エンドレス   ~終わらせたい、終わらせたくない~

中野拳太郎

文字の大きさ
47 / 54

ニ、興奮状態の犯人

しおりを挟む
「警察だ!」

 西嶋と森川が客間に飛び込んでいくと、二人して目を見張ることになった。


 藪押が、両目をパンパンに腫らした彩加を右腕で抱え、ナイフを持った左手を向けていた。

   彩加の鼻と口から血が流れていた。あんなに綺麗だった彼女の顔が崩れ、今では見ていられないほどになっていた。小さかった顔が二倍にまで膨らんでいた。

   後ろには明君もいるが、泣き疲れたのか、ぐったりと、頭を垂れ、座り込んでいた。

「小和田さん」

   森川が詰め寄った。

「待て!」

   それを西嶋が制した。

「誰だ、お前らは! 来るな、来るんじゃない。来るな、って言ってるだろ!  一歩でも近づいてみろ。俺は、ここにいる彩加を刺す。それでもいいのか」

「お前、自分が何をしているのか分かっているのか?」

「分かっているつもりだ」

「藪押、一体貴様は何がしたいんだ?」

「単純さ」

   藪押は言った。

「彩加と寄りを戻し、明と一緒に暮らすことだよ。それを、この男が邪魔をしたんだ」

 藪押の視線の先には、窓の近くで、大の字になって倒れている坂戸の姿があった。

   坂戸はいまだ眠ったままで、起き上がる気配もない。額がパックリと割られ、そこがどす黒い血で固まっていた。
 危険な状態かもしれない。脳震盪でも起こしているようだった。早く助けないと重大なことになりかねない。しかし、藪押がナイフを彩加に向けており、これじゃ動くに動けない。

(どうしますか?)

(様子を窺え。ちょっとでも隙を見せれば、撃ってもいい)


「何を喋っている。俺は、そうやってこそこそと噂話をする奴が嫌いなんだよ。なぜ、はっきりと本人に意見を言わない。
 なぜ、そうやって自分の意見と似通った者同士でしか喋ろうとしないんだ。何がコミニュケーションだ。おかしいよな。何が話し合えば、分かり合えるだ。そんなのは空想の産物でしかない。そうだろ? ただ気が合わない奴を無言で排除しようとしているにすぎないのだからな」

 藪押は言った。

「拳銃を渡してもらおうか」

 藪押は、かなりの興奮状態にあった。呼吸も荒い。常人ではないことがわかる。


   アッと、思った時には、いきなりナイフで、彩加の右肩を切りつけていた。

「いやあぁぁぁぁっっっ!」

   彩加が叫び声を上げた。

   身を切り裂かれるような叫び声だった。彼女の痛みが伝わってくる。

「早くこっちに蹴って渡してもらおうか」

   藪押は、ナイフに付いた彩加の血を眺めていた。

   彩加の右肩は、血がナイフの軌道の線のように噴き出していた。

「ハァッハァッハァッッッッ」

   彩加の呼吸が荒い。

   しかし、よく目を凝らし、彼女の右肩の傷を見たところ、それほど深くは刺していないようだ。それでも彩加の呼吸は乱れてた。
 そりゃそうだ。肩をナイフで刺されたのだ。ショックが大きいに違いない。未だ彼女は自分のその右肩から目を反らし、その痛みに耐えていた。見るのも怖いのだろう。

   西嶋は拳銃を床に落し、藪押に向かって投げた。仕方がなかった。こうするしか・・・・・・。そして、森川に向かって頷いた。

   森川はしばらく面白くない顔を向けていたが、西嶋がもう一度頷くと、諦めて、拳銃を床に落し、そして、蹴って藪押に渡した。

「拳銃を渡したから、我々は丸腰だ」

   西嶋は感情を出さず、なるべく冷静な口調で言った。

「だから小和田さんを早く解放してくれ。そして、手当をしないと、大変なことになるぞ。お前だって、小和田さんにもしものことがあれば、困るだろ」


 すると藪押は、はっとしたような顔を見せ、彩加に視線をやった。

「ど、ど、どうしたんだ。あ、あ、彩加。そ、そ、その右肩、血が出ているじゃないか」

   信じられないものを見るような目で、自分がやったにも拘らず、しばらくは呆然自失といった状態だった。ここにいる者、全てが呆けている藪押を見ていた。本気で言っているのか、と。全員が口をあんぐりとしていた。

   だが、しばらくしてから藪押は腰を落し、目の前にある二丁の拳銃を拾った。ずしりとしたこの手触りに、感動しているようだった。

 この変わりよう。皆が目を疑う。自分が彩加の肩を、ナイフで刺したことなどすっかり忘れ、拳銃のトリガーに手をやると笑みが漏れていたのだから。

   緊張が走った。

   二人の刑事が生唾を飲み、後悔に耽る。怪物に渡してはならないものを渡してしまったことに、今気づかされた。

    藪押は、それを手にし、狂気にも似た顔で、笑いながら、拳銃を眺めていた。奴の口から涎が出ていることに、誰もが気付いていた。
 静まり返ったこの空間。全員の視線が薮押に注がれていた.。何が起こるか、予断を赦さない状況がここにはある。

 西嶋は薮押を黙って睨み続け、森川は生唾を飲み込み、緊張の色を隠せない。

 彩加は、ようやく荒い呼吸も落ち着きを取り戻していたが、体の震えを止められづにいた。

 明は、放心状態のまま薮押を眺めているだけで、動けないし、自分の意思を取り戻すこともできないようだった。


 まるでこの空間だけが時間が止まっているようで、結局、この場にいる誰もが動けづにいた。一人を除いては。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...