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マジア
可哀想、それは絵本を読み聞かされた時マジアに沸き上がった偽りない感想だった。
欲したものを手元に置いておけないほどに弱いことが可哀想。実力差が分からないほどに格上の相手に敵うと思ってしまったことが可哀想。
そしてなにより、奪った姫をみすみす敵に奪われてしまう、その滑稽さが可哀想だと思ったのだ。
誰よりも何よりも強くあるはずの竜人として、他者に後れを取ること自体が哀れなこと。そう考えるマジアは見た目に反して最も、ドラセルよりも竜人族の思考をしていた。
己より弱い者に傅くことなど考えられないが、国王などという弱者のことも考えなければならない面倒な立場にはなりたくない。そんなことを常々考えていたマジアは、この日運命の出会いをするのだ。
それは、自らも惹かれて当然と思っていた姫を突き放すような言葉であり、己以外を必要としないという意思の表れなのだとマジアは思った。孤高の存在、その言葉がぴったりだと、マジアはこの瞬間ドラセルのことを唯一の『兄』だと認めたのだ。
「はぁ、残念です……」
ぱっと手から力を抜くと、持ち上げていたものがべちゃりと床に落ちる。髪と尻尾に合わせて純白の衣装を身に纏ったマジアは、床に広がる血が足元近くまで広がっていることに気付き慌ててその場から飛びのいた。
この服はドラセルから賜ったもの。それを汚すなど考えられないことであり、マジアは踏み台の上へと身を登らせる。
「ぐぅ……!」
「あれ、まだ息があったのですね。なかなかしぶとい。ですが、貴方には用はありません。おとなしくしていてくださいね」
見た目は美麗だとしても、マジアもいっぱしの竜人だ。それなりの重さのある体躯に乗られ踏み台が上げた声に、マジアは感慨もなく呟いた。しかし思いっきり足で踏みつければ、踏み台……竜人族の男は今度こそ全身から力を抜いてその場に横たわるモノになる。
「な、なんでお前が……っ!」
「なんでもなにも、貴方が国を害そうとしているからですよ。ねぇ、オニイサマ」
同族であっても容赦なく止めを刺すマジアの姿に、目の前の茶色い竜人は震えながら視線を向ける。自身を守るはずの護衛は全てマジアの手によって葬られており、血に染まった床で壁にへばりつき少しでもマジアから距離を取ろうと必死になっていた。
そんな男の姿を、興味の全く浮かんでいない目でマジアは見下ろしている。同じ樹から産まれた同族の兄、しかしマジアの竜人を呼ぶその声には、欠片も尊敬の念は込められていなかった。
「く、国を害そうなどと……」
「もう力を奮うこともできない貴方を、陛下が最後の恩情としてこの地へと送ったのに。国境付近なのをいいことに、随分と他国から武器を買い込みましたね」
「っ!」
「バレてないと思っていましたか? 私、陛下から独自に動いていいと許可をいただいているんです。あちこちへ顔を出せばその分情報を得る機会も多くなりまして……」
「誰が……」
「誰? そんなこと、貴方にはもう関係ないのでは?」
「!」
「まったく……余計なことを考えず、陛下のために尽くしてくれるよう心を折ったのに……反逆を企てるなど、残念でなりません」
本当に、心の底から悔んだ声でマジアはそう言う。ドラセルを認めてからというもの、ドラセルが過ごしやすくなるようマジアは日々暗躍していた。それはドラセルを疎ましく思っているものの排除であり、ドラセルの立場を強固にするための手回しだったり。王座をめぐる争いではドラセルが王座を望んでいないことを理解しつつもドラセルを追い落とそうとする者に可能な限り制裁を加えており、そのことごとくを歯向かえないほどに力でのしてきたという自負があった。
だというのに、このようにドラセルにあだなす者が現れ残念なのだ。別に国土がどうなろうとマジアにとってはささいなこと。しかし矛先がドラセルに向けられるとなったら黙っていられるはずもない。
「お……お前は、俺がどれだけ惨めな気持ちだったのか分からないのか!? こんな辺鄙な場所に追いやられ、闘争からも離れて過ごさなくてはならない日々。力を奮おうにもお前の陰がちらついて、満足に牙すら出せないほどに追い詰められた! そんな俺が力を手にできるのは、武器を持った時だけ。ついでに王座を取り戻そうとしたって、なにも悪いことじゃないだろう!?」
「貴方がどんな気持ちだったとかどうでもいいです。それと、王座は貴方のものではないので。勝手に陛下のものとなるはずの資金を使い、あまつさえ陛下に敵意を向ける、それが大罪でなくてなんなのでしょう」
「……俺も、お前の兄だろう!」
「いえ、違いますが。私の兄は唯一、ドラセル国王陛下だけです。……特に、目新しい情報も出なさそうですね」
「っ、待て、ここだけじゃない! 西の国境付近にも、俺みたいなやつはいる!」
「知ってます。それでは本当に、さようなら」
「ま、がぁっ!」
翼をはためかせ、床に足を付けないよう男に近づくマジア。なおも制止する男に容赦なく爪を振り下ろしたマジアは、一仕事終えたと満足げな笑みを浮かべる。
その心に浮かぶのは、またひとつドラセルのために働けたという喜び。報告をすればドラセルに褒められるだろうと妄想するマジアは、血に染まった手で蕩けそうになる顔を恥ずかしそうに覆った。
「……ああ、でも、今は余計なのがいるんでしたね」
しかし、頭に浮かんだある存在に、マジアはスッと表情を冷えさせる。リグ……己が配偶者として連れてきた人狼は、想像以上にドラセルに気に入られた。
それ自体は嬉しいことだ。だが、自分を差し置いてドラセルと共にいると考えると、それが配偶者としての役割だと分かっていても激情に駆られてしまう。
それに、王宮の竜人たちがあれほどに腑抜けているともマジアは思っていなかった。始めて見たときから、リグと自分は同類だと感じていたマジア。見た目とは真逆の荒々しい性格であると、王宮の誰もが見抜けていないことに失望すら感じている。
「妙に兄様を気に入ってるようなのも、腹が立ちます。早々に尻尾を出してしまうと思っていたのに、これでは兄様から引き離すのが大変になってしまうじゃないですか」
ぶつぶつと文句を言うのは、当初想定していた筋書きと違っているからだ。リグとドラセルの相性がいいことはマジアも理解している。それを求めて選んだのだから当たり前だ。
人狼族が国の乗っ取りを狙っているのも知っている。そのためにマジアの提案を呑んだのも、リグを送り込んできたのも想定内。だというのに、当事者であるリグが一向に国を乗っ取るための行動をしないのだ。
「毎晩毎晩、兄様とイチャイチャ……兄様を陥落させるつもりでしょうか? それから乗っ取り……だとしたら、その前に兄様から離れてもらいたいところですが……兄様も兄様で、楽しんでいるみたいですからね……」
はぁ、と盛大についたため息は、王宮へ向かう飛行の風に流される。
ドラセルは本性がマジアに知られることを恐れていたが、当の昔にマジアは知っていた。だからドラセルに歯向かうものを根絶やしにせず少し残したのだし、リグのような者を見繕った。
もしドラセルがリグを手放す段になったら、ドラセルの持て余すであろう欲を受け止められるように、とマジアはドラセルのため拷問部屋まで作ったほど。人目を気にせずに済む場所で、望むならば捕虜のように虐げることもマジアはやってのけるつもりでいる。
「部屋の中にある気配は分かっても、何をしているかまでは分かりませんからね。兄様は何がお好きなのでしょう。鞭? 拘束? ああ、恥ずかしいのもお好きそうでしたね。兄様が望むなら、私なんでもできます。命の尽きるぎりぎりまで傷を負わせることだって! 私、頑張って回復魔法も覚えている最中なのですよ……!」
目の前にいないドラセルに向かい、弾んだ声で報告するマジア。くるくると回りながら飛ぶ姿はさながら神秘的な舞のようであり、声も聞こえない地上から見上げた者たちはご利益があるかもと崇めるほどだ。
ドラセルは自身が国王という立場であることも興奮の材料にしているとみているマジアは、こうしてドラセルがいない場所でのみドラセルの本性を満たすようなことを口にする。決して駒である自分が本性を知っていると気付かれてはならず、その時はドラセルの今後を全て背負う時だろうとマジアは考えていた。
一度認めたものは、何があっても執着する。マジアが惹かれたドラセルの『孤高』というのは実際には偽りのものであったが、ドラセルを受け入れてしまったマジアはその本質が変わろうともドラセルを見捨てたりはしない。
良くも悪くも、今いる竜人の中で一番竜人としても性質が強いマジアであるから。
欲したものを手元に置いておけないほどに弱いことが可哀想。実力差が分からないほどに格上の相手に敵うと思ってしまったことが可哀想。
そしてなにより、奪った姫をみすみす敵に奪われてしまう、その滑稽さが可哀想だと思ったのだ。
誰よりも何よりも強くあるはずの竜人として、他者に後れを取ること自体が哀れなこと。そう考えるマジアは見た目に反して最も、ドラセルよりも竜人族の思考をしていた。
己より弱い者に傅くことなど考えられないが、国王などという弱者のことも考えなければならない面倒な立場にはなりたくない。そんなことを常々考えていたマジアは、この日運命の出会いをするのだ。
それは、自らも惹かれて当然と思っていた姫を突き放すような言葉であり、己以外を必要としないという意思の表れなのだとマジアは思った。孤高の存在、その言葉がぴったりだと、マジアはこの瞬間ドラセルのことを唯一の『兄』だと認めたのだ。
「はぁ、残念です……」
ぱっと手から力を抜くと、持ち上げていたものがべちゃりと床に落ちる。髪と尻尾に合わせて純白の衣装を身に纏ったマジアは、床に広がる血が足元近くまで広がっていることに気付き慌ててその場から飛びのいた。
この服はドラセルから賜ったもの。それを汚すなど考えられないことであり、マジアは踏み台の上へと身を登らせる。
「ぐぅ……!」
「あれ、まだ息があったのですね。なかなかしぶとい。ですが、貴方には用はありません。おとなしくしていてくださいね」
見た目は美麗だとしても、マジアもいっぱしの竜人だ。それなりの重さのある体躯に乗られ踏み台が上げた声に、マジアは感慨もなく呟いた。しかし思いっきり足で踏みつければ、踏み台……竜人族の男は今度こそ全身から力を抜いてその場に横たわるモノになる。
「な、なんでお前が……っ!」
「なんでもなにも、貴方が国を害そうとしているからですよ。ねぇ、オニイサマ」
同族であっても容赦なく止めを刺すマジアの姿に、目の前の茶色い竜人は震えながら視線を向ける。自身を守るはずの護衛は全てマジアの手によって葬られており、血に染まった床で壁にへばりつき少しでもマジアから距離を取ろうと必死になっていた。
そんな男の姿を、興味の全く浮かんでいない目でマジアは見下ろしている。同じ樹から産まれた同族の兄、しかしマジアの竜人を呼ぶその声には、欠片も尊敬の念は込められていなかった。
「く、国を害そうなどと……」
「もう力を奮うこともできない貴方を、陛下が最後の恩情としてこの地へと送ったのに。国境付近なのをいいことに、随分と他国から武器を買い込みましたね」
「っ!」
「バレてないと思っていましたか? 私、陛下から独自に動いていいと許可をいただいているんです。あちこちへ顔を出せばその分情報を得る機会も多くなりまして……」
「誰が……」
「誰? そんなこと、貴方にはもう関係ないのでは?」
「!」
「まったく……余計なことを考えず、陛下のために尽くしてくれるよう心を折ったのに……反逆を企てるなど、残念でなりません」
本当に、心の底から悔んだ声でマジアはそう言う。ドラセルを認めてからというもの、ドラセルが過ごしやすくなるようマジアは日々暗躍していた。それはドラセルを疎ましく思っているものの排除であり、ドラセルの立場を強固にするための手回しだったり。王座をめぐる争いではドラセルが王座を望んでいないことを理解しつつもドラセルを追い落とそうとする者に可能な限り制裁を加えており、そのことごとくを歯向かえないほどに力でのしてきたという自負があった。
だというのに、このようにドラセルにあだなす者が現れ残念なのだ。別に国土がどうなろうとマジアにとってはささいなこと。しかし矛先がドラセルに向けられるとなったら黙っていられるはずもない。
「お……お前は、俺がどれだけ惨めな気持ちだったのか分からないのか!? こんな辺鄙な場所に追いやられ、闘争からも離れて過ごさなくてはならない日々。力を奮おうにもお前の陰がちらついて、満足に牙すら出せないほどに追い詰められた! そんな俺が力を手にできるのは、武器を持った時だけ。ついでに王座を取り戻そうとしたって、なにも悪いことじゃないだろう!?」
「貴方がどんな気持ちだったとかどうでもいいです。それと、王座は貴方のものではないので。勝手に陛下のものとなるはずの資金を使い、あまつさえ陛下に敵意を向ける、それが大罪でなくてなんなのでしょう」
「……俺も、お前の兄だろう!」
「いえ、違いますが。私の兄は唯一、ドラセル国王陛下だけです。……特に、目新しい情報も出なさそうですね」
「っ、待て、ここだけじゃない! 西の国境付近にも、俺みたいなやつはいる!」
「知ってます。それでは本当に、さようなら」
「ま、がぁっ!」
翼をはためかせ、床に足を付けないよう男に近づくマジア。なおも制止する男に容赦なく爪を振り下ろしたマジアは、一仕事終えたと満足げな笑みを浮かべる。
その心に浮かぶのは、またひとつドラセルのために働けたという喜び。報告をすればドラセルに褒められるだろうと妄想するマジアは、血に染まった手で蕩けそうになる顔を恥ずかしそうに覆った。
「……ああ、でも、今は余計なのがいるんでしたね」
しかし、頭に浮かんだある存在に、マジアはスッと表情を冷えさせる。リグ……己が配偶者として連れてきた人狼は、想像以上にドラセルに気に入られた。
それ自体は嬉しいことだ。だが、自分を差し置いてドラセルと共にいると考えると、それが配偶者としての役割だと分かっていても激情に駆られてしまう。
それに、王宮の竜人たちがあれほどに腑抜けているともマジアは思っていなかった。始めて見たときから、リグと自分は同類だと感じていたマジア。見た目とは真逆の荒々しい性格であると、王宮の誰もが見抜けていないことに失望すら感じている。
「妙に兄様を気に入ってるようなのも、腹が立ちます。早々に尻尾を出してしまうと思っていたのに、これでは兄様から引き離すのが大変になってしまうじゃないですか」
ぶつぶつと文句を言うのは、当初想定していた筋書きと違っているからだ。リグとドラセルの相性がいいことはマジアも理解している。それを求めて選んだのだから当たり前だ。
人狼族が国の乗っ取りを狙っているのも知っている。そのためにマジアの提案を呑んだのも、リグを送り込んできたのも想定内。だというのに、当事者であるリグが一向に国を乗っ取るための行動をしないのだ。
「毎晩毎晩、兄様とイチャイチャ……兄様を陥落させるつもりでしょうか? それから乗っ取り……だとしたら、その前に兄様から離れてもらいたいところですが……兄様も兄様で、楽しんでいるみたいですからね……」
はぁ、と盛大についたため息は、王宮へ向かう飛行の風に流される。
ドラセルは本性がマジアに知られることを恐れていたが、当の昔にマジアは知っていた。だからドラセルに歯向かうものを根絶やしにせず少し残したのだし、リグのような者を見繕った。
もしドラセルがリグを手放す段になったら、ドラセルの持て余すであろう欲を受け止められるように、とマジアはドラセルのため拷問部屋まで作ったほど。人目を気にせずに済む場所で、望むならば捕虜のように虐げることもマジアはやってのけるつもりでいる。
「部屋の中にある気配は分かっても、何をしているかまでは分かりませんからね。兄様は何がお好きなのでしょう。鞭? 拘束? ああ、恥ずかしいのもお好きそうでしたね。兄様が望むなら、私なんでもできます。命の尽きるぎりぎりまで傷を負わせることだって! 私、頑張って回復魔法も覚えている最中なのですよ……!」
目の前にいないドラセルに向かい、弾んだ声で報告するマジア。くるくると回りながら飛ぶ姿はさながら神秘的な舞のようであり、声も聞こえない地上から見上げた者たちはご利益があるかもと崇めるほどだ。
ドラセルは自身が国王という立場であることも興奮の材料にしているとみているマジアは、こうしてドラセルがいない場所でのみドラセルの本性を満たすようなことを口にする。決して駒である自分が本性を知っていると気付かれてはならず、その時はドラセルの今後を全て背負う時だろうとマジアは考えていた。
一度認めたものは、何があっても執着する。マジアが惹かれたドラセルの『孤高』というのは実際には偽りのものであったが、ドラセルを受け入れてしまったマジアはその本質が変わろうともドラセルを見捨てたりはしない。
良くも悪くも、今いる竜人の中で一番竜人としても性質が強いマジアであるから。
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