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「イリア。あれを配ってくれないか」
屋敷の洋間に戻ってすぐ、アルエは指示をした。はいはい、と返事をしたイリアは、テーブルの上に倒れている袋の中から小さく四角い箱を四つ取り出して配る。
箱の中には太い棒状のクッキーが二本入っていた。パッケージにははっきりと「栄養補助食品」と書いてある。
ジオンは顔を引きつらせた。
もしかして、昼食はこれだけか……?
アルエもイリアも、黙々とそれを食べている。カルマに至っては何の疑問もなく「いただきます」から「ごちそうさま」まで勢いよくかじっている。
ジオンはキッチンまで足を運び、ちらりと覗いた。冷蔵庫や電子レンジなど、一通りの家具は揃っているが、見る限りシンクもコンロも真新しい。
「なぁ、クローム」
洋間まで戻ってくると、声をかけた。アルエは小さな口でクッキーを頬張りながら首を傾げる。
「なんだい?」
「キッチンがやたらと綺麗なんだが……最後に使ったのはいつだ?」
「ん? ここに越してから一度も使ったことはないが?」
その答えに、ジオンは絶句し、手元の栄養補助食品を見つめた。
この屋敷に住んでどれだけ経ったのかは知らない。
だが、少なくともその間、まともな食事を摂っていないということか。
さらに。
「必要ないでしょ。これあるし」
イリアの発言から察するに、この不十分な食事が日常だったということだ。
ジオンは栄養補助食品を握りしめ、わなわなと震えた。
「ん? 食べないのか?」
アルエのその言葉を皮切りに、ジオンの中で何かが切れる音がした。
「全員そこに座れぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
怒号が飛ぶ。一同は食べる手を止めてきょとんと目を見開いた。
「おい、家主ぃ! キッチン借りるぞ!」
勢いと雰囲気に、アルエは戸惑いを隠し切れない様子でうなずいた。イリアも似たような反応をしているのに対し、カルマだけは能天気に「何するんですか!?」と目を輝かせている。ジオンは各々の反応をよそにキッチンに吸い込まれていった。
数十分後。
律儀にもソファに座って待っていたアルエたちの前に
「できたぞ! 食え!」
と作った料理を並べていく。栄養を摂ることのみを考えた菓子と違い、様々な食材を使った、温かい食事。カルマは「おいしそう!」とよだれを垂らしている。
「でも、食材なんてうちには置いてないわよ? どうやって調達したのよ?」
イリアは心底不思議そうに尋ねた。ジオンは鼻を鳴らす。この屋敷に栄養補助食品以外の食料が置いていないことは確認済みだ。だから――
「個別魔法で創った」
「なんとも便利な魔法だな。買い物に行く必要もないじゃないか」
「あ! いっそ、魔法で料理創っちゃえばキッチンもいらないんじゃないですか?」
口々に言うアルエとカルマに、ジオンはまた呆れ顔だ。
「『創造』で生み出した料理や食材なんか実物には敵わないんだよ。味は劣るぞ」
彼がとったのはあくまでも応急処置だ。
食材のない屋敷で料理をするために。
乱用することを前提としていないし、そもそもその使い方は彼の気が済まない。
ただ――このメンバーなら味の優劣など気にしないのだろうとジオンは思った。
「いただきます!」
勢いよく手を合わせて食べ始めるカルマ。
対して、何も言わずに食べようとするアルエとイリア。
「クローム! スミリット!」
再び怒号が飛び、ふたりの手が止まる。
「何よ! 食べちゃいけないの!?」
不満そうなイリアに、ジオンは言い放った。
「『いただきます』を言ってから食え」
「なんかお母さんみたいですね!」
「なに言ってやがる、礼儀だろ」
無邪気に笑うカルマに、妙に正論を説いてくるジオン。アルエとイリアが顔を見合わせると、しぶしぶ「いただきます」と手を合わせた。
「君も食べていくといい」
作ってもいない側に促され、ジオンは何となく腹立たしさを感じながらも
「言われなくても食ってから帰るっつーの!」
ドカッと音を立ててソファに座り、手を合わせた。
それにしても。
アルエ・クローム――裏切り者。
最強にして、最凶であり、最悪の存在――と言われているはずなのだが。
理不尽に『使役』されてから数時間、触れ合って感じたのは
噂のイメージと違う、という微かで確かな違和感だった。
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