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弟について
「ああ、兄様! それを気に入られたようで嬉しいです!」
そう弾んだ声でいうマジアに、ドラセルはひっそりと張り詰めていた息を吐く。
リグの強襲から一夜開け、共に出た寝室の前にはにっこりと笑うマジアが待ち伏せていた。どこで知ったのか、もしくは監視でもつけていたのか、あまりにタイミングのいいマジアの来訪。リグの指示で再度寝室には結界を張っていたが、侵入された例があるためもしやマジアに昨晩のことが知られてしまったのかとドラセルは緊張したのだ。
しかしマジアの視線はリグの首元、巻かれている黒い帯に向けられている。ドラセルの魔力が織り込まれたそのチョーカーは一見するとリグを支配する証に見え、一時の慰みにと宛がった存在がドラセルが所有権を見せびらかそうとするほどに気に入ったのだとマジアは受け取った。
そんな想定通りの反応に、ドラセルは体から力を抜くことができたのだ。リグのあの苛烈な一面はドラセルだけの秘密にする、というのがリグとの取引の内容であり、早々に露見しなくてよかったとドラセルは心の底から安心していた。
リグはといえば今まで通りの微笑みを顔にへばりつけており、とても凶悪に笑いながらドラセルの陰茎を踏みにじり弄んでいたとは思えない慎ましさを醸し出している。猫を被る、とは言っていたもののそのあまりのギャップにドラセルは内心舌を巻くほどに感心していた。
「なぁ、アンタ、アイツのこと苦手?」
2人の邪魔をするのは、と早々に立ち去ったマジアの背を見送り立ち尽くしていると、笑みを絶やさないままリグはドラセルに尋ねる。アイツとは、当然マジアのことだろう。
「何故、そう思った?」
「分かりやすいくらい気を……ていうか、魔力が波打ってるから。兄弟なんだろ? あんなに慕われてるのに、何が怖いんだ」
「怖い……そうだな、お前は竜人族が子供の頃に読み聞かせされる絵本について知ってるか?」
「あ? ああ、あの攫われた姫を助けるっていう……」
「そうだ。俺たちは、その絵本の感想で一族に恥じない気質を持っているかを計られる。大概、凶暴な答えが出ることが多いな」
「へぇ。それで? アイツは勇者が自分から命を捧げるまで姫を目の前で嬲ったとか言ったの?」
「……お前も大概……いや、いいか。マジアはな、『ドラゴンが可哀想』だと泣きながら言ったのだ」
「うん? そりゃ、随分と優しい性格じゃないか。何も恐れるものなんて……」
「違うんだ。マジアは、『ドラゴンが勇者に殺されたこと』自体を悲しんでたのではなく、『殺されてしまうほどに弱いドラゴン』が可哀そうだと憐れんでいたんだ」
「……なんというか、また」
ドラセルの答えに、リグも少しだけ顔をしかめる。短くはあるが竜人族の王宮で暮らしたことで、リグもその性質というものを多少なりとも知ることになった。
高貴な存在に惹かれると知れば自らのふるまいを優雅なものにし、一度手に入れたものには執着すると知れば愛らしく懐に入ろうとする。そうして敵地で味方を増やしていると、おのずと分かるものがある。
それは、何よりも同族を大切にするという気質。敵対しようと心の底には敬愛の情が流れているため、個々の信念にもよるが無用に虐げるようなことはしない。そのおかげでドラセルの思惑が分からない中で、万が一にもドラセルに損があってはならないとリグは過度に絡まれることがなかったのだ。
だが、マジアの答えはその気質と真っ向に反する。完全に絵本に出てくるドラゴンを見下した言葉は、その真実が明らかになれば優しいと受け取られていた時よりももっと風当りが強くなる類のものだった。
「現に、マジアは何に対しても容赦がない。哀れみなんて当たり前のように持たないからな」
「……そういや、アイツが交渉だとかで集落にきたとき人狼の何匹かにちょっかい出されてたが、アイツが帰った後そいつら震えて毛が抜けてたな」
「誰よりも一番、力がないなら何されても文句は言えないと思っているんだろう。つい昨日まで話していた兄弟の首を王への道の手土産だと笑顔で持ってくるくらいには、命を奪うことにも躊躇いはない」
「アンタよりよっぽど竜人族らしくないか? ていうか、なんでアンタは慕われてるんだ」
「……分からない。分からないから、怖いんだ。何がきっかけで俺への好意が消えるのか、マジアに聞くこともできないだろう? 恐れだって知られてはいけない」
そうは言うが、ドラセルはマジアに負けるつもりは毛頭ない。力比べでいうなら己の方が秀でていると思っているし、実際マジアを屠ることだってできるだろう。
だが、マジアはドラセルの命令に背いたことはないのだ。ドラセルが手綱を握れば、マジアは優秀な駒となる。それを手放すことなどできるはずもなく、ドラセルはずるずるとマジアを重用していた。
そう弾んだ声でいうマジアに、ドラセルはひっそりと張り詰めていた息を吐く。
リグの強襲から一夜開け、共に出た寝室の前にはにっこりと笑うマジアが待ち伏せていた。どこで知ったのか、もしくは監視でもつけていたのか、あまりにタイミングのいいマジアの来訪。リグの指示で再度寝室には結界を張っていたが、侵入された例があるためもしやマジアに昨晩のことが知られてしまったのかとドラセルは緊張したのだ。
しかしマジアの視線はリグの首元、巻かれている黒い帯に向けられている。ドラセルの魔力が織り込まれたそのチョーカーは一見するとリグを支配する証に見え、一時の慰みにと宛がった存在がドラセルが所有権を見せびらかそうとするほどに気に入ったのだとマジアは受け取った。
そんな想定通りの反応に、ドラセルは体から力を抜くことができたのだ。リグのあの苛烈な一面はドラセルだけの秘密にする、というのがリグとの取引の内容であり、早々に露見しなくてよかったとドラセルは心の底から安心していた。
リグはといえば今まで通りの微笑みを顔にへばりつけており、とても凶悪に笑いながらドラセルの陰茎を踏みにじり弄んでいたとは思えない慎ましさを醸し出している。猫を被る、とは言っていたもののそのあまりのギャップにドラセルは内心舌を巻くほどに感心していた。
「なぁ、アンタ、アイツのこと苦手?」
2人の邪魔をするのは、と早々に立ち去ったマジアの背を見送り立ち尽くしていると、笑みを絶やさないままリグはドラセルに尋ねる。アイツとは、当然マジアのことだろう。
「何故、そう思った?」
「分かりやすいくらい気を……ていうか、魔力が波打ってるから。兄弟なんだろ? あんなに慕われてるのに、何が怖いんだ」
「怖い……そうだな、お前は竜人族が子供の頃に読み聞かせされる絵本について知ってるか?」
「あ? ああ、あの攫われた姫を助けるっていう……」
「そうだ。俺たちは、その絵本の感想で一族に恥じない気質を持っているかを計られる。大概、凶暴な答えが出ることが多いな」
「へぇ。それで? アイツは勇者が自分から命を捧げるまで姫を目の前で嬲ったとか言ったの?」
「……お前も大概……いや、いいか。マジアはな、『ドラゴンが可哀想』だと泣きながら言ったのだ」
「うん? そりゃ、随分と優しい性格じゃないか。何も恐れるものなんて……」
「違うんだ。マジアは、『ドラゴンが勇者に殺されたこと』自体を悲しんでたのではなく、『殺されてしまうほどに弱いドラゴン』が可哀そうだと憐れんでいたんだ」
「……なんというか、また」
ドラセルの答えに、リグも少しだけ顔をしかめる。短くはあるが竜人族の王宮で暮らしたことで、リグもその性質というものを多少なりとも知ることになった。
高貴な存在に惹かれると知れば自らのふるまいを優雅なものにし、一度手に入れたものには執着すると知れば愛らしく懐に入ろうとする。そうして敵地で味方を増やしていると、おのずと分かるものがある。
それは、何よりも同族を大切にするという気質。敵対しようと心の底には敬愛の情が流れているため、個々の信念にもよるが無用に虐げるようなことはしない。そのおかげでドラセルの思惑が分からない中で、万が一にもドラセルに損があってはならないとリグは過度に絡まれることがなかったのだ。
だが、マジアの答えはその気質と真っ向に反する。完全に絵本に出てくるドラゴンを見下した言葉は、その真実が明らかになれば優しいと受け取られていた時よりももっと風当りが強くなる類のものだった。
「現に、マジアは何に対しても容赦がない。哀れみなんて当たり前のように持たないからな」
「……そういや、アイツが交渉だとかで集落にきたとき人狼の何匹かにちょっかい出されてたが、アイツが帰った後そいつら震えて毛が抜けてたな」
「誰よりも一番、力がないなら何されても文句は言えないと思っているんだろう。つい昨日まで話していた兄弟の首を王への道の手土産だと笑顔で持ってくるくらいには、命を奪うことにも躊躇いはない」
「アンタよりよっぽど竜人族らしくないか? ていうか、なんでアンタは慕われてるんだ」
「……分からない。分からないから、怖いんだ。何がきっかけで俺への好意が消えるのか、マジアに聞くこともできないだろう? 恐れだって知られてはいけない」
そうは言うが、ドラセルはマジアに負けるつもりは毛頭ない。力比べでいうなら己の方が秀でていると思っているし、実際マジアを屠ることだってできるだろう。
だが、マジアはドラセルの命令に背いたことはないのだ。ドラセルが手綱を握れば、マジアは優秀な駒となる。それを手放すことなどできるはずもなく、ドラセルはずるずるとマジアを重用していた。
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