ストーカー(仮)から助けてくれた親友と付き合うことになった話

あるのーる

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「あ……や……」
「それ以上、好き勝手させるか!!」

 あと少し、もう少しでペニスが下着から跳ね出してしまう。そんなギリギリのところで怒声が聞こえ、俺の上にいた男が一瞬にして視界から消えた。
 何が起こったか分からずぽかんと呆けていた俺は、ベキッ! という何かしらが折れた音の方へと顔を向ける。そこにいたのは殴り飛ばされたのだろうベッドから床に落ち頬を赤く腫らしたストーカー、そしてその前に立つ肩で息をし拳を握り締めている男ーー美代だった。
 
「……みよ」

 俺に背中を向けているが、確かにそこに美代がいる。顔を見なくても分かるくらいに怒りを身に纏った美代が、男とベッドの間に立って俺を守るようにして男と向き合っていたのだ。
 まだ危険が去ったわけではないが、途端に安心感が湧き上がる。自然と緩み溢れてくる涙でぼやける視界では、美代が男へさらなる追撃を食らわそうとしていた。きつく握った拳を再度振り上げた美代に慌てた男は間一髪で美代の殴打を躱してから転がるようにして玄関へと這っていき、それを美代は追っていく。しかし玄関に消えていった美代は、しばらくしてからしょんぼりした姿で戻ってきた。

「……悪い、見失った」
「う、うん、気にしないで……じゃなくて! 美代、大丈夫なのか!?」

 カチャリと鍵をかけてから部屋へと戻ってきた美代を、なんとか起こした体で出迎える。ストーカーを捕らえられなかったことを申し訳なさそうにする美代であるが、それよりも俺は美代が怪我をしていないかの方が気になった。
 一見したところ目立った傷はないようだが、あの男に鍵を強奪されたのだ。何かされたのは間違いないだろうに、俺を気遣ってか何もなかったと笑顔を向けてくる美代。
 その表情に無理をしている気配は感じれず、ひとまずは安心する。見えない場所に怪我をしている可能性は捨てきれないが、鍵を奪うためにそれほど酷いことはされなかったのかも……。

「……うん? 鍵?」
「どうした橘」
「いや……美代、あいつに鍵盗られたのにどうやって入ってきたのかなって……」

 あの男が持っていた鍵は、確かに俺が美代に渡したものだった。それは付いてたストラップからも間違いない。仮に買い出しに出た美代がうっかり鍵をかけ忘れたのだとしても美代の手から鍵が奪われたことには違いなく、あのストーカーは押し入ってきた後鍵をかけている。
 となると、美代に扉を開ける手段はないはずなのだ。
 じわりと湧いた謎に思わず首を振り向かせると、俺の後ろに回った美代がちょうど結束バンドにハサミを当てているところだった。
 パチン、と軽い音をさせて俺の手の戒めを解いた美代は、一瞬不思議そうな顔で俺を見返す。そしてすぐにああ、と何かに思い至ったように俺を見てきた。

「橘、合鍵をポストに張り付けてるって言ってただろ? それ使わせてもらった」
「なるほど……? ん? そんな話したっけ?」
「したよ、忘れたの? 聞いた時は今時その隠し場所はどうなんだ、って思ったけど、助かったよ」
 
 引き出しを開けハサミを元あった場所へと戻しつつ、まあだからといって防犯的に最悪なことに変わりはないんだけど、困ったように話す美代。そこに違和感なんてない。使った物を流れるようにちゃんとしまってくれることに感心しながら、俺はそんな事まで話したかと記憶を掘り起こそうとした。
 結果、美代になら話しててもおかしくはないなという結論に落ち着いた俺。思い返せば、美代に話してないことはないんじゃないかってくらいなんでもべらべら喋っていた。そりゃ俺の好みは把握してるよなって納得してしまう。美代の話術もそうだが、聞かれるがままに答えてる俺も俺だな。まぁ、その分俺も美代については詳しいけどな!
 
「それよりも……橘、着替えた方がいいんじゃないか? その……気持ち的にも」
「え?……っ! た、確かに、な!」

 浮かんだ疑問はすぐに霧散し、変な対抗心を燃やし美代情報をいろいろと頭に並べていた俺は、続く美代の言葉にはっと我に帰った。なにせ俺の今の格好は、上半身裸の上にびちょ濡れパンツ一丁。見苦しいにもほどがある。
 それを再確認すると男の手が這い回っていたことも思い出し、汚れている下半身はもちろん上半身も気持ち悪くなってきた。そのまま服を着る気にもなれず、なんなら体を洗いたい。
 そんなことをぽつりと溢すと、美代は「……そうだよな」と苦しげな目で俺を見つめてきた。巻き込んだのは俺の方で、美代は悪くないどころか鍵の強奪をされたあたりは純然たる被害者である。なのにそんな顔をさせているのが申し訳なく、『なんともない』と振る舞うためにも一度風呂に入らせてもらった。

「……ふぅ」

 じゃばじゃばとお湯を溜めながら、湯船に浸かり体を伸ばす俺。
 ……美代の登場で誤魔化されていたが、実のところ、今も後ろが気になり誰かの視線を感じるくらい、怖かった。
 『好意』というポジティブな感情が根底にあるはずなのに、押し付けられるとあれ程に恐ろしくなるのか。男が現れた瞬間今までの大小あった恐怖が、一つにまとまり体を動かなくさせた。
 あの時、男を玄関から蹴り出せてでもいればまた話は違ってきたのだろう。だが現実は部屋に押し入られ、絶体絶命の崖っぷちにまで追い詰められたのだ。
 だけど、もうダメだ、そんな諦めが頭を占めた瞬間に美代は助けに来てくれた。まるでヒーローのような登場の仕方に俺が女なら少女漫画が始まってるな、なんてしょうもないことを思い浮かべる。
 だって、そうでもないとおかしなことを考えそうだ。親友なんてやっているのだから、元から美代の好感度は高い。それに加えてあんな窮地を救われたら……。

(……ヤバい。落ち着かない)

 美代のことを考えていたら、ストーカーに対して震えていたのが別の意味で心臓がドキドキいい始めてきた。不快感を洗い流そうと熱めのお湯を出しているのに、なんだかそれよりも体が熱い。
 これはよくないと湯船に溜まったお湯でザバザバ顔を洗ってみるが、気を抜くと閉じた瞼に俺を助けてくれた美代の背中が浮かんでしまう。慌てて頭を振るも今度は普段の優しい声音を思い出してしまい、思考がぽやんと霞んでどうしようもない。
 
「……違う。違うから。俺たちは親友、友達なんだ」

 流れるお湯の音に紛れ込ませるようにそう呟く俺。そんなことを言わなきゃならないってことはもう既にそういうことなんだが、まだ認められない。
 だって、美代は俺のことを友達だと思ってるんだ。俺が一方的に思いを募らせても、それに美代が応えるとは限らない。むしろアプローチに辟易している美代が不快に思う可能性すらある。
 なんにせよ今の心地良い関係が崩れることは確実で、いきなり気持ちを伝えるなんてできっこない。自覚したばかりで上手く伝えられるとも思えないしな。だけど一人で抱え込み表に出さないほど俺は演技が上手くないし、ある物をないとして隠して耐えられるほど忍耐もない。
 だから気のせい。気のせいだと信じ込まないと。
 最後に水を被って頭を冷やし、湧き上がっていた『想い』を押し込む。これでいつも通り、美代と顔を合わせても浮つかないぞ!
 ……と立てた俺の決意は美代と対面する前、脱衣所で出迎えたものにあっけなく打ち砕かれた。

「ほんとに、アイツは……っ!」

 そこにあったのは逃げるように風呂に入ったため俺が用意していなかった、タオルと洗ってタンスにしまっていた服一式、それとペットボトルの水だ。タオルや服は言うまでもないが、水は俺を思い遣ってのものだろう。
 確かに、あの男のせいで(思い出したくはないが)喘いで、さらにそのまま風呂に来たものだから喉は乾いていた。だけどそれは今ペットボトルを前にして俺もようやく感じたことであり、当然美代に伝えてなんかいない。
 だというのに、些細な俺の言動から俺自身も気づいていなかった不調を察して、こうしてそっと手を差し伸べてくれる。そんな美代の気持ちが嬉しく、しまおうとしていた想いはむしろ膨らみ溢れてきた。
 美代が、好き。その気持ちを受け入れてしまえば親友だと思っていたときから既にかなり好きだったんだと思い至ってしまい、なかなかに鈍感だった自分に少し笑ってしまう。
 しかし、これはもう好きだと気づく前と同じ言動はできない。さっきまでなかったことにしようとしていたのが信じられないくらい、俺の想像以上に持て余す代物が掘り返されてしまっている。関係が壊れるのはもちろん怖いが、予想通りこれを隠すことは出来そうにない。というか、気づいてしまった以上美代の隣は譲れない。譲りたくない。

「なんにせよ、美代に俺を意識してもらうところからだな……!」

 男に襲われた恐怖は何処へやら、美代に好きになってもらうには、と作戦を考え始める俺。いくら今一番親しいとはいえ、のんびりしていたら誰かに美代は取られてしまう。美代について誰よりも詳しい上にいつもべったりな親友をやっているのだから好感度も悪くないだろう、という利点はあれど、親友という点がむしろ欠点でもあるため事は慎重に進めるべきだ。
 気付けに用意してくれたペットボトルを引っ掴み、腰に手を当てゴプゴプと飲み込んでいく。ほどよく冷たい水はフレーバーウォーターとでも呼ぶやつだろうか、うっすら甘くて美味しい。
 あっという間に1本丸々飲み干した俺は体に染み渡る水に感謝し、少し火照りを残したままいそいそと服を着込んで美代の待つリビングへと足を運んだ。
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