エンドレス   ~終わらせたい、終わらせたくない~

中野拳太郎

文字の大きさ
14 / 54

三、第二の事件

しおりを挟む
 
 勝川のコンビニに行くと、警官が立っていた。

 森川は会釈をし、白い手袋をしながら入店した。

「同一人物でしょうか?」

 西嶋の背中を見つけ、森川が声を掛けた。

 西嶋は、めんどくさそうに振り返った。

「ビデオ解析の結果を待って結論は出されると思うが、恐らくそうではないかと思う。被疑者は簡単な変装をしているようだ」

「簡単な、とは。どんな?」

 西嶋の隣に立ち、森川は訊いた。

「黒のキャップに黒のレイバンサングラス。そして、黒のボストンバックを持っていたそうだ。服装は、大曽根でも着ていた白のYシャツに、グレイのパンツ。そして、ネクタイは紺色だ」

 西嶋はゆっくりと言った。

「それに、今は、被害者から奪ったフォールディングナイフ、NIKATTO F62を凶器として所持していると思われる」

「危険ですね。被疑者は一体何を考えているのでしょうか。薬物ですかね。まるで場当たり的な犯行にも思えますが」

「そう捉えることができるが、今は早計だ。何か動機があるのかもしれない」

 西嶋は言った。

「それより俺が訊きたいのは、被疑者の概要だ。ちゃんと仕事をしてきたんだろうな。ただ油を売ってきたんじゃないのか」

「違いますよ。藪押大和三十四歳。大学を出てからずっとトヨタカローラの高岳店で働いています。営業の成績はいまいちだそうですが、年配の固定客には受けが良く、外せない社員ではあるようです。現在住んでいる所は、矢田町のアパートで一人暮らしです」

「独身なのか?」

「ええ。現在は」

 森川は含みを持たせた顔で、言った。

「別れたのか?」

「はい。三年前に。子供も一人います」

「ほう」

「別れた嫁は旧姓小和田彩加おわだあやかの名を語り、年は同じで、子供の明十一歳を引き取り、現在岐阜県多治見たじみ市に住んでいます」

「三年前に、か。じゃ、別れた原因は?」

「そこまでは分かりません」

 森川は言った。

 西嶋が渋い顔をした。

「それで面白いことを訊いたのですが、藪押大和は高校時代に柔道部に在籍しておりまして、三年生のインターハイで、六十六キロ級で優勝しているそうです」

 それに反応することなく、森川は続けた。

「ほう。そうか」

 西嶋の目つきが鋭くなってきた。

「インターハイで優勝しているのに、大学とか社会人で続けることはしなかったのか?」

 西嶋が興味を示してきた。

 表情を変えず、腹の中で喜ぶ。

「ええ。きっぱりと。辞めていますからね」

「う~ん。勿体ない、というか中途半端というか、消化不良的な辞め方だったのかもな」

「どうですかね。人それぞれですから」

 西嶋は、森川を見た。

「陸も高校時代、野球をやっていて、エースとして甲子園にいき、準決勝までいったんだろ。プロや大学からスカウトが来なかったのか?」

「実際、大学、それからプロからもスカウトは来ました」

「じゃ、何でそっちの道に進まなかったんだ?」

 森川の顔の陰が広がった。

 おかしなことを訊くな。そう思った。今は、藪押のことを話しているのに、何で俺の話しになるんだ。お蔭で暗い過去を思い出してしまったじゃないか。

「右肘を壊しましてね・・・・・・。それでメスを入れたんですよ」

「そうだったのか」

 西嶋は、申し訳なさそうな顔を向け、話しを変えた。

 あれ、たまには、そんな顔をする時もあるんだ。

「それはそうと、藪押は、嫁さんには暴力を振るっただとか、そういう噂はなかったのか」

「あったのか、なかったのか。そういったことを本人が口にしていないので、わからない、とのことです。それが何か?」

「普通、離婚となれば、暴力か、他に女ができたか、のどちらかじゃないか」

「一般的には、そうともいえなくはありませんが、何しろ、離婚の原因を探るところまでは、できませんでしたので」

 森川は、ここで声を潜めた。

「でも、女の線は、どうやら薄いようですね」

「どうしてそれが言える?」

「藪押と言う人間は、堅物らしいですよ。同僚に言わせると、その手の浮ついた話を、耳にすることはなかったみたいですし、それに藪押は、いつも一人でいて、仲間と何処かへ飲みにいくこともなければ、ましてや笑いながら話しをしているところを、見ることもなかったようなんです。
   所謂孤独を好むというのか。そんな男がプライベートで、がらりと人格が変わって、なんてありうるでしょうか。私にはそうは思えないのですが」

「そうか。で、藪押は、その別れた嫁とは今でも会っているのか?」

「嫁とは会っていないようですが、子供の方とは、会っているみたいですね。数少ない会話の中から、というよりも、上司から訊いた話しなんですが、ある時、藪押が有給をとりたい、と言ってきたので、理由を尋ねたそうです。
 その時に、子供と会うので、どうしても休みたいのだと。そこで、更に詳しく訊いてみると、何だかその日は、息子の誕生日だったそうで、プレゼントに何々を買い、夕食は何処で食べるのかまで、喋ったそうです。その時は珍しく饒舌だったそうです」

「そうか。息子はいくつだ?」

「小学五年生、十一歳です。それで、明君とは、月一で会っているそうですよ」

「そうか。まあ、なかなかいい仕事だったぞ、陸。お前にしちゃ珍しいじゃないか」

「いつもですよ。これくらいの捜査力は」

「そんなもんは、捜査とはいわんぞ。井戸端会議でやるような、ただの質問の中から得た情報だ」

「はい、はい」

 陸は顔を顰めながら、西嶋の背中を見た。

 二人は指紋採取などの現場検証が終わると、一旦、お互いが別れることにする。

「じゃ、俺はもう少し、この辺りを歩いてみるから、陸は、今度は被疑者の住まいや身辺、それから親戚や友人などを洗ってみてくれ」

「わかりました」

 陸は、舌を出して、西嶋の背中に答えた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...