。
個別魔法がないと思い込んでいたのなら、自ら使おうとする機会がなくて当然だ。そのために気づかないまま『未開花』として過ごしている悪魔も少なくない。
だから魔力量の割に個別魔法が弱い。
無意識でしか発動できないくらいに。
「そう、だったんですね……」
自分の個別魔法が分かったというのに、カルマの表情は浮かなかった。
「僕は、アルエさんに『使役』してもらえないのか……」
個別魔法『魔法の無効化』――『第一開花』でも『使役』の効果は打ち消してしまう。
「そうだな。この本に君の名を刻むことはできない。しかし、必要もないだろう」
カルマはうつむく。
魔法で仕えることも不可能。個別魔法の能力も認めてもらえなかった――彼はそう察したのだ。
だから。
「君が『使役』されずとも――自らの意思で私の傍にいてくれるのなら」
アルエがそう微笑んだとき、彼は思考が止まったかのようにきょとんと眼を丸めた。何を言われたかを理解するのに時間がかかったのだろう。
「カルマ。住んでいる場所は?」
「あ、いえ。旅をして回っていたので」
「なら、この屋敷に住むといい」
淡々と進んでいく話に、カルマはやはり状況がつかめていない様子だった。
「ねぇアルエ。本当に?」
イリアが眉をひそめながら問う。
「あぁ。部屋はまだ空いている、問題はないだろう。他の人間と違ってカルマは呼び出せない。むしろ一緒に住んでもらった方が好都合だ」
「ってことは、個別魔法がお眼鏡にかなったってことか?」
ジオンが肩をすくめた。
個別魔法の能力によっては『使役』も考える。
戦闘前に、アルエは確かにそう言ったのだ。
「それもあるが、何よりこれだけの魔力を持っている者はそうそういない。個別魔法だってコントロールできるようになればすぐに『第二開花』するだろう。そうなれば最早イリアやジオンを『使役』する必要もなくなる」
カルマの個別魔法が『魔法の無効化』である以上、彼さえいればこと足りる。戦闘になったとしても、個別魔法さえ発動させてしまえば相手から魔法という武器を奪える。
ボディーガードとして人間を『使役』しなくて済む。
「そのときはふたりを解放するさ」
その言葉で締めくくると、イリアもジオンも押し黙った。
解放されるに越したことはない。
カルマが成長するのを待てばいいだけの話だ。
「え……? 本当に……? いいんですか……?」
やっと実感が湧いてきたらしいカルマが、それでもおそるおそる尋ねる。夢ではないかと確認するように。
「あぁ。これからよろしく頼む」
その言葉が、これが現実であると証明している。
「はい! よろしくお願いします!」
嬉しそうに頬を緩めながら、彼は微笑んだ。
アルエはジオンに向き直る。
「ジオン、君はどうする? 部屋はまだ空いているが」
「俺は帰らせてもらう。もともと住んでる場所があるからな」
「あー、よかった。こいつと一緒に住むと思うと……」
イリアがこれみよがしにため息をつくと、ジオンの中に静かな怒りが沸きあがった。
「いちいちムカつくな……。てか、お前もここ住んでんのかよ」
また喧嘩が勃発しそうなふたりを、アルエが手を叩いて制する。
「なら、昼食ぐらいはここで摂るといい。さぁ、屋敷に戻ろう」
「いやぁ、素晴らしい戦いだった」
アルエはイリアの隣で立ち止まると、満足そうな笑みを浮かべていた。
「てめぇ、ずっと見てたのかよ」
心底憎たらしそうに睨みつけるジオンの言葉には反応せず、アルエは二人に視線を向ける。
「カルマ、なかなかいい戦闘法をしているじゃないか。ジオンも見事だった」
褒め言葉を素直に受け止め切れずに「けっ」とそっぽを向くジオンに対し、カルマは嬉しそうにはにかみながらお礼を言う。しかし直後、少しだけ表情が曇った。
「でも負けちゃったし、個別魔法だってまだ」
「さて。君を『使役』してみるとしよう」
カルマの言葉を最後まで聞かずにアルエは本を開く。
そこにいる一同が耳を疑った。もしかしたら幻聴なのではないかと。
だが
「名前は確かに本名だね?」
その問いが、確認が、幻聴でないことを証明している。カルマは嬉しそうに頬を緩めると、勢い良くうなずいて返事をした。
「ちょっと、どういうつもり?」
イリアが尋ねるのも無理はない。あれほど頑なに拒んでいたアルエが、未だ個別魔法も判明していないカルマを『使役』しようとしているのだ。
どういう心理変化があったのかを読み取る間もなく、イリアが最後まで言い終える前に、アルエは名前を呼ぶ。
「『カルマ・テウチル』」
辺りが静まり返る。風が吹く音だけが聞こえた。
アルエ以外の一同が首を傾げる。
「……ん? 何が起きてます?」
特に戸惑っている様子なのはカルマだ。彼だけが『使役』されるときの状況を知らないのだ。一方で、アルエの個別魔法をかけられたことのあるイリアとジオンは別の意味で驚きを隠せなかった。
「いや、何も起きていないはずだ。俺が『使役』されたとき、なんか変な魔法陣みたいなのが光ってた」
「ええ。何も起きてないわ。カルマ、偽名ってことはないでしょうね?」
アルエの『使役』は偽名では成り立たない。ゆえに偽名を名乗られ手もすぐに判明する――その事実を知らない者は多い。
だが、カルマは「いえいえ、れっきとした本名です!」と全否定だ。
「いいや、予想通りだよ」
対して、本を閉じながらアルエは笑みを浮かべる。
「どうやら、私たちは勘違いをしていたようだ。結論から言おう。カルマ……君は『未開花』じゃない」
驚きの声をあげるカルマに対し、ジオンは納得気だ。
「まぁ、戦闘中にそんな気はしてたけどよ」
あれだけ苦戦を強いられたのだ。個別魔法を使っていなかったはずがない。
先程の戦闘において特徴的だったのは、カルマの姿が消えていたことだ。
おそらく、個別魔法は『透明化』だろう。気づかないうちに発動していて、自分では消えていた自覚がなかった……と考えれば辻褄が合う。
しかし、アルエが読み取ったかのように
「ちなみに戦闘中は通常魔法しか使ってないよ、彼は」
「……は?」
そこでジオンの思考は完全に止まった。
通常魔法に姿を消す効果を持つものは存在しない。
だとしたら、あれはなんだったというのだろう。
アルエは淡々と説明する。
「カルマは別に消えていたわけじゃない。むしろ、ずっとそこにいた。推測するに……足に風属性の魔法をまとっていた、といったところだろう。そうすればただ走っているだけでも加速する。姿を目で追うことは不可能だろうさ」
そこまで話すと、カルマの方に視線を向ける。
「そして、走りながら火属性の上級魔法を撃つ。そうやってジオンを翻弄し、とどめに最上級魔法を撃とうとしたんだろう? 個別魔法が使えないと思っていた君は、代わりに通常魔法を鍛え上げた――学校に通ったことがないにもかかわらず、だ。結果、私たちが使えない最上級魔法を使えるまでに成長した。だが、君自身がどれだけの魔力量を誇っていたとしても、最上級魔法など多用できるものではない。さしずめ、一日一回しか使えないのではないか?」
説明の間、カルマの表情はどんどん引きつっていった。しまいには「そこまでお見通しだなんて……」と悔しそうだ。
「しかし……あれだけ長ったらしい呪文を、よく走りながら唱えようと考えたものだな」
「体力には自信があります!」
「元気があるのは結構なことだ。ただ欠点をあげるとするなら、呪文の詠唱の際にどうしても攻撃の手を止めなければならないことだな」
最上級魔法は呪文が長い。
ほとんどの場合、一対一の戦闘で最上級魔法はあまり使われない。どうしても反撃の隙が生じてしまうからだ。
「はい……。姿さえ見えなければどこに狙いを定めていいかも分からないはずなので大丈夫だと思ったんですが……、まさか空中に打ち上げられるなんて! ジオンさんすごい!」
唐突に褒められ、ジオンはまんざらでもなさそうにそっぽを向いた。
「さて、イリア。カルマはここまで考えていたようだよ」
今度は隣にいるイリアの方を向くアルエ。彼女はその視線から逃げるように顔を背けた。
「先程の戦闘において、君は本領発揮できていないように見えた。いつもに比べてやりづらかったのではないか?」
イリアの表情が曇っていく。やがて観念したように
「……ええ。ずっと個別魔法を使ってたけど、ジオンの思考しか読めなかったわ」
「あぁ、だからだったのか」
ジオンは思わずつぶやいた。戦闘中のあの余裕のなさを思い返せば辻褄が合う。
アルエは楽しそうに口角を上げた。
「何もそれは、戦闘中や思考に限ったことではあるまい」
イリアの眉がピクリと動く。
「……なんですって?」
「思い返してみたまえ。カルマを一目見たとき、君は真っ先に『誰?』と尋ねた」
「それは……咄嗟のことだったから」
個別魔法を無意識に発動してしまうのは、まだ『第一開花』で魔法(ちから)をコントロールできていない証拠だ。大抵は使おうと思わなければ発動しない――個別魔法が『第二開花』しているイリアも例外ではない。
突然の訪問者に柄にもなく驚き、冷静さを失った。
だから個別魔法を使う余裕がなかった。
理屈としてはまかり通るだろう。しかし、アルエは首を横に振る。
「それだけではない。本来であれば、ここに来た目的を説明してもらう必要も、私が彼に個別魔法は何か訊く必要もなかった。イリア――すべて君になら読み取れたはずだからね」
イリアは息を呑み、口を噤む。
確かにそうだ。出会いがしらならともかく、しばらく会話を交わして冷静さを――カルマの情報を読み取る余裕を取り戻したはずだ。
にもかかわらず。
ジオンの情報は事前に知っていたのに対し、カルマの情報はすべて彼の口から説明しているのだ。イリアのばつの悪そうな表情に気づいてか気づかずか、アルエは続ける。
「加えてカルマの思考が読み取れなかったことと、彼を『使役』できなかったこと。これらはこう考えれば説明がつくのだよ。カルマ、君の個別魔法はおそらく『魔法の無効化』だ」
瞬間、アルエ以外の全員が息を呑んだ。一番驚いているのはカルマ自身だ。
「待て。矛盾しないか?」
ジオンが最初に落ち着きを取り戻した。
「打ち消しちまうなら、誰もこいつの前で魔法が使えないってことだろ? でも俺はこいつの前で魔法が使えたし、こいつもそうだった」
「力が弱いんだろうさ。まだ『第一開花』ならうなずける。推測だが、あくまでも私の『使役』やイリアの『情報読取』のような精神干渉系の魔法を打ち消す程度なのだろう。それも、コントロールすらできていない。先程も無意識に発動したんだろうさ」
「最上級魔法を使えるほどの魔力を持ってるのに、か?」
「今まで自分を『未開花』だと思っていたんだ。おかしな話ではない」
個別魔法の開花や成長度と魔力の強さは比例する――しかし、カルマのこれは例外だ。魔力が強くなっただけで個別魔法が開花するのは『未開花』であった場合の話。『第一開花』していれば、使わなければ成長しない。
個別魔法がないと思い込んでいたのなら、自ら使おうとする機会がなくて当然だ。そのために気づかないまま『未開花』として過ごしている悪魔も少なくない。
だから魔力量の割に個別魔法が弱い。
無意識でしか発動できないくらいに。
「そう、だったんですね……」
自分の個別魔法が分かったというのに、カルマの表情は浮かなかった。
「僕は、アルエさんに『使役』してもらえないのか……」
個別魔法『魔法の無効化』――『第一開花』でも『使役』の効果は打ち消してしまう。
「そうだな。この本に君の名を刻むことはできない。しかし、必要もないだろう」
カルマはうつむく。
魔法で仕えることも不可能。個別魔法の能力も認めてもらえなかった――彼はそう察したのだ。
だから。
「君が『使役』されずとも――自らの意思で私の傍にいてくれるのなら」
アルエがそう微笑んだとき、彼は思考が止まったかのようにきょとんと眼を丸めた。何を言われたかを理解するのに時間がかかったのだろう。
「カルマ。住んでいる場所は?」
「あ、いえ。旅をして回っていたので」
「なら、この屋敷に住むといい」
淡々と進んでいく話に、カルマはやはり状況がつかめていない様子だった。
「ねぇアルエ。本当に?」
イリアが眉をひそめながら問う。
「あぁ。部屋はまだ空いている、問題はないだろう。他の人間と違ってカルマは呼び出せない。むしろ一緒に住んでもらった方が好都合だ」
「ってことは、個別魔法がお眼鏡にかなったってことか?」
ジオンが肩をすくめた。
個別魔法の能力によっては『使役』も考える。
戦闘前に、アルエは確かにそう言ったのだ。
「それもあるが、何よりこれだけの魔力を持っている者はそうそういない。個別魔法だってコントロールできるようになればすぐに『第二開花』するだろう。そうなれば最早イリアやジオンを『使役』する必要もなくなる」
カルマの個別魔法が『魔法の無効化』である以上、彼さえいればこと足りる。戦闘になったとしても、個別魔法さえ発動させてしまえば相手から魔法という武器を奪える。
ボディーガードとして人間を『使役』しなくて済む。
「そのときはふたりを解放するさ」
その言葉で締めくくると、イリアもジオンも押し黙った。
解放されるに越したことはない。
カルマが成長するのを待てばいいだけの話だ。
「え……? 本当に……? いいんですか……?」
やっと実感が湧いてきたらしいカルマが、それでもおそるおそる尋ねる。夢ではないかと確認するように。
「あぁ。これからよろしく頼む」
その言葉が、これが現実であると証明している。
「はい! よろしくお願いします!」
嬉しそうに頬を緩めながら、彼は微笑んだ。
アルエはジオンに向き直る。
「ジオン、君はどうする? 部屋はまだ空いているが」
「俺は帰らせてもらう。もともと住んでる場所があるからな」
「あー、よかった。こいつと一緒に住むと思うと……」
イリアがこれみよがしにため息をつくと、ジオンの中に静かな怒りが沸きあがった。
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