レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第39章 兄弟

影武者の本心

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「それにしても良いんですか?もう二ヶ月ですよ」 

 そう愚痴りながら鏡の前でメイクをしている男。まるで役者か何かのようだが、ここが高級ホテルの一室と考えるとその回りのメイクアーティスト達が非常に不自然に多く感じられた。そしてその男に良く似た男がソファーに腰掛け着流し姿で新聞を片手に牛乳を飲んでいる。一度カップを置くとその男、嵯峨惟基こと遼南皇帝ムジャンタ・ラスコーは静かに伸びをした。

「すまねえな。俺もまずいとは思っているんだけど……しばらくは頼むことになりそうだわ、影武者」 

「すまないと分かっていたら何で軍を動かさなかったんですか?民派支援に腹は決まってるんですよね。それなら介入して戦火の拡大を抑えないと……飛び火があるかもしれませんよ」 

 影武者役の弟。兄のゆるい目元を演出するべく影を作っているアーティストを気にしながらそう言った。嵯峨は仕方がないというようにもう一度カップを手にして静かに牛乳を口に含む。

「軍を動かすのは……色々と拙いからな。宰相につけてやってるアンリの馬鹿も出兵となれば公私混同だと騒ぎ始める。それに兵を出したおかげで内戦が長引いて同盟加盟国が分裂なんて話になれば第三次遼州大戦勃発なんてことになりかねないだろ?」 

 そう言いながらいつもの自虐的な笑みを浮かべる嵯峨。仕方がないというように弟は静かにため息をついた。胡州の混乱が熱い内戦と言うもので象徴されるとすれば遼南の内部は裏に隠れた権力闘争と言う冷たい戦争と呼べるような状態にあった。

 第二次遼州戦争では胡州や外惑星のゲルパルト帝国と同じ枢軸側に属した遼南帝国だが、大戦末期にクーデターを起こしたガルシア・ゴンザレス将軍が霊帝の贈り名のムジャンタ・バスバを追放して実権を握ってから、同国はいくつもの軍閥が割拠する内乱状態に陥った。嵯峨は内戦末期に北兼軍閥を掌握して人民軍陣営として参戦し、ガルシア・ゴンザレスを倒す為の戦いで大きな功を立てた。その後、人民政府は北天軍閥と嵯峨や彼の右腕の伊藤隼(いとうはやと)人民委員の派閥に分裂。嵯峨のクーデターで政権は彼の手に落ち、人民政府とは対立関係にあった東海・南都の軍閥も参加しての遼南帝国が再び立つことになった。

 だがその政権も軍事力の統一ができない状況では不安定だった。嵯峨は非情にも手を打っていく。まずは花山院軍閥が胡州の烏丸派と気脈を通じていることを口実に攻撃して攻め滅ぼした。そして南都軍閥についてはその首領のアンリ・ブルゴーニュ候を宰相に任じて懐柔して遼州の軍事系統を一つにまとめることには成功していた。アンリ・ブルゴーニュは嵯峨の説く遼州星系全体を統括する同盟政府の建設にはあまり積極的では無く、現在でも両者の間には隙間風が吹いているとささやかれることが多くなっていた。

 そんな状況でバスバ帝の百人を超える愛人の一人の子である弟の吉川俊太郎が兄の影武者を勤めているのは非常に微妙な状況だと嵯峨自身も分かっていることだった。

「まあ……アンリはもう気づいてるからいいとしてだ」 

 嵯峨は立ち上がると額を右手の人差し指でつつきながら何かを考えていた。ようやくメイクの終わった嵯峨とほとんど変わらない姿の弟を見ても嵯峨の表情は緩まなかった。

「問題はやはり胡州か……本音は兄貴や忠さんに勝ってほしいが戦争は時の運だ」 

「そうですか?色々噂を聞くんですが……あの地下の大将……佐賀高家とか言いましたか……彼を揺さぶっているとか……」 

 にやりと笑う影武者の嵯峨。その表情を受けて本物は静かな笑みを浮かべた。

「まあ事実だから認めるよ。あいつの参謀の中に俺の息のかかった連中を送りこむのにはそれなりに苦労したしな」 

 そう言って再びソファーに体を投げ出す兄。その様子を見ながら偽者である吉川俊太郎は大きく息をついた。

「なんだ?まだ不安なのか?俺より皇帝経験は長いくせに」 

 一度影武者を頼まれるとそのままずっと勝手に動き回る兄に何かを言いたくなったが無駄だと悟って吉川は黙り込む。そして今回の長い影武者生活についての愚痴を続けようとしたが馬鹿らしくなって口をつぐんだ。

「おう、分かってくれたか。それじゃあ俺はいつもどおり裏口から出るから」 

「見つからないでくださいよ」 

 立ち上がる兄の姿を見送ろうとする吉川。彼自身自分が24歳だと言うのにそんな自分より若く見える39歳の嵯峨を見送ろうと立ち上がる。

「そんな見送りなんていらねえよ。餓鬼じゃねえんだ」 

「その口調も何とかしてくださいよ。いずれ本業の皇帝家業が長く続くことになるんですから」 

「へ?そりゃあ大変そうだねえ俊太郎ちゃん」 

「ずっと影武者を続けろって言うんですか?お断りです」 

 先手を打たれてうつむき加減に部屋のドアに手をかける嵯峨を見送ることを辞めて吉川はそのまま静かに鏡の前に腰を下ろした。
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