4 / 6
第4章 根暗で地味な彼女
しおりを挟む
【5月17日】
今日も疲れた。工場の仕事はほんとクソ。ラインの前に立って8時間、同じ動作を繰り返すだけ。
賞味期限シールを貼るだけの簡単な作業なのに、頭が混乱してくる。途中で班長に注意された。
「山本さん、ここ3つミスしてるよ?」って。すみませーん、ロボットじゃないんで。
帰りにコンビニによって新しい恋愛ゲームを買ってきた。これで今夜は少しは気が紛れるかな。
明日も早いけど、少しだけSNS見てから寝よう。最近ハマってるまつめさんの新しい投稿あるかな。
【5月18日】
まつめさんが返信くれた!すごい嬉しい。
アニメの感想に「私もそう思います!あの展開は原作と違いすぎて驚きました」って。
私のこと分かってくれる人がいるんだって、胸がキュンとした。
プロフ写真は地味でメガネかけてるけど、センスいいよね。私と同じで人見知りっぽいし。
今日の工場は午後から機械トラブルで早く終わった。
帰りに本屋によって、まつめさんが前に勧めてくれた漫画を買ってきた。読むの楽しみ。
【5月20日】
まつめさんとずっとDMしてる。同じアニメ好きだし、同じ漫画読んでるし、価値観も似てる気がする。
彼女も社会不適合者って言ってた。私みたいに。
会社では浮いてるんだって。分かる、それ超分かる。私も工場では誰とも仲良くない。
休憩時間はいつも一人でスマホ見てる。他の女の子たちは派手な恰好して、彼氏の話とかばっかり。うざい。
まつめさん、今度会わない?って誘ってみた。ドキドキする。返事来るかな。
【5月21日】
返事来た!会ってくれるって!土曜日、駅前のカフェで。
ヤバい、緊張する。何着ていこう。髪も切った方がいいかな。
いや、普段着でいいよね。お互い地味なオタクだし。かしこまる必要ないよね。
でも少しだけ可愛くしていこう。せっかくだし。
【5月25日】
今日、まつめさんと初めて会った。
最初、カフェで待ってるとき、声をかけられてびっくりした。
SNSの写真より、もっと小柄で控えめな女の子だった。メガネの奥の目は少し大きくて、まるで人形みたい。
髪は肩くらいで、黒くて艶がある。
「山本さん?初めまして、まつめです」
その声は小さくて、少し震えてた。緊張してるみたい。私も。
最初は二人とも緊張してたけど、好きなアニメの話になったら止まらなくなった。
彼女は詳しい。私が知らない作品もたくさん教えてくれた。
「これ、山本さんにぴったりだと思います」って勧めてくれた作品がいくつかあって、メモした。
帰り際、「楽しかったです。また会いましょう」って言ってくれた。嬉しかった。友達ができた気がした。
彼女の名刺をもらった。会社員なんだね。まつめ沙織さん。OLって感じはしなかったけど。
【5月27日】
まつめさんのSNSをずっと見てた。過去の投稿とか全部。彼女も私みたいに孤独を感じてるみたい。
会社のことをあまり書いてないけど、たまに愚痴ってる。
「周りは私を理解してくれない」とか「本当の自分を出せる場所がない」とか。
分かる。すごく分かる。私も同じ。工場の人たちとは違う世界に生きてる感じ。彼女も同じなんだ。
次はいつ会えるかな。もっと話したい。
【5月30日】
今日、まつめさんの会社の前で待ってみた。名刺に書いてあった住所で、大きなオフィスビルだった。
何の会社か分からなかったけど、企業ロゴとか入ってる感じの。
夕方5時半くらいに行ったら、たくさんの人が出てきた。みんなスーツとかきちんとした恰好。
私はパーカーとジーンズで浮いてた気がする。
しばらく待ってたら、まつめさんらしき人が出てきた。でも、びっくりした。
あれが本当にまつめさん?
髪はアップにして、メイクもばっちり決まってる。服装もスタイリッシュなスーツで、ハイヒールを履いてた。周りの女性社員と楽しそうに話してる。笑い声も大きくて自信に満ちてる。
カフェで会った時とは全然違う。あの時は小さな声で、うつむき加減で、私みたいな感じだったのに。
しばらく見てたら、男性社員たちとも気さくに話してる。冗談を言って皆を笑わせてる。人気者みたい。
なんだか混乱した。あれが本当のまつめさんなの?SNSで見せてる姿とも違う。
でも、きっと表向きはああやって振る舞ってるだけなんだ。
本当の彼女はSNSの投稿にあるように孤独で、周りに理解されてない。私と同じように。
そう、彼女は二つの顔を持ってるんだ。外面と内面。表と裏。
もっと知りたくなった。本当の彼女を。
【6月2日】
今日もまつめさんの会社の前で待ってた。
出てくるところを見ていたら、会社の人たちとまた盛り上がって話してる。カラオケに行くみたい。
まつめさんはノリノリで「私、歌うの得意なんですよ~」とか言ってた。
あれって演技だよね?SNSでは「人混みが苦手」とか書いてたのに。
彼女たちについていってみた。カラオケ店に入る前に、一度だけ彼女が振り返って、周りを見回した。
私はすぐに建物の陰に隠れた。見つかってないと思う。
数時間後、彼女たちが出てきた。まつめさんは頬を赤くして、楽しそうだった。
でも、みんなと別れた後、彼女の表情が変わった。笑顔が消えて、無表情になった。
やっぱり。表の顔と裏の顔。分かってた。
彼女は一人で歩き始めた。私はついていった。彼女がどこに住んでるのか知りたかった。
電車に乗って、郊外の住宅街で降りた。10分くらい歩いて、古いアパートの前で止まった。
3階建てで、少し薄汚れた感じの。
彼女は3階の部屋に入っていった。305号室。覚えておこう。
【6月5日】
今日、またSNSで話した。彼女は昨日の夜のこと何も言わなかった。カラオケに行ったことも。
代わりに「休日は家でずっとアニメ見てました」って。
嘘だよね?
私はあえて何も言わなかった。彼女の秘密を知ってる感じがちょっと楽しい。
彼女が私に見せてる顔は、きっと本当の顔。
SNSや一対一の時の、あの地味で内向的な顔こそ本物なんだ。会社での活発な姿は仮面。
私はそう信じたい。彼女は私と同じなんだって。
【6月7日】
今日は早く仕事終わったから、まつめさんの会社まで行ってみた。また彼女を見たかった。
彼女は7時頃に出てきた。遅くまで残業してたみたい。
今日は一人だった。周りに誰もいなくて、さっきまでの賑やかさが嘘みたいに静かに歩いてた。
彼女についていった。いつもと違う道を行く。電車にも乗らない。
暗くなってきたけど、私は離れたところからずっと彼女を見てた。彼女は人気のない公園に入っていった。
何してるんだろう?
公園は街灯が少なくて暗い。でも月明かりで彼女の姿は見える。彼女は砂場に向かった。
そこで彼女は何かを取り出した。紙みたい。写真?
そして突然、彼女は小さな石を拾い、その写真に打ち付け始めた。
「くぅー、くぅー」
低いうめき声を上げながら、石で写真を何度も何度も打ち続ける。まるで呪いをかけてるみたい。
恐ろしくて、体が凍りついた。それでも目が離せなかった。
彼女の声は次第に大きくなり、「くぅー、くぅー」から「クソッ、クソッ」という言葉に変わっていった。
そして最後には「死ね、死ね、死ね」と繰り返していた。
写真は誰?会社の人?
30分くらいそれを続けた後、彼女は突然立ち上がり、写真の残骸を集めて燃やした。小さな炎が砂場で揺れる。
彼女の顔が炎に照らされた。笑っている。嬉しそうに。
私は息を止めて見ていた。
彼女は燃え尽きた灰を踏みつけて、公園を出ていった。
私はその場に立ちすくんだまま、動けなかった。
これが本当のまつめさんなの?
【6月8日】
眠れなかった。昨日見たことが頭から離れない。
あの低いうめき声。写真を打ち付ける石の音。「死ね、死ね」と繰り返す声。
気持ち悪い。でも、怖いと同時に、なぜか興奮してる自分がいる。
もっと彼女のことを知りたい。もっと彼女の本当の姿を見たい。
【6月10日】
今日、勇気を出してやってみた。
まつめさんのアパートに行った。昼間、彼女が会社にいる時間。
アパートの前まで行って、表札を確認した。「望月」って書いてある。
名刺に書いてあった「望月沙織」の苗字だ。やっぱりここが彼女の家。
SNSのハンドルネームとは違うけど、間違いない。
ドアノブを触ってみた。施錠されてる。当たり前だけど。
でも、管理人室の前を通ったとき、なぜか鍵がかかってなかった。中を覗くと誰もいない。
壁に色々な部屋の予備鍵がかかってた。
悪いことだって分かってる。でも、止められなかった。彼女のことをもっと知りたい。
305号室の鍵を手に取って、急いで部屋に向かった。手が震えてた。
鍵を差し込んで、ゆっくり開けた。
中は暗かった。カーテンが閉まってる。
一歩踏み込んだ瞬間、異臭が鼻をついた。腐ったような、鉄錆のような、よく分からない匂い。
目が慣れてくると、壁に何かがたくさん貼られているのが見えた。
写真だ。人の写真。たくさんの人の顔写真が壁一面に貼られている。
よく見ると、それらはまつめさんの会社の人たちみたい。男性も女性もいる。
スーツ姿だったり、カジュアルな服装だったり。
そして、その全ての写真に赤いインクか何かで×印がつけられていた。いや、インクじゃない。もっとドロッとした感じ。まさか…血?
吐き気がした。でも足が前に進む。
部屋の奥には棚があって、そこには小さなビンがたくさん並んでいた。中には何か保存されている。肉片みたいな…動物の一部?いや、もしかして…
ビンの横には小さなノートがあった。開いてみると、名前が書かれていて、日付と「採取」という文字。
何これ?何かの実験記録?それとも呪いの記録?
部屋の隅には小さな祭壇のようなものがあった。
黒い布が敷かれ、その上にろうそくや奇妙な形の石、小さな人形などが置かれている。
壁の一部には「復讐計画」と書かれた紙が貼られていて、会社の組織図のようなものに赤い線が引かれていた。
まるで攻撃順序を示しているみたい。
もう限界だった。吐きそうになりながら、急いで部屋を出た。
鍵を元に戻すのも忘れて、アパートから逃げ出した。
これが彼女の本当の姿なの?これが私が親近感を持った人なの?
気持ち悪い。怖い。でも、なぜか離れられない。
【6月12日】
工場の仕事中、何度も吐きそうになった。まつめさんの部屋で見たものが頭から離れない。
あの匂い。写真。ビン。ノート。
彼女は一体何をしてるんだ?誰かを呪ってる?傷つけてる?
SNSを開いて、彼女のアカウントを見た。相変わらず地味な投稿。アニメの感想とか、日常の些細な愚痴とか。
でも今は全部偽りに見える。
あの部屋にあったものが本当の彼女なら、SNSの投稿も会社での社交的な姿も、全部演技なんだ。
彼女は何者?
【6月15日】
今日、工場の仕事が終わった後、暗くなった道を歩いていたら、後ろから声をかけられた。
「山本さん、こんばんは」
振り返ると、まつめさんが立っていた。
カフェで会った時のような地味な恰好。メガネ、シンプルな服装。でも表情が違う。
目が冷たい。薄く笑っているけど、その笑顔が全然目に届いていない。
「ま、まつめさん…」
声が震えた。どうして彼女がここに?私の職場を知ってるの?
「久しぶりですね。オフ会以来かな」
彼女はゆっくり近づいてきた。私は後ずさりした。
「あ、はい…」
「最近、私に興味津々みたいですね」
心臓が止まりそうになった。
「え?」
「会社の前で待ち伏せしたり、家までついてきたり…」
彼女は知ってた。全部知ってた。
「いいえ、私は…」
「部屋にも入りましたよね?」
彼女の声が低くなった。耳元で囁くように。
「ずいぶん好奇心旺盛なのね」
足がすくんだ。動けない。
「私は何も…」
「見ちゃいましたね?私のコレクション」
彼女の目が輝いた。狂気じみた光。
「山本さんも興味あるの?人の体の一部を集めることに」
吐き気がした。
「いや…違います…」
「それとも、写真に呪いをかけること?効果ありますよ。教えてあげましょうか?」
彼女の手が私の腕に触れた。冷たい。
「誰かを呪いたい人、いるでしょ?工場の班長とか?」
どうして班長のこと知ってるの?
「私…帰ります」
やっと足が動いた。振り切って走り出した。
彼女は追ってこなかった。でも背中に視線を感じた。振り返ると、彼女はまだ同じ場所に立って、微笑んでいた。
「また会いましょう、山本さん。次はもっとゆっくり話しましょうね」
その声が夜風に乗って届いた。
【6月16日】
眠れない。怖い。まつめさんがいつ現れるか怖くて仕方ない。
工場にも行けなかった。休みの電話を入れた。
カーテンを閉め切って、部屋に閉じこもっている。
彼女は私の住所も知ってるんだろうか?職場は知ってた。いつ来るんだろう?
何も見なかったことにしたい。あの部屋で見たもの、公園での彼女、全部忘れたい。
【6月17日】
今日、玄関のポストに封筒が入ってた。差出人の名前はない。
開けると、一枚の写真。私がまつめさんのアパートに入るところを撮ったもの。
裏には一行だけ。
「秘密は守れますか?」
震えが止まらない。
【6月18日】
今日も封筒が来た。中には私の寝顔の写真。
いつ撮ったの?どうやって家に入ったの?
裏には「あなたの髪、きれいですね」と書いてある。
気が狂いそう。
【6月20日】
工場に復帰した。怖かったけど、家にいるのも怖い。
休憩時間、トイレに行ったら個室のドアの裏側に何か貼ってあった。
小さな紙切れ。そこには「今夜会いに行きます」と書いてあった。
班長に体調悪いと言って早退した。
【6月21日】
昨夜、誰も来なかった。でも眠れなかった。
朝、鏡を見たら髪の一部が切られていた。右側の少し。
気づかなかった。いつ切られたの?寝てる間?
彼女が家に入ってきてるの?
【6月25日】
数日間、何も起こらなかった。少し落ち着いてきた。
でも今日、郵便受けに小さな箱が入ってた。
開けると、中には小さなビン。見覚えがある。彼女の部屋にあったようなビン。
中には赤茶色の液体に浸かった何か…爪?人間の爪みたいなもの。
ビンのラベルには「山本(爪)」と書いてあった。
これ、私の爪?
【6月30日】
もう限界。警察に行こうと思った。でも証拠がない。彼女の部屋に不法侵入したのは私の方だし。
SNSで彼女をブロックした。メールアドレスも変えた。
工場も辞めた。引っ越そうと思う。
【7月5日】
新しいアパートに引っ越した。誰にも住所を教えてない。
安心したい。忘れたい。
【7月7日】
新しいポストに封筒が入ってた。
また彼女からだ。
どうやって見つけたの?
中に入ってたのは、私の新しいアパートの鍵の写真。
裏には「どこにいても見つけるわ」と書いてある。
【7月10日】
眠れない。食べられない。
彼女の姿が見える気がする。窓の外、廊下の影、どこにでも。
もう何も見てない、何も知らないって思い込まなきゃ。
彼女の部屋で見たもの、全部幻だったんだ。写真も幻。ビンも幻。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
窓の外に彼女が立ってる。微笑んでる。手には何か持ってる。小さなハサミ。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
今日も疲れた。工場の仕事はほんとクソ。ラインの前に立って8時間、同じ動作を繰り返すだけ。
賞味期限シールを貼るだけの簡単な作業なのに、頭が混乱してくる。途中で班長に注意された。
「山本さん、ここ3つミスしてるよ?」って。すみませーん、ロボットじゃないんで。
帰りにコンビニによって新しい恋愛ゲームを買ってきた。これで今夜は少しは気が紛れるかな。
明日も早いけど、少しだけSNS見てから寝よう。最近ハマってるまつめさんの新しい投稿あるかな。
【5月18日】
まつめさんが返信くれた!すごい嬉しい。
アニメの感想に「私もそう思います!あの展開は原作と違いすぎて驚きました」って。
私のこと分かってくれる人がいるんだって、胸がキュンとした。
プロフ写真は地味でメガネかけてるけど、センスいいよね。私と同じで人見知りっぽいし。
今日の工場は午後から機械トラブルで早く終わった。
帰りに本屋によって、まつめさんが前に勧めてくれた漫画を買ってきた。読むの楽しみ。
【5月20日】
まつめさんとずっとDMしてる。同じアニメ好きだし、同じ漫画読んでるし、価値観も似てる気がする。
彼女も社会不適合者って言ってた。私みたいに。
会社では浮いてるんだって。分かる、それ超分かる。私も工場では誰とも仲良くない。
休憩時間はいつも一人でスマホ見てる。他の女の子たちは派手な恰好して、彼氏の話とかばっかり。うざい。
まつめさん、今度会わない?って誘ってみた。ドキドキする。返事来るかな。
【5月21日】
返事来た!会ってくれるって!土曜日、駅前のカフェで。
ヤバい、緊張する。何着ていこう。髪も切った方がいいかな。
いや、普段着でいいよね。お互い地味なオタクだし。かしこまる必要ないよね。
でも少しだけ可愛くしていこう。せっかくだし。
【5月25日】
今日、まつめさんと初めて会った。
最初、カフェで待ってるとき、声をかけられてびっくりした。
SNSの写真より、もっと小柄で控えめな女の子だった。メガネの奥の目は少し大きくて、まるで人形みたい。
髪は肩くらいで、黒くて艶がある。
「山本さん?初めまして、まつめです」
その声は小さくて、少し震えてた。緊張してるみたい。私も。
最初は二人とも緊張してたけど、好きなアニメの話になったら止まらなくなった。
彼女は詳しい。私が知らない作品もたくさん教えてくれた。
「これ、山本さんにぴったりだと思います」って勧めてくれた作品がいくつかあって、メモした。
帰り際、「楽しかったです。また会いましょう」って言ってくれた。嬉しかった。友達ができた気がした。
彼女の名刺をもらった。会社員なんだね。まつめ沙織さん。OLって感じはしなかったけど。
【5月27日】
まつめさんのSNSをずっと見てた。過去の投稿とか全部。彼女も私みたいに孤独を感じてるみたい。
会社のことをあまり書いてないけど、たまに愚痴ってる。
「周りは私を理解してくれない」とか「本当の自分を出せる場所がない」とか。
分かる。すごく分かる。私も同じ。工場の人たちとは違う世界に生きてる感じ。彼女も同じなんだ。
次はいつ会えるかな。もっと話したい。
【5月30日】
今日、まつめさんの会社の前で待ってみた。名刺に書いてあった住所で、大きなオフィスビルだった。
何の会社か分からなかったけど、企業ロゴとか入ってる感じの。
夕方5時半くらいに行ったら、たくさんの人が出てきた。みんなスーツとかきちんとした恰好。
私はパーカーとジーンズで浮いてた気がする。
しばらく待ってたら、まつめさんらしき人が出てきた。でも、びっくりした。
あれが本当にまつめさん?
髪はアップにして、メイクもばっちり決まってる。服装もスタイリッシュなスーツで、ハイヒールを履いてた。周りの女性社員と楽しそうに話してる。笑い声も大きくて自信に満ちてる。
カフェで会った時とは全然違う。あの時は小さな声で、うつむき加減で、私みたいな感じだったのに。
しばらく見てたら、男性社員たちとも気さくに話してる。冗談を言って皆を笑わせてる。人気者みたい。
なんだか混乱した。あれが本当のまつめさんなの?SNSで見せてる姿とも違う。
でも、きっと表向きはああやって振る舞ってるだけなんだ。
本当の彼女はSNSの投稿にあるように孤独で、周りに理解されてない。私と同じように。
そう、彼女は二つの顔を持ってるんだ。外面と内面。表と裏。
もっと知りたくなった。本当の彼女を。
【6月2日】
今日もまつめさんの会社の前で待ってた。
出てくるところを見ていたら、会社の人たちとまた盛り上がって話してる。カラオケに行くみたい。
まつめさんはノリノリで「私、歌うの得意なんですよ~」とか言ってた。
あれって演技だよね?SNSでは「人混みが苦手」とか書いてたのに。
彼女たちについていってみた。カラオケ店に入る前に、一度だけ彼女が振り返って、周りを見回した。
私はすぐに建物の陰に隠れた。見つかってないと思う。
数時間後、彼女たちが出てきた。まつめさんは頬を赤くして、楽しそうだった。
でも、みんなと別れた後、彼女の表情が変わった。笑顔が消えて、無表情になった。
やっぱり。表の顔と裏の顔。分かってた。
彼女は一人で歩き始めた。私はついていった。彼女がどこに住んでるのか知りたかった。
電車に乗って、郊外の住宅街で降りた。10分くらい歩いて、古いアパートの前で止まった。
3階建てで、少し薄汚れた感じの。
彼女は3階の部屋に入っていった。305号室。覚えておこう。
【6月5日】
今日、またSNSで話した。彼女は昨日の夜のこと何も言わなかった。カラオケに行ったことも。
代わりに「休日は家でずっとアニメ見てました」って。
嘘だよね?
私はあえて何も言わなかった。彼女の秘密を知ってる感じがちょっと楽しい。
彼女が私に見せてる顔は、きっと本当の顔。
SNSや一対一の時の、あの地味で内向的な顔こそ本物なんだ。会社での活発な姿は仮面。
私はそう信じたい。彼女は私と同じなんだって。
【6月7日】
今日は早く仕事終わったから、まつめさんの会社まで行ってみた。また彼女を見たかった。
彼女は7時頃に出てきた。遅くまで残業してたみたい。
今日は一人だった。周りに誰もいなくて、さっきまでの賑やかさが嘘みたいに静かに歩いてた。
彼女についていった。いつもと違う道を行く。電車にも乗らない。
暗くなってきたけど、私は離れたところからずっと彼女を見てた。彼女は人気のない公園に入っていった。
何してるんだろう?
公園は街灯が少なくて暗い。でも月明かりで彼女の姿は見える。彼女は砂場に向かった。
そこで彼女は何かを取り出した。紙みたい。写真?
そして突然、彼女は小さな石を拾い、その写真に打ち付け始めた。
「くぅー、くぅー」
低いうめき声を上げながら、石で写真を何度も何度も打ち続ける。まるで呪いをかけてるみたい。
恐ろしくて、体が凍りついた。それでも目が離せなかった。
彼女の声は次第に大きくなり、「くぅー、くぅー」から「クソッ、クソッ」という言葉に変わっていった。
そして最後には「死ね、死ね、死ね」と繰り返していた。
写真は誰?会社の人?
30分くらいそれを続けた後、彼女は突然立ち上がり、写真の残骸を集めて燃やした。小さな炎が砂場で揺れる。
彼女の顔が炎に照らされた。笑っている。嬉しそうに。
私は息を止めて見ていた。
彼女は燃え尽きた灰を踏みつけて、公園を出ていった。
私はその場に立ちすくんだまま、動けなかった。
これが本当のまつめさんなの?
【6月8日】
眠れなかった。昨日見たことが頭から離れない。
あの低いうめき声。写真を打ち付ける石の音。「死ね、死ね」と繰り返す声。
気持ち悪い。でも、怖いと同時に、なぜか興奮してる自分がいる。
もっと彼女のことを知りたい。もっと彼女の本当の姿を見たい。
【6月10日】
今日、勇気を出してやってみた。
まつめさんのアパートに行った。昼間、彼女が会社にいる時間。
アパートの前まで行って、表札を確認した。「望月」って書いてある。
名刺に書いてあった「望月沙織」の苗字だ。やっぱりここが彼女の家。
SNSのハンドルネームとは違うけど、間違いない。
ドアノブを触ってみた。施錠されてる。当たり前だけど。
でも、管理人室の前を通ったとき、なぜか鍵がかかってなかった。中を覗くと誰もいない。
壁に色々な部屋の予備鍵がかかってた。
悪いことだって分かってる。でも、止められなかった。彼女のことをもっと知りたい。
305号室の鍵を手に取って、急いで部屋に向かった。手が震えてた。
鍵を差し込んで、ゆっくり開けた。
中は暗かった。カーテンが閉まってる。
一歩踏み込んだ瞬間、異臭が鼻をついた。腐ったような、鉄錆のような、よく分からない匂い。
目が慣れてくると、壁に何かがたくさん貼られているのが見えた。
写真だ。人の写真。たくさんの人の顔写真が壁一面に貼られている。
よく見ると、それらはまつめさんの会社の人たちみたい。男性も女性もいる。
スーツ姿だったり、カジュアルな服装だったり。
そして、その全ての写真に赤いインクか何かで×印がつけられていた。いや、インクじゃない。もっとドロッとした感じ。まさか…血?
吐き気がした。でも足が前に進む。
部屋の奥には棚があって、そこには小さなビンがたくさん並んでいた。中には何か保存されている。肉片みたいな…動物の一部?いや、もしかして…
ビンの横には小さなノートがあった。開いてみると、名前が書かれていて、日付と「採取」という文字。
何これ?何かの実験記録?それとも呪いの記録?
部屋の隅には小さな祭壇のようなものがあった。
黒い布が敷かれ、その上にろうそくや奇妙な形の石、小さな人形などが置かれている。
壁の一部には「復讐計画」と書かれた紙が貼られていて、会社の組織図のようなものに赤い線が引かれていた。
まるで攻撃順序を示しているみたい。
もう限界だった。吐きそうになりながら、急いで部屋を出た。
鍵を元に戻すのも忘れて、アパートから逃げ出した。
これが彼女の本当の姿なの?これが私が親近感を持った人なの?
気持ち悪い。怖い。でも、なぜか離れられない。
【6月12日】
工場の仕事中、何度も吐きそうになった。まつめさんの部屋で見たものが頭から離れない。
あの匂い。写真。ビン。ノート。
彼女は一体何をしてるんだ?誰かを呪ってる?傷つけてる?
SNSを開いて、彼女のアカウントを見た。相変わらず地味な投稿。アニメの感想とか、日常の些細な愚痴とか。
でも今は全部偽りに見える。
あの部屋にあったものが本当の彼女なら、SNSの投稿も会社での社交的な姿も、全部演技なんだ。
彼女は何者?
【6月15日】
今日、工場の仕事が終わった後、暗くなった道を歩いていたら、後ろから声をかけられた。
「山本さん、こんばんは」
振り返ると、まつめさんが立っていた。
カフェで会った時のような地味な恰好。メガネ、シンプルな服装。でも表情が違う。
目が冷たい。薄く笑っているけど、その笑顔が全然目に届いていない。
「ま、まつめさん…」
声が震えた。どうして彼女がここに?私の職場を知ってるの?
「久しぶりですね。オフ会以来かな」
彼女はゆっくり近づいてきた。私は後ずさりした。
「あ、はい…」
「最近、私に興味津々みたいですね」
心臓が止まりそうになった。
「え?」
「会社の前で待ち伏せしたり、家までついてきたり…」
彼女は知ってた。全部知ってた。
「いいえ、私は…」
「部屋にも入りましたよね?」
彼女の声が低くなった。耳元で囁くように。
「ずいぶん好奇心旺盛なのね」
足がすくんだ。動けない。
「私は何も…」
「見ちゃいましたね?私のコレクション」
彼女の目が輝いた。狂気じみた光。
「山本さんも興味あるの?人の体の一部を集めることに」
吐き気がした。
「いや…違います…」
「それとも、写真に呪いをかけること?効果ありますよ。教えてあげましょうか?」
彼女の手が私の腕に触れた。冷たい。
「誰かを呪いたい人、いるでしょ?工場の班長とか?」
どうして班長のこと知ってるの?
「私…帰ります」
やっと足が動いた。振り切って走り出した。
彼女は追ってこなかった。でも背中に視線を感じた。振り返ると、彼女はまだ同じ場所に立って、微笑んでいた。
「また会いましょう、山本さん。次はもっとゆっくり話しましょうね」
その声が夜風に乗って届いた。
【6月16日】
眠れない。怖い。まつめさんがいつ現れるか怖くて仕方ない。
工場にも行けなかった。休みの電話を入れた。
カーテンを閉め切って、部屋に閉じこもっている。
彼女は私の住所も知ってるんだろうか?職場は知ってた。いつ来るんだろう?
何も見なかったことにしたい。あの部屋で見たもの、公園での彼女、全部忘れたい。
【6月17日】
今日、玄関のポストに封筒が入ってた。差出人の名前はない。
開けると、一枚の写真。私がまつめさんのアパートに入るところを撮ったもの。
裏には一行だけ。
「秘密は守れますか?」
震えが止まらない。
【6月18日】
今日も封筒が来た。中には私の寝顔の写真。
いつ撮ったの?どうやって家に入ったの?
裏には「あなたの髪、きれいですね」と書いてある。
気が狂いそう。
【6月20日】
工場に復帰した。怖かったけど、家にいるのも怖い。
休憩時間、トイレに行ったら個室のドアの裏側に何か貼ってあった。
小さな紙切れ。そこには「今夜会いに行きます」と書いてあった。
班長に体調悪いと言って早退した。
【6月21日】
昨夜、誰も来なかった。でも眠れなかった。
朝、鏡を見たら髪の一部が切られていた。右側の少し。
気づかなかった。いつ切られたの?寝てる間?
彼女が家に入ってきてるの?
【6月25日】
数日間、何も起こらなかった。少し落ち着いてきた。
でも今日、郵便受けに小さな箱が入ってた。
開けると、中には小さなビン。見覚えがある。彼女の部屋にあったようなビン。
中には赤茶色の液体に浸かった何か…爪?人間の爪みたいなもの。
ビンのラベルには「山本(爪)」と書いてあった。
これ、私の爪?
【6月30日】
もう限界。警察に行こうと思った。でも証拠がない。彼女の部屋に不法侵入したのは私の方だし。
SNSで彼女をブロックした。メールアドレスも変えた。
工場も辞めた。引っ越そうと思う。
【7月5日】
新しいアパートに引っ越した。誰にも住所を教えてない。
安心したい。忘れたい。
【7月7日】
新しいポストに封筒が入ってた。
また彼女からだ。
どうやって見つけたの?
中に入ってたのは、私の新しいアパートの鍵の写真。
裏には「どこにいても見つけるわ」と書いてある。
【7月10日】
眠れない。食べられない。
彼女の姿が見える気がする。窓の外、廊下の影、どこにでも。
もう何も見てない、何も知らないって思い込まなきゃ。
彼女の部屋で見たもの、全部幻だったんだ。写真も幻。ビンも幻。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
窓の外に彼女が立ってる。微笑んでる。手には何か持ってる。小さなハサミ。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
私は何も見てない。何も知らない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?
鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。
先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる