エンドレス   ~終わらせたい、終わらせたくない~

中野拳太郎

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ニ、成人式の二次会で

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 坂戸は、地下に向かうため、真っ暗な廊下を歩いた。所々腐敗した床が捲り上がっていて、それに足をとられ、躓きそうになる。

 坂戸は懐中電灯の明かりを頼りに慎重に、そろり、そろりと地下へと降りる階段を下って行った。前々から分かっていたことだが、彩加が別れたかったことが今日、はっきりと分かった。理解できた。藪押という恐ろしい男の正体が・・・・・・。

 これじゃ手に負えないのも分かる。まるで腹を空かした獰猛な猛獣と一緒にいるようなものなのだから。いつ何時、食われるのか。そんな心配ばかりして生きていかなければならなかったのだろう。

 俺が女であったのなら、この精神力では、一日として持たなかっただろう。

 あまりのほこりっぽさに堰が出た。その音が階段中に響き渡った。そんな時だ。階段の隅に黒い物体を発見した。

 ワアッッッ! 思わず腰が抜けた。

 猫が入り込んでいたようだ。黒猫だ。毛並みがボサボサで、野良猫であることが一目瞭然だ。だが、それは悠然としており、しなやかな動きで、上に駆け上がっていった。

 坂戸は溜息をつき、先に進んだ。何やら小さなものが床を這いずり廻っている。あまりの恐怖で、下を確認する勇気もなかった。そのまま坂戸は、更に下へ降りて行った。

 やがて階段は終わり、入口らしきドアがあったので、深呼吸をしてから、そのノブに手をやり、廻してみた。懐中電灯をやり、中を照らしてみると、昔は厨房だったらしく、流しや巨大な冷蔵庫、オーブン、それに食器棚などがあった。

 暑いはずの気温も、この中に入った瞬間、冷気を感じ、背中の辺りがヒヤリとしてきた。額から汗が一粒落ちた。

 冷蔵庫に手を掛け、開けてみると、数本のウイスキーが置いてあった。勿論電気がきてない分、冷たくもない。黒い瓶を持ち上げた。

 にゅる、とした感触。

 ウワワワッッッ! 

 蜥蜴とかげが瓶の底にくっついていた。

 坂戸は荒い息遣いで、それを必死で、手で払い除けた。少しのことでも、心臓が飛び跳ねる。薮押から酒を持ってこい、と言われている。仕方なく震える手で、それを握り、階段を登った。来る時に通った階段を登り、廊下を歩き、早足で戻っていった。

 ようやく坂戸は地下からジャックダニエルブラックを持ってきた。客間に戻ってきた。そして、三千mlの黒い瓶を薮押に手渡した。

「開けろ」

 薮押が部屋の入口で待ち構えていた。

 坂戸は言われるままに、藪押が出したグラスにウイスキーを注いだ。

「お前も飲め」

 坂戸はもう一つのグラスを受け取り、今度は藪押がそれに注ぐ。

「座れや」

 仕方なく坂戸は腰を下ろした。

 そして、二人はグラスを重ね、呑み始めた。







「俺が中学生の時はモテてな。何人かの女から告白されたものだよ」

 しばらくすると藪押は、ウイスキーを飲みながら、喋り出した。

「その中に彩加もいた。当時の俺は調子に乗っていてな、モテることをいいことに。だから、その時は断ったんだ。でも高校を卒業し、大学へいくと俺は普通になってな、それほどはモテなくなったんだ。それがいいことに二十歳の成人式には、俺には彼女がいなかった。
 で、その時の俺は、若くてな、誰でもいいから、彼女がほしい、って思っていたんだ。その時だよ。彩加と会ったのは。晴れ着姿の彼女は、大人になっていて、びっくりするくらいに洗練されいた。綺麗になっていたよ。
 俺がずっと見つめていると、彼女も気付き、少しだけ微笑んでくれた。俺はたまらなくなり、どうしても喋りたかったが、駄目だった。
 だが、成人式の後、仲間に同窓会に誘われた。普通ならばいかなかっただろう。でも、もしかしたら彼女と喋れるかもしれない、そう思うと、行かずにはいられなかったんだ。
 それで、同窓会に行くと、彩加はいた。でも最初は、女子は女子と話し、男子は男子という具合で、なかなか近づくチャンスがもなかった。だが、そんな時だ。

「ね、藪押君って、柔道してたんだって?」

 遠くの方から透き通った声がした。俺は飲みかけだったビールジョッキをテーブルに置き、立ち上がっていた。

「うん。高校の時にね」

 俺は言った。

「小和田も来てたんだ」

「うん。今さ、藪押君のこと話してて、女子たちで盛り上がってたんだよ ー」

 彼女は、はやさかえで、アパレル関係の仕事をしており、社会人として自立をしていたんだ。だから学生と違い、大人っぽく、そして、魅力的に思えたんだ ー」

 俺は、積極的に彩加の隣に座った。

 彼女はウーロン茶を飲んでいて、その瓶が無くなっていたのを確認すると、ウエイターを捕まえ、注文をしてやった。

「お酒は飲めないの?」

 彼女は首を振った。

「ううん。今日は何となく。それに、私強くないもの」

「そうなんだ」

「藪押君、変わったね」

「え?」

「何か、どっしりしてるし、あの時とは違って、大人になったね。やっぱり二十歳だもんね」

「小和田だって、その、綺麗になったな、って思ってたんだ。大人っぽくなったし」

「またまた。やめてよ。本気にするから」

「本気だって」

 藪押は言った。

「小和田は何やってるの、今は?」

「アパレル関係の仕事」

「もう働いてんだ。俺はまだ学生」

「いいな。大学生か。私も大学に行けばよかった。友達も皆いったし、羨ましいな、とは思っていたんだ」

「何でいかなかったの?」

「うーん。小さな頃から、都会の、栄のど真ん中で働くことに憧れてたからな」

「何処で働いてるの?」

「三越のブティックよ」

「お洒落だな」

「そうでもないわよ。実際は」

「楽しい?」

「まあね」

「楽しければいいよ」

「そうかな。私ね、先で、将来、自分の店が持ちたいな。そう思ってるんだ。そして、小さくてもいいから、自分の好きな服やアクセサリーを売れればいいかな、って」

「夢だね」

「そう。夢」

「いいな。俺には、そういう夢なんかないから」

「柔道は、もうやってないの?」

 藪押は、頷いた。そして、やや恥ずかしそうにビールを飲んだ。

「何で、勿体ない。幸子に訊いたんだけど、藪押君ってインターハイで優勝したんでしょ」

 藪押は、小さく頷いた。

「どうしてやらないの大学で ? 勿体ないよ。せっかく大学いってんだから、柔道続けて、良い所に就職すればいいじゃない。例えば警察だとかに」

「警察ね。柄じゃないな」

「似合うと思うけどな、藪押君の制服姿。がっちりしてるし」

「ハハハッ」

「小和田の方は、どうなんだよ?」

「え?」

「高校の時、陸上部で、短距離が早かったじゃないか。確か、百メートルの選手だっただろ」

「ああ、そんなこともあったけど。覚えていてくれたんだ」

「まあね。実はね、かっこいいな、って思っていたんだ」

「またまた。今日の薮押君うまいんだから」

「そんなことないよ」

 薮押は笑顔を向けた。

「で、今は?」

「仕事が忙しくて、運動は・・・・・・」

「だよね」

 二人で頷き合った。

 お互いいい感じで笑い合っていた。

 話しが盛り上がってきたが、気づくと、時間が十時を指していた

「はーい。それでは、時間となりましたので ー 今日のところは、この辺りでー」

 幹事の男が立ち上がって終了の合図を出した。あの時程、そいつの顔を、殴り倒してやろうと思ったことはなかった。

 藪押も、彩加もまだ喋りたそうな顔で、お互いが見つめ合っていた。

「小和田、携帯の番号とかって・・・・・・・」

「知りたいの?」

 彩加が悪戯っぽく微笑んだ。





 これが始まりだったー





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