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配偶者・リグ
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何度目を瞬かせても、目に映るものは変わらない。短い灰色の髪に、同じ色の耳が頭から生えている美少年。嫁入り衣装なのだろうか断崖の国では馴染みのないしつらえの衣装の下は、やはり両隣にいる者たちと比べると筋肉質ではなくほっそりとしている。
リグと名乗った人狼は『雌』として見るなら素晴らしい選定であり、見た目は華奢でも種族として耐久力もそれなりにあるのだろう。夜を楽しむと考えるならば、手荒に扱える見目麗しい存在のリグはまさに竜人族の国王の慰み者ととしてぴったりだ。
それが分かるが故にどれほど屈強な男がくるか楽しみにしていたため肩透かしもいいところであるが、ドラセルは表情を崩すことをしない。
(人狼族がいる手前、下手に不信感を持たせるわけにもいかない。マジアはこのまま配偶者としてあてがうつもりだろうが、時期を見て必要ないと送り返そう。せっかく今は心置きなくできている自慰も、妻がいては言い訳が立てられないからな。いや、その前に……)
「見たところ随分と幼いように感じるが、人狼族は年頃の娘が差し出せないほど数が少ないのか?」
「そんなことはございません、ドラセル様。我々はマジア様に言われました通り『ドラセル様に近しい年齢の者の中で最も頑強な人狼』をご用意いたしました。こちらにいますリグは齢26とドラセル様のお歳に近く、体の丈夫さは同年代どころか今いる人狼族の中でも上位に入る逸材です」
「……」
「人狼族にしては珍しく魔力持ちで自己治癒力も高いため、致命傷でなければ翌晩には元気にご奉仕することができます。雌雄問わないということで雄ではありますが、他の点を加味するとこれ以上ドラセル様に相応しい者はいないと思いますが……」
「……陛下、ご不満が?」
「……ないな。マジアの見立て通り、確かに相応しい相手だ」
少しでも問題があればこの先送り返すのも楽になるだろうとドラセルがリグについて問うてみると、リグの右隣に控えていた人狼がつらつらと答える。その間黙ってしまったドラセルに伺うようにマジアが尋ねてくるが、あまりにつけ入る隙の無い内容にドラセルはむしろ逃げ道を塞がれた気分になっていた。
しかも、リグは既に成長期を終えているという。屈強な男に育て上げられるかもしれないという微かな希望も潰えてしまい、ドラセルは出来ることなら舌打ちくらいはしたくなっている。それほど完璧に、外から見る『国王ドラセル』の需要に当てはまっていたのだ。
説明の間全身を見れるようにだろうか立ち上がっていたリグは、手を下ろしていたためベールで遮られ顔は見えない。しかし物のように紹介されている間これから身に降りかかる出来事を想像してか微かに体は震えており、余計にドラセルの心はささくれだった。
「それでは、末永い共存を願っております」
そう一礼してマジアと共に人狼たちが謁見の間から立ち去り、残ったのはドラセルとリグのみになる。王座に頬杖をつきリグを見下ろすドラセルは、仕方ないと小さく息を吐いてから立ち上がりリグへと近づいた。
「そういう訳で、急ではあるがこれからお前の住処はここだ。配偶者という位置づけではあるが、無駄な怪我を負いたくなければむやみに歩き回らないほうが賢明だぞ」
「ご配慮いただきありがとうございます」
「……ベールを、取ったらどうだ」
「……そうですね。失礼します」
隣に立ってみればリグはドラセルの肩くらいまでしかなく、すっぽりと収まってしまうほどに小さく感じる。しかし遠目で見ていたよりも筋肉はちゃんとついており、ドラセルは嬉しいような憎らしいような気持になってしまった。
とにかくこの場に放置はできないため、とりあえず来客用の部屋にでも通すかとドラセルはリグを従えて王宮を進むことにする。途中すれ違う竜人からの視線を受けて軽く釘を刺したドラセルは、ふともう一度リグの顔を見てみようと思い立ちベールを外すようにリグに伝えてみる。
(……やはり、凶暴とは言い難い)
微かな期待をかけてまじまじと見つめるも、見間違いなどではなくベールの下から出てきたのはやはり可愛らしい顔。目を少しだけ細めてドラセルを見上げるリグは、よく見ればそれとなく気品があり笑みを浮かべる様は竜人族であっても心が揺らぐものだろう。
そう、ドラセルでなければ。
「生憎だが、来たばかりの者をいきなり寝室に入れるほど俺も優しくはない。この部屋をお前専用とするから、精々頑張って生き残るといい」
「精々……とはいっても、食事やその他生命維持に必要なあれそれと陛下との語らいの場はあるのですよね?」
「? 語らいの場?」
「来たばかりの者、というのは信頼がない者ということではないのですか? 信頼を築くには対話が必要だと思うのですが……まさか、血塗られた玉座をものにしている陛下ともあろうお方が、信用するに値する相手かどうかを他人の判断に委ねたりはしませんよね?」
「なんだと?」
少し毒が含まれた言い分に、ドラセルは思わずリグを見下ろし威圧する。そこには先ほどと変わらぬ笑みを湛えたままのリグがおり、欠片も不穏な空気は感じ取れない。
「申し訳ありません、いつも言葉選びが下手だと言われるんです。少しでも長く陛下との時間を過ごし、早く信頼を勝ち取りたいと思っているのです。……それが迷惑だ、となってしまうと、私がここに来た意味がなくなりますので」
「……そういう意味か。分かった、考えておく」
「寛大なご判断、ありがとうございます」
言われてみれば、リグからしたらドラセルに認められなければ王宮での立場がないことになる。いずれ追い出すとしても良い理由が見つかるまでは名目上ドラセルの配偶者であり、追放までの間ずっと放置もできはしない。
なにせ、リグの役割は『溜まった欲を解消させる』ことだ。信頼など力でねじ伏せ従えれば関係ないという考えがはびこる王宮で、リグと夜を共にしない期間が長引けば長引くほどにドラセルは不審な目を向けられるだろう。
それに、あれ程相応しいと言われてしまったのだ。マジアに疑われないためにもこの方法で引き延ばすのはひと月が限度であり、それまでにドラセルは腹を括る必要があった。
(最悪、理由が見つからなければ処分することも考えなくては。口が堅ければ俺を責めさせるのもいいかもしれないが、素質があるかどうか……とにかくひと月、その間に音を上げてくれればいいのだが)
自身の寝室から離れた場所に部屋を置くことで、言外にまだ配偶者として距離があると示すことにしたドラセル。マジアに何故寝室に連れ込まないのかとせっつかれる可能性もあるが、愛着の無いものは使う気にもなれないとしばらく言い逃れをするつもりである。
それに、直接手を出さなくとも竜人に囲まれていれば精神も疲弊するだろう。自分が見ていない間に慣れない環境で心が折れないだろうか、とドラセルはほのかに期待していた。
考えておくとは言ったもののそれほど長く共に過ごす時間を作るつもりもないドラセルは、にこやかに微笑んだままのリグに別れを告げ執務へと戻る。
(……ん? あいつ、震えていなかったな……?)
そうして一日を終え一人になった寝室で今日のことを思い返していたドラセルは、ドラセルの隣にいた間リグが一切震えていなかったことに気付いた。途中威圧したというのに、笑みが崩れることはなかったのだ。
もやもやとリグに対して違和感を持ったドラセル。しかしそれが何を意味するかは終ぞ分からず、曖昧な居心地悪さを塗りつぶすように一際自慰に没頭した。
リグと名乗った人狼は『雌』として見るなら素晴らしい選定であり、見た目は華奢でも種族として耐久力もそれなりにあるのだろう。夜を楽しむと考えるならば、手荒に扱える見目麗しい存在のリグはまさに竜人族の国王の慰み者ととしてぴったりだ。
それが分かるが故にどれほど屈強な男がくるか楽しみにしていたため肩透かしもいいところであるが、ドラセルは表情を崩すことをしない。
(人狼族がいる手前、下手に不信感を持たせるわけにもいかない。マジアはこのまま配偶者としてあてがうつもりだろうが、時期を見て必要ないと送り返そう。せっかく今は心置きなくできている自慰も、妻がいては言い訳が立てられないからな。いや、その前に……)
「見たところ随分と幼いように感じるが、人狼族は年頃の娘が差し出せないほど数が少ないのか?」
「そんなことはございません、ドラセル様。我々はマジア様に言われました通り『ドラセル様に近しい年齢の者の中で最も頑強な人狼』をご用意いたしました。こちらにいますリグは齢26とドラセル様のお歳に近く、体の丈夫さは同年代どころか今いる人狼族の中でも上位に入る逸材です」
「……」
「人狼族にしては珍しく魔力持ちで自己治癒力も高いため、致命傷でなければ翌晩には元気にご奉仕することができます。雌雄問わないということで雄ではありますが、他の点を加味するとこれ以上ドラセル様に相応しい者はいないと思いますが……」
「……陛下、ご不満が?」
「……ないな。マジアの見立て通り、確かに相応しい相手だ」
少しでも問題があればこの先送り返すのも楽になるだろうとドラセルがリグについて問うてみると、リグの右隣に控えていた人狼がつらつらと答える。その間黙ってしまったドラセルに伺うようにマジアが尋ねてくるが、あまりにつけ入る隙の無い内容にドラセルはむしろ逃げ道を塞がれた気分になっていた。
しかも、リグは既に成長期を終えているという。屈強な男に育て上げられるかもしれないという微かな希望も潰えてしまい、ドラセルは出来ることなら舌打ちくらいはしたくなっている。それほど完璧に、外から見る『国王ドラセル』の需要に当てはまっていたのだ。
説明の間全身を見れるようにだろうか立ち上がっていたリグは、手を下ろしていたためベールで遮られ顔は見えない。しかし物のように紹介されている間これから身に降りかかる出来事を想像してか微かに体は震えており、余計にドラセルの心はささくれだった。
「それでは、末永い共存を願っております」
そう一礼してマジアと共に人狼たちが謁見の間から立ち去り、残ったのはドラセルとリグのみになる。王座に頬杖をつきリグを見下ろすドラセルは、仕方ないと小さく息を吐いてから立ち上がりリグへと近づいた。
「そういう訳で、急ではあるがこれからお前の住処はここだ。配偶者という位置づけではあるが、無駄な怪我を負いたくなければむやみに歩き回らないほうが賢明だぞ」
「ご配慮いただきありがとうございます」
「……ベールを、取ったらどうだ」
「……そうですね。失礼します」
隣に立ってみればリグはドラセルの肩くらいまでしかなく、すっぽりと収まってしまうほどに小さく感じる。しかし遠目で見ていたよりも筋肉はちゃんとついており、ドラセルは嬉しいような憎らしいような気持になってしまった。
とにかくこの場に放置はできないため、とりあえず来客用の部屋にでも通すかとドラセルはリグを従えて王宮を進むことにする。途中すれ違う竜人からの視線を受けて軽く釘を刺したドラセルは、ふともう一度リグの顔を見てみようと思い立ちベールを外すようにリグに伝えてみる。
(……やはり、凶暴とは言い難い)
微かな期待をかけてまじまじと見つめるも、見間違いなどではなくベールの下から出てきたのはやはり可愛らしい顔。目を少しだけ細めてドラセルを見上げるリグは、よく見ればそれとなく気品があり笑みを浮かべる様は竜人族であっても心が揺らぐものだろう。
そう、ドラセルでなければ。
「生憎だが、来たばかりの者をいきなり寝室に入れるほど俺も優しくはない。この部屋をお前専用とするから、精々頑張って生き残るといい」
「精々……とはいっても、食事やその他生命維持に必要なあれそれと陛下との語らいの場はあるのですよね?」
「? 語らいの場?」
「来たばかりの者、というのは信頼がない者ということではないのですか? 信頼を築くには対話が必要だと思うのですが……まさか、血塗られた玉座をものにしている陛下ともあろうお方が、信用するに値する相手かどうかを他人の判断に委ねたりはしませんよね?」
「なんだと?」
少し毒が含まれた言い分に、ドラセルは思わずリグを見下ろし威圧する。そこには先ほどと変わらぬ笑みを湛えたままのリグがおり、欠片も不穏な空気は感じ取れない。
「申し訳ありません、いつも言葉選びが下手だと言われるんです。少しでも長く陛下との時間を過ごし、早く信頼を勝ち取りたいと思っているのです。……それが迷惑だ、となってしまうと、私がここに来た意味がなくなりますので」
「……そういう意味か。分かった、考えておく」
「寛大なご判断、ありがとうございます」
言われてみれば、リグからしたらドラセルに認められなければ王宮での立場がないことになる。いずれ追い出すとしても良い理由が見つかるまでは名目上ドラセルの配偶者であり、追放までの間ずっと放置もできはしない。
なにせ、リグの役割は『溜まった欲を解消させる』ことだ。信頼など力でねじ伏せ従えれば関係ないという考えがはびこる王宮で、リグと夜を共にしない期間が長引けば長引くほどにドラセルは不審な目を向けられるだろう。
それに、あれ程相応しいと言われてしまったのだ。マジアに疑われないためにもこの方法で引き延ばすのはひと月が限度であり、それまでにドラセルは腹を括る必要があった。
(最悪、理由が見つからなければ処分することも考えなくては。口が堅ければ俺を責めさせるのもいいかもしれないが、素質があるかどうか……とにかくひと月、その間に音を上げてくれればいいのだが)
自身の寝室から離れた場所に部屋を置くことで、言外にまだ配偶者として距離があると示すことにしたドラセル。マジアに何故寝室に連れ込まないのかとせっつかれる可能性もあるが、愛着の無いものは使う気にもなれないとしばらく言い逃れをするつもりである。
それに、直接手を出さなくとも竜人に囲まれていれば精神も疲弊するだろう。自分が見ていない間に慣れない環境で心が折れないだろうか、とドラセルはほのかに期待していた。
考えておくとは言ったもののそれほど長く共に過ごす時間を作るつもりもないドラセルは、にこやかに微笑んだままのリグに別れを告げ執務へと戻る。
(……ん? あいつ、震えていなかったな……?)
そうして一日を終え一人になった寝室で今日のことを思い返していたドラセルは、ドラセルの隣にいた間リグが一切震えていなかったことに気付いた。途中威圧したというのに、笑みが崩れることはなかったのだ。
もやもやとリグに対して違和感を持ったドラセル。しかしそれが何を意味するかは終ぞ分からず、曖昧な居心地悪さを塗りつぶすように一際自慰に没頭した。
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